Original Tales 「碧」第三部(4)


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<…テレサか。…私が彗星帝国大帝、ズォーダーだ>


 音声だけでなく、その画像が乱れつつパネルに投影される。
 碧顔にライオンのたてがみの様な銀の髪。あの異相の戦士が、豪奢な肘掛け椅子に悠然と腰かけ、テレサを見下ろしていた。


<…我が帝国に対して警告とやらを発したそうだが…なんのつもりだね…?>
<やっと出てきましたね、大帝ズオーダー。ただちに、進撃を中止しなさい>
 戦士は居丈高に笑った。
 人を食った様な、あの馬鹿笑い…テレサは目を細め、口の中を噛んだ…
<何が可笑しいのです、ズオーダー>
<せっかくだが、それはできん。旅は我が先祖の意志だ。過去から未来永劫へと続く、ガトランティスの心だ……やめるわけにはいかん>
<ズオーダー。あなた方の論理はどうであろうとも、このような行いは宇宙の平和な営みを破壊するものです……無法者の行為です>
<さあて……それはどうかな?…テレサ>
 テレサはぐっとズオーダーを睨みつけた。AIが、傍らで彗星の位置を告げる。時間はすでに、残り少なかった……

<……この宇宙に命を得たものは、皆等しく…生きる権利を持っています。いかなる星も、他の星の力によって破滅させられることや、侵されることがあってはなりません>
<テレサ、忠告は承っておこう>


 口幅ったい奴め……この私に説教を垂れるとは。
 ズオーダーは愉快そうに、自分をねめつけるテレサに恭しく頭を下げてみせた。さだめしこれは、美しくもヒステリックな女教師に叱られた、悪戯っ子の小さな学生、と言った所かな? そして、その自分の思いつきに、再び爆発する様な笑い声を上げる。
<この宇宙は我がガトランティスの遠大な旅のためにある。全宇宙は我が故郷、力を持たぬ他の生命は、私と出会い、滅ぼされることにむしろ喜びを見いだすだろう!>
<それは違います。…宇宙のすべての命は、共に手を携えて生きて行かなければなりません。あなたがたのように宇宙の秩序を乱すことは、決して許されません…!>

 




 この通信を傍受していたヤマトの第一艦橋では、全員が気が気ではなかった。白色彗星の大帝ズオーダーという人物の、傲岸な態度もさることながら、それに対して一歩も引き下がることなく道理を説こうとするテレサに、皆が気を揉んでいた。
 テレサの言っていることは、確かに正論だ。彼女の崇高な意志には誰もが敬服する……だが、圧倒的な力とともに接近するあの白色彗星に道理を説いて、一体どうなるというのか。

「……白色彗星、…テレザートへあと13万宇宙キロ!…テレザートの外殻地表が……彗星の重力場の影響圏内に入りました!」太田が懸命なことに自席に戻り、そう伝える。
 嘲笑する様なズオーダーの声が続いていた。
<テレサよ…、宇宙の秩序は力によって築かれる。それは力によってのみ保たれる。その法とは、私なのだ。この私の力こそが、全宇宙に平和と秩序をもたらすのだ>
<…愚かしい思い上がりです、ズオーダー。……いいでしょう、あなたがこのまま侵略を続けると言うのであれば…私は命に換えても…>


 解析機から流れ出すテレサの声が、絶句するように一瞬淀む。
 操縦桿を握りしめていた島が、思わず通信席を振り返った。
<…どうすると言うのだ、テレサ?>
<……あなた方を、阻止します>


