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<気を付けろよ…>

 <中央艦橋>を出ると、酸素濃度も低くなる。メットの交信機を調整しつつ、4人は「回収金属圧縮室」へ向かっていた。
 各々、背嚢に入っていた工具袋を携えている—— スパナやら、レンチやらライトやらといった、手作業用の工具である。

 島は圧縮室の扉の横の壁にある小さなパネルの蓋を開け、ロックを解除した。ついで圧縮室の扉を手動で開けるよう、3人に指示する。
<お、重っ……>
 固定用フックで身体を壁に固定しながら、新人たちは3人掛かりで厚さが60センチはあるドアをこじ開けた。
 

 内部は先ほど野本が言ったように、「巨大なコンプレッサー」であった—— 扉から入ってすぐのところに、申し訳程度に設置されたマニュアル対応コントロールパネルがあり、手すりを越えたその先には、上下に開く巨大な鋳型のようなものが見えた。その装置が数トンから数十トンの瓦礫を押し固め、その1/100ほどの金属塊がそこから生み出されるのだ。

 鋳型は、先ほどの徳川の報告通り、プレスの最中で動作が停止していた。まるで巨大な鍋の蓋が今にも閉じられようとしているかのようだ。

<何が問題なんだ…?>
 プレス機が停止しているのをコントロールパネルで改めて確認し、島は手すりの向こうの圧縮区画を映し出すモニタを覗き込んだ。角度を変え、幾度か内部を観察する…… 長さ約2メートル、直径90センチあまりの筒状の何かが、圧縮機の中でつっかえ棒のように斜めに挟まっているのが見てとれた。セイフティがそれを探知して動作を停止したらしいが、モニタ画面で見る限りそれはドラム缶の親玉…のように見える——


<……!?>
 まさか。

 なんですかね、あれ?と後ろでガヤガヤ言っている新人たちの声が、瞬間……島の耳に届かなくなる。“あれ”には見覚えがあった。
 黙れ、と片手で後ろ様に合図する。
 身の毛がよだつ…… この感覚は、しばらくぶりである—— 


 大変だ。


<…徳川。こちら島>
<ハイ、ファー・イースト、徳川です>
<……エラいものが挟まってる。…不発の波動カートリッジ弾だ>
<………は…… >
 太助の声が、ぶっつり途切れた。島は、耳元で叫ばれるのを覚悟して片目をつぶった——<波動カートリッジ弾!?>

 冷静な島の通信内容には驚かなかった新人たちが、徳川の叫び声に動揺し始める。太助は明らかに動転していた。
<しっ、島さん、直ちに退避を!! <日向>そのものから退避してください!!>

 


 波動カートリッジ弾は、汎用爆雷ではない。
 <ヤマト>の46ミリ主砲にのみ装填が可能とされた、<ヤマト>だけが使用できる特殊なカートリッジ爆弾(爆雷)である。

 信管はなく、2段式の安全装置(ダブルセイフティ)が外れることにより起爆信号が内部に流れ、圧縮された波動エネルギーが炸裂する。主砲から発射された衝撃により最初のセイフティが、そして敵艦に着弾した衝撃で2番目のセイフティが解除され、一発でも爆発が起きれば、余波で同時に着弾した他の爆雷も残さず誘爆を起こす仕組みだった。
 この波動カートリッジ弾数十発で、過去にはデザリアム、またディンギルの“艦隊”を撃破したことがあるのだ。

(…まいったな。…信管がない、だからはっきりとトラップ反応が出なかったんだ) 
 それにしても、コンプレッサーが停止してくれて良かった……!

 こいつがどこで、これをくわえ込んだか……そして、なぜ今まで爆発しなかったのかは謎だ。ダブルセイフティは作動しなかったのか。…いや、発射の時点で確実に一つ目は解除されている。これがここに着弾した時点で、本来なら爆発していなくてはならないものなのに…… 一体なぜ……?!

 島の背後で、新人たちがおろおろしている。徳川の狼狽え様に、これがとてつもなく拙い状況であることに気がついたのだ。

 島とて、正直足がすくむ思いだった。
 今、圧縮機はその巨大な圧縮盤面で他の瓦礫と一緒にカートリッジ弾を斜めに抑え込んでいる状況だ。太助が強制的に圧縮機の安全装置を解除し、こいつを潰そうとしていれば……俺たちはとうの昔にあの世行きだったわけだ。
(だが、現時点でも地獄の入口にいることは間違いない……)
 波動カートリッジ弾は、波動砲の破壊力を爆雷に圧縮して詰め込んだものだ。爆発すれば、この10万t駆逐艦などひとたまりもない。

 島は、自分がいつになく怖じ気づいていることに気付いた。ヤマトに乗っていた頃は…、いや。ポセイドンで艦長をしていたときでさえ、これほどの恐怖に襲われた覚えはなかった。
(……テレサ)
 彼女の顔が脳裏を過る… 
 不発弾で消し飛ぶ恐怖は、そのまま愛する彼女との生活を失う恐怖だった。
(クソッ)

 守りに入ったつもりは、まだなかったのに。
 安穏な生活を失うことが、これほど…恐ろしいとは!

 だが、新人を3人率いた上官として自分はここにいるのだ。
 恐れに飲まれている場合じゃない。何をすべきか、考えろ…!


