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＜白色彗星の動きが…異常です＞
さらに数日。
ようやく寝台の上に起き上がれるようになったテレサは、それでも急に胸の中の空気が突然無くなってしまうような痛みに苦しんでいた。
這うようにしてディスプレイ・スクリーンの前まで辿り着き、画面を見上げる。
「……何かしら…変形しているみたい…」
はっとする。
違う、…急激に加速しているのだ。得体の知れない不安が胸をよぎる。彗星本体と、その前衛艦隊とが合流しようとしているのではあるまいか……？
土星空域では、ガトランティス前衛艦隊と地球連合艦隊が熾烈な戦いを繰り広げていた。だがヤマトは少し離れた空間で３隻の空母を率いて戦列を離脱して行くように見える…
幾つもの異星文明の宇宙航法に通じているテレサでさえ、艦隊戦というものにはさすがに詳しくなかった。だが、その困難さは容易に想像できる。
……艦船の数が多い方が優勢には決まっているだろうが、あれだけ大きな船を、全体を見渡すことの出来ない人間たちが動かすのだ。彼らには、サイコキネシスはない。すべてをレーダーによって観測し、判断し、航行し、攻撃する。圧倒的な数の白色彗星の艦隊に対し、地球の艦隊が善戦を続けているのは、おそらく指揮官の力量による所が大きいのだろう…武器の威力の違いもあるだろうに、地球艦隊はまったく押されていなかった。
その地球艦隊の戦線を離れて行くヤマト…、ふとその向かう先にレ—ダーの照準を合わせてみて、テレサにも彼らの行動の理由が理解できた。
ヤマトは前衛艦隊の後方に位置する敵機動艦隊の艦載機発進を阻むべく、奇襲作戦に携わっていたのだ。
しかし、後方から彗星本体が来るとしたら…？
不安に、突如胸が苦しくなる…。
テレザリアムがシリウス星付近にさしかかった時だった。
歪んで見えていた白色彗星が、にわかに“消えた”。
＜ワープしたようです＞
「…ワープ！？…そんな」
AIの声に、背筋が冷たくなる。白色彗星が、ワープした……
一気に、太陽系内へ……！？
数分後。
ヤマト率いる第三艦隊の奇襲成功によって、優勢を保っていた地球艦隊のまっただ中へ、巨大なクエーサーが姿を現した——
テレサは、ただ恐怖に戦きつつ、ことの成り行きを見守ることしか出来なかった。傍受を幇助する形となっていたガトランティスの監視衛星は、突如現れた彗星の重力場の影響でほぼ破壊され、映像の受信が途絶える。艦隊を表す光点だけがモニタに残り、…それも次第に、一つ、また一つと消えて行った。
——かろうじて体勢を立て直した地球艦隊が、彗星へ波動砲の一斉射撃を行ったが、周囲のガス体が吹き飛んだだけのようだった……いや、彗星帝国都市は、自らその姿を地球艦隊に晒したようにも見える。
——突如、AIが電子音の波長を上げ、テレサに告げた。
＜…ヤマトを見失いました。現在位置より機影消失……周囲の観測は不可能＞
「ええっ…」
そんな……！ 島さん…！
いまだモニタに反応のある地球艦隊の船の数も、次第に少なくなって行った。
撃破されたか、自滅したか。
…船の形をとどめぬほど大破すれば、自ずとレーダーからは消えてしまう……
テレサの必死の願いが、テレザリアムを亜空間跳躍へ導いた。だが、彼女の宮殿が土星空域へ到達した頃には、——戦いは終熄していた。
白色彗星は…？！
AIが、木星軌道方面にその姿を捉える。
周囲の高速中性子の嵐と発光ガス体は消えていたが、その本体は速度を落とすことなく地球へと進撃を続けている。
亜空間から通常宇宙空間へ出現したテレザリアムの中で、テレサは周囲の様子に茫然としていた。
土星空域は惨憺たる有様だったのである…。
土星空域には、艦艇の形をとどめた船は一隻も見当たらなかった。無数の艦艇の残骸が四散し、爆発の痕跡が、収斂する磁場を形成していた。土星を取り巻く７つの環は、バルゼー艦隊の放った火炎直撃砲で酷く傷つき、未だ重力嵐が付近を席巻している。
艦艇の残骸に混じって、人と思しき小さな物体もあった。
…ヘルメットを被っているもの、いないもの。そのどれもが、厖大な爆発の衝撃と瞬間的な高温に晒されたために頭部が破裂し、脳が吹き飛んでいる。その身体は宇宙に放り出されて急速に凍り…砕けて氷の粒となり。…いずれ土星の環の一部となることだろう。