「島さんっ」太田が慌てて腰を浮かした。なんとなれば、操縦桿を離し、いきなり島が立ち上がったからだ。
 直線コースとはいえ、手動で速度を上げている最中に。
 こんなことは今まで、なかった。
 自失したように立ちすくむ島をさっと一瞥し、太田は仕方なく上司の反対側からメイン操舵席に滑り込んだ。悲痛な面持ちで島を見上げ、声をかける。「…島さん!」
「駄目だ、テレサ」
 島は太田が操舵席に入ったことも気づかないようだった。「駄目だテレサ、そんな」
 相原の通信席から、古代と真田が呆然と島を振り返っている。雪も南部も徳川も、島の様子に動揺を隠せない……相原だけが必死の形相で、交わされる二つの異言語の通信をクリアにし、エンコード・デコード…を繰り返していた。
 雪が、思わず駆け寄って島の片腕をとった。
「…島くん、しっかりして!」
「雪…」
 今にも泣き出しそうな雪の表情に、はっと我に返る…
 振り向くと、操舵席には太田が座り、任せてください、と言うようにこちらを見て頷いていた。
「…すまない…」
 島は、そのまま相原の席の後ろに駆け寄った。
「相原、テレザートへつなげないか」
「えっ…そりゃ…無理ですよ…!」
 そう言いつつも、相原は急ぎコンソールパネルに目を落す。鬼気迫る異星人同士の会話を傍受している回線とはまた別に、テレサのメッセージに合わせて幾度か拾ったことのある周波数を、必死に探った。「これでどうでしょう?!」
「テレサ!…テレサ、こちらヤマト!」
 島は相原からインカムを受け取り懸命に叫んだが、それは虚しく響くばかりだった。
「…前方に、小惑星帯。距離、8000宇宙キロ…付近には、ワープ可能空間は…ありません!」
 雪の悲痛な声が、太田に代わってそう告げた。「白色彗星はさらに速度を上げました。テレザートまで、あと12万宇宙キロ…」

「…間に合わんな」
 真田が、おもむろにそう呟いた。「ヤマトも…テレザートと同じ運命だよ……」
 古代が、島が、そして第一艦橋の皆が……メインパネルに投影される後方の映像を目にして愕然とした——

 





「……島さん…」
 スクリーンの中に光点となって刻々と遠離るヤマトを、テレサは愛し気に見つめた。白色彗星への通信を、先ほどシャットダウンしたところだった。
 これ以上、あの男と話をしても無駄なだけだ。彼らは憤激し、さらに速度を上げてここへ迫って来る。頭上の岩盤から、地鳴りが聞こえ始めた。テレザートの外殻地表が、あの彗星の重力場の影響で激震しているのだ……
 
 AIに語りかける。
「……今まで、本当に…ありがとう。………お父様」
 蒼い宮殿の、隅々を見渡し。壁を、床を……そっと両手で撫でた。
「そして、…お母様」
 左手の薬指に光る、碧玉の指輪が…目に入る。



 島さん…。あなたに出会えて。

 そしてあなたを愛することが出来て…私、幸せでした……



「行って参ります」
 AIの生命線、メインコンピューターの動力スイッチをオフにする。サイコキネシスを使い、完全にロックされ沈黙した宮殿の外へ、テレサは跳んだ。

 地底都市の天井を成す外殻地表には大きな亀裂が出来ていた。テレザートの都市上方に数ヶ所しかなかった天然の脱出孔は岩盤が大きく割れて吹き飛び、天井がごっそり剥がされた様相だ。今や地下都市の地表にも轟々と暴風が渦巻いている。
 瓦礫がテレサの身体をかすめて幾つも吹き飛んで行った。サイコキネシスのバリアを張っていなければ、この暴風と磁場嵐と地崩れの中を歩くことなど到底出来ないだろう。跳んでしまえば容易く移動できる。…だが、テレサは歩いた……別れを告げるように、一歩一歩。
 愛しい大地を踏みしめながら。



 …ごめんなさい…
 私は再び、この星を…地獄に変えてしまうでしょう…
 私の故郷、…愛しい…テレザート。
 ……どうか…赦してください——

 



「テレザートまで10万宇宙キロ!」
 作戦司令室で進撃の様子を見守っていた彗星帝国幹部らは、テレザートがその惑星の表層から崩壊しつつあるのを眺めていた。
「…強情な女だ、まだ逃げ出さずに頑張っていると見える」
「ホッホッホ…そろそろやせ我慢も限度でしょうに」
 ゲーニッツとサーベラーの口ぶりはまるで、コロシアムで闘う瀕死の兵士を野次る、品のない観客のようだ。壇上の座席に陣取るズオーダーは、眉をひそめた。


「…あの女に、テレザートを放棄して脱出するよう伝えたか?」
 サーベラーが眉を吊り上げて声高に言った。「…何をおっしゃいますやら。あの女が素直に従うものですか。もはやあの星からは、どんな強固な宇宙船も脱出不可能でしょう」
「…そうか。…では……我らも覚悟せねばなるないな」
「大帝!何をおっしゃるのです」
「全都市に伝えよ!テレサの攻撃に備え、防御体勢を取れ!」
「大帝…!」
 サーベラーとゲーニッツは顔を見合わせた。すでにあの女とその星の生殺与奪を握るはずのこの帝国の王たる方が、一体…なにを……?!


