Original Tales 「碧」第三部(1)
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古代の通信は、「あと10分でヤマトは出航する」と伝えていた。
島はテレザリアム内部を見回す……そんなに早く、支度ができるんだろうか…。そう思っていると、奥の部屋からテレサが小走りに戻って来た。
「…お待たせしました。さあ、急ぎましょう」
「荷物は…それだけかい?」
女の子の旅支度だ。もっと大荷物を予想していた島は、拍子抜けする。テレサが持って来たのは、小さな白い箱が一つだけだった。
「…箱は、なくても良いのですけれど」
言いながらテレサはその小箱の留め金を外す。中に入っていたのは、華奢な指輪だった。
「…母の…形見です」
「お母さんの…」
父母と最後に暮らした、この宮殿での14日間に。
母フリッカが「大きくなったら付けなさい」と言って幼いテレサにくれた、緑色の石の付いた銀色の指輪だった。
「奇麗だ」指輪とテレサを見比べて、島は微笑んだ。彼女の瞳の色と同じ、美しい碧玉である…「付けて行くかい?」
小箱をずっと抱えているのは、きっと邪魔ね…。
テレサはそう思い、頷きながら指輪を箱から出した。
ふいに、島が頬を染めて自分を見ているのに気づいた。
「…島さん?」
島は黙ったまま、テレサの左手を取り、薬指を触る。触れ合った部分から、テレサの纏う仄かな光が伝い、島の両手をも明るく染めた。島はほんの少し躊躇いながら、テレサの目を覗き込んだ。
「この指に、はめてもいい?」
「……?」
リングは誂えたようにすんなりと嵌る…
握られた手から、島の温かな意識がどっと流れ込んで来た。島は何も説明しなかったが、彼の意識の波から、その指にリングをはめることの意味を悟り、驚きと共に胸が詰まりそうになる。
一生、君一人を愛する……と。
それが左手の薬指限定なのは、地球の慣習、なのだろう。リングはテレザートでも深い意味を持つ装飾品だった。母がこれをくれたことにも確かに意味があった……「いつでもあなたと共にいる」それが、この星でリングを贈ることの意味する所であった。
島が、照れくさそうに笑った。出会ったばかりの彼女に対して、時期尚早だと自分を戒めているのも伝わる。
…かつて、——誰かからこんな風に、思われたことがあっただろうか。
息苦しいまでの幸福感がテレサを支配する……
今この瞬間に自分が置かれている状況を見失いそうだった。白色彗星が、あと3日の距離に迫っていることも、これから迎えなくてはならない運命も。すべて……忘れてしまいそうだった。
二人は宮殿の出口のリフトを降りた。別れを惜しむように振り返ったテレサを見て、島はふと怪訝に思う。
「…ここは、このままにしていくの?」
「この宮殿には、サテライト機能がありますから」
テレサの言葉に、そうか、と納得する。監視衛星代わりになると言うことなのだ。それなら、このまま機能させた状態で残して行く方が、都合がいい。
「…古代さんが、きっとあなたを心配していますね。島さんの乗っていらした飛行艇まで、跳びましょう…」
「跳ぶ…?」
ええ、そうです…鍾乳洞を歩いて抜けていたら、時間がかかりすぎるでしょう?
そう呟いて、テレサは島の両手を取った。
「…目を、閉じてください…」
島は言われるままに目を閉じる。足元の床がふっとなくなった様な気がした。彼女は超能力者だ。これは…地球でいうところの、テレポーテーション、なんだろうか…
そう思いつつ、軽く握られた両手を不意に離すと、テレサの身体を抱き寄せる。
「あ…」小さく彼女が声を上げた。目を閉じたまま、島はテレサの吐息の漏れる唇を探した。
例えばワープの最中に抱き合ったら、一体…どうなってしまうんだろう。
「酔う」とも言われるワープだが、慣れてくればあの不思議な体感が妙に心地よいものだ。今、島の身体は宙に浮いていた。踏みしめるべき大地はなく、周囲は温かさや冷たさが複雑に通り過ぎる手応えのない空間だった…ただ、胸の中に愛する人の温もりが感じられるだけである。唇を重ね、こうして抱き合いながら、めくるめく不可思議な空間に身を委ねる……なんだか、このままずっとこうしていたい気分だ。
気がつくと、目の前に上陸用探索艇のキャタピラーがあった。
「……あれ」
「島さん…苦しい」
その上、自分はテレサを必要以上に強く抱きしめていたようだ。腕の中の彼女が、苦笑しながらそう言った。彼女の頬が真っ赤だ。
「…ご、ごめん」
慌てて腕を離し、島は急いで探索艇の動力スイッチを遠隔作動させた。
表情の乏しいと思った彼女が恥ずかしそうに頬を染めているのを見て、つい笑みが浮かんでしまう。なんて可愛いんだ…
(ちょっと強引だったかな)
…君が、目を瞑って、なんて言うからだ。
探索艇の前部ハッチが開き、タラップが降りて来る。島は紅潮した頬を隠すように、テレサの手を後ろに引いて、タラップを上がった。
数分後、探索艇は地底都市上空を通過していた。
1分でも遅れたら置いて行くぞ、と古代は言っていたが、島には古代が実際にはそんなことをしないと分かっている。
できるもんならやってみろ。俺がいなけりゃ手も足も出ないだろ……、え、艦長代理?
