Original Tales 「碧」第三部(8)

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「総員に告ぐ!宇宙時間零時7分、ワープを行う。目標は彗星帝国、ワープアウトと同時に攻撃を開始する!」
 木星重力圏を脱した直後に、ワープし…白色彗星の側面へ出る。
 できるか?と問う古代の視線に、島は2秒思案し…口の端で微笑んだ。
 …やるしかないだろう?
 木星付近の空間は複雑な重力場が重なり合う一種の難所だった。ここから一挙に月軌道付近まで跳ぶのは、かなり危険だ。自分の腕だけでなく航法士の太田の航路計算、そして第二艦橋の観測による所が大きい。しかしまもなく、直線航路を確保したとの連絡が第二艦橋から上がって来た。
「よし…行けるな、太田」
「はい。エウロパ周回軌道から月周回軌道まで、オールクリアです!」

 ワープアウトと同時に都市帝国を撃破する。
 失敗すれば、それが俺たちの最期だ。 

 全員の意志は固かった。29万8千光年を共に闘い抜いて来た者、途中で加わった者、そのすべてが毎日その日の糧を得たヤマトの食堂で、互いの意志を確認し合った。ガニメデで最後の整備を施してくれた整備兵、観測員ら、そして基地司令の痛恨の期待と希望に満ちた声援も、全員の耳に、胸に鮮明に刻みつけられている。
 地球艦隊は全滅した。敵の都市要塞は月を破壊し、今地球へ迫っている。だが、俺たちもヤマトも生きているのだ。ここで降伏してしまったらすべてが無駄になってしまう——土方艦長の死も、アンドロメダの犠牲も…そして、テレサの死も。
 勝算など…ない。
 しかし誰一人、無謀だ…と言葉に出す者はいなかった。


「ワープ5分前!」
 島は操縦桿を握る手を、少しだけ緩めた。
 不思議と気持ちは落ち着いている。機関の整備状況は80%、エンジンのエネルギー伝導管は応急処置だがどうにか持つだろうと思われた。もちろん、どこかがトラブった場合の処置も幾通りか思い描く…
 左側で古代が座席にも着かず、前方を睨みつけているのに気づいた。
「…古代、落ち着けよ」
「…あ…ああ」
 艦長代理は島を見つめ、息を吐いて頷いた。
(…雪を、見ておけよ…古代)
 そう言うつもりで、目線を後ろへ投げて見せる。
 きっと雪も、気丈な笑顔を浮かべているはずだから。
 ——古代が笑顔を見せ、後ろを振り返った。
 同時に艦長代理は、雪だけでなく第一艦橋の仲間が全員、昂然とした笑みを浮かべて自分を見守っているのに気づいた。

「ヤマト発進!…行く先は…地球だ!」

 気持ちは高揚しているが、心は穏やかだ。全員がそうだった……おそらく、誰の心にも同じものがあるに違いなかった。20世紀の昔に行われた世界大戦で、己の機体を武器として巨大な敵艦に体当たり攻撃を行った日本海軍の神風特攻隊…その古代戦史を学んだとき、一体彼等の心情は…?と学生時代は皆が訝った。だが、今、ヤマトのクルーの心には、いにしえの戦士たちと同質の気概がみなぎっている。

 しかし、島の心は少しばかり違っていた。
「ワープ1分前、各自ベルト確認せよ!」
 あの細い身体で、たった一人同じように…テレサ、君は白い悪魔に立ち向かって行った。

 それは一体、なぜだったのか。

 …君は…俺を、俺たちを生かすために、命を賭けてくれた。そうだ、俺たちが特攻するためなんかじゃない。生きて…活路を切り拓くためだ。どんなことがあっても、俺は…諦めない。君がくれた命、この俺のなし得ることすべてを賭けて、地球を…守る。
「ワープ10秒前!……5…4…3…2…1」
 ——ヤマトは、亜空間へと突入して行った。





