Original Tales 「碧」第三部(6)

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 テレサ……目覚めなさい……テレサ



 遠くで、母の声がする。
(……駄目。…身体が…辛くて……目を開けられないの…)
 幼いテレサはいやいや、と首を振った。


 
 おや…どうしたんだ。早く起きないと、遅れてしまうよ……?



 父の声がそう言って笑う……。
(でも…お父様…身体中が…痛いんだもの……)


 泣きそうになって、目を開けた。
 蒼い色が、視界に入る。心地よい周波数の音がどこからか流れて来て……優しい香りが周囲を取り巻いていた。



(痛い…)

 身体を動かそうとして、テレサは呻いた。
 …ここは……どこ?
 何かに酷く頭をぶつけたのか、まだ朦朧としている。幾度か眠りに落ち、再びぼんやりと意識が戻りかける…そうして彼女がはっきりと意識を取り戻したのは、さらに数日後のことだった。

目を開いてうつろに見上げた天井には、見覚えがあった。ここは、…私の寝室だ。



(……どうして)



 ゆっくり頭を回し、周囲を確かめようとして、身体中に走る酷い痛みに呻く。

<…動かないで。まだ…再生が終っていません…>
それは、耳慣れたテレザリアムのAIの電子音だった。

(…説明して頂戴)
 AIに言われた通り、身動きするのは思いとどまる。
 ただ心でそう念じた。
<…今日はテレザート暦3302年第7の月、3日…現在時刻は18時16分…白色彗星との接触より9日間が過ぎました。ここは、テレザート空間……>



 ……私は、生きているのね……
 でも、この身体の痛みは…どうして



<反物質の解放により、あなた自身も甚大な被害を受けました。…私は…プログラムに従ってあなたを救助に参りました…>



 プログラム…?



 最後に宮殿を出た時に、テレザリアムの動力はすべてオフにしたはずだった。…それが一体、なぜ。
<…私は、あなたをお守りするために…生まれて来たのです。システムダウンされていても…あなたの生命に危険が迫った際には補助動力が作動します>

 テレサは無言で瞼を閉じた。
 ——お父様…お母様…。

 目尻から、す…と涙が流れる。…死して尚…私を守り、慈しんで下さっている……
 反物質を解放した私の身体の周囲が焔に包まれ、サイコキネシスのバリアが完全に解ける前に、テレザリアムは私の元に来てくれたのだろう。父が、そうプログラムしてくれていたのだ。感謝の念に…胸が震えた。
(ありがとう……)
 再び、意識が混濁する。

 




 次に幻の中で見たのは、優しく微笑む黒髪の青年の姿だった。
(……島さん……)
 はっと目覚める。

(ヤマトは……?ヤマトは無事なの…?)
 待っていました、というようにAIは応えた。
<…無事です。現在、彼らは太陽系第11番惑星付近に停泊しています>


 そう……
 無事に、2万光年を…戻って行ったのね。
 長い溜め息を吐いた。

 ——良かった……島さん、あなたが…無事で……



 しかし、続くAIの言葉は無情だった。
<白色彗星は…現在太陽系外縁から約5千光年の位置を地球に向かって航行中……速度は約40宇宙ノット…>
 テレサの全身が震えた。
 捕えきれなかったのだ。彼らはヤマトを追い…地球をその手中に収めるために、まだ突き進んでいる……
 身体を起こそうとして、テレサはまた呻いた。だが、のうのうと寝ていられるわけがない。


「…太陽系へ向かって…出発しましょう」
 寝台の上に、上半身を起こす。羽衣のような掛け布団がするりと床に落ちた。
<…動かないでください…まだ起きられません>  
 AIは音声を低くしテレサを宥めた。…見れば、剥き出しの手足は脱皮したばかりの羽虫のように青白く透き通っている。左手の薬指の付け根には、まだ赤い輪状のケロイドが残っていた。反物質を解放した時、指輪が高温を放って砕け飛んだことを…テレサは思い出した。
「お願い…。太陽系へ向かって頂戴…! テレザリアムは…恒星間航行が可能だったわよね…? ワープも、できるのよね……?」
<…………>
 AIが躊躇っているのが感じられる。
 ——それは…あなたをお守りせよというプログラムに反します…
「…お願い……!!」
 涙ながらに哀願され、AIは混乱しているようだ。
「私は…島さんを守りたいの…!お願いです、お父様……!!」
 蒼い壁にはめ込まれた光点が、不規則に明滅する。しばらくのち…AIは答えた。
<……テレザリアム、太陽系へ向かって移動を開始します…>
 宮殿はゆっくりと平行移動を始めた。

