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「…ねえねえ、これ見てみなよ…『無人機動艦隊のお仕事紹介』メガロポリス極東基地・システム整備長の徳川太助少佐が、メガロポリスの小学校を訪問、だってさ」
島家のリビング。
夕食後のソファにゆったり沈み込んだ次郎が、電子ニューズウィークの夕刊に載っている教育面の立体ホログラム記事を、テーブルの上に再生していた。
アイランド型のキッチンの向こうから、テレサと母小枝子が身を乗り出す。
「へえ〜! 新聞にそんなのが出てるの?」
小枝子が片付けようとしていた皿を2枚持ったまま、ソファの次郎のそばへいそいそとやって来た。ホログラムの画像の中でにこやかに話をしているのは、大介の部下、丸くて人なつこい笑顔の徳川太助である。それを見て、テレサも微笑んだ。
「…徳川さんだわ」
「極東基地って、大介の基地でしょう。小学校訪問なんてしてるの?」
「政府広報の要請らしいよ。今の無人艦隊の仕事って、一般には分かり辛いからだろ」
「大介は?出てるの?」
島大介は、その極東基地の副司令官だ。
3人で画像の再生を見守る。
だが、テーブルの上に立体ホログラムで流れる映像の中に、大介の姿はない。小学校の教室に呼ばれて話をしているのは太助一人のようだった。
<…ええ、もちろん>と太助が小学6年生の質問に答えていた。
<……無人機動艦隊に使用されている艦船は、軍艦です。三連装のショックカノンやミサイル発射管もついていて、実際に敵と戦うことが出来ます。僕たちの基地で操作が可能なのは今のところ300隻ですが、そのうちの一番大きい10隻にはヤマトやアンドロメダと同じ波動砲も積まれていて、地球の絶対防衛ライン、とも呼ばれているんですよ>
無人艦隊は戦うのが仕事ではないんですか、という質問の答え、のようだ。
だが、現在は立ち向かうべき外宇宙からの敵はいないに等しい。じゃあ、今は何をやっているんですか?と他の子が手を挙げて問い掛ける。
小学校の教室で、30人ばかりの子どもたちと教師、保護者やもちろんニューズウィークの取材記者らに囲まれ、徳川太助は胸を張って答えた。
<僕らはね、平時には『宇宙のゴミ拾い』をやってるんですよ>
ゴミ拾い?
教室中がシン…として、次の瞬間、太助は子どもたちの笑いの渦に飲まれた。
「あはは」
次郎も徳川の『しまった』という顔を見たからか、思わず笑う。
無理もないか。
…子どもたちにとっては、そうでも言わないとイメージしにくいもんな。
ホログラム記事は、その無人艦隊の『ゴミ拾い』についての詳細に移って行った。
地球の衛星軌道上には、過去200年に渡り大小様々な異物——ゴミ——が放置されて来た。
例えば、耐用年数を過ぎ機能を停止した22世紀の古い人工衛星、事故・故障により制御不能となった近代の人工衛星。また、その衛星などの打上げに使われたロケット本体や、その部品、多段ロケットの切り離しなどによって生じた破片、それらの破片同士の衝突で生まれた微細な欠片。更には宇宙飛行士が落とした手袋や工具や、部品などだ。
また、そうした過去の宇宙開発に伴うゴミに加え、地球の周囲には2190年代〜2200年代に起きた侵略戦争中に被弾し沈没した、敵味方の宇宙船の残骸が未だ多く残っている。
地球大気圏に近いところに残されたものは、再突入によって燃え尽きることもあるが、それでも現在尚、数百万tを越えるそれら宇宙ゴミが地球の周りを回っているのだ。
それらの宇宙ゴミは総称して、スペース・デブリと呼ばれる。
スペース・デブリは、地表から300〜450kmの低軌道では秒速で7〜8km/s、36,000kmの静止軌道では秒速3km/sとかなりの高速で移動している。さらに軌道傾斜角によっては相対的に秒速10km/s以上で衝突する場合もある。運動エネルギーは速度の2乗に比例するため、スペース・デブリが何かに衝突する時の破壊力はすさまじく、直径が10cmほどもあれば鋼鉄製の宇宙船を破壊するほどの威力がある。
たかがゴミとは言え、そんなものがゴチャゴチャと高速で飛んでいる場所を通るのは、宇宙を航海する船にとってはとても危険なことだ。
かつて人類は、大型のデブリにナンバーをつけ、監視体制を敷いて船舶への衝突事故に対処して来た。だが、2200年代以降はイスカンダルの造船技術などの応用により、艦船の外壁も飛躍的に強度を増した……装甲板には硬化テクタイトやコスモナイト鋼鈑が使われるようになったため、2199年のヤマト以降に造られた艦船にとっては、微細なデブリの衝突はほとんど被害を及ぼさなくなったといっていい。
