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「……金星エネルギー集積転送基地からの要請だって?」
「はい。明日の午前5時までに<日向ひゅうが>15隻を警備のため移動させて欲しいそうです」
「……“水星カロリス盆地からの氷塊運搬船の護衛”? なんだ…ヴィナスの<金剛こんごう>はどうしたんだ。12隻もあるだろうが」
ちっ、と舌打ちする島に、吉崎が苦笑いした。
「副司令。…ヴィナスの管制官はまだレベル3です。太陽付近での精密コントロールは、まだ不慣れなんでしょう。基地司令から内々によろしく頼む、とメッセージが来てました」
「……ヴィナス基地司令に、今度の合同演習までに一度、代表で3人くらいこっちへ寄越せ、って伝えておけ。直にしごいて差し上げます、ってな」
吉崎は額に手を当ててさらに笑い崩れた。「やぶへびでしたね…。不慣れだって弱音吐いたらとたんにこれだ。レベル3だって充分でしょう…。ヴィナスの連中も気の毒に」
「気の毒なもんか。金星の連中が、太陽が苦手でどうするんだ。それに第一、俺は20日以上は拘束しないぞ」
「それもそうでした」
——島副司令は月に一度は必ず帰省する愛妻家だから。
吉崎は参ったな、と言わんばかりに笑いながら額を叩いた。
金星のエネルギー集積転送基地内にCDC(指揮所)を置くヴィナス無人機動艦隊は、太陽エネルギーを太陽から集積し、太陽系内惑星の各基地に転送する防衛軍施設の護衛という重要な任務を担っている。
数年前、ガルマン星軍のプロトンミサイルを受けて異常膨張した太陽のために、人類は全滅の危機にさらされた。ヴィナスの無人機動艦隊旗艦<エクスカリバー>には、改良型のハイドロ・コスモジェン砲が搭載され、艦隊は有事に備え太陽を常に監視している。ヴィナス基地の主な任務はむしろ、太陽の警護だといっても過言ではなかった。だから、ヴィナスの管制官が水星へ向かう船の護衛に対して弱音を吐くのは、島にしてみればもってのほか、ということになるのである。
ヴィナスは極東基地の約半数、25隻の無人艦を所有している。管制官は艦と同数の25名、各員が一隻をバーチャルコントロールで精密操艦できるよう人員配備されていた。太陽は常にその灼熱の表層を変化させており、近距離にまで近接して任務を行う艦船の操縦には並々ならぬ精密さを要求される。しかし彼らのキャリアはまだ浅く、島に言わせれば「ひよっこ」だった。実際、島や吉崎、徳川ら極東基地の10名のように一人で5隻以上の艦艇を管制し、戦闘機動を行える管制官は、まだそれほど多くなかった。
この時代は、過去の5年間に渡る侵略戦争で全人類の人口が半分に減っていた。圧倒的な人員不足のため無人艦隊は手放しで歓迎されたが、コントローラーが未熟であればその効果も半減してしまう。一刻も早く、熟練者を育てなくてはならないのに教官クラスの人間も足りない。島が長期休暇も申請せず寸暇を惜しんで基地に詰めている理由はそこにもあった。
防衛軍宇宙幕僚監部は新規導入した無人機動艦隊の実力を常に知りたがっている……自律航法システム<アルゴノーツ>は、システムとしては高性能だが、結局の所それを操るのは人間である。無人機動艦隊をコントロールする個々の管制官の力量次第で、無人艦隊自体の評価が決まってしまう。島大介の当面の目標は、過去の侵略者たちの攻撃パターンをシミュレートし、そのどれもに各基地の艦隊が充分に対応できるレベルまでコントローラーたちを錬磨することであった。人類が長い間行って来た同種族間の戦闘とは異なり、相手は攻撃パターンの予測のつかない異星人である……いくらシミュレ—ションを積んだ所で完全な防御は期待できない。だが、金星から海王星まで7つの無人機動艦隊が防衛ラインを張り、太陽系に接近するどんな脅威にも即時立ち向かえる(それも、人員の犠牲は最大限に抑えた上で)……それがはっきりと形になって目に見えることは、人類にとって大きな安心の拠り所となっていた。その安心を少しでも盤石なものに整えるためであれば、長期休暇が取れないことも、致し方のないことであった。
(……俺が居ない間に何か起きたら、と考えるのは取り越し苦労だとわかってはいるんだが)
自分と同レベルのコントローラーを育てるのには、あと一体どの程度の時間がかかるのだろう、と島は時折嘆息する。
“それには少なくとも、29万6千光年の航海が必要なんじゃないですかね?それもろくに交替要員もなしで…”
