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 キャーーー!!と言ったか、グエーーー!!と叫んだか。

 フルハーネスのシートベルトを、これほど有り難いと思ったのは、時田竜士、これが生まれて初めてだった。

 <日向>がラグランジェから出航して数分後、宗方と亀川は早くもグロッキー、という顔になっていた。人工重力は消えているから艦内は無重力である… だが、直線航行から急激な回頭、ロールを繰り返し、デブリの手前で停止。そのすべては艦体側面についている姿勢制御ロケットによって行われるが、有人艦とは比較にならないほどの運動エネルギーが常に激しく逆方向へとかかるため、無重力の艦内でもその震動と遠心力の影響とは凄まじかった。さらに、人間の体内は、そう短時間のうちに無重力状態に順応するわけではない。筋肉の状態は地球上の重力に比例して緊張したままだから、血圧や脈拍も否応無しに上がる。

「大丈夫かぁ、ムネ?カメ!?」
 もういい加減おしまいにして欲しい…と内心思いながら、竜士は2人に声を掛けた。
「…もう限界か?」
 2人の様子を見ていた島がそう言いかけたが、途端に亀川が歯を食いしばって答える。
「いえ、まだ平気でありますっ」
 だって、まだ… 大してゴミの回収をしたわけでもないし……
「そうか?」

 予め、バイタルコントロールシステムも作動している。彼らの心身に堪え難い異常があれば、基地の徳川からもストップがかかるはずである。そもそも、まだこれは序の口、ようやく予定された掃海宙域に到着したばかりだった。島は肩をすくめると、ヘッドセットのインカムヘ呼び掛ける。
<ファー・イースト、こちら島。作業続行。軌道上のデブリ回収に入る>
 徳川がスクリーンに現れ、朗らかに答えた。
<了解。… ? 新人ども、大丈夫かぁ?>
「だ、大丈夫ですっ」
 噛み締めた奥歯に力が入っている……分かっていても、緩められない。そんな状態だったが、竜士は頭上の徳川に向かって声を上げた。

(まったく、負けん気だけは立派だな)
 島が苦笑した。


 <日向>は、高度4万キロの静止軌道上での『宇宙ゴミ』回収作業に入った。
 ゴミは一定方向へゆっくりと飛んでいる……巨大な掃除機のノズルのようなアームで、直径30センチから1メートルほどの瓦礫を数百、吸い込みながら、<日向>はそれらゴミと同じ方向へゆっくりと飛んだ。ゴミが制止して見えるのは、<日向>がゴミと同じ速度で飛んでいるからである。

「…あれ…でかいな」
 さらに数分後。極東基地からのコマンドで、<日向>が回収のため接近したのは巨大な戦艦の残骸である。
「まだこんなものが地球の近くにあったんだ……」
 竜士も宗方も亀川も、呆気にとられてその巨大な残骸を見つめた。

 太陽の光線を浴びて、まっ白に反射している金属板の裏側は黒く焼けただれている。残骸はその所々の形状から、ディンギル星の船のようだと判断されたが、損傷が激しく元々の大きさや艦船としての用途までは分からなかった。
「…コイツは単に回収して圧縮金属にするのがオチだな」
 ガミラスのものであれば、駆動部にコスモナイトが使用されている。ガトランティスのものなら、ヘキサタイトが期待できた。だが、デザリアムやディンギルの遺物からは、レアメタルはほとんど採取できない。

 残骸に負けず劣らず大きなアームが2本、<日向>の下部から伸びて行き、残骸に吸着した。
 ガシャン。
 アームが残骸を抱き込んだ震動が伝わって来る。
「これから、あれを幾つかに切断して船内へ取り込むんだ」
 島が頭上のスクリーンを指差しながら説明した。スクリーン上には、アンテナ部分や艦尾の突起を容赦なくボキボキともぎ取って吸収していくアームの動きがよく見えた。
 
<こちらファー・イースト、徳川。島さん、あのゴミの容量だとしばらくの間圧縮室が満杯になると思われます。次のゴミを回収できるようになるまで、小一時間休憩でもしていてください>
<…こちら島。了解>

 聞いたか?
 亀川がまさか、というように顔を上げた。休憩?休憩って。
 休憩、できるのかあ〜?
 ふー、ひい〜〜〜……良かったあ…!!
 途端に嬉しそうな顔をした新人達に、島は苦笑した…… おいおい、露骨に顔に出し過ぎだぞ。

