Original Tales 「碧」第三部(3)

           

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「ご報告いたします!ヤマトとテレザートとの通信をキャッチしました!」

 白色彗星都市内部、帝国中枢部作戦司令本部。
 …司令本部とはいえ、そこには軍服の兵士の姿はほとんどない。慌ただしく報告に来た兵士は大声でそう告げると、指示を待って直立不動の姿勢をとる。
 やかましい、と言わんばかりの態度で、総参謀長サーベラーは兵士を下がらせた。遊撃艦隊司令ゲーニッツ、そしてゲーニッツの腰巾着、副司令官のラーゼラーが思案顔で佇むその間を、優美な足取りで歩きつつ。サーベラーはフン、とせせら笑う。
 
「ふむ。…どうしますかな、サーベラーどの?」
「ホッホッホ…何をしようともう遅い。あと1日もあれば、自ずとケリは付く。テレザートもヤマトも、それまでの命…。放っておけば良い」
「しかし…私は腑に落ちません。わざわざ呼びつけたヤマトを、そのまま返すとは…」心配性のラーゼラーが二人の話に恐る恐る割って入る。「テレサはヤマトに、もっと速度を上げてテレザート空間から逃れるようにと指示していますぞ」
「ラーゼラー、お前の弱腰にも困ったものね。…ごらん」

 サーベラーは嘲笑しながら指令本部の床に広がる大スクリーンをステッキでさっと示した。テレザートと銀河系との間には、彼らが往路に幾度も立ち往生した無数の難所、そして数えきれないほどの障害物が散在している。
「奴らの居る空間の、障害物の多さ。これではワープもできまい。…ヤマトがどれほど急いだ所で、我らから逃れられるものか…」
「さよう、奴めらもテレザートと同じ運命よ。現在我々は、テレザートまで17万宇宙キロ…この大帝星が直に触れる前に、あの星もヤマトも重力場半径内で消し飛んでしまうことだろう」
「しかしサーベラー長官、ゲーニッツ司令…テレザートのテレサには、とかくの噂があります。ヤマトを急ぎ去らせたのには、何か意図があるのでは?…罠ではありますまいか」
 なおも不安げに具申するラーゼラーを、サーベラーはキッと見据えた。
「何が出来るものか…あんな小娘に」
 そう、我らが身一つで立ち向かうとすれば、あの女にも勝算があるのやもしれぬ…かつて、我が君の顔に泥を塗ったときのように。しかしいかに傲岸不遜なあの女でも、この大彗星そのものを沈黙させるだけの力は持つまいよ……
「ヤマトよ、…せいぜい尻尾を巻いて逃げるがいい。テレザートの魔女すら、我らには太刀打ちできないことをとくと見せてやろう——」
 サーベラーは美しく化粧を施した薄い唇の端を上げ、妖艶な笑みを浮かべた。

 

 




 テレザリアムのAIが、再三テレサを催促する。
<…どうか少しでも召しあがってください。……身体に障ります>
「……ええ、ありがとう…」
 そう言いながら、テレサはここへ戻って以来、何も食べていなかった。

 せめて温かい飲みものを……。 
 テレザリアムのAIは食堂のテーブルに幾度も皿を、杯を出した。だが、テレサがそれを手に取ることはなかった。
 どう計算しても、ヤマトが彗星から逃れる道はない…先ほどから、彗星の速度がさらに上がっているのが観測されている。120宇宙ノットを計測していたものが、一気に加速して現在は150宇宙ノットの早さであった。そして、ヤマトの前途にはワープ可能空間がない。
 今は出来るだけ、ヤマトにここから離れてもらうしかなかった。その間に、あの彗星を可能な限り引きつけなくては……。

 先ほどの通信で、島の声を聞いた。
「君はどうするんだ!? 本当に大丈夫なのか!? テレサ!!」
 私は大丈夫です。どうか、心配なさらないで。
 彼の悲痛な声を聞いていられなくて、テレサは自ら通信を切った。


 
 古代が持って来てくれた、赤い花束。
 見るたび、涙に暮れてしまいそうになる。だからそれは、滅多に立ち入らない奥の部屋へ花瓶ごと置いて来てしまった。

 正直……自分でもどうなるのか確信が持てなかった——彗星の重力場半径は推定5000キロ。おそらくこのテレザートは、彗星が傍を通っただけであの発光ガス体に吸い込まれ、バラバラになって飲み込まれてしまう。
 では私の能力はどこまで、彼らに立ち向かうことが可能なのだろう?AIにもテレサの身体に秘められた反物質エネルギーの質量を測定することは不可能のようだった。第一、願った時にこの力を自在に呼び出すことはできるのだろうか、それも…自分ではわからなかった。


 思わず、身震いする。


 戦いをやめて…と願い、逆に世界の全てを屠ってしまった時のことを意識的に想起しようとすると、いまだに身体が硬直してしまう。あの体験は、辛いとか、苦しい、という言葉だけでは到底表しようがなかった。
 しかし、白色彗星の脅威を食い止めるためには、反物質を呼び出すしかない。……私自身が、このテレザートと反物質を接触させ、重力場を利用して彗星をその爆発に巻き込むのだ。
 テレサは自分の肩を、ぎゅ…と抱きしめた。

 ……痛いだろうか。
 この身が焔に灼かれるのは…苦しいだろうか。
 死ぬのはやはり……恐ろしいだろうか……

 何億もの人々をそうして死に追いやっておきながら…そんなことを恐れる自分を蔑んだ。それでも否応なく、等身大の恐怖を感じないわけにはいかない。
 それに、この星の命を、武器に変えることは未だ躊躇われる。テレザート人類が一人残らず滅び去っていても…この星は、私の、…そして父母の……かけがえのない故郷なのだ。この上私が、この星そのものまで戦いの武器としてしまうのは。
 そこまで母なる星を我が手で蹂躙するのは、堪え難い苦痛だった……。


