奇跡の欠片 <6> 

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<6.  顛末>

 


 ヤマトで、何が起きたのか。
 その事の顛末を粧子に教えてくれたのは、ヤマト艦長・古代進の婚約者、森雪だった。




 島は、粧子のメモに衝撃的な文句を書き殴ると、ベッドの上で膝を抱え、顔を覆ってしばらくの間黙り込んだ。時折彼の両肩が啜り泣いてでもいるように大きく震えたが、粧子もどうしていいのか分からなかった……
 
ただ、おそらくこんな醜態をさらしてしまったことを彼は後悔するに違いない。そこで、急いでメモにこう書いて彼の枕元に置き、そのまま部屋を出た。

『死にたかった島さんも、正しいと思います。でも、あなたが終わっちゃったら、私、悲しいです』
 島の書いたメモも、一緒に破いて置いて来た。
 見なかったことにします、そういうつもりだった。

 思い返すとへんてこりんな文章を書いて渡したものだ、と少し恥ずかしくなった。だが、あれが粧子の本音なのだ。


 ただ、あまりにも島が書いた文章が衝撃的で頭から離れなかったので、思い切ってナースセンターから医局へ出向いた……誰かにこれを、打ち明けたかったからだ。
 逡巡して探し当てたのが、ヤマトで乗組員達のメンタルケアを行っていた森雪、だった。



<……こんな時に、申し訳ありません>
 森雪自身も、療養中だったからである。
 しかし雪は、粧子が島の病室担当のヘルパーだと知って快く時間を取ってくれた。

「そう……島くんがそんなことを」
 メモの話をすると、雪は悲しそうにそう呟いた。
<私はただのヘルパーです。患者さんのプライベートに興味を持つなんて、本当はいけないことです、それは分かっています。でも、あの方のことは、イスカンダルから戻られたときから私、お世話していたので気になって>


「島くんは…、敵陣で銃弾を受けたの。その傷を…隠したまま、操縦を続けてた……」

 私たちみんな…… あの人があの席にいれば、間違いなくヤマトは大丈夫、といつでも考えていたわ。まさか、怪我していたなんて…気づかなかった。
 …半分は、私のせいなのよ。


 そう言ったきり額を押えるようにして、森雪はしばらくの間…黙り込んでしまった。
<……あの…>
 粧子はたちまち後悔し始めた……この人にしても、女の身でその同じ戦場に身を投じていたのだ。その上看護師として目の前にいた島の負傷に気づかず、死なせるようなことをした…。彼が本当に死んでいたら、きっと後悔してもし切れなかっただろう。
 けれど、森さんのせいじゃありませんよ、などとお座なりに言えたものではなかった。

 
<すみません>
 俯いて詫びた粧子に、雪は小さく笑った。
「いいの。今、島くんは…生きてるんだもの。…生きていて…くれたんだもの……」

 あのまま死にたかった、って…どういう意味なんでしょうか…?
 だがその粧子の問いに、雪もどう答えたものかと戸惑う。
 溯って考えれば、彼がそう思う原因となっている出来事は、一つしかなかったからだ。


                   *


 そう、溯れば…… 白色彗星帝国との戦いの後。
 彼の「生への執着心」は、次第に薄れて行ったのだと思うの…… 
 森雪は粧子の右手を握りながら、そう語った。

 戦死した仲間達に向ける彼の眼差しは、哀しみや悼みではなかった。
 第二の地球探しへの旅路の途上、ヤマトの艦内で銃撃戦が起きた時。凶弾に倒れた同期の平田を看取った島が、涙一つ見せずむしろ穏やかな表情をしていたことを、雪は覚えている。

「これはね…私もあまり理解したくはないことなのだけど……」

 敵に対峙して最後まで戦い、玉砕することは誇りだと、戦士の誰もが思っている。玉砕すれば英雄として名が残り、その上もう二度と…戦いに身を投じる必要はなくなるのですもの。
 勝ち戦で「生き残ること」は、最高の栄誉かもしれない。でも、島くんは、そうは思っていなかったのでしょうね…。

