奇跡の欠片 <4> 

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<4. 2205年>

 

 ヤマトはその後も、傷心を抱えた幾多の戦士達を乗せて地球を旅立ち、そして還って来た。

 繰り返し過酷な戦場へ送り込まれるクルーたちの精神状態は、帰還の度専門機関が丁重にケアしていると聞いている。十分な精神療養の後、再び乗務が可能であると判断された場合にのみ、宇宙戦艦ヤマトのクルーとして再登録される手筈になっていた。

 だが、正直なところトップクルー達に関しては、残念ながらその限りではなかったようだ。

 艦長の古代進、副長の真田志郎と島大介、加えて第一艦橋に勤務する通信士の相原、砲雷長の南部、航宙士の太田、機関部長の山崎、そして観測と看護助手および生活炊事部を仕切る森雪。彼らに関しては、軍中央病院内においても各人に適切な医療プログラムが組まれてはいるものの、それが充分に適用されないまま次の航海へ踏み切る…ということが多々あった。

 体だけ治っても、心が傷ついたまま。

 関係者は皆、それを知っていた。古代艦長にしろ、真田副長にしろ、島副長にしろ…… 傷ついた精神状態のまま再び次なる戦いに彼らを投入することは、医師たち皆が反対していた。ただ、彼らに代わる人材がいない。その理由だけで、防衛軍は古代を、真田を、島を再び戦いへと送り出す。
 彼らが並々ならぬ精神的強靭さを持っていたことも、その要因ではあった…… 負けることを知らない、奇跡の戦士たち。
 彼らヤマトのトップクルーたちは、地球防衛軍にとって、いや…全人類にとって、半ば神懸り的存在になっていたのだろう。必ず生きて戻って来る強運の持ち主たちだ。彼ら以外に一体誰が、ヤマトを導くと言うのだろう?

(これだけの傷を身体にも心にも負っていれば)
 次の航海へは行かないでしょうね、と素人の粧子ですら思うのに、だがその戦いへ再び古代艦長は出て行った。
 真田副長も、もちろん島副長も、追随した、と聞いた。
 ……全人類の、根拠のない期待を一身に背負って……。

 水惑星アクエリアスの異常接近を阻むため。
 ——2205年の、春の終わりの出来事だった。




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「どいてどいて!!」
 毎度のこととは言え、次々に運び込まれる怪我人の数には血の気が引く。真新しいリネンの束を乗せたワゴンと共に廊下の隅に固まった粧子の脇を、またひとつ血濡れのストレッチャーが駆け抜ける。

 ヤマトは再び、勝利して戻って来た。

 水惑星が地球の至近距離にワープアウトし、前代未聞の豪雨が大地を襲った。メガロポリスも水没したが、地下都市に繋がる中央病院の地階では、刻々と伝えられる戦況を受け、傷ついた戦士達の受入れ態勢が整えられていった。
 だが、同じ中央病院内とは言え入院病棟のヘルパーなんぞに詳細を話してくれる関係者など、誰もいない。勝利して帰還したとは言え、ヤマトにはまたたくさんの犠牲が出たのに違いなかった。

 粧子は突然後ろから強く肩を叩かれ、飛び上がった。
「あなたしかいないの、他の人は?!」
 ヘルパーをまとめあげている、部長の結城だ。「しょうがないわね、次に患者を入れられる部屋、分かる?!」
 慌ててうなずく。
<855号室から870号室の用意ができています、ICUユニット、スタンバイ済みです… 確認してあります>
 粧子の右手を握って素早く意思伝達を行なった部長は、石蕗の胸のスクリプト・バーを覗き込んで、「了解」と短く答え、ぱっと駆け出して行った。
 通路にポツンと残された粧子の後ろから、また一つストレッチャーが看護師たちと共に違う病室へと向かう。


 この先少なくとも一昼夜は、この病棟は不眠不休で帰還した戦士達の治療に当たる。ヘルパーの自分たちの出番はない。

 誰が生き残って、誰が戦死したのか。

 ナースセンターに大人しくしていれば、その全貌はあらかた見えて来る。嫌な思いをするのは避けられないが、だが仕方なく粧子も詰め所に戻った。亡くなった帰還兵たちの遺体の世話をするのもまた、自分たちなのだから……


(……あの人は、大丈夫かしら)
 粧子がそう心配するのは、もちろん副長の島大介のことである。



 自分ごときがヤマトのトップクルーにいくら心をときめかせても、その思いは永遠に通じない。そんなことは承知の上である。だが、テレビの向こうのアイドルに思いを寄せるよりは…彼は身近な存在だった。
 Widow Makerとあだ名されるヤマトを駆って、自身は幾度となく生き延びて来た強運の操縦士・島大介。だが素顔の彼は、戦士といえど、とても脆い人間だ。そのことを知っているのは多分、自分くらいのものなのだろうなと…粧子は思うからである。



 刻々と時間が過ぎて行った。

 脳死の確定した戦士達の遺体が、遺体安置所へと搬送され始める。
 この瞬間が、最も苦痛だった。数人の仲間のヘルパー達が、抱き合って啜り泣き始めた。遺体のそばでは遺族が泣いているだろう。それを、これから掻き分けて行かなくてはならないのである。
 病死ではないから、遺体の損傷も大概酷いものだった。自分たちは、出来る限り遺体を奇麗にして送り出さねばならない。だが、航空機事故や船舶事故と同様、向き合う遺体の数は非常に多く、悲しんだり竦んだりしている時間はまったくといっていいほどない…… ここから先は、自分たちもボロボロになる。その覚悟をするため、粧子も立ち上がって深呼吸をした。



 と、その時である——

 遺体安置所からの緊急コールがナースセンターへ飛んだ。脳死に至っていない患者が搬送されている、というのだ。
 あり得ない状況に、センター内は混乱した。
 すぐに手の空いたチームが現場に向かったが、半時間ほどのうちにその騒ぎは収まった。



 驚いたことに、脳死に至っていないのに一度死亡が確認されたというのは、副長の島大介だった。



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