「テレサは逃げん。本気で我々と戦うつもりだ」
「お言葉ですが大帝…?戦うには人が要ります…武器が要ります。一体今の彼女に、何があると言うのですか」
 サーベラーに迎合するようにゲーニッツも口を揃える。「テレサに戦う力があるのなら、なぜヤマトを呼び寄せたのでしょう?しかもそのヤマトさえ、彼女の意に添えぬと見えて、引き上げて行ったではありませんか」
 ズオーダーは目を細め、サーベラーを見つめた。
「お前たちには分からん……テレサは、戦うつもりだ」

「テレザートまで、7万5千宇宙キロ!現在尚、テレサの脱出は認められません!」兵士の声が司令室に響く。

「…大帝」
 サーベラーはまさか、という顔でズオーダーを見上げた。ちらりと彼女を見下ろしたズオーダーの目はこう言っていたからだ…(お前は忘れたか…? あの女の真の力を…)

 




 吹き荒ぶ灰燼のただ中に、テレサは佇んでいた。
 生身の人間であれば、とても生きてはおれないほどの…荒れ狂う惑星の地表。眼前には巨大な彗星の姿が迫る。網膜を焼くような凄まじい光芒が渦巻き、その中心核が周囲の光芒の渦とは逆方向へゆっくりと回転している様までが肉眼で確認できた。…強大な重力場が大地を揺るがし、地表からはぎ取った岩盤を巻き上げる。彼女の足元の岩盤も今にも掬われそうだった。


 不思議と、もう恐怖は感じなかった。
 父の遺したデータから、あの彗星の都市を取り巻く発光ガス体の厚さが推定直径1万キロほどであることが分かっている……それを焼き尽くし…内部の都市を破壊する、そのためには…もう少し、引きつけなくてはならない…。


 ふいに……ヴァルキュリアの民を思った。
 あの帝国都市に奴隷として連れ去られた人々。ヴァルキュリアだけでなく、たくさんの罪のない星の人々が、あの彗星内部にいるのだ。でも私は…彼らをも滅ぼしてしまおうとしている……
 何のために?



 ……島さん。
 
 「君は戦う必要なんか、ないんだ!僕はそんなこと…望んじゃいない」
  彼は、そう言ってくれた。

 そのほんの少しの躊躇いが、時期を早めた——

 祈るテレサの身体から、時空震のような波動が迸る。

 



「な…何事っ!?」突如眩い光芒に包まれたテレザートを視認して、ガトランティス中枢の作戦指令本部は騒然とした。
「…テレザートから反物質反応が…!」
「狼狽えるな!こけおどしに過ぎぬ、進め!」
 ヒステリックに叫ぶサーベラーを通り越し、ズォーダーの視線はテレザートに注がれる…。


「全都市の動力を停止せよ。速度を落とせ!全隔壁を閉鎖……破損箇所からの誘爆を防ぐのだ!」
 ズオーダーの命令が一呼吸遅ければ、都市の半分が壊滅していただろう。
 眼前のテレザートに、美しい女のシルエットが浮かびあがる……テレサはゆっくりとその左手を頭上に掲げた。

 


 薬指にはめた碧玉に、エネルギーが集中するのが感じられた。身体を突き抜けるようにそのパワーが虚空へと昇る。……微かな痛みとともに、リングが指から消滅して行った。
 
 ——この指に、はめてもいい?
 ……一生、君一人を愛する……
 最後に、お別れをしたいだろうと思って……

 テレサ。……テレサ……

 島の笑顔が、脳裏に浮かぶ。その声が、優しく自分を呼んだ。涙が頬を伝ったが、それも灼熱の火炎に煽られ、瞬時に消えてなくなる…
 自分の周囲を、白い焔が取り巻くのが見えた。
 サイコキネシスのバリアが、音を立てて消し飛ぶ——