とはいえもちろん、あと数分しか余裕がないことは島も承知していた。
傍らに座るテレサを横目で窺う。眼下に広がる廃墟を目にして、彼女は心なしか胸を痛めているように見えた。
「…2分だけ、寄り道しよう」
「寄り道…?」
時速数百キロのスピードで飛行していた探索艇は、わずかに進路を変え、速度を落として中空で止まった。
「…この建物を……ずっと見ていただろう?」
「…ああ、…島さん……!どうして」
父ハールの天文台が、眼下にあった。
それは他の瓦礫と同化していて、テレサですらこうして俯瞰すると判別がつかないほどだった……だが、島はテレサがこの場所をテレザリアムからずっと見ていたことを記憶していて、探してくれたのに違いない……。
「最後に、お別れをしたいだろうと思って」
島の言葉に、涙が溢れた。肩を震わせ咽び泣くテレサに、島はほんの少し、戸惑う。
(君を無理矢理連れて来てしまったのは…間違いだったんだろうか…)
…いや、違う。
彼女の肩に手をかけ、そっと…しかしはっきりとした口調で。
「……ここに眠っている人も、きっと…君が生き延びることを望んでいるはずだよ、テレサ」
眼下の廃墟は何も語りかけてはこない…答えなどなかった。だが……この美しい人を自分がここから連れ出すことを、“彼ら”に告げるのは自分の義務だ。島はそう思ったのだった。
そっとテレサを窺う。眼下の都市の亡骸に視線を落している彼女の横顔。濡れた睫毛が、微かに震えていた。
——テレサの中では、様々な思いが交錯していた。
ハールの言葉が脳裏を駆抜ける……
生きる勇気を持ちなさい——お前は、この宇宙に選ばれた者なのだよ…
テレサは涙を拭うと、ゆっくり頷いた。
「……ええ。そうですね」
ほっとしたような島の表情に、わずかな罪悪感を覚える。だが、やはり方法は一つしかない。
(大丈夫…島さんはきっと、分かってくださるわ)
父母が自分を生かすために己を犠牲にして力を尽くしてくれたこと。愛して止まないからこそ、命を賭けてもその人を守りたいと願うこと……その二つは、…同じものだ。
だからこそ。…私は。
(島さん……愛しています。私はあなたを……愛しています)そう、心の中で繰り返す。
言葉に出せば、それは泡沫のように溶けてしまいそうだった。
テレサは眼下の廃墟にもう一度愛し気な視線を投げ、そして…島を見上げた。
「…ありがとう…島さん」
息を詰めて、彼女の一挙一動を見守っていた島は、嬉しそうに息をついた。
「……行こうか」
「はい…」
探索艇は、再び旋回し外殻地表への脱出口へと向かった。
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★ 16話後半、まだ続く。
<指輪>
原作本編17話で。自爆するテレザートと運命を共にするかのように見えたテレサの左手の薬指には、緑色の玉のついた指輪がありました。
あれは一体、いつの間につけたものなんでしょう。それまでの画像の中の彼女の手には、なかったものです。脚本家がなぜ、あの時点であの指に、リングをはめたテレサを描いたのか。知りたいですね。まあなんとなく、分からないことはないのですが…
そして、自爆の直前…彼女の脳裏に浮かんだ島の笑顔……あれは、それまでの話の流れの中の、どの時点で見せた表情だったのか。それがまったく分かりません。これも妄想の余地満載(w)なので、とっとと作りましたとも。
二人はテレザリアムで、…テレザートで、少しだけれど共に時を過ごし。指輪はその時、島が照れくさそうに笑って、彼女の指にはめた、と。ただ、その由来は第一部でテレサの母フリッカがテレサの幼少時に贈ったものだった……と。そゆことで(w)。
<荷物>
島についてテレザリアムを出たテレサ。ねえ、手ぶらで行ったら「戻るつもり全開」じゃん。なので、もっともらしい流れにしてみた。…にしても、疑わない島はおめでたいよ……(泣)。
<テレポーテーション>
ええ、鍾乳洞を歩いて抜ける二人、という図が思いつかなかったので。10分ではフツーに考えて戻れるわきゃないし。それに、あのドレスでは絶対無理。だから、跳んでもらいました。そんで、島にはそこでしっかり「男の子」してもらいました…(w)。
でもさあ……。
原作本編でもこのオリストでも、島…ひと言も「愛してる」とか「好きだ」とかテレサに言ってないんですよ…。ああ、あんなじゃ未練残るよねえ……。
テレサの実家にお別れをさせるシーン(テレサ、あれが実家とは言ってない。島も、大事な人だろうと思っただけで、それが誰なのかは聞き出してないです)は、なんか必然的に出てきました。家族愛を心ならずも大事にしちゃう島です。同じようにテレサにも接するはず。2分だけ、寄り道をして。
こんな風に、『この場合、彼だったら彼女だったらこうするだろう』って考えると必然的に出て来るエピソードって結構あります。
テレサの自爆後、島に謝ろうとする斎藤とか、島が思わず席を立ったとこへ代わりに入る太田とか(w)。どっちも本編ではあり得ないけど…。特に、島と斎藤はケンカしたまま死に別れなくちゃならなくなった。少しでも、そんな哀しい未来を減らしたい。そう考えて、お節介焼いてみたんだよ(その辺はもちょっと後に出てきます)。