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「ゴミ拾いかよ…」
 チェ。

 無人機動艦隊極東基地、まさに島大介の指揮する、その中央コンバット・ディレクション・センター(CDC)内部で。

 時田竜士は、我知らずそうボヤいていた。

 ニューズウィークの教育面に掲載された、ここのシステム整備長・徳川太助の『小学校訪問』の記事を見て以来、彼は正直…腐っていたのである。



 時田竜士は宇宙戦士訓練学校から防衛大の士官コースへ進み、『戦闘指揮官』としての適性を買われてこの基地へ配属された、いわゆるエリート士官、20歳……である。

(…俺は…戦艦勤務を希望していたのに)
 戦闘指揮全般、また艦隊用兵学に関しては、自分は著しく群を抜く成績を収めた。だから、当然、宇宙へ出て戦艦に乗れるものだと思っていた…… なのに、これはどうだ。
 竜士はCDC内部をぐるりともう一度眺めた……… まるで海の底である。この基地は東京湾の海底にあるが、作戦本部はまるで海溝の底のようだった。
 照明を落した作戦本部室内にずらりと並ぶモニタは、夥しい数の通信回線を経てすべてが太陽系内に展開する無人の戦艦に繋がっている。…だが、その戦艦には人間は一人も乗り組んでいない。

(…無人機動艦隊の功績は知ってるさ。無駄だとも思ってないし、むしろ地球にとってはなくてはならない防衛手段だ。…だけど)

 隠れたところから、無人の船を操る。
 その事自体、そもそも気に入らないのである。
 臆病…だとか、卑怯…、だとか、そういうのではない、……それだって理性では分かっていた。だから、哨戒や防衛網の構築のためにここで働くのであれば、まだ我慢も出来た……

(けど…)

 平時の今。
 この自分が任されようとしているのは、遠隔操作によるパトロール航海ですらない……
『ゴミ拾い』なのだ。

 何も、よりによって…… この俺が『ゴミ拾い艦隊基地』に配属になるなんて—— ああ。

 竜士がここに配属されてから、まだ2日と経っていない。CDCのコマンダー・ブースには、あの有名な『宇宙戦艦ヤマト』出身の基地副司令、島大介がいた。だが、その彼も一日中その場でコントローラーたちに指示を出しているだけだ……
(…稀代の名パイロット、ヤマト航海長の名が泣くぜ。あの人がしてるのは、今や操艦じゃない。……通信でコマンド出して、ゴミ拾いの船を遠隔操作しているだけじゃないか)
 これからずっと、こんなシミュレーションゲームのような任務——しかもその内実は宇宙の掃除屋——、が続くのか。そう思うと、早くも勤労意欲を喪失しそうだった。



「どうした、ボウズ」
 背後にヤニ臭い影。
 ポンと肩に置かれた手にも、竜士は一瞬むっとする。「…吉崎少佐」

 島大介の副官を務める吉崎大悟だった。実質この基地のトップである島の次席、ナンバー2が、この男である。
 竜士はこの吉崎に対しても頭ごなしに反感を持っていた。吉崎大悟は訓練学校でこそ『艦隊用兵学の権威』、などと言われているが、顔の傷をこれ見よがしに残しているのも、常に火のついていない煙草をくわえているのも、…この自分をボウズ呼ばわりするのも、いちいちみんな神経に障る。紳士面したあの島大介が、なんでこんなガラの悪そうな副官を従えているのか、それも理解できなかった。

「どうだ、ここの閉塞感には慣れて来たか?」
 まるで潜水艦だからな、この基地は。
 そう言って、吉崎は低く笑った。宇宙とはまた違う意味で、海の底ってのは窮屈だよな。
「は。…お気遣いありがとうございます」
 機械的に敬礼し、無愛想に答える。

 吉崎は、またククッと気に触る含み笑いをしてから、「ほれ」と小脇に抱えていたデータボードを竜士に差し出した。
「見ておけ。お前さんの明日の訓練スケジュールだ」
「はっ」
 素早く受け取り、電子パネルを開く。…訓練スケジュール? このシミュレーションゲーム基地で、一体どんな訓練をするっていうんだよ。
「……?!」
 スケジュール表を見て目を見張った竜士に、吉崎はまた一頻り含み笑いを漏らした。 
「どうだ、面白いだろう」
「………」


 トキタ・リュウジ。明日ヒトマルサンマル、メガロポリス有人基地よりラグランジェ恒久軌道基地へ出向。無人機動艦<日向ひゅうが>NO.3への搭乗を命ずる。


 竜士はもう一度、データボードに表示された文字を読んだ。
 ……無人機動艦<日向>への搭乗を、命ずる…、って。


「…吉崎少佐、これは…どういう意味で」
「その通りの意味だ」
「しかし、無人機動艦は…有人仕様ではないと認識しておりますが」
「そうだよ」
「し…しかし」
「しつっこいな、ボウズ」
 復唱はどうした、え?
 