「というわけだ。基地から再開の連絡がくるまで、小休止、といこう」
ベルトを外すと、島は用心深く立ち上がった。
 無重力空間なので、慣れるまでが少々面倒であるが、新人とは言え伊達に宇宙戦士訓練学校は出ていない。背嚢を出して各自が携帯用の飲料を口にするのに、さして時間はかからなかった。
「ふ〜〜〜〜〜〜…」
 背嚢には、やたらと甘い飲み物ばかり入っていたが、ここに至ってその理由が分かる。皆、短時間に酷く消耗していると気がついたからだった。そして、飲み物と同時に携帯用トイレも傍らに用意する。なんだか変な具合である。

「…どうだ、この船の乗り心地は」
 笑って島がそう問うた。
「最悪です」
 宗方が間髪を入れずにそう答えたので、4人は同時に声を立てて笑う。

 新人を懐柔するのに、これほど適したチャンスは他にない。最初からそのつもりでいた島は、さりげなく竜士に話しかけた。
「……戦闘指揮と艦隊用兵学で首席だったそうだな。こんな部署へ配属になって残念だっただろう」
「は… いえ」
 声を出して笑った後だったし、緊張の連続の直後だ。副司令、さすが心理的にうまいタイミング突いて来るな…、と思いながら、竜士は少しリラックスした気分で島に答えていた。
「……残念とか、そういうわけでは。ただ、正直自分、戦艦勤務を希望していましたんで」
「戦艦か」
「…ヤマトならベストでしたね」
「ヤマト?」
「ええ、島副司令が…人類初のワープドライブを成功させたあの船です」
「……ヤマトに乗りたかったのか、時田は」
 ゆっくりとそう繰り返した島の頬には、懐かしそうな笑みが浮かんでいた。

 どうしてヤマトを降りたんですか?
 次の時田の質問は、きっとそれなのだろう。そうも思いながら、どう答えようか…と思いを巡らせる。


 だが島の意に反して、竜士は真面目な目つきでボソリ、と続けた。

「……自分、子どもの頃から特攻に憧れてたんですよね…」
 思いもかけない一言に、島はハッと我に返る。
「特攻?」
「……ヤマトなら、山本明。空間騎兵隊の、斉藤始。…地球連合艦隊の、土方総司令」——ああいう戦士になりたい。憧れてるんです、俺。

 竜士の口から出てくる名に、眉をひそめる——
 過去の凄惨な記憶が、急激に甦ってきた。

「……憧れている」
 そうおうむ返しに呟いた島に、竜士は頷いた。「ええ。特攻で最期を飾る。それって、軍人として一番カッコイイ在り方、じゃないですか。特攻こそ大和魂、ですよ…さすがにヤマトは、大昔の特攻精神を地で行ってましたもんね。名前負けしてない、凄い船ですよ」


 カッコイイ、……って

 ちょっとまて、と言いそうになった。
 時田には、ヤマト出身の島を持ち上げよう、という気遣いもあるのかもしれない。だが、どうもそれだけではないような気がした。

 …確かに… 
 平時と言われる世の中になって、もう……かれこれ8年近くなる。もう二度と地球は未曾有の危機に見舞われることなどないような気が、島ですらしていた、それは否めない。
 だが。
 特攻がカッコイイって…


(ここで怒っても、コイツには通じないだろうな)
 怒りより、脱力感に襲われる。…そんなものなんだろうか。
 コイツらのような世代にとっちゃ、俺たちの生き抜いて来たあの地獄は、カッコイイ、という風に見えているのか…。
 土方司令の最期の通信は、操縦不能に陥ったヤマトの艦内で、島も聞いていた。

 ——生きて、最期まで…… ヤマトよ、生きていたら……

 その言葉が、土方の最期だった。
 彗星帝国の下部にコスモタイガーを体当りさせて散って行った山本の最期、そして今でこそ壮挙として語り継がれるようになった斉藤始の死に様は、島も又聞きでしか知らない。
 だが、自身の目でそれを見届けた親友・古代進の語り口からは、彼らの最期がカッコ良かった……などという思いは、到底感じられなかった。



 だが、唐突に気付く。

 かつてそのヤマトの乗組員でありながら、今ここに生きていて…その上無人の戦艦を遠隔操作で指揮する俺を、こいつがどう思っているのか——。


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