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(俺は死に損ないだ。…彗星戦でもディンギル戦でも、英雄には…… なれなかった)

 過去、島自身その事実に苛まれたことも確かにあった。この自分とて、特攻で命を散らすこと、玉砕することが恰好良いと……思ったことが確かにあったのだ。


 時が経って、愛する者に再び巡り会い。
 生きていることはすなわち偶然ではなく、類い稀な奇跡だと理解し。その道を選ぶことを赦されたという幸せに感謝できるようになるまでは…… これは、幾ら口で説明しようとしたところで、分からないことなのかもしれなかった。

(生き恥をさらして、人の乗らない戦艦を隠れた場所から操る上官、か……)

 あいつにとって俺は、“特攻精神”とは正反対のところにいるわけだ。さて、これはまた…… とんでもなく皮肉な、…いや、カッコイイ役回りじゃないか。
 だがここで、そんな風に考えられる自分は…まったくもって成長したものだ、と我ながら苦笑を禁じ得ない。

 怖いモノは怖いと言える、生きていて嬉しいと正直に言える。
 友の死を、素直に悲しみ涙を流し、心から悔やむことが出来る……腰抜け、卑怯者と罵られようが、愛する家族の元へ這ってでも還る、それが本当に「愛する」ということだ。
 それこそが本当の強さであり、男として人として、悔いを残さない生き方だと——今になればようやく解る。
 
 だが、まだ歳若い時田のような戦士には、それはきっと理解し難いことなのに違いない。



「特攻が、カッコイイ…か」
 目を和ませながら、再度呟く。
「ええ。島副司令は、そうは思われませんか」
 竜士は挑戦的な眼差しでこちらを見ている。

(あなたは生き残った指揮官の一人だ。…生き恥、って言葉を知っていますか)

 竜士の視線がそう言っているような気がした。
「……そうだな。ヤマトで死んだ仲間達は、全員…素晴らしい連中だった。恰好良いかどうかは分からんが、彼らのしてくれたことの意味は、大きかった」
 この血気盛んな新人を、諌めるでもなく叱咤するでもなく。
 ただ、島は彼を……そして、特攻して死んでいった仲間達を、肯定した。



 特攻がカッコイイだなんて、口が裂けても言うな。

 本当は、そう言いたかった。だが、敢えてそれを思いとどまる。
 言葉で理解させられる内容ではない…… 
 それに。
 山本も、加藤も… 斉藤も土方さんも、そして、自身を犠牲にして散って行ったどの戦士、どの民間人の死も、無駄だったものは何一つない。

 そして、今、命永らえているこの自分の生き様も。無駄な存在は一つとしてないのだ。
 無論。
 ここで静かに気焔を上げている、この若い戦士も……、である。



 島はそう思い、改めて微笑んだ。
 生きていれば、そのうち分かる。……分かる時が、きっと来る。




           *          *         *




(……出来た♪)
 クッキーの生地、バター風味とチョコレート、それからシナモン。プレーンとチョコは冷蔵庫で冷したら、くるくる巻いてカットして、うず巻きさん。アイスボックスも、できるかしら?
 あらあらテレサ。
 そんなにたくさんクッキー作ってどうするの?
 ……と小枝子には毎度笑われるのだが、試作品でも次郎さんとそのお友達、お父様やそのお友達にも…と配っていたら、あっという間に無くなってしまう。抜群に美味しい、と言うわけではないにしろ、テレサが一人で作れるお菓子はクッキーくらいのものだった。それに、作っているとそれだけで楽しい…だから、勢い分量が多めになってしまうのはどうにも仕方のないことだったのだ。
 あとは、次郎さんがクッキーの抜き型を買って来てくださったら。…島さんのために、とっておきのができるわ。



 キッチンの窓から、ふと外を見る。
 スズメがチチチ…と飛んで行った。
 空は清々しい匂いに満ちていて、今日も高く、青い……

(島さん。あと3日したら、また…会える。今頃あなたは、どうしているの…? あの海の底の基地で、何をしてるの……)

 
 たまには、コーヒーでも飲もうかしら。
 珈琲豆の保管してある棚がもう、彼の匂いで満ちていた。
 うふふっ、とつい笑みが漏れる……。サイフォンでいれるのは難しいから、インスタントでもいいわ。

 飲むのは苦手なくせに、この香りがテレサは大好きだった。目を閉じると、目の前に彼がいるような気がするからだ。

 初めて出会ったあの頃は、彼のことなど何も知らなかった。
 珈琲が好きだ、ということも、シャツの色は青が好きだなんていうことも。カップやお皿は西洋風の白磁が好きで、そのくせお箸で和食、が大好きだなんてことも……何も。
 それでも、いつの間にか、彼が好きだった。
 自分の生きている意味、生かされている意味すら、忘れそうになるほど。…彼との出会いは素晴らしかった。
 どんな人か、などということは、どうでも良かった……、 ただ彼が。