そう言って、屈託なく笑ったのは大越学だった。
ガルマン・ガミラス交易航路に就航する特殊輸送艦<ポセイドン>に現在でも乗務している航海士の大越は、島の認める数少ない無人機動艦の優秀なコントローラーだ。その輸送艦には、彼を含め優秀な人材が乗務している——司和也・花倫の兄妹と大越の3人は、島と共にガルマン・ガミラスへの実に80万光年以上もの距離を航海したパイロットであり、一級の無人管制コントローラーだった。
だが、彼らを無人機動艦隊の管制官にスカウトすることは残念ながらできなかった。事実上島は、この計画発案から2年越しで、ほとんど新卒の人員を鍛錬し、叱咤激励しつつようやく、7つの基地に充分なメンバーを配属させるところまでこぎ着けたのだ。
休暇か……。
(あともう少し)
もう少しで、育てて来た人員は自分が長期間抜けても大丈夫だと思える領域に達する。…だが、一時も気は抜けない。極端に言えば、例え自分が退役しても大丈夫だと確信が持てるほどでなければ。
愛する妻の顔が島の脳裏をよぎる。
これほど彼女を想っていても、月に3日〜4日の休暇の時以外は、会うことも、長時間ビジュアルホンで話すこともままならない今の生活は、彼にとっても苦痛であった。だがその一方で自分の担う任務の大きさを思うと、そうも言ってはおれぬのだ。
地球を守るこの自分の任務が、同時に彼女のみならず彼の愛する人々すべての生活と命そのものを、外宇宙の脅威から護ることになるのだから。
テレサは自分の実家で、幸いなことに自分の両親、そして弟と共に穏やかな生活を送っている。しかも、森雪が彼女の担当看護師として、定期的に彼女を訪問してくれていた。それはつまり、佐渡と真田、…中央医局ならびに科学技術省とも直結した、充分な健康管理を約束されているも同然である。そのことには非常に満足している島だった。雪は出産後、ガルマン・ガミラス交易航路に護衛艦として就航するヤマトの乗務を辞し、軍属の看護師に転向した……表向きは看護師でも、佐渡のサポートをしつつ真田の研究班にも所属するかなり特殊な任務である。雪が自分の留守の間頻繁に家に来てくれて、テレサの担当看護師としてその相談役になってくれるのは本当に心強かった。
だが、雪が同伴する一子・守の存在が、テレサの精神に与えているある影響については、彼はまったく気がついていなかった。古代と雪に子どもが誕生した時期には、島自身はまだテレサを地球に連れ帰ったばかりで、そのことを自分と彼女とに投影して考えるだけの余裕はなかったのだ。
*
その日、島次郎は、ハイスクールの帰りに誰にも断ることなく兄の勤務地に向かった。身一つでいきなり行っても、面会できないかもしれない。そんな懸念と、身内が面会に来てるのに会えないなんて事があるか、という反発も同時に抱く。
果たして、無人機動艦隊極東基地のゲートでは、防衛軍のIDも面会のアポも持たない次郎と門衛との押し問答が始まった。
「なんで学生証じゃ駄目なんですか」
「…ご面会でしたら、事前にアポを取って頂く必要が」
「司令官の家族ですよ?なんでここまで来て会えないんですか、おかしいじゃないですかっ」
「ですからこの施設は民間の方は」
「…そこの監視カメラ!!中の人、見えてるんだろ!?俺、島大介の弟の次郎です!兄に会いたいんですけど!!」
「いい加減にしてください、副司令は現在ミッション遂行中で」
「ミッションミッションって、ここの基地内にいるんでしょう?!休み時間くらいあるだろっ?!…」
ゲートの内線が着信音を立てた。基地内部からの連絡だ。
慌ててインカムを取った門衛は、次郎をちらちらと見ては頷いている……
「………たいへん失礼しました。副司令がお会いになるそうです」
「…ったくよぅっ!!」
次郎はもう一度監視カメラに向かって憤然とゲンコツを振り回してみせた。兄貴のバカ野郎。なんなんだよ、この待遇は。
ゲートから基地内への連絡通路を専用の送迎車に運ばれ、蒼い海底に降りた時、次郎はそこに広がる施設の規模に度肝を抜かれた。富津岬の沖合の海上にぽっかり浮かんで見えていたのは基地のてっぺんの小さなパートに過ぎず、海底には巨大な軍事基地が拡がっていたからだ。兄の指揮するこの基地の壮大さに、その任務の重要性を垣間みて、はじめて次郎は腰が引けた。
……いや。決めたんだ。ここまできて、引き下がれるかってんだ。
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