<…ヤマトが再びワープしたようです>
 テレザリアムのAIが告げる。
<彗星帝国が地球の衛星、月を砲撃しました。…火星から月までの空間に…磁場の歪みが観測されています。…月は、全面が白熱化…>
 ズォーダーは、地球の衛星を見せしめに破壊するつもりなのだ。テレサは唇を噛んだ。
「…ヤマトのワープアウトポイントは…どこだか解る?」
<おそらく彗星帝国付近だと>
「彗星都市を攻撃するつもりなのね…」
 テレサは悲痛な表情で呟いた。滅ぼされようとしている地球を守ろうという彼らの気持ちは、理解できないことではない…。けれど…冷静に考えれば、ヤマト1隻で敵う相手ではないのだ。


(…逃げて…生き延びて)
 だが私がそう願っても、彼らには…届かないだろう。
 …であれば…。



「私たちもワープしましょう」
 AIは即答しなかった。エネルギーが足りないのだ。
<……準備でき次第、ワープに入ります。もうしばらく…時間を>
 苛ついても仕方がなかった。
 テレサ自身も、まる2日ほど寝ていない…いまだ完全な快復を見ないその身体で、数回にわたる亜空間跳躍を繰り返したために、彼女自身も再び衰弱している。
 少しでも精神を落ち着けなければ…、とテレサはソファに座り無理矢理目を閉じたが、それはあまりうまくいかなかった。




<…木星空域に…艦隊を捕捉…約50隻を確認>
 AIが突然そう報告した。
「艦隊…?」
 地球の…それとも…彗星の…? 地球艦隊の生き残りなら…いいのだけれど…。目を閉じたまま、テレサは問い返す。
<………ガミラス艦隊と思われます。空母多数…駆逐艦多数>
 テレサはぞっとして息を飲み、飛び起きた。「ガミラス艦隊!?」
 往路にヤマトを苦しめた、デスラーの艦隊だ。

 なぜ今頃……?!彼等はヤマトを放置して戦線を離れ、長い間姿を表さなかった。しかも、艦船の数は以前よりずっと増加している。そして、テレサの見守る中でそれらがすべて…ヤマトを追うように亜空間へ消えていくのが確認された。


 こうしてはいられない。前方の彗星都市だけに標的を定めたヤマトは、背後からデスラー艦隊に襲撃されてしまうではないか…!
 体力の回復どころではなかった。
「ワープを…!早くワープを…!!」
 半ば叫ぶようなテレサの声に、しかしAIは答えなかった。まだエネルギーが不足しているのだ。この土星付近から一気に地球の衛星の近くまで跳ぶには、宮殿自体のエネルギーも宮殿の主のPKも充分ではなかった。

 人工知能は感情を持たない。テレサの父ハールの頭脳をベースに作られた類い稀なスーパーコンピユーターも、ただプログラムに従って稼働しているだけに過ぎなかった。愛する人の身を案ずるがために自分の身の危険も顧みず動こうとするテレサを、人工知能は理解しかねていた。メカですら、回路の損傷を防ぐためには自動的にシステムダウンする。心を持たない機械にさえ自己防衛機能が付いていると言うのに、なぜ主は敢えて、危険に飛び込んで行こうとするのだろう?

 テレサは必死の思いで祈りを捧げている。
 その母なる星を太陽へと変え、白色彗星をも搦めとろうとしたほどのサイコキネシスと反物質は、その身体が衰弱しているために思うように発現しないようだった。

「……ふふ……ふ」
 テレサは口元で組み合せた両手をさらに強く握りしめ、笑った……

 なんて…弱い…私。肝心な時には…こんなにも…無力。

 自分を嘲るように。…呪うように笑うテレサの頬に、涙が伝う。

 



 ——突然、奇妙な電子音とともにAIが告げた。

<…ワープを開始します。ですが…オーバーロードによりシステム・エラーが起きた場合は、自動的に私は一度眠りにつかなくてはなりません…>
 驚いてテレサは顔を上げた。どういうことだろう…?
<可能な限り、あなたの望まれるように…しましょう>
「……え…」
 テレザリアムの周囲が、亜空間跳躍の際に纏う白色の眩い光芒に包まれる。
 無理にでも、あなたの願いを叶えたい…。
 AIの意志は、そう言っているのだ。テレサは感謝の念に満たされて呟いた。
「…ありがとう…テレザリアム…」