 間に合うだろうか…。テレサは弱々しく吐息を付いた。


 
 テレザリアムは重力場推進システムによって航行する。噴射孔や反射鏡の類いはなく、熱力学的推力、もしくは光子力学的な反動で移動するのでもない。宮殿はその周囲の空間、重力場を歪め…いわば四次元軌道を自ら作り出し、その中を移動する。重力場そのものが空間を移動するので、宮殿内部は重力加速度に一切影響されない。通常の状態であれば、最高速度は光速を遥かに越える。その上、当然ながら亜空間航行も可能であった。 
 しかし、今はその原動力となるエネルギーが不足していた。母星の爆発から主を保護し、ワープで逃れたために疲弊したテレザリアムは、今またさらに、テレサの身体の修復を行っている。半ば燃え尽きかけたテレサの身体を再生するためにその機能の一切を傾け、治療が行われていた。

「……私の身体は、後でもかまわないわ。お願い、急いで…」
<そのようなわけにはまいりません…再生治療が最優先です>
 起き上がることもままならない身体では、もう一度ズオーダーと対峙することも出来ない。

 テレサは観念し、寝台に身体を預けて目を閉じる…
「……ヤマトがどうしているか…モニタできる…?」
<はい>

 ヤマトはガトランティスの兵站基地となっていた太陽系第11番惑星上空で、砲撃戦を繰り広げていた。ガトランティスの監視衛星、そして地球側のそれを利用し、映像を傍受する…電波やタキオン粒子ではなくサイコキネシスによる傍受である。

<…無理なさらないでください>
 AIは心配してくれるが、じっとただ横たわっていることはテレサには出来なかった。

 俊敏なヤマトの機動に、島がそれを操っていることを確信する。
(……ああ……どうか無事で…)
 敵兵站基地の壊滅、そして再びヤマトが巡航速度で土星へと向かうのを見届けると、テレサはほう…と息を吐き、再び眠りに落ちた。




 自分が生きていることを、島に伝えたかった。しかし、まだ遠すぎる。抑え込み、ねじ伏せねばならないほどだった<祈り>は、今では弱々しい電波にもならない。



 彼らを追って行って。
 ……私は再び…闘うつもりなの…?



 閉じた瞳から、一筋涙が頬を伝う。



 ——私……なぜこの時代に生まれて来てしまったのかしら……
 なぜ、一人の普通の女として…生きられなかったのかしら……
 
 母の形見の指輪を、島がはめてくれた時のことを思い出した。
 照れくさそうに笑う彼。私も笑顔で応えて。



 ——そんなささやかな幸せが当たり前の世に…生まれたかった………。

 

 

                 (宇宙戦艦ヤマト2 19話)

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                        ★ 全っ然19話じゃないんだけど(w)。 

19話ってのは、「ヤマト・激突ワープ!」ってタイトルなんですけど、

 話の筋としてはヤマトは第11番惑星まで戻って来てて、テレサが一所懸命稼いでくれた5日の余裕を使って、斎藤が元基地のあった11番惑星に寄って行きたい、て言うのでそれを古代が許可する所です。

 結局、11番惑星は敵さんのロジスティック・ベースにされていて、ヤマトはそれを破壊して今度こそ太陽系へ向かうんですが、その時にワープをする。で、ワープアウトした場所にたまたまいた、運の悪いガトランティスの偵察機に「激突」したもんだから「激突ワープ!」ってタイトルなんだよね……(w)。

島 「ワープ終了…!(あれ?ゴギャッ!ていったな、まいっか)」

古代「んあ?なんか踏んだぞ?島」

島 「(…どこも壊れてないみたいだからいーや)細かいことは気にするな、古代」

…って。轢き捨てご免、だよ航海長(汗)。哀れ偵察機と乗組員2名……

 

いや、お笑いやりたいわけじゃなく。(お笑いにしても不完全燃焼だし)苦戦しているヤマトに、テレサが全く連絡を取って来なかった理由がこの回です。もう私ャテレサが不憫で不憫でのう…(バーサンかい)。

この後、ヤマトは土方さん率いる土星の地球連合艦隊と合流し、第3艦隊旗艦として戦線に加わります。

 

 

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