 そう言われ、竜士は面食らったまま…… 復唱した、
「と…時田竜士、みょうにちヒトマルサンマル、メガロポリス有人基地よりラグランジェ恒久軌道基地へ出向…、」

 ——無人機動艦<日向>3番艦へ搭乗します。

「あ、ちなみにな」
 吉崎はフム、と頷いて背を向けたが思い出したように振り返り。
「副司令がお前に同行する。いいな」
「はっ。……は…」
 は?

 副司令が同行?

 いよいよ持って、竜士には訳が分からなかった。
 無人艦へ『乗れ』…、
 しかも島副司令と一緒に? 
 一体、どうしてまた…?! 何のために?!




           *         *         *



 さて、実のところ。
 基地の副司令・島大介自身、新人が面食らっていることは百も承知していた。
 ペーペーの出向訓練に副司令官が同行する。
 その事実に面食らわない新人なぞ、まずいないと言った方がいい。


 士官用娯楽室でビリヤードを楽しむ吉崎の後ろ姿を眺めながら、島は堅いソファに向かい合って座っている徳川太助と細々した打ち合せを進めていた。テーブルの上には、コーヒーのステンレスボトルと、手作りクッキーが一袋。

「亀川、宗方…それと、時田ですか。…あいつ、久しぶりにひとクセありそうですね」
「…そういうヤツの方が大体有望だぜ」
 そりゃまあ、そうでしょうけどね……
 太助はデータボードから島に目を移し、ニヤリと口の端を上げた。
「じゃ、訓練機のコントローラーは今回は俺、でいいですね?」
「お手柔らかに頼むよ」
「さあて、どうしましょうかね〜…」

 黒目がちの小さな瞳をくるんと回し、太助はちょっと意地悪そうな顔でペンを置くと、テーブルの上のクッキーに手を伸ばす。

「……固っ…」
 太助が口に放り込んだそのクッキーの、感想第一声である。……だが、このクッキーを島の前でケナすわけにはいかなかった。
「ひやあ、でも、おいひいれすよ?噛み応え抜群で」
「美味しいだろ?固いのは顎を鍛えられるように、っていう配慮だ」有り難く食えよ、俺の奥さんの力作なんだからな?

 笑いながら島も一つ、口に入れる。
 噛み砕くとバリンボリン、と音が聞こえるくらい固いこのクッキーは、テレサが基地の島宛に送って来た試作品だった。これを食べると、彼女の四苦八苦している姿が目に浮かぶ。可愛い…だけど、うーん。クッキーってのはやっぱり、「サク」っといきたいよな…。固い…だけじゃなく、形も歪だし味もビミョー(笑)。いくらなんでも、自分一人では持て余すので休憩室へ持って来てみんなに食べてもらおうと思ったのはいいが、これが2袋、である…。

「コーヒーに浸けて食べたら美味しいや、ほらね」
 あのテレサさんの手作りだもんなあ、有り難く頂かなきゃバチが当たりますよお…… 言いながら2つ3つと頬張る。
 太助の胃袋はとりあえず、食えるもんならなんでも遠慮なく…らしい。

「…もう一袋あるぞ」
 ボトルの中のコーヒーに注意深く5つ目のクッキーを浸していた太助が、「えっ…」と顔を上げる。島が差し出した別の袋を見て、苦笑い……
「えっ、あの、いや…さすがに…。そ…それは明日のおやつにでも取っておきましょうよ」
「そうか?いいんだぞ、全部食べてくれても?」
「いいい、いえ、あのその」

 あはは、と島は笑うと、うーん、と伸びをして立ち上がる。
 コーヒーのステンレスボトルを片手に吉崎の隣へ行き、弾ける玉の行方を眺めた。

「…試乗訓練ですか。…パイロットの虫が、疼きますか」
 ナインボールを見事に成功させた吉崎が、ふふふと笑ってそう呟いた。
 …毎日毎日、こんな海の底ですからなあ。たまには宇宙(そら)でも飛ばないとねえ。