 粧子は身震いする。どうしてですか、とも訊けなかった。
「…知っているかもしれないけど、彼は」
 愛した人を身代わりに、生き残った男ひとだから。
 しかし、雪とて事情を知らないヘルパーにそれ以上を事細かに話すわけにもいかなかった。

<私には…わかりません。…愛した人がくれた命なら、その人のためにも、何にすがっても生き続けたいと思うのが本当ではありませんか?!>

 ところが、反射的に粧子は言い返していた。
 粧子自身がそうだったからである。


 両親が身を挺して守ってくれた自分の命。例え不自由な身体になっても、父母の思いに対して恥じない生き方をしたいと、粧子は感じている。だから、愛した人の身代わりに生き延びた島が、その人の与えてくれた「生」への執着心をなくしているなどとは思いたくなかった。
「そうね、…私だって…そう思いたい」
 だが雪は、悲しそうにそう言って目を伏せた。


 ヤマトに乗り組んで戦死した者の数は、地球防衛軍のどの艦船においてのそれよりも多い。その中で生き残ってきたということは、幾百もの犠牲を常に見続けて来たということでもあった。
 そして。
 ヤマトで戦って生き延びたということは、死んだ者達の遺志を継いで次の戦いへも出て行かなくてはならない、と言うことでもあるのだ。


 誰かがこれをやらねばならぬ。
 期待の人が、俺たちならば。


 艦長以下、副長や第一艦橋のメンバー達は、沖田や土方といった先達をすべて失い、それでも戦い続けて来た。他に代わりのいない、奇跡のメンバーとして生者と死者双方の志を背負い、ずっとヤマトを勝利させて来た。
 だが、彼らにも人間的な弱さがあり、精神の限界がある…… そのことを、誰が思い遣っただろうか。

 全人類の期待、希望の一縷。
 それを幾度も背負い、ただの一度も裏切らず。
 死んで楽になりたいと、思うことも許されず……

「おかしなことよね」
 雪がそう言って、ついに涙を見せたので、粧子は再び次第にいたたまれなくなって来た。
 雪には、島の気持ちが理解できた。いや、島だけでなく…自分や、自分の愛する婚約者も常に、ふと我に返れば苛まれるのだ。この理不尽な正義と、かけられる理不尽な期待とに。
 
 そして、戦場ではありきたりの精神状態ではいられなかった。

 愛する人と幸せに暮らしたい。そんなごく当たり前の感情も、戦場では敵を殺して生き延びるための原動力に変えねばならない。そう思い続けなくては勝利はありえなかった。ことに、異星人とは言え同じヒューマノイドとの戦闘は、正常な価値観を持ったままでは辛過ぎた…… 敵も味方も、互いに「愛する者を守りたい、愛する人と幸せに暮らしたい」という動機から殺し合っているのである。


 愛した人が身代わりに与えてくれた命。
 だが、彼らヤマトの戦士達は、それを持って生き続けるためには別の幸せを、別の愛を殺し続けなければならないのだ。

 期待されたミッションを完遂するため凶弾に倒れたのなら。
 そこでようやく、二度と戦う必要のない世界で眠ることが出来る。
 もう二度と、狂った正義を降りかざすこともなく…愛する者たちの骸を見ることもなく。……死んで楽になることで、間違いなく英雄と讃えられるのであれば、その方が。



 そう島くんが思ったとしても、誰も彼を責められない。

 粧子は、ゆっくりとそう話す森雪の声に、目を閉じた。
 戦死した者達が葬られる場所の名前を、唐突に思い出した……


 『英雄の丘』——


<ごめんなさい>
 なんで謝ったのか、すぐには自分でも解らなかった。それは…その同じ戦いにずっと従軍して来た目の前の森雪に対して、でもあったのかもしれない。
 だが、目を閉じて…思い描いた島大介の姿に、粧子はもう一度、謝った…… 涙が、溢れた。
 何も分からず、自分の知っている感覚や正義だけに照らして、彼に生きていて欲しいと願ってしまった。彼にとって、生き続けることは自分を殺し続けることだったと、初めて理解した。…それが、ヤマトクルーとして生きるということの意味だったのだ。


 
<ごめんなさい……>


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