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野本は最後にもうひとつ背嚢を出すと、全部をカートに乗せて運ぶように彼らに指示した。
「今からそれを、中央の艦橋へ運ぶぞ。お前たちの分3つと、もうひとつは島さんの分だ」
「は…はい」
80キロの背嚢4つを乗せたカートを、交代で腰を入れつつ押しながら、3人は野本の後ろについて通路を進んだ。
<日向>は地球防衛軍の汎用戦艦である。
外見は上部に戦闘艦橋のある、全長300メートル級のごく普通の10万t駆逐巡洋艦だ。通常の感覚で言うと、『艦橋』はその艦上部にある…のだが、野本が向かっているのは船体のほぼ中央、だった。
通路はどこも、ほぼ3メートルおきに分厚い隔壁で区切られている。外部装甲板が3重になっているのは有人艦と変わらないが、内部の、通常生活区画もすべて、驚くほどの数の支柱で埋め尽くされていた。…つまり、衝撃に対する強靭さは有人艦の比ではない、ということだ。さらに、内壁に張り巡らされたセンサーが、破損箇所を瞬時に中枢へ報告し、自動制御で修理が行われるようになっている… 第一、空気が漏れることや火災を懸念する必要はなかった。修復不可能な場合は隔壁を降ろし、破損区画を隔離してしまえば済む事だからである。
「有人艦の3倍のミサイル攻撃を受けた場合でも、こいつは沈まないように出来ている」周りをきょろきょろ見回しながら感心している新人たちに、野本が言った。
最悪、横っ腹を撃ち抜かれて風穴が開いたとしても、CICと最小必要限度のレーダーアンテナが無事なら、こいつは戦闘を続行できるのさ。
「上の第一艦橋が吹っ飛ばされたって支障はゼロだ。あそこは見せかけのブリッヂで、心臓は中枢部にあるからなんだ」
その中枢、CICは、3重の外壁装甲板と内部の隔壁にガッチリ守られているからな。 野本は得意そうにそう説明した。
また、艦の後部、機関室前部には、回収した金属デブリを圧縮する『金属圧縮室』がある。そこでは、タングステン鉱、硬化テクタイト、ヘキサタイトなどを分別し、細かく裁断して圧縮しそれぞれ決まった大きさのキューブに自動精製していた。
その中から、もちろんコスモナイトなどのレアメタルも抽出する。この船内で、拾った宇宙ゴミを精製し小さく固め、資源としてこのラグランジェドックへ持ち帰るのである。
「500キログラムのコスモナイトキューブは、日本円で幾らするか、お前たち知ってるか?」
唐突にそう訊かれ、3人は目を白黒させた。
さすがの竜士もそんなことは知らない。
「約5億円だ。コスモユーロで4億7千万だな。ところが、ガミラスの駆逐艦の残骸からは、コスモナイトが10トンくらい採れる」
「…!!」
確かに、土星か冥王星付近まで採掘船を飛ばして鉱山から採掘することを考えると、これだけ地球から近い宙域でコスモナイトがそれだけ採れるとしたら、費用が5億円でも破格の安さだ。違法な『鉄屑屋』が暗躍するのも無理はない。
しかし、地球を取り巻く『宇宙ゴミ』の中に、まさか5億円がゴロゴロしているとは思わなかった。
「無人艦隊の任務の詳細は、訓練学校では教えないからな…。ここに配属になってからでなければ、宇宙ゴミの正体については知りようが無い、と言う風に出来ているのさ」
そうでもしなきゃ、地球の周りはどれだけの犠牲を払ってでもゴミを手に入れたい連中だらけになっちまうだろう。
平時の今、無人機動艦隊<俺たち>の任務は、常に『鉄屑屋』との競争だ。学校の授業で機密を漏洩していたら、連中に先を越されちまうからねえ。
そう笑いながら野本が指差したのは、分厚い隔壁の窓の向こうに見える、大きな扉だった。
『回収金属圧縮室』
その扉には、そう日本語で印字されていた。
「あの区画全体が、巨大なコンプレッサー(圧縮機)になっている。回収した金属を、あそこで押し固めるんだ」
そして、出来上がったのがあれだ。
サンプルなのだろうか、圧縮室の扉の前のケースの中に、小さくてピカピカ光る金色の立方体があった。
「これは?」
「コスモナイトさ」
「……!!」
ご、5億円。
落ち着け、カメ!
