Original Tales 「碧」第三部(5)
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背後の白色彗星との距離は開きつつあった。
その速度は落ち、周囲のガス体も崩れかけている。彗星の完全な壊滅には遠く及ばなかったが、テレザートの爆発はヤマトの活路を拓いた。帯状に広がる小惑星群を抜け、ようやくヤマトはワープ可能な空間へ出た。
「…こんな長距離ワープは、そう何度も繰り返すことはできんな。…エンジンへの負担が大きすぎる」
エネルギー伝導管の一部が破損した、との機関室からの報告を受け、真田が頭を抱える。ヤマトはその限界距離いっぱいの長距離ワープを行い、太陽系へとひた走った。
航海長の島は、自ら第2艦橋へ降りて行き、予定される通過空域の重力場の観測を行っていた。島の命令で、自動航行速度は50宇宙ノットを割らないよう、設定されている。補助機関を使って速度を保ってはいるが、メインエンジンを動作させながら修理しろだなんて…。機関部員は内心冷や汗を拭っていた。
「稼げた時間はたったの5日だ。奴らが体勢を立て直せば、すぐに追いつかれるぞ!」
島の直属の部下に当たる航海班員らが怒鳴られておろおろしている。普段、自分たちに任せ切りにしているはずの航海長が直にやってきて、再度長距離ワープの可能な空間を求めて手厳しく観測をやり直すのを、彼らは所在な気に見守るばかりだ。
こちらも自ら機関室に出向き、エネルギー伝導管の修理に携わっていた技師長の真田は、イライラしつつ顔を出した島を見つけて声をかけた。
「おい、島」
「…あ…はい」
急いでくれよ、と機関部員をせっついていた島は、その声に上を見上げる。作業用リフトの上から、真田が手を振った。
「お前、少し働き過ぎだぞ。…眠ってないんじゃないのか」
「いえ…大丈夫ですよ」
ばつが悪そうにそう言うと、島はぷいっと機関室を出て行ってしまった。
航海班、機関班だけでなく、クルーたちが皆、刺々しい島の言動に逆らわないのには理由があった。それはもちろん、…彼とテレサとの間に起きた出来事を知っているからである。
島の方でも、自分のしていることがただ痛々しいだけなのは承知していた。皆がまるで自分に遠慮するように接することも、その苛立ちの原因なのだ…。
(畜生…、みんなして人の顔色窺いやがって)
……みっともないな、と思う。
しかし、斎藤までが島を呼び止め、もじもじしながら何か言おうとしたのにはさすがに我慢できず、彼が何も言わないうちに怒鳴りつけてしまった。
「もういい! 放っておいてくれ!」
斎藤はしょんぼりとうなだれた。案外、蓋を開ければあれも、気のいい奴なのかもしれない……。かといって。怒鳴って悪かった、などと謝る余裕なぞ、島にもなかった。
次第にどうして良いのかわからなくなり、島はブリッヂの後方にある展望台へと足を向けた。
展望台から望めるヤマトの後方には、すでにあの彗星は認められない。いや…肉眼では視認できないだけで、彼方の暗がりにうっすらと明るく靄のかかる部分、そこに彗星本体が依然として在ることを、島は知っている。
漆黒の闇の中に、仄かに明るく浮かぶ靄。
——それは爆発したテレザートの痕跡でもあった。
(テレサ…)
嘘を吐かれた、とは思わなかった。
テレザートの地表に彼女の姿を見た時、……ああ、やっぱり…と心のどこかで思ったのだ。
君が一緒でなければ戻らない。
まるでそんな態度だった……俺は…まるで子どもみたいだったろうな…。
古代が言ったように、俺を宥めてヤマトへ戻してくれたのは、…彼女の…思い遣りだったんだろう。古代はそれを「愛だ」と言ったけれど。
荷物が指輪だけだったことも、テレザリアムをそのまま置いて来たことも…よく考えれば、彼女がそこに戻るつもりでいたことは明らかだった。
(…テレザリアム……)
あの宮殿も、消し飛んでしまったのだろうか。
……それとも…あの爆発に耐えただろうか…。
しかしそれは、虚しい期待だった。無事なら、きっと…連絡をとってきてくれるはずだ。
——無事なら……。
「………」心ならずも涙が頬に零れる。二筋、三筋…。
戦わなくたっていい。…俺は君に、そう言わなかったか?