<……作業を中断する。…直ちに<日向>より退避するぞ>
 後ろの3人に向かって静かに命じた。
 この宙域は、大型デブリがまだ無数に飛んでいる未掃海宙域だ。他の大型デブリが衝突してくれば、その震動で起爆して今度こそお仕舞いになりかねない……

(しっかりしろ。…恐怖の中でどれだけ的確な判断が出来るか、それがヤマト乗組員の真価じゃなかったのか)
 自分を叱咤した。
 次の瞬間に命を失うことを覚悟しつつ、正確に迅速に細かい作業をする… それがヤマトで求められた戦いだった。恐怖に逃げ出したくとも、逃げ場はない。死ぬ覚悟と、戦闘後の精神的解放。その繰り返しだ。精神的に脆いヤツは、耐え切れず自ら敵の凶弾に身を晒して、その果てしなく続く恐怖と底知れぬ緊張から逃れようとしたほどだった……


<急げ。工具はここへ置いて行っていい>
<は…はいっ>
 後ずさる新人たちの腰が抜けている… 3人は我れ先に、先ほど自分たちでこじ開けたドアの隙間から傾れ出た。

<…慌てるな!生命維持装置を確認。酸素レギュレーター確認。…通信機は正常か?>
<…はいっ><大丈夫です><OKですっ>
 即時船外への退避が可能だと確認し、通路の収納から信号用サーチライトを取り出すと、島はそれをすぐそばにいた亀川に手渡した。

 波動カートリッジ弾の爆発時、衝撃波を受けずに済む安全距離は…… 
 くそ、……思い出せない。

 メットのバイザー越しにこちらを見る、すがるような新人たちの視線に気付き、焦りが募る。


<…ファー・イースト、徳川です! 島さん、一番近くにいる無人機動艦を今、全速でそちらへ向かわせています…… ですが、どう急いでも3時間あまりはかかります、それまでできるだけ<日向>から距離を取っていてください!>
 徳川からの無線連絡に、分かった、とうなずく。
<安全距離は… 2000メートル以上…、だったか>
<いえ、最低でも1万から3万メートルは離れてください! <日向>の波動エンジンに誘爆したら、その宙域一帯が吹き飛びます…!!>
<1万…>

 腰に着けている小さな姿勢制御用ロケットに目を落した。こいつだけでここから離れるとしたら、各人が着けているロケットでは到底燃料が足りない…… 
 新人たちも互いに顔を見合わせた。この小さなロケットを使って<日向>から1万メートル離れるには、一体何時間かかるか。そして燃料はどこまで持つのか。簡単な計算だ。

<お…俺たち、…死ぬ…んですか>
 しゃくり上げるような声に振り向く。そう呟いた宗方の表情に広がるものに気付き、島は肚を決めた。…いかん、パニックになるな。


 決めた途端、身体が動いていた、…かつてヤマトでそうしていたように。

 腰の姿勢制御ロケットをベルトごと外し、宗方の肩を軽く叩きながら、側面に回り込む。自分の着けていた分を宗方の腰に二重に巻き付け固定した。
<…足し算だ。これで航続距離が伸びる。<日向>を離れる時の運動エネルギーに加えて噴射を続ければ、安全距離まで1時間程度で行ける>
 大丈夫だ宗方。安心しろ。
<周辺はデブリが多い。方向転換や停止のための燃料も考えておけ。クロノメーターと水平ジャイロはあるな?>
<…副司令…なにを>

 宗方が、そこでやっと島の思惑に気付き、泣きそうな顔で震え出した。
<ムネッ…バカヤロ…ウ>
 バカヤロー、上官を逃がすのが俺たちペーペーの仕事じゃないのか!
 竜士はそう言いかけたが、自分とて膝が震えて立っているのがやっとの有様だった… 隣で口も利けずにいる亀川からロケットをはぎ取って、自分も宗方と一緒に逃げてしまいたいくらいだ。
 亀川も似たような心境なのだろう。
 目が合って、互いに奥歯をギリ、と噛み締めた。
 
 醜い心の葛藤を繰り返す自分たちにかまわず、上官はごく冷静な様子で最短距離にある脱出用ハッチの位置をクロノメーターに呼び出している……
<いいか、見ろ>
 島は静かな声で艦内図を皆に示した。
 ここから艦首方向へ16メートル、この通路の先を右だ。
 ハッチのロックは壁のパネルの中にある。
 ナンバーは俺の生体認識コードを入力。分かってるな?
<行け。…ぐずぐずするな>
<でも>

 副司令は… 

 正直、そう問われても答えが見つからない。
 ロケットがない状態では安全距離までへの退避は難しい。ロケットを宗方に譲った自分がこの状況で出来ることは、…あの爆雷をどうにかして爆発しないようにすること、それしかなかった。

<…大丈夫だ。お前たちも今まで知らずに呑気に休憩してただろう。今さら慌てるのもおかしな話じゃないか>
 そうは言いながら、喉の奥がからからなのに気付く。メットのバイザーが自分の動揺を隠してくれていることを願い、島は部下たちに笑ってみせた…
 この船の安全装置がアレを探知して作業を中断しなかったら、今頃俺たちはなんにも知らないうちにお陀仏だったんだぜ?

<さあ、…さっさと行け>
<でも、副司令!!>
<勘違いするな。俺はお前たちを見捨てるわけに行かないのと同じくらい、この船を見捨てて行けないんだ。……あの爆雷を、どうにかして処理する>

 なんだって…!?
 新人たちの顔に驚愕が広がった。


<俺はもともと、船乗りだ。艦長は船を見捨てたら艦長失格なんだぜ……無人機動艦を考案して、船の設計からここまで育て上げたのは、この俺なんだからな>
 ……無論、科学局と真田さんの助力がなかったら…不可能だったことだが。

 自分で言いながら、島はハッと気付いた。
 真田さん。


 ……そうだ、真田さんだ!


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