無論、そのように身体が残っているのはまだ幸運だと言えただろう。生命の多くは瞬間的な大爆発のために跡形もなく消し飛んでいるのである……
テレサはあまりの惨状に顔を両手で覆った。
（戦いは……もう…たくさん…！！）
自分は幾度も、“神”に祈った。あなたがいるのなら、こんな惨めな世界を…どうか正して。
…そして、“それ”が応えはしないことも…知っているはずだった。
それでも尚、テレサは祈った。
AIが、周辺の探査を行っている。
＜……ヤマトは発見できません。…現在、尚周辺を探索中…＞
ヤマトらしき船の残骸が出て来てしまったら。そんな恐ろしいことはとてもではないが、考えられなかった。
（島さん……島さん）
両肩を抱いて、部屋の中央に踞る。不安で、心が潰れそうだった。
……島さん、あなたは…どこにいるの……？！
ヤマトは白色彗星の出現によって傷ついた船体を補修するため、木星の衛星ガニメデ基地に寄港していた。
地球連合艦隊は、彗星帝国の将バルゼー提督率いる機動艦隊を撃滅した。だが…、勝利と一時の休息を手にした地球艦隊のただ中に、白色彗星本体がワープアウトして来たのだ。
強烈な磁場嵐と重力の乱れに艦列は崩れ、半数が操舵不能となって彗星の渦巻く発光ガス体の中へと吸い込まれて行った。土方の旗艦アンドロメダを始めとする残存艦隊は密集し、白色彗星目がけて波動砲攻撃を一点集中させた。さしもの白色彗星も灼き尽くされたかに見えたが、そうではなかった——
内部には、巨大な都市帝国があったのだ。
＜ヤマトよ…生きていたら……生きて…最後まで…＞
都市帝国の下部を攻撃せよとの土方のメッセージを残し、…生きろと告げつつ交信を絶つアンドロメダを、ヤマトクルーたちは痛恨の思いで見送った。だが、そのヤマトも、彗星の重力場に煽られた僚艦との接触によって甚大なダメージを受け、戦列を離れざるを得なかったのだ。
旗艦を失った太陽系外周艦隊第３艦隊の３隻の空母は土方の連合艦隊と合流し、最後の攻撃に加わったが、それらも最終的に連合艦隊旗艦と同じ運命を辿った。
操縦不能となって戦列を離れたことが、ヤマトを奇跡的に生存の道へといざなった。…だが、手も足も出ない状態でただ一隻生き延びたことは、幸だったのか不幸だったのか…。
テレザリアムのAIがようやくのことでヤマトの機影を捕捉したのは、その頃のことだった。
「…ヤマトは一隻なの？その他の艦隊は……？」
＜……地球艦隊は全滅です。ヤマトは…今まで、どこかに退避していたのかもしれません＞
「退避……」
どんな方法でも良かった。戦わずに逃げることを、テレサは臆病だとも卑怯だとも思わない。生きてくれさえしたら…それでいい。
死を厭わず、テレザリアムの鍾乳洞のゲートを守り続けたガトランティスの兵士たちを思う。
爆弾で手足をなくしてもなお、猛り狂うように敵を求めていた空間騎兵隊の戦士たちを思う……
なぜ、彼らはそうまでして戦おうとするのか。
あなたがたに……あなたがた一人一人に、自らの命を削って生命を与えた父母がいることを、なぜ忘れてしまうのか。相手の命も自分と同様、命をくぐって生まれて来たものだということを…なぜ、見失ってしまうのか。そして、不退転の意志を持って戦いに赴くことも、テレサから見れば愚かな行いでしかなかった。戦って勝利することが、敵にそれだけ多くの死をもたらすのだということを…なぜ想像できないのだろう。
ヤマトのしようとしていることにも、勝機があるとは思えない……これは自殺行為にも等しい。
ヤマトがたった一隻になってもなお、明確な意志の元に地球へ向かおうとしているのを知って、テレサは悲嘆に暮れた。
…彼らは…徹底抗戦しようとしているのだ、ただ一隻で。
（…追わなければ）
しかし…果たして自分の出来ることは…一体、どれほどあるのだろう。
疲弊したテレザリアムには、すでに反物質を増幅する力はない。この身体も、サイコキネシスで宮殿自体を航行させるのが精一杯だった。どうしたら…戦いをやめさせることができるのだろう。敵すら傷つけまいとしてこの身を投げ出しても、人間同士の戦いは止まなかった。
テレサは子どものように、顔を覆って涙に暮れた。虚しくて、切なくて、どうしていいのかわからない……