しかし今現在でも、地球から宇宙を往復する宇宙船の航路には、無数の巨大デブリが高速で進入する。それら危険極まりない粗大ゴミを、航海の安全のため常に掃除し続けているのが「無人機動艦隊」なのだ。
それは『ゴミ拾い』とはいえ、今最も地球のために必要な、偉大な仕事の一つ、なのである——。
その記事の文面を見ながら、テレサもふと思い出した。
地球に降りるポセイドンの医務室の窓から、青い地球(ほし)を取り巻く“雲”のようなものが見えた。接近してはじめて、それが氷の粒や岩の塊などではなく、小さな機械の欠片、板状のものや棒状のもの、…つまり何らかの人工物の残骸であることが分かった。
季節や時間帯、場所にもよるが、それら宇宙ゴミの密度は時に非常に高く、その中を通過する時は、まるでところ狭しと大小様々なゴミの浮いたプールの中を掻き分けて泳ぐような有様だった。地球の大気圏に突入する時は、こんな場所を突っ切って行かなくてはならないのか、と息を飲んだ覚えがある。
(…あの中にはきっと、ズォーダーの帝国母艦の破片も…あったのに違いないわ…)——地球を狙ってやって来た他の宇宙人達の、悲しい残滓もきっと…まだそこに。
「ゴミの中にはレアメタルも含まれてるからさ、ただのゴミ拾いじゃないってことも伝えた方がいいのになあ。小学生にはそこまで説明しないのかな…」
だが次郎のその声に、辛い思い出の糸を手繰っていたテレサは、はっと我に返る。
……そういえば自分も、話には聞いていた。
平時の無人機動艦隊の任務は主に、地球衛星軌道上の危険な大型デブリの排除だが、それは同時に別の幾つかの任務を伴うものである、ということを。
ガルマン・ガミラス、白色彗星帝国ガトランティス、暗黒星団帝星デザリアム、ボラー連邦、ディンギル……
地球の至近宇宙にやってきた敵性宇宙国家は、夥しい艦船の残骸を残して行った。それらの残骸の中には、コスモナイトやガミラシウム、ヘキサタイトといった、外宇宙の鉱山惑星でしか採取できない希少金属(レアメタル)が含まれている場合がある。それらは回収され、再利用資源として地球の復興に役立てられて来た。
例えば、波動エンジンの炉心を形成するのに欠かせないコスモナイトは、ガミラスの船舶の残骸に多く含まれる。だが、それは元々地球上には存在せず、土星や冥王星近くまで出向かなければ採掘場すらない。そのため、地球近辺の宇宙ゴミから採取されたコスモナイトは、闇市に横流しされると莫大な値段で取引きされる。侵略戦争のほとぼりが冷めなかった数年前までは、『鉄屑屋』と呼ばれる民間資源プロバイダーが闇商売としてレアメタル回収を行っていた。
ところが、それらレアメタルの回収には、往々にして多大な危険が伴うのだった。敵性宇宙人の艦船の残骸には、非常に高い確率でブービートラップが残されていたからだ。
『鉄屑屋』は過去数年に渡り、危険な作業に多くの苦役者を注ぎ込み、軍人ではない多くの若者の命を犠牲にして来た。
異星人の爆破装置に不慣れな男達が金目当てにデブリを回収し、事故に遭う。…そのため、現在はそれら民間企業の鉄屑回収屋は無許可で作業をすることを禁じられているが、それでもいまだに違法の『鉄屑屋』が暗躍し、低所得層の市民を危険な作業に送り込んでいるというのが現実である。しかも彼らはほとんどの場合、レアメタルだけを回収し、残骸はそのまま放置して行ってしまうことが多い。そのため、軍が彼らの先回りをして掃海、レアメタル回収…を行うようになったのだ。
現に、無人機動艦隊にとっては『鉄屑屋』が放置して行った艦船の解体・回収は日常茶飯事であり、レアメタルの回収に失敗し、トラップの犠牲になった『鉄屑屋』の船や乗組員の遺体を回収することさえある。危険物処理用の掃海艇隊としての機能を持つ無人機動艦隊は、日々のんびりとパトロールをしているわけではないのである。
『ゴミ拾い』とはいえこれも、人命を守る、というその艦隊の目的に準じた、崇高な任務なのだ。
「…危険なお仕事では…ないのですか…?」
ただ、以前テレサは大介にそう訊いたことがあった。
この仕事は戦闘ではない。無人の艦船を、通信を経て操るのが主な任務である。だが、その艦船がトラップの解除や爆発物の処理も担うと聞けば、不安も募る……。基地副司令の夫も、現場に出ることがあるのだろうか…、そう懸念したからだ。
だが、大介は笑って答えた。
「いや。…無人機動艦は、あくまでも無人だからね。人の命が犠牲になるようなことはないんだよ」
だから、安心していい。
彼のその一言が、ニューズウィークのホログラム画面で小学生たちと一緒になって笑う太助の笑顔に裏打ちされているような気がして、テレサは改めてホッと安堵の溜め息を吐いた。
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