 亜空間からは三次元世界を望むことはできない。テレサは、外部を映すモニタ、そしてディスプレイ・スクリーンの映像回線の復活を願って一心に画面を見つめた。

 だが……
 ヤマトを追って月軌道付近へ表れた彼女が再び目にしたのは、新たな戦場だったのだ。

 

 




 ワープアウトの瞬間、全員が持ち場の点検もそこそこに、前方を固唾を飲んで見据えた。
「…彗星帝国はどこだ…!」
 眼前に聳えるはずの彗星都市帝国の姿はなく…ヤマトの側面には砲撃に灼かれ、傷ついた月が黒々と浮かんでいる——
「太田!」
「…右舷前方20度、距離5万…!急速に遠離っています!!」
「…くそぅっ!!島、全速で追え!!」
「了解っ…!」右前方へと小さくなって行くシルエットを追い島が操縦桿を動かそうとした、まさにその刹那——「おい、古代…あれを見ろ…!!」
 突如彼等の目の前に表れたのは、数機の雷撃機であった。レーダーはその接近を捉えていない。……蜃気楼のように出現したのは、一機ではなかった。
「ガミラスだ…」
 誰ともなく、それを口にした。
 瞬間物質移送によって突如至近距離に現れる爆撃機。

 かつて七色星団でヤマトを窮地に追い込んだ、ガミラスの戦法だった——

 



 雷撃機は次第に姿を増やしはじめた。見れば後方約10宇宙キロの地点に50あまりの艦隊がずらりと艦列を整え、空母からは次々と艦載機が発進してくる……ヤマトはいくらも経たないうちに敵雷撃機群に包囲されてしまった。
 敵の艦列の中央に際立つ旗艦が見えた。太陽光に反射するその側面は、不気味な青色だ。

 パネルスクリーンに浮かび上がる、破滅したはずの漢の姿…
「生きていたのか…、デスラー…!!」



「これじゃ、嬲り殺しじゃありませんかっ」
 南部がどうしたらいいんだ、とばかりに古代を振り返る。

 ヤマトは雷撃艇の集中攻撃を受け、たちまち全身から被弾の爆煙を上げ始めた。

 どうしたらいい……、どうしたら。

 雷撃艇の攻撃を受け、艦載機発進口が大破した。もはや艦載機の出撃は不可能だ。周囲に撒かれた大型機雷のために、波動砲攻撃も封じられている…
 古代は呟くように言った。
「小ワープだ…小ワープでデスラー艦に接舷し、白兵戦に持ち込むしかない…」
「何…?しかし、あの機雷はどうするんだ…?!」
 真田が機雷をしばらく観察し、それが接触や爆風によって爆発する危険性の低い、リモートコントロールタイプのものだろうことを見抜いた。



 闘いは始まったばかりだ。可能な限り、ヤマトの船体への損傷を少なくする方法で接舷する必要がある。相対しているデスラー艦の、どの位置に出ればいい……?
「…ワープアウト直後にデスラー艦へロケットアンカーを打ち込んで接舷する。…やつらの左舷へ出るとすれば…右艦首ミサイル発射口がやられるかもしれんが…その方法でどうだ」島の意見を受け、真田が頷く。 
 即座に太田がワープ速度・タイミング計算に入る。もちろん、相手も動いているのだ。計ったようにうまく行く確立は低い…。
「機関長、ワープアウトと同時に逆噴射制動を」
「了解」
 徳川の静かな声に、島は振り返って頷いた。「衝突の被害は最小限に食い止めてみせる。俺たちに任せろ、古代」
「よし……行くぞ!!」
 雷撃機の爆撃に耐えつつ、エンジンはワープに備え回転を上げ始めた。
「機関接続、ワープ30秒前!」