戦いたくない、と言っていたのは君じゃないか。
……それなのに…あんな方法で。たった一人で……
愛していると、言えば良かった。
君が必要だと。…いや。…一緒に居てくれ、と——
このヤマトの格納庫で、最後に見た彼女の微笑みが脳裏から消えなかった。
展望台の手すりに突っ伏していた島は、二の腕のあたりで涙を拭い、顔を上げた……と、その視線の先に、幻とは思えない姿がはっきりと浮かびあがったのだ——「……!!」
「…島くん」
——テレサだと思ったのは、背後にやってきていた雪だった。
(なんだ……脅かさないでくれよ…)
雪の姿は、かつてイスカンダル女王をしてその妹サーシャに瓜二つと言わしめたほど、やはり美しい。儚いほど華奢な身体、白皙の肌…そして、彼女と似た金色の髪。それが透明度98%の硬化テクタイトのキャノピーに映っていたのだった。
…つい少し前まで、俺は君のその姿に…未練を残していたんだっけな……雪。
「島くん…」
雪は躊躇いがちに、島の隣へ歩み寄った。
「…あなたが何かを忘れようとして、任務に打ち込んでいるのは分かるわ。でも…島くんを見てると…辛い」
元気を出して、と言われるのは負担だったが、そうきたか…。
島は雪の、彼女自身の辛そうな様子を見て、これではいけないな、と思う。
「本当の戦いは、これからなのよ。…皆も、色んな思いに耐えて…」
そうだ。…俺は…一体、何をしているんだろう…。
そう言えば。
島は、ヤマトに帰投してから拾った赤いポピーの花びらを思い出した。斎藤と殴り合いのケンカを始めてしまい、せっかく雪が作ってくれたあのコサージュも無惨に散乱してしまったのだ。あとからベルトウェイの隅で踏みつけられた花びらを拾い、ああ、俺は一体何をやってるんだ…と自己嫌悪したのだった。
「そうだったね……雪。俺は少し…おかしかったようだ。航海班のリーダーがこんな様子じゃ、誰もついてきやしない…」
「…島くん」
「…君にも謝らなきゃいけなかった。それもすっかり…忘れていた、ごめん…。あのコサージュ、斎藤とやりあった時に、吹っ飛んじゃったんだ。せっかく作ってくれたのにな。……悪かった」
「そんな」
島くんたら…
——そんなことは、いいのに…。
雪は、島が本来の彼らしくなりはじめていることに気づいた。
「いいのよ、あんなの…いくらでも作れるんだし。…なんならもう一つ、作ってあげましょうか?」
「いや…遠慮するよ」
島は思わず苦笑した。雪もくすりと笑う。…よかった、笑ってくれた。
「…ありがとう、雪」
ううん、と雪は首を振る。
「良かった、いつもの島くんに戻ってくれて」
じゃあね、と笑って展望台を出て行こうとした雪に、島は思いついて声をかけた。「なあ、雪…」
「?」
「君と古代は…結婚した方がいいんじゃないか」
「え……」
この先、何が起きるかわからない。平和な地球に還れると言う保証は、どこにもない…。俺とテレサのように、突然別れなくてはならなくなったらどうする……?
島は目を伏せて穏やかに微笑んだ。
「…ヤマト艦内結婚式第一号、ってのはどうだい」
「もう、何を言ってるの…こんな時に」
「愛し合う者同士が離れ離れになることほど…残酷なことはないからね…」
ヤマト艦内結婚式第一号だなんて。島くんにしては妙なことを言うのね…。
雪はそう呆れたが、この航海の始めに古代が自分を置いて行こうとしたことを思い出した。二人は婚約していたのだ。だが、愛するが故に、古代は雪を危険な目に遭わせまいとした。しかし、愛するが故に雪は古代について行くことを選んだ。
…そして、それを手助けしたのは、島だったのだ。
「島くん……」
(君には、俺みたいな辛い思いをして欲しくないんだ)
島がそう思っていることが手に取るように感じられる。
「…ありがとう」
頬を染め、雪は展望台を出て行った。島は、ふう、と溜め息を吐く。
(雪……。君が居てくれて良かった。君は…必ず幸せになってくれよな)
古代の奴にもっと雪を大事にしろ、って説教してやらなくちゃ。
「…さて…俺もいい加減戻ろうか」
展望台の手すりから離れ、島は出入り口のハッチに歩み寄る。ハッチの向こうから雪の声が聞こえたので、島はおや、と立ち止まった。
“古代くん、私たち……平和な地球へ還れるわね…?”
“ああ、還れるとも…”
“古代くん……”
古代がハッチの向こうにいたのだ。そのまま、二人の声は途切れた。
(チェッ……。古代の馬鹿野郎。出るに出られないじゃないか)
そう毒づきつつも、口元には笑みがうかんでいた。くるりと向きを変え、もう一度展望台の隅に戻る。
——平和な地球へ…か。
還るさ。…必ず。
テレサ、君のしてくれたことを、無駄にはしない。
島は、もう一度遥か後方に霞む仄明るい空間を、切ない面持ちで見つめた。
俺は、…戦う。
テレサ…、俺は永遠に…君を忘れない……
(宇宙戦艦ヤマト2 18話)
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★ <どうだ、コサージュ!>
徹底的にコサージュを活用しました。
あれを斎藤との殴り合いで潰してしまったことを、島ならきっと申し訳ないと思う。だから、多分雪に謝る。すると雪は「何ならもう一個作りましょうか?」と言う……要らないと分かっていてもね。
そうすれば、きっと島にも笑顔が戻って来るだろう……と。
それから、斎藤が島に歩み寄ろうとするシーン。そんで、ちょい前に出て来た、太田くんが島の操縦席に代打で入るシーン……。
あり得ないんだけど、ありそうな。あって欲しいよーな…そういうシーン、案外自然に出てきます。
※ 文中、雪がヤマトに乗り込むのに、それを手引きしたのが島、ってな表現が出てきますが、それは別のオリスト「旅立ち」で描いた、ERIの脳内解釈でございます。紛らわしくてスンマセン。
<その頃デスラーは…>
この頃、デスラーがタランの手引きで彗星帝国を脱出します。
ずっとテレサとは接点のないデスラーなので、例の滅法カッコいい脱出劇を描くのは止めときました。ま、私が描かなくたって誰かが散々描いてるだろうし(w)。
テレサから見ると、デスラーはただ不思議な存在かもしれません。
とどめを刺せたのに刺さないでいなくなるし、瀕死のヤマトを追っかけてったはいいけどまたもや逃がしてやるし…。
しまいにゃなんだか恨みは消えたとか言って、彗星の弱点バラしていなくなる。人がいいんだか悪いんだか、よくわからないのがテレサから見たデスラーですね(w)。(別のオリストではデスラーとテレサは案外仲良くやってます。タランなんか、テレサをまるで娘のように……ムガモゴ。)