「ふふ…無人艦に乗るのはそれほど楽しい話じゃないなぁ。…次はお前が行くかい、吉崎?」
「いや〜遠慮しときますよ」
 後ろで、クッキーを飲み下しながら太助がクツクツと笑った。
「遊園地の回転コースターみたいなもんですよ。…お嫌いでしたっけ〜」
「……でえっきれえだ、つってんだろ、コノヤロ」
「あっはっは…」
 島だって、絶叫マシンは苦手である。訓練艦のコントローラーが徳川だからまだ我慢できるが、さもなければ無人艦に乗ること自体、出来ればご免被りたかった。


 無人機動艦隊の管制官…つまり、タキオン通信を使って艦隊を操るコントローラーの仕事はまず、『自分が扱う艦を知ること』から始まる。

 …というのは。

 無人艦の動きは有人艦とは較べものにならないほど『速い』。
 一度でも宇宙艦に搭乗したことのある人間なら、有人艦がどんな動きをするか…は体感として当然理解している。だが、あくまでも内部に生活する戦闘員の安全を考慮した範囲内での動きしか「しない」のが有人艦だ。対して、無人艦艦内では乗組員の安全に配慮する必要などないため、通常では行わない急激な機動が、日常的に繰り返される。
 頭でそれが分かっていても、実際にどんな機動を取るのか。それを体感することが、コントローラーたちの最初の任務なのである。

 そのいわば試乗訓練に上官達が同行するのは、無論新人達の安全のため。とはいえ、島や徳川はもういい加減にその役目にうんざりしている……遊園地の絶叫マシンが好きな人間でも、その手の遊具に10時間も乗っていろと言われたら躊躇するに違いない。無人機動艦に乗る、と言うのはまさに、それに近いことなのだった。
 だが、島や徳川ほど腕のいい管制官でなければ、乗り心地はもっと悪くなるだろう……新人や、未熟なコントローラーの操る艦には、とてもではないが乗れたものではなかった。それこそジューサーかミキサーに入れられた野菜みたいになってしまうこと請け合いだ。

 そこで、いつからか島が新人に同行する時は徳川が、徳川が同行する時は島が、訓練艦のコントロールを担うのが、暗黙の了解になっていった。互いに『無人艦の地獄の乗り心地を知っている信頼できる相手』が艦のコントロールを担うことで、最低限の安全が保たれる、というわけだ。だがそれでも2人は、もうそろそろいい加減、この役目は部下達に振りたいと考え始めていた。

「島さん、きついと思ったらすぐ連絡してくださいよ?」
「分かってるよ」
「…まったくなあ……、なんだって基地のトップがこんな仕事しなきゃならないんだよ、なあ…」
 徳川はぶつくさ言いながら、もう一度吉崎にそう言った…… 吉崎さん、ズルいぞ。
「勘弁してくれよホント…」
 吉崎は肩をすくめて天を仰ぐ。
 吉崎は過去に一度試乗訓練に同行し、重度の船酔いにかかって一週間寝たきりになってしまったことがある。以来、彼はこの任務から外されているのだ。艦隊用兵術にかけては右に出る者のいない吉崎だが、この仕事だけは二度とご免だ、と言うのも分からないことではない。


 さて今回、島は3人の新人管制官の試乗訓練に同行することになっている。

 その中の一人が、経歴上は非の打ち所のないエリート士官・時田竜士だった。

 出来のいい奴ほど、無人艦隊の任務に反感を持ってやって来る。有人艦至上主義の連中の間では、傀儡、マリオネットと揶揄される無人艦隊だ。この艦隊の真の有効性を認識せぬままであれば、誇りの持てないルーティンワークに嫌気が差し、いずれこの基地を去るだろう。一方、無人艦隊の真価に気付けば、地球の未来を担う人材として防衛軍になくてはならない戦力になる。それを同行して見極めるのが、基地の頂点である島や徳川の役目でもあるのだ。

 島は、基地に配属されて来た途端に見せた、時田竜士の不服そうな顔を思い浮べた。成績優秀で負けん気も強い。ハタチか。…次郎とそう変わらない年齢だな。
(…大化けするか、使い物にならなくなるか。——ともあれ、しっかり見極めさせてもらおうか)

 新人のプロフィールをデータボードで再度確認しながら、テレサのクッキーを、もう一つ…パキン、と齧った。


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