 運命の10秒間。ワープスイッチを入れ操縦桿を引いた島、前方を見据えていた古代は、ヤマトが跳躍に入る刹那…デスラー艦の艦首から放たれた巨大な砲撃の光芒を見たと思った。だがヤマトは一瞬早く亜空間へと飛び込んだ。



「…ワープ終了っ、逆噴射制動!!ロケットアンカー発射用意!」
「南部、援護射撃用意……!!」
 茫洋たる揺らぎの世界からリアライズする瞬間に、島は叫んだ。南部の手元が機敏に動く。だが、古代の声にそれが止まった。
「待てっ、敵艦が反転するぞっ」
 アンカーを撃ち漏らせば姿勢制御が不能になる。ヤマトを避けようと左反転するデスラー艦の右舷艦腹へ、ヤマトは正面から突っ込んで行った……

「機関長!逆噴射最大、左取舵15度!!…総員、衝撃に備えろ!」
 波動砲発射孔を損壊する危険は避けなくては…!
 艦首を左に振って逃れようとするデスラー艦へあくまでも接舷しようと、島は舵を左に切る。…だが、間に合わなかった。
「くそぅっ……!!」
 金属がこすれる鈍い悲鳴と激烈な振動……島は渾身の力で操縦桿を引いたが、ヤマトの艦首は敵艦にめり込み、波動砲発射孔を突き刺すような格好で停止した。
「畜生……波動砲発射孔が…!」島は苦い顔で吐き捨てたが、古代はいや、と首を振った。
「かまわん!波動砲発射孔から敵艦へ突入する!!工作班、衝突部分の敵艦装甲板を完全に破壊しろ!」

 艦前方へ集合し、突入に備えていた戦闘班及びCT班を率いるため、古代自身も飛び出して行った。

 

 

                (宇宙戦艦ヤマト2 22・23話前半)

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★ 22話、彗星帝国は無血開城を狙って地球へ無条件降伏するよう、使者を出します。地球はパニックになってて、暴動が起きたりしてて。次郎くんが、「えみちゃん」を暴徒の群れから助け出すシーンも、22話でした。一方、ヤマトは彗星本体の出現に機能を失って、一時乗組員は船外へ退避、でもその後木星で修理を行い。機関室で切断に成功したエネルギー伝導管の下敷きになって歩けなくなった古代はこの間に療養し(えらく治りが早い。23話後半では駆け回ってます)総員で徹底抗戦の決意を固めます。

「地球が降伏したぞ」医務室で寝ている古代の所へ、島がそう告げに来て。「艦長代理のお前の意見を聞こうと思ってな」

レストランヤマト(w)で、全員一致で「徹底抗戦」を決意するクルーたち。

…この時、地球艦隊、アンドロメダ、土方さん…の犠牲とともに、「テレサの死」も無駄にするな、と古代が言うんですが、だから島は「テレサはもう死んだ」と完全に思っているわけです。

 …この心情は、彼が生還して地球で目覚めてもそうだったんだよね。真実を知らされるまで…。

 

<デスラー艦への接舷>

 「2」原作の、あのデスラー艦への接触の仕方がねえ。どうしても気に入らんかった(w)ずっと。「さらば」では、ちゃんと右舷を接触させてるんですよ、確か。本当は、あれが作戦としては妥当だと思うんだけどね…。

 始めから艦首を突っ込む形で接舷するつもりだったんだろうか。…いや、そんなわきゃない。だって……決戦を控えて、波動砲を使えなくするような真似、するだろうか。戦いはまだ序盤なのに最初から全力投球って、あーた。ねえ?島だけじゃなくて古代だって真田だって、波動砲発射孔を傷つけるような事は避けると思うんだな。当初は、側面をどーんと当てるつもりだったのでしょう。でもデスラー艦が逃げようと左反転したんで、やむを得ず艦首から突っ込んじゃった…んだと思いたい。(島は、デスラー艦の操舵士が予想以上に腕が良かったんだ、と思ったかもよ)

 ただまあ、だとしたらもうちょっと絵的に、アニメの方でも島が左に舵切ってたらいいんだけどな。

 

次は第四部です、やっとこさ第四部です………


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