AIが慰めるように言葉をかけた。
＜……ヤマトがたった一隻で地球を救おうとしているのを、憂えているのですね。…無謀な…試み…たしかに、無謀な試みです。しかし……あなたも。たった一人で…全てを変えることは出来ないのですよ…＞
「え……」
思わず顔を上げる。
それはプログラミングされた言葉ではなかった。（……お父様…？）
——時を…待ちなさい。
一人では為し得ないことも…手を携えれば叶う時が…来るのです——
「手を、携える……」
誰と？どうやって？…それはどういうことなのですか？
…教えて…！！お父様…！
抽象的な言葉を残して、AIは沈黙した。
あたかも「この先は、自分で考えなさい…」と言うように。
戦いをやめてと願うだけでは、何も進まなかった。
私も…たった一人で…闇雲に“闘って”いただけだった——
一人では、何も…変えられなかった。
「時を待つ…」
そうだ。
その“時”が来るまで、…十全を尽くして備えるのだ。まずは体力を。
そして、正確な情報を…、然る後に手を…携え。
（ヤマト……）
彗星帝国にも地球側にも犠牲を出さず、戦いを阻む方法が…きっとあるはずだ。
折れそうな心を必死で支え、ヤマトを追って地球へ向かうテレサは、だが…もう一つの脅威がヤマトを撃滅せんとして追って来ていることを、知らなかった。
（宇宙戦艦ヤマト２ 20・21話）
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★ ヤマト初の艦隊戦がこの20・21話です。 バルゼー艦隊には、勝ったんだよね…地球連合艦隊。土星の輪の中で火炎直撃砲撃っちゃうアホなバルゼー…はともかくとして、土方さんがめっさカッコ良かった20・21話。ヤマトは空母を３隻も引き連れて、敵の艦載機を封じるための奇襲攻撃作戦を行ってます。
コスモタイガー雷撃機（茶色のボディカラーのコスモタイガー三座型）ってのが、この20話にだけ出て来るんですが、空母はこれを積んでたんですね。あと、中型雷撃艇ってのも結構好きでした。真ん中に黒い矢印が入ってる、グレーのスルメみたいなやつ（w）。コスモハウンドに較べたらずっとカッコいい（w）。
木星の４つのガニメデ衛星や土星付近から艦隊がどんどん集結するシーンもカッコよかった。この辺りのオッサン大活躍シーンをもっと書こうかと思ったけど、ヤメました。理由は、やっぱテレサに感情移入すると「カッコ良くは描けない」から。
あの艦隊戦、カッコよかったんだけど、……テレサから見たら「ただの殺し合い」なんですよね。
旧日本海軍の決死の海戦も、本土で夫や息子の無事を祈る女たちからしてみれば「隠れてでも生き延びて欲しい」わけで。そんなの、卑怯でもなんでもない。「命に換えても愛する者を守る」という決意も大義名分も、守られるはずの側からしてみたら「そんな風に守られたくなんかない、ただ戦いなんか止めて無事に戻って来て！」としか思えない。それと同じ。
実を言うと、ERIの中では、この「テレサの真の願い」と、「ヤマトの格好良さ」とが常にバッティングしちゃってるんですよねえ。戦艦大和を題材にした時点で、「戦争の格好良さ」を省いて描くことは出来ない。戦争の虚しさを描くことは出来ても、だからといって「戦闘を放棄」したら、バトルアニメではなくなる。
そこへ、「自分が助かるために人を犠牲にするくらいなら死んでもいい」ってゆーよーな、まるでキリストのよーな心理のテレサを登場させるなんて、なんだかあんまりだなあ、と。しかも、島はヤマトの操舵士ですよ？テレサを愛してその真意を本当に理解してしまったら、島は軍人すらやってられなくなるでしょう。テレサを愛した時点で、二人が死に別れなくても、島とテレサはロミオとジュリエットなんだよ…。
でね。
結局、地球はテレサが「島のついでに」助けた形になるけど、「島自身は」そうは思わないだろうなと。
テレサの真意はどうであれ。テレサも、ヤマトの仲間になって、一緒に戦ってくれた…島はそう自分を納得させるんです。でなきゃ、その他の仲間達の努力や犠牲は、全くの無駄になっちゃうから。軍人としての島は、テレサも共に戦った、ヤマトの仲間だったんだと思うことでしか、「自分の生」「仲間の死」を肯定できないだろうな、と、そう思うんです。
（お…重い……）