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<…島副司令。…自分も残ります>
 腰のベルトを外しながら、おもむろに時田竜士が言った。

<リュウジ…!>
 宗方と亀川が同時に叫ぶ。
<だめだ、俺が残る。リュウジはトップじゃないか、俺なんかよりずっと>
 泣き喚かんばかりの亀川の肩を、竜士がガッと掴んだ。外した姿勢制御ロケットのベルトを、震える同僚の腰に巻き付ける……
<バーカ、お前より俺の方が役に立つから残るんだ。阿呆どもはさっさと脱出して、安全なとこまで逃げてろ>
<リュウジ…>
<…話が着いたら、さっさと行け!>
 島が急かす。感動のお別れなんてやってる場合じゃない。

 脱出用ハッチの方向へと、宗方・亀川を押し出した。
 戦場ではいつもこうだった、と思い出されて来た。
 二度と会えなくなると薄々分かっていようが、決定的に生きて帰れないと覚悟していようが、友と別れを惜しんでいる時間などない。…それが戦場だったのだ。
 笑って敬礼を交わす時間があるだけ、まだいい……

 


 転がるようにハッチへと向かう2人を見送り、島と竜士は圧縮室の扉の前で改めて顔を見合わせた。


<……悪かったな、時田。初めての任務でいきなりこんな>
 宗方たちの残して行った工具をまとめ、持ち上げた島に向かって、竜士はぽつりと言った……
<俺、特攻はカッコイイ、って思ってますから>
 さっき俺、そう言いませんでしたか?
<時田…>

 生意気な台詞を吐くその両肩が、大きく震えながら上下しているのを見て、島は苦笑する。この馬鹿……、そんなに怖いくせに。

(俺だって怖い)
 しくじれば、今度こそ永遠にテレサとお別れだ。

 その恐怖は、全身にまとわりつく分厚い膜のようだった。身じろぎするたびにビリ、ビリ…と嫌な音を立てて肌に刺さる…… だが、こうなったらやるしかない。

 


<……ちびるなよ、時田>
<……!!>
 畜生!という顔で後について来る竜士を従え、島は再度「圧縮室」内部へと入り込んだ——。

 


           *          *          *

 



 地球連邦宇宙科学局では、次郎が丁度昼休みに入る頃合いだった。

 午前中は、真田の長官執務室へ来る複数の通信回線を一つのアカウントにまとめ、別の回線に分類する作業を延々と行なった。全部が外宇宙に展開する軍用回線で、その通信先は通常施設ばかりでなく岩盤に取り付けたものや、衛星に取り付けたものなど、多岐にわたる。作業は煩雑で、高度な知識を必要とする上、機密に関するものも多い。真田が大介の弟・次郎を引っ張って来て任せたいと思ったのは、次郎に高度な専門的スキルがあることと、機密を共有できる縁者であること、そう言った事情があったからだった。

「じゃあ、…ちょっと休憩頂いてきまーす」
 伸びをしながら席を立った次郎に、真田が「ああ、行っておいで」と手を挙げた。…と、間の悪いことに緊急回線がオープンするアラート音である。

「ああ、いいよ。私が受けておく。君は休んで来たまえ…」
 真田は笑って次郎を追い出した。
 緊急回線だ、受けると多分、長いぞ。
 じゃ、すいません…と頭を下げ、次郎は長官執務室をあとにした。


「…科学局、真田だ」
 次郎がドアの外に消えるのを見届け、手に取ったインカムから飛び出したのは、その兄の声である。
<真田さん>

「…?島か?」
 なんだ、雑音だらけだな。
 お前が珍しいな、外(宇宙)からか?
「兄貴がここへ、緊急回線で何の用だ? 次郎くんなら昼飯食いに出てったぞ…」


 そう笑った真田の顔色が、にわかに変わった。

 



            *          *          *




 休憩ついでに、近場の駅ビルに行ってみるか。

 科学局の食堂は、安いし美味い。民間のレストランより余程美味いのだが、今日はどこか外で昼飯、食べよう。

 次郎はテレサのクッキー型が気になっていたのだった。
 科学局から2駅、チューブで上ると比較的賑やかな分岐点がある。大きな駅ビルがあるから、雑貨屋なんかもあるだろう……
 クロノメーターに内臓の検索エンジンで雑貨屋を捜した。……ええとええと……キッチン雑貨の店。……あった……


「いらっしゃいませ〜」
 エプロン姿の女子店員の笑顔を見て見ぬ振りしながら、その店に入った。
 おお。
 テレサの喜びそうなモノが、ところ狭しと並んでいる。アヒルの形をした計量器。クマの形を模した秤。じょうろを持った小さな男の子の人形。何に使うのだろう、とよくよく見たら、醤油差し、である……
(……テレサを連れて来れたらいいのに。ま、しょうがない、ネットショップで我慢してもらうしかないな)