 AIが静かな波長の音声で、告げた。
<…白色彗星が、さらに速度を上げました……速度、約175宇宙ノット>
「ヤマトは…?」
<依然テレザート空間から脱していません。障害物を迂回しつつ進んでいます…速度は平均、30宇宙ノット>
 このままでは…間に合わない。
 テレサは決心のつかぬまま、顔を上げ…立ち上がった。


 思わず瞳を閉じ、脳裏に思い描く——
 幼い頃、父と手を繋いで歩いたバラス・キャルヴの近代的な街並。色々な星の船が忙しなく出入りする、広大な宇宙港。平和だった頃、幾度か訪れたフリーヴズの美しい港町。飼いならされた小さな恐竜たち、色鮮やかな多種の果物、父と歩いた、自然保護区の森林。空高く舞い上がる白い鳥たち……
 美しかったテレザートの記憶が、洪水のように甦る。

(こんなことなら……ライブラリの映像を…もっとちゃんと見ておくんだったわね…)
 蒼い室内に設えられた、点滅する光点を見上げる。
 テレザリアムの、父の遺したデータベースには、多くの映像も含まれていた。だが、もうその時間はない……あの彗星の速度では、この星が彼らの重力場に捉えられるまであと数時間しかないだろう。唇を噛み…否応なく襲いかかる恐怖をねじ伏せる。


 震える指で、通信装置を操作した。
 交信先は、——ガトランティス都市帝国中心部。





「テレザートから…強力発信…!」相原が叫んだ。「交信先は…白色彗星です!」
 障害物に阻まれ、思うように速度の上げられないヤマトの第一艦橋は騒然とした。
 テレサが、白色彗星へ通信を送り始めたのだ。
 古代、真田が相原の席の後ろに駆け寄った。操縦に手一杯の島は、ちらとそちらを見やったが、自席からは立たなかった。ひたすら、前方へ船を進める。
 往路に撃破した敵の艦船の残骸、流星帯から漂流して来た小惑星などが、行く手を遮る。自動航法装置に任せられるほどクリアな空間ではない……操縦桿から手を離すわけにはいかなかった。
(…何をするつもりなんだ、テレサ…!)
 背後で古代が怒鳴っている。「相原、出来るだけ音声を拾って地球語に変換するんだ!」
「了解っ」

 解析機のデコーダから、彼女の声が流れ出した。

<……私はテレサ…テレザートのテレサ……進撃を…中止しなさい……もし…拒否するなら、それはテレザートへの侵略と看做します……進撃を、ただちに中止しなさい……>

「甘いよ!こんな呼び掛けくらいで白色彗星を阻止できるものか!!」
 戦きながら、南部が声を上げた。

 誰の顔にも同様の焦燥が表れている……。島は操縦桿を握る両手にぐっと力を入れた。
<……応答しなさい、お答えなさい、ズォーダー!…もう一度警告します……進撃を直ちに中止しなければ、あなた方の行為はテレザートへの侵略と看做します……!>
「ズォーダー……白色彗星の元首の名か……?」真田が呟く。「しかし…侵略行為を咎め立てしても、彼女には…制裁措置なんぞ取れないのじゃないか…?」
「……彼女は、何か…武器を持ってるんだろうか」
 古代の声が、自分に向けられたものだと知って、島は振り返った。
「……それは…」

 だが、島には彼女の“武器”について、何も言うことが出来なかった。
 反物質。
 彼女の持つ超能力は、反物質エネルギーを呼び出すことができる……
「…いや、何も…聞いていない」島はかぶりを振った。


 ……テレサ。きみはまさか……あの力を使おうとしているんじゃないだろうな……
 なぜだ。
 ……戦いたくないと、君は……言ったじゃないか。
 そんなことをさせるくらいなら…俺は…このまま彗星に飲み込まれたって……
 島は目をぎゅうと瞑り、その考えを振り払うように頭を激しく振った。

(駄目だ。…ヤマトは、地球へ還らなければならないんだ…!)

「機関長、エネルギー増幅用意を!」
 テレサの送る、無謀とも言える通信を聴くために身を乗り出していた徳川が、島の怒鳴り声にはっと向き直る。
「右舷前方の小惑星をパスしたら、そこから150宇宙キロばかりクリアな空間がある。そこで一気に加速する!」
「よ…よし、分かった」
「……小惑星、右舷500メートルを通過!」
 雪の声と同時に島は叫んだ。
「…速度30宇宙ノットから50へ!」
「機関室、エネルギー増幅…!」

 

 

 

<ヤマト、速度を上げています…30宇宙ノットから50宇宙ノットへ>
 AIがヤマトの動きを捉え、そう報告した。しかし、ワープはまだ不可能のようだった。

 通信室のディスプレイスクリーンは、一つがヤマトを、もう一つが白色彗星を捉えている。先ほどから通信回路を開くよう要請しているが、依然彗星帝国は応答しようとしない。
 テレサは唇を噛んだ。再度交信派を送り出す…両の手を組み合せ、祈る様な姿で。しかし、その目は毅然として、傲慢に迫り来る白い彗星を見据えていた。

(応えなさい、大帝ズオーダー…!)


 銀髪の、傲然たる武人の顔を思い浮かべる。たった一人では私に立ち向かうことすら出来なかったあの男。強大な力とともに来れば、私を敗滅させられると思っているの…?!


(ここから先へは…行かせない…!)


 烈しい思念波が、稲妻となって通信を揺るがせる。——ややあって、ついに通信回線が繋がった……


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