う、うるせえ、ムネ、お前こそ。
息を飲んだ3人に、野本がげらげら笑う。「これは小ちゃいから、いいとこ100万円程度だろ」
10センチ四方の金塊は、それでも3kgはするのだという。金属の比重が違うから、抽出自体は簡単なのだ、と野本は付け加えた。
圧縮室から殺風景な狭い通路をさらに100メートルほど艦首へ進む。次に現れたのは、<中央艦橋>と書かれた扉である。
「…遅かったな」
カートを押した新人達と野本を出迎えたのは、先に来ていた島だった。ヘルメットは外しているが、3人と同様、宇宙服を着ている。
「コンプレッサーを見せてきました、で、こいつを…」野本はドサリと背嚢を床に一つ降ろす。「…持ってきましたよ」
ああ、ありがとう、と島は頷く。「収納があるから、各自自分の装備を仕舞え」
竜士は<中央艦橋>内部を見回した。
………およそ通常のブリッヂとはかけ離れた風景だった。ここはこの船のほぼ中心に位置する部分だ。上部にある本来の艦橋のほぼ真下と思われるが、円形のフロアの中心に、球体を半分に割って置いたようなコスモレーダーがあり、その真上には360度投影のマルチスクリーンが設置されている。
円形のコスモレーダーを取り囲むように小さなコンソールパネルが5基、そしてその一つ一つに座席がついている。だがそれらは一つをのぞいて皆単なる通信席のようにも見えた。一基だけ形状が違うパネルに戦闘機の操縦桿のようなものが附属されていて、それがこの船を自走させるための舵なのだと分かった……
「まあ、そう戦々恐々とするなよ。怖いことなんかこれっぽっちもないから」
野本が島の分の背嚢をパネル下の収納へ仕舞いながら笑う。
怖くなんかねーやい。宗方がぼそっと呟く。
竜士は島の背嚢が消えた収納の上を見て、我知らず頷いていた。
ああ、やっぱりそうか。島副司令の席が、あの操縦桿のついてる席なんだな……
「……基本的に、この艦を内部から操縦することはない」
竜士の視線に気付いた島が、静かに口を開いた。「俺がこの船を操縦することも、おそらくないだろう」
地球の極東基地からのコントロールでコイツは発進し『本日のゴミ拾い』をする予定だ。
「さあて、準備はいいかぁ…」
フルバケットの座席には、6点式フルハーネスシートベルトがついている。野本は新人のベルトの締まり具合を逐一見回り、島にサムズアップして見せた。
(……レーシングカーみたいだ)
その上、バイザーを上げてはいるものの、もちろんメット着用である。
怖いことなんかこれっぽっちもないと言われても、物々しい装備に否応なく心拍数が上がる。戦闘機に搭乗する…と言うのともなんだか勝手が違う。島が当然のような顔をしてさっさとベルトを着用し、リラックスして座席に腰かけているのを見なければ、3人とも到底落ち着いていられなかっただろう。
「OKです」
野本が準備完了、とヘッドセットの無線でドックへ通信を送るのを、竜士は横目で捕えた…
<ヒトサンヨンマル、<日向>NO.3、ラグランジェドックより発進予定。予定掃海宙域GFK24にて本日の作業を行う>
「君達は、基本的にただそこに座っているだけで良い。何もする必要はない…目の前のレーダーと外部を映しているホログラムモニタを良く見ていろ。……ただし、気分が悪くなったらすぐに言えよ。やせ我慢はご法度だ」
重々しい声で島が言い終えると、野本がサッと敬礼した。
「…では、本日のゴミ拾いの安全を祈ります」
「ああ」
あ、整備長降りちゃうのか。
亀川がそう呟いた。グッドラック、と手を振りつつ<中央艦橋>から野本が姿を消すのを見送る。
島がメットの無線の通信状態を再度チェックしながら、コントロールへ呼び掛けた。
<……ファー・イースト、こちら島。徳川、聞こえるか>
途端にコスモレーダーの真上に位置するスクリーンに、極東基地の徳川からの映像が投影された。
<こちらファー・イースト、徳川。感度良好っすよ。予定取り、ヨンマルにエンジン始動、ドックから出します>
朗らかな笑顔に、島がサムズアップしてみせると、通信は切れた。
「ドックの外へ出ると人工重力の影響は消える。このブリッヂには酸素が来ているが、重力は外宇宙と同じだ。ただし万一に備えてメットのレギュレータースイッチを確認しておけよ…」
さあ、楽しいジェットコースターの出発だ。
存分に楽しんでくれ。
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