 クッキー型はありますか、どこですか。
 そう聞いてしまえば早いのに、店員と目を合わせたくないばかりに自力での捜索と相成る。
 下の方ばっかり見ていなければ、発見はもっと早かったに違いない。
(あった…)

 ネコ、イヌ、クマ、ニワトリ、カエル…などなど数種類のクッキー型が、バラ売りとセット売りに分かれている。だが、次郎は躊躇いなく箱に入ったセットを掴んで、レジに直行した。
「簡単に包装してもらえますか」
「はい、プレゼント用ですか」
 ええ、まあ。ええと、リボンは要りません。

 クッキー型が12個入った箱を小脇に抱え。次郎はようやく昼飯にありついたのだった。




           *         *         *

 


<……本当に波動カートリッジ弾なのか>

 そんなバカな、と言わんばかりの真田の声に、島はもう一度爆雷の側面をライトで照らしてみた。

<はい。…形状、型番からして間違いありません。…2203年製造のものです>
<……まさかお前、そばに行っていないだろうな?!>
 真田さんらしくもない。声が上擦っている…… 

 島は諦めたように溜め息を吐いた。

<…目の前にありますよ。というか、今、触ってます>
 声にならない引きつり音。
 設計し、製造したご本人でも驚くか。
 そう思うと、自分のしていることの恐ろしさが改めてこみ上げるが、だからといって、すぐにどうにかできるわけでもない…



<退避手段が今、ないんです。徳川が<金剛>をこちらに差し向けてくれてますが、デブリの中ではワープが出来ません…あと3時間待たないと到着しないんです。それに、先に新人を2人脱出させていますから、そっちの救助を優先させます>
<…島……>
 たった独りで決死隊をやっていると思われてはかなわない。島は急いで付け足した。怖がらせるわけにはいかない新人を、もう一人連れているんです。科学局局長が狼狽えないでくださいよ…?
<僕の他に、もう一人新人が残ってくれています。…緊急にこの爆雷の処理について、智恵を貸してください>
<………わかった>

 さすがに真田は判断が早かった。
 連絡手段は、通信のみ。
 爆雷の型式、製造番号は判明している。2つのうち、1つ目の安全装置は解除されているが、2つ目については不明……
 爆発すれば、島と新人は愚か、<日向>も、まだ付近にいるだろう他の2人も、下手をすれば救助接近中のもう一隻の無人機動艦も消滅する。


<島。二つ目のセイフティは解除されたかどうか不明なんだな?>
<はい>
<……起爆信号が発信されなかったのか、それともセイフティ自体が解除されなかったか、のどちらかだ…。だが、いずれにせよ爆発を防ぐ方法はある。手作業で、もう一つ…3つ目の安全装置を作動させればいいんだ>
<3つ目……>

 波動カートリッジ弾を主砲に装填するとき、南部たち砲術の連中があれを弾薬庫から手で直接運んでいたのを覚えているか。それが可能だったのは、安全装置が3つ、ついていたからなのだ。主砲に装填する直前に、最初の安全装置を一つ一つ、手動で解除している。その後発射の際の衝撃で2つ目、着弾の衝撃で最後の安全装置が外れる仕組みだったんだ。
 
 だが、そのカートリッジ弾がなぜ今まで不発でいたのか、それは俺にも分からん。汎用爆雷なら信管を外せば済むが、生憎そのカートリッジ弾は作りが違う……!



<だから、可能な限り今の状態を保て。震動を与えずに、手動で1つ目の安全装置を再度ロックするんだ>
 ——それには、まずカートリッジ弾の側面にあるスライド式のパネルの蓋を開けろ。カギなんぞついていないから手で簡単に開けられるはずだ。


<……蓋>
 ざっと筒状の側面を探すが、それらしいものはない。
<どうだ、あったか?幅15センチ、長さが20センチ程度の赤い蓋だ>
<いえ…… >
 動作が止まっているとは言え、今島の頭上にあるのは、圧縮の途中で停止した巨大なプレッサーである…… まるで巨大なワニの口の中で作業しているようだ。その威圧感が、否応なく恐怖を増大させる。しかし、こちら側から見えるカートリッジ弾の側面には、真田の言うパネルなどどこにもない。…
<…後ろ側にあるのかも知れません>
 言いながら、再度丹念に爆雷の表面をライトで照らしてみる。
 いや、……表面が溶けて、赤い色が白くなっている……。では、これが…


<ありました…でも、パネル付近の表面が溶けています。…蓋自体が本体に溶接されてくっ付いてしまっているようです……手では開けられません…!>
「…………」

 

 島に聞こえないようにクソ、と唸る。
 どうすればいい……!?


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