 あなたが、島さんだったから。
 だから私はあなたに……恋をしたのよ……——。

 彼が「好きだ」と言った、「青い色」の空をもう一度見上げる。
 


 島さん……
 大好きよ、…愛してる。

 



           *          *          *

 



 無重力空間での小休止が、そろそろ終わろうとする時分だった。
 竜士との会話は、妙なところで途切れてしまったが、島は致し方ないと諦める。
 まあ、この訓練で何かしら得るものがあれば、それでいいさ。

「さあ、そろそろ再開する頃合いだな」
 バックパックを片付けて、座席に身体を固定しろ。
 すっかりリフレッシュした新人達も、はい、と返事をしつつ思い思いに立ち上がった。

 と、…徳川からの通信が入った。
<こちらファー・イースト、徳川です。……島さん、ちょっと問題が起きたみたいです>
「なんだ?」
 ヘッドセットをかけ直し、島は聞き直す。
<……先ほど回収した残骸に圧縮をかけているんですが、どうも誤動作してるようです。コンプレッサーがヘソ曲げてて、うまく動いていません>
「誤動作?」
<滅多にないことなんですが>

 まあ、ドックへ戻れば大抵の誤動作は解決しますが、島さん達が丁度乗っているんだし、圧縮室へ様子を見に行ってもらえませんかね?
 相変わらず調子のいい太助の口調に、島は首を縦に振る。はいよ、分かったよ。

「よし、たまにはアナログ作業も悪くはないからな」
 一度締めようとしていた6点式のベルトを外すと、島は時田達にも一緒に来るよう、手招きした。
「圧縮室でトラブルだ。調査に行くぞ」
「…トラブルですか」

 何だろう?
 顔を見合わせる新人達に、島はニヤリと笑って付け加える。
「どんな精巧なシステムも、結局のところそれを使うのは人間だ。手作業のメンテナンスがし易いように設計するのも技量のうちなんだが、全自動の機械に対してはメンテナンスフリーを過剰に期待しすぎる嫌いがあるだろう。だが、無人機動艦は手作業でも修理が可能だ。そういう風に作ってある」
 まるで俺が設計したんだ、とでも言いたげな島の口ぶりに、竜士はちょっとだけカチンとくる。
(…副司令が設計したわけでもないだろうに)

 だが、無重力の艦内を「遊泳」して移動することの方が先だった。狭い通路を筒に見たて、<艦橋>出口のオートドアの縁をひと蹴り。先に立って「泳いで」行く島に続いて、3人もその後を追う。


                     *


「……おかしいなあ。こんなこと滅多にないんだけど」
 一方、極東基地のCDCでは、太助がまだ首を傾げていた。
 火星基地上空の掃海に向かわせた別働隊5隻のコントロールを担う吉崎が、モニタから目を離して訊ねる…
「どうした?徳川」
「島さんたちが乗ってる<日向>の圧縮室のコンプレッサーがヘソ曲げてるんです。セーフティシステムが勝手に作動して、機能を停止しちゃうんですよ」
「…? トラップ反応が出てるんじゃないのか?」

 回収した宇宙ゴミの中には、爆発物が残されていることがある…ブービー・トラップ、間抜け騙し。敗残・撤退する敵兵が、残して行く艦や設備に無害を装って仕掛けて行く罠。
 だが、最初からトラップの存在を想定して回収作業は行われているので、残骸の中に起爆装置の構造を持つもの(信管)があれば、無人機動艦はスキャニングの際その反応を探知して残骸の圧縮を自動的に中止する。爆発の危険のあるものは艦外へ放出後、曳航してドックへ持ち帰り、処理班が然るべき処理を施す、という万全な手筈になっているのである。

「いえ……トラップ反応はないんですよ」
 ほら、と徳川が示した<日向>の圧縮室スキャニング画像を吉崎も覗き込んだ。
「見た限り、回収金属の中には危険物はないはずです。それなのに安全装置が勝手に作動してる状態です」
「むう…。コンプレッサーの裁断ブレードが、何かに引っかかっているんじゃないか? 機械任せだからな、故障することだってあるだろう」
「認めたくないですけどね〜〜」
 うちの船の処理システムは、他と違って真田さんの折り紙付きなんですから。
「ま、副司令が現場にいるんだ。不幸中の幸い、じゃないか…」
「そうですね」

 ドックでしか点検できないトラブルを、飛んでる最中に確認出来るなんてこと、滅多にないラッキーです。しかも、設計に関わった島さん本人が行ってるんだしね。

 …んじゃ、まかせますか。

「新人達にも、良い経験になるよ」
 太助と吉崎はそう言って笑い合った。

 だが、<日向>の金属圧縮室の中で起きているのは、単なる安全装置の誤動作ではなかったのだ。


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