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<…今週、一度……帰るよ>
ヴィジュアルホンのモニタに映る夫は居心地が悪そうだった。
二人の間の距離は、たった数十キロ…といったところなのに、何かあってもすぐに帰れない、大介はそのことに焦りを感じているのだ。
「本当?でも、いつもより1週間も早いわ…」
<次郎の奴……ふざけるにもほどがある>
「島さん…だからそれは」
<……本当に?>
探るような大介の表情に、テレサは思わず苦笑した。
「もしかして、妬きもち、やいてくれているの?」
<……おい>
テレサはクスクスと笑った——なんだか、嬉しかった。大介にしてみれば、笑い事ではなかったが。
<俺にも……話してくれ。今まで何も話を聴いてやれなくて、本当に悪かった…。俺も聞きたい、君のお父さんのこと、お母さんのこと…、テレザートのこと>
そして、今君が何を思い、何を悩んでいるのか、そしてこれから何を望むのか……そのすべてを。
「……はい」
——はい、あなた……。
テレサは幸せそうに微笑んだ。
<それから…>
同じように微笑んでいた島が、躊躇うように何かを切り出した。
<ずっと考えていたことがあるんだ。その、俺の…仕事のことなんだけど>
「え…?」
モニタの中の夫が、急に難しい顔つきになる。
<……俺がどうしてこの基地で、無人の船を管制する部署に就いているか、君は…察しが付いているよね>
テレサは無言で夫の目を見つめる。……もちろん自分は知っている。彼がなぜ、無人機動艦隊を操る部署にこだわるのかを。
<……俺は、地球を守りたい。君と、次郎と、父さん、母さん、…みんなを守りたい。……だけど、君は>
俺が戦闘にかかわるのを、喜んではいない——
無人の船なら、誰も死なない。しかし、実際に戦闘になれば……こちらが無事でも相手に犠牲が出る。それがたとえ未知の敵性宇宙人だとしても。
その事実をテレサが肯定してはいないということ、それをずっと大介は気にしていたのだ。
「…島さん。言わないで。……だって、それはどうしようもないことじゃありませんか。あなたが…精一杯気を遣ってくださっているのはわかるの、だから…」
<いいんだ。…この無人機動艦隊が俺の手を離れたら、俺…防衛軍を退役しようと思ってる>
えっ。
テレサはさっと顔を上げ、驚いて目を見はった。
「駄目です、そんな」
<なんだ、そんなに驚くことないじゃないか>
「だって」
——私のために…?
モニタの中の島は、穏やかに笑っている。
<……今すぐに、とはいかないけどね。どうした、そんな顔するなよ>
「だって……」
今にも泣き出しそうなテレサを見て、大介は慌てて言い換える。
<軍を辞める、って言ってるだけだ。船を動かす仕事は止めないよ、…止めるもんか>
いくらでもあるんだぜ、そんな仕事。
そうしたら、いつかきっと…君を連れてまた宇宙を旅することも出来るかもしれない。長距離輸送や、観光船、民間の仕事なら引く手数多だ。
船の中で、なんでも出来る…好きな所へショッピングに行ったり、食事にも一緒に行ける。大型船なら病院だってある。子育てだって、不可能じゃない。
「……こ……そだて?」
取って付けたような、大介のその言葉を、テレサは繰り返した。
<……いや、だからそれは、まだ先の話だけど。……リスク管理が万全になったら、ちゃんと考えるさ>
これでも、色々根回ししたりして、かなり頑張ってるんだぜ?——佐渡先生や、雪とも幾度も話し合ってるんだ。それに、技術省の真田さんともね。次郎の奴は、俺が何にも考えてないと思ってるみたいだけど…。
テレサはモニタの大介の笑顔に、思わず手を伸ばした……
「島さん……」
ありがとう、と言いたかった。
愛してる、と。
だが言葉が涙になって上手く言えない。
彼女がモニタ画面を抱きしめて泣いているせいで、大介には金色の更紗のようなその髪と、服の生地しか見えなかった。
「ねえ、テレサ…」
それは俺じゃなくて、ヴィジュアルホンの端末だよ。
だが、スピーカーから聞こえる彼女の、溜め息のような声に、島も思わずモニタに手を伸ばす。「……テレサ」
抱きしめているのは、お互い無機質なヴィジュアルホンのモニタだったけれど。
………島さん。
…テレサ…。
そうしてふたりは何度か、目を閉じたまま互いの名を呼び合った。
——互いの姿は見えず、“声”だけを信じて踏み出した、…それが、ヤマトから始まった二人の新しい人生だった。だがもうそろそろ、次のステップに進むべき時なのだ。
*
次郎の置いて行ってくれた、航海長の写真を、テレサは大事にアルバムに収めた。…いつか、自分たちの子に話をするために。
地球人類初の、光速を越えた宇宙戦艦<ヤマト>を駆った父、島大介。そして、地球を救い命の限り父を愛した母、テレザートのテレサのことを。
2210年の秋の夜が、十六夜の月とともに蒼く更けて行った——
了
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