 島さん…
 …愛しています、……永遠に……




 光芒はテレザートを数倍に膨張させ、星は断末魔の太陽のように猛り狂った。巨大な焔の触手が飛び込んで来る彗星を捕え、業火で灼き尽くさんとそれを搦めとる……

 耳をつんざく大音響。とてつもない衝撃が都市帝国を襲い、その一部が崩壊を始める。計測しきれないエネルギーを前に作戦指令本部のメインスクリーンは帯電し火花を迸らせた。その様相に、不敵な笑みを浮かべ、……大帝ズォーダーは呟いた。
「…我が帝国と刺し違えるつもりか…。大した女だ」
 ガトランティス有史以来、この彗星帝国の軌道を変えさせたものは誰一人いない。…あの女は、それもたった一人で、それを成し遂げおったのだ……
(見事な女だ…、テレサ)
 狼狽え怯える兵士ども、そして腰の抜けた参謀たちを睨みつけ、ズォーダーは戦鬼のように立ち上がる。右手を振りかざし、怒号を迸らせた。
「馬鹿者ども!ただちに体勢を立て直せ!」
 ……ヤマトには…逃げられたか。
 まあ良い。
 所詮たった一隻の戦艦で、何が出来ると言うのだ……
 
 すべてのモニタから火花が散り、白煙を上げる作戦指令本部のただ中に大帝ズオーダーは阿修羅のように立つ。
 この屈辱は必ず晴らそう。お前が命を賭けて阻もうとした地球侵略の手を、こまぬくような真似はすまいぞ……見ておれ…テレサ!

 彗星帝国大帝ズオーダーは傲然と笑った。

 



                   (宇宙戦艦ヤマト2  17話)
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★ 17話「テレザート・宇宙に散る!」までです。

<テレサだって怖かった>
 自分の星を、武器として自爆させる。
 ……これ、本編を見てた当時、すげえ威力だなとは思っても、テレサが怖いだろうか、辛いだろうか、苦しいだろうか…、なんてことは考えもしませんでした。でも、泣いてるんだよね…、テレサ。
 きっと、自分は助からないだろうと思っていただろうし、それだけにやはり怖かったんだろうなと、今さらながらに思ったのです。指輪は発光して、多分砕け散ってしまった。そして、自分の星をまたもや、今度は跡形もなく吹き飛ばすことになった…。
 辛かっただろうな、と。このテレザート自爆のシーン……テレサが可哀想で、泣けてきます…。

<丁々発止。>
 で、ズオーダーとのやり取りを記録していて、やっぱ彼女は16なんかじゃないよ、って思いましたよ。
 PKで強制的にズオーダーを呼び出した上、呼び捨てです。睨みつけてます…。まあ、ズオーダーとの話の内容は、あまりにも青臭くて勧善懲悪で、子どもっぽいっちゃあ子どもっぽいかもしれん。奇麗ごと過ぎるんですよね…主張がさ。でも、彼女の言ってる事は正論で、間違ってない…究極の真実。若者だからこそ唱えられる正論であり、年老いてからやはりこれが真実であったと噛み締める、至高の論理、でしょうか…。

<手加減した理由>
 彗星を、テレザートの自爆に巻き込んでやっつけようと思ったらしいテレサ。でも、ガス体を取り払うまでにはいたらなかった。あれは手加減したのだろうと思ったんです…私。拡散波動砲を数十発と、テレサの反物質では…どっちが威力が上だろう。私には反物質の方が強いんじゃないかと思えました。なのにガス体すら消し去れない、なんてはずがない。
 彗星帝国内部には、奴隷として連れて来られた人もたくさん居たんじゃないか、というのは容易に推測できます。植民地から遠く離れた軌道を旅する帝国ですよ…主要国家の最重要人物級の人質を取っていなけりゃ、普通は反乱起こされて星ごと奪回されちゃうでしょう。せっかく植民地にしたってそれじゃ意味がない。
 第一部に出て来た惑星ヴァルキュリアは、植民星になっちゃったので王族とかが帝国都市内部に捕われています。テレサは、そういう人たちまで巻き込みたくはなかったんですね。


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