奇跡の欠片 <1> 

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<1. 迷い>


 非番明けまでには、まだ小一時間あった。
 十分な睡眠を取らないでいれば、ツケは自分に回って来る。…だが、島はまんじりともせずに、固いベッドにただ転がっていた。

 壁に貼付けた小さな写真を見上げる。
 その写真は、デスクの右上でほんの少し傾いでいた。
(……次郎)

 今度の航海は、不確かな手応えばかりを辿っているような気がしてならなかった。非常事態に先回りされ、常に行く手を塞がれる…そんな不安感が、かつてないほどつきまとう。
 次郎の写真をベッドから見上げているうちに、そうしないではいられなくなり、島は体を起こしてペンを取った。

(…今度こそ、兄ちゃん…戻れないかもしれない)


 古代がヤマト艦長を引責辞任したきっかけとなったアクシデント。…それは、未曾有の宇宙現象から始まった。
 二つの銀河系の交差、そしてデスラーの統べるガルマン星の滅亡。未知の文明惑星の水没と、恐るべき放射線ミサイルを放つ謎の敵艦隊…。 
 艦内の人間を瞬時に活動不能にしてしまうあのミサイルを…もしまた一発でも喰らえば。この船も再び瞬く間にお仕舞いだ。防衛軍の誇る硬化テクタイトの二重装甲もまるで役に立たない。先だって、この船が地球へ辿り着けたのは、まったくの幸運でしかなかった。この自分すら意識のない間に、奇跡的に自律制御による帰港システムが発動した、それだけの話だったのだ。

 数年前。自分が不本意にも艦から被弾して姿を消した、あの事件を契機に…真田さんと作り上げた、帰港システム。

 本来、あのシステムは、ヤマトが一度踏査した宙域でしか使えないというお粗末な代物だったのだが、無いよりはましだ。そのくらいに思ってCICに繋いであったものである… だが、今でも腑に落ちないのは……どうしてあのシステムが、『誰もコマンドを出していないのに』勝手に発動したのか…ということだった。
「万が一の際、ヤマトのCICとメインコンピューターに自律航法AI<人工知能>を繋ぐ」ことを提案したのは自分だ。アナライザーが言うには、そのAI<アルゴノーツ>がエマージェンシーを感知して、自主判断でプログラムを発動させたんだ、ということだったが…… そんな馬鹿なことがあるか、と島自身、いまだに懐疑的だった。


 その自律航法AI<アルゴノーツ>とは…

 簡単に言えば、島大介自身の、操縦技能にのみ特化されたコピーとでも言おうか…

 白色彗星戦の終盤、被弾して戦線脱落した俺の代わりにアナライザーのCPUにインプットされた、俺自身のバトルレコーダーのレストアバージョン。それが、あのAIだった。
 ヤマトのフライトレコーダーに数年に渡って記録されてきた、島の操縦データの集積をベースに、今も刻々と記録され続ける操縦の軌跡を完璧にトレース・学習し改良を重ね、自動的に成長を続ける人工知能である。

 そのプロトタイプは誕生後、まず無人艦隊に適用された。

 無人艦のメインコンピューターにコネクトするにあたって、AIには古代と南部の残した砲術戦データも記録された。にもかかわらず初期の無人艦隊の出来は散々で、島は副官の徳川共々、負け戦に煮え湯を飲まされたのだった。

 真田がいつか冗談交じりに言っていたが、このAIだけを抜き出してヒューマノイドタイプのアンドロイドに積んだら、島と古代と南部の特性を併せ持った行動パターンを取るヤツになるのだとか。一体どんな行動パターンだか想像もつかないが、どうせなら自分そっくりな、アンドロイドのパイロットを作ってくれたらいいんだ、とその時の島は笑った。 
 
 そりゃあ確かに、自動操縦ではイレギュラーな機動に対応できない場合もある。<アルゴノーツ>は優秀だが、あくまでもあれは俺の過去のデータを学習しているだけであって、俺を凌駕することはできないからだ。自分が今でも四六時中あの席に居座っているのは、単にそのためだった。
 今では、マニュアルで戦闘機動に対処できる人間は、もう自分だけじゃない……実際ヤマトは、俺がいなくたって充分戦える。


 しかし、いまだにみんなは俺の腕一本にヤマトを委ねようという姿勢を崩さない。太田も古代も、いや…真田さんですらそんな態度だ。いざとなれば、誰が操縦しようと<アルゴノーツ>がそれをサポートする。それなのに、「お前でなくちゃ」と言うのだ。
 そんな風に、……過剰に信頼されているのが正直面映くもあり。
 同時にそのことに強い危機感を覚えた。…俺だって、みんなと同じように…ヤマトという巨大な戦闘マシンの歯車の一つに過ぎない。俺が抜けたって、いくらでも代わりはいる——

 


 島は、そこまで考えて頬杖をつき、デスク前の壁にピンで止めてある次郎の写真を見上げた。

 自分で納得しているはずなのに、ふと… 寂しいと思った。

 <アルゴノーツ>では出せない奇跡の操縦データを常に更新して行かなければ、自分の存在は本当にただの歯車に成り下がる。「焦り」というよりも、「寂しい」と、…そう感じた。

(……もしも兄ちゃんが地球へ戻れなかったら、真田さんに兄ちゃんそっくりなロボットでも作ってもらえばいいよな、次郎)
 …そうふと思い、苦笑する。反面、そんなことがあってたまるか、という思いを僅かに込めて。

 真田さんは、一方で「新型のバリアミサイル」の設計も行なっているようだった。
 撃ち込まれる前にあのミサイルを潰せばいい、という攻めの理論である。俺の、撃ち込まれた後に操縦者を失っても自律航行出来るようにする、という守りの理論より、そっちの方が確かに合理的だろう。
 だが、生憎その新型兵器も、実用化は遅々として進んでいなかった。


(次郎……)

 遺言めいたことを書くつもりは微塵もなかった。書いたところで、これを次郎が読む可能性の方が少ない。フフ、と自嘲し、ペンを置く。
……と、デスクの引き出しに入っていた小さな封筒に目が止まった。

(なんだっけ、これ)
 ああ、これは。

 そう言えば、みんなにこれを配っていたっけな。
 出航前の検診で、防衛軍中央病院外科病棟のヘルパーさんがくれた「お守り」である。

 神社のお守り…ではない。この封筒に入っていたのは、珍しい四葉のクローバーだった。

 

 

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