Original Tales 「碧」第二部(8)

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 相原が、千切れたケーブルや焦げたICチップを集めて捨てながら嘆息した。「一体どうしたってんだろうなあ、急に…」
「ボイスコーダーが残ってる。調べれば分かる」
「………」
 真田のひと言に、古代は目を丸くする。

 なんだ、真田さんもか…。島に入電の意味を調べて来いって…その必要がないってこと、知ってたんじゃないですか……
 真田は通信機を直しながら、ちらっと古代を見やる。当たり前だろ。お前たちのことは…手に取るように分かるんだ。
「…遅いな、島は」
 むっつりと言ったのは徳川だ。
「…島さん…まさか戻って来ないつもりなんじゃ…」
「バカ言うな、どんなことがあってもあいつは必ず戻って来るさ!」
 古代は相原の独り言を無視できず、思わず怒鳴る……真田はそれを否定もしなかったが肯定の相槌も打たなかった。
「よし、…修理は完了だ」
「相原、まず島を呼び出してくれ!」




<島!聞こえるか、島!!もう時間がないぞ…!>
 そのコール音は不自然に反響し、見つめ合う二人を驚かせた。

 島の頬に手の触れるほど近づいていたテレサは、はっとして数歩後ろに退がる。
「…島さん、ヤマトが…あなたを」
(黙れ、古代!)
 無駄なこととは知りながら、島はメットのスピーカーを手で塞ごうとした。
 テレサは目を伏せる…。お願い…これ以上、私を…惑わせないで。
(島さん、本当はあなたと居たい…。そう思うことが、この星への裏切りだとしても……)

 島は諦めなかった。もうこうなったら引き下がれるか……!
「テレサ!来てくれ、僕といっしょに」そう言ってしまってから、ふと弱気になる。「…いや、駄目だ。あなたを置いて、一人では帰れない…」
 強引だ、と思う。彼女は怯えてるじゃないか…
「いけません…私は」
 数歩歩み寄れば、彼女は後退りする…



 俺は今まで、こんなに強引に何かを望んだことは、一度たりともなかった。

 他人から言われるまでもなく自分はストイックだと思っていたし、どうしていいのかわからない、だなどと苦悩したためしは、かつて一度もなかったのだ。それがどうだ……、このざまは。
 強引に手を引いて、連れて行くのは容易いだろう……だが、彼女の意志が伴わなければ、いくら自分が望んでも。
 …それならば…


「あなたをたった一人でここに残して行くくらいなら……僕は」



 ——僕は、むしろ…ここに残りたい…!



 絞り出すような島の言葉に、テレサの胸の中で、何かが弾けた。
 この人に、そう言ってもらうために…私は今まで生きて来たのかもしれない、とさえ感じた。かつて…私をこんなにも求めてくれた人は、一人もいなかった……
「テレサ…テレサ!僕は…、どうしたらいいんだ……!?」
「島さん……!!」
 瞬時。
 使命も……責務も。贖罪も、誓いすら。
 テレサにとっては意味を為さないものに変わっていた。離れなくてはならないと距離を取っていた足が、前へとくず折れる。拒まなくてはならないと抑えていた両手は、彼の身体へと差し伸べられた。


「……!」
 抱えていたヘルメットが床に落ちる。
 美しい金糸が揺らぐような残像を描いて飛び込んで来た。柔らかにかかる重み、羽毛のような感触……気づくと、彼女が自分の腕の中にいた。
「テレサ…!」
 ああ、と島は天を仰ぐ。胸に縋り付くその身体を、確かめるようにそっと腕に抱き。次いで、胸の内をすべてぶつけるように強く抱きしめた——


<島!どうした!!10分後には出航だぞ、ヤマトにはお前が必要なんだ……帰れ、島!聞こえないのか…!!>
 床に転がったヘルメットから、古代の声が間断なく響く。
 島の胸に顔を埋めていたテレサは、彼がその友の声を自らの意識からシャットアウトしているのを感じた。



 ——もういい。俺は…戻らない——



 テレサの纏うサイコキネシスの光が、抱き合った二人共を包む…。自分のそれよりも、ほんの少しゆっくりと脈打つ島の胸の鼓動。簡易宇宙服を通して伝わる、彼の体温…それは、遥かな昔…抱かれて眠った父の温かな胸を思わせた。島の大きな手が、テレサの後頭部から肩へと、その髪を優しく撫でる……その仕草も、父母の愛情を思い出させた……。
 島を呼ぶ古代の声に、テレサも耳を塞いだ。



 ほんの少しでいい。時間を下さい……



 私…この人を、愛している……


 それは初めて知った感情だった。テレザリアムのAIが提供してくれる、全宇宙の文明から得た知識の中にたびたび出て来る概念。物語の中ではしばしば目にしたけれど、他に人の居ないこの宮殿で、それを感覚として掴むことは不可能だった。
 しかし今……。私は島さんを愛している……テレサはそうはっきりと感じた。

 目を上げて、島の顔を見上げる。テレサを見つめる黒曜石のような瞳が、心なしか潤んでいた。

 ……俺は、君と一緒にいる。…もうヤマトへは…帰らない…
 島はそう心を決めたからか、仄かに微笑んだ。

 


 君が最期の瞬間までここにいるというのなら。俺も共に…居させて欲しい。もう君を、一人ぼっちにはさせない……

  抱き合った全身から、島がそう思っているのが伝わって来た。
(…ああ…なんて…優しい人…)

 テレサは心を決めた。

 ありがとう、島さん。あなたに出会えて、これほど思ってくださって。…テレサは、幸せです……



「……ヤマトがあなたを呼んでいます。…帰らなくては」
「テレサ…?」
 僕はもう帰らない、そう決めたんだ。
 今にもそう言葉に出しそうな島に、テレサは微笑んだ——
「私も、行きます」

「テレサ……!!」

 自分に同行し、ヤマトに与することをあれだけ拒んでいた彼女の口からそう聞かされ。島は思わず再びその華奢な身体を抱きしめた。そうしないではいられなかった…

 ……島さん……

 あのたった一言が、これほどまでに彼を喜ばせている。

 ……ええ、これが…本当に、そうだったら。 本当に…あなたと、戦わずに生きられる場所へ逃れられるのなら。

 どんなに………。

 

 

 その時、初めて…涙がこぼれた。テレサはすでに心を決めていたが、それは最早、哀しみの涙ではなかった。



                 宇宙戦艦ヤマト2  16話前半
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 原作では、あと3日でテレザートが彗星に飲み込まれる、で、それに伴ってテレサが死んじゃうかも…と島が苦悩するシーンがあります。


 これ、冷静に考えるとちょっと変です。
 だって、超テクノロジーの粋を集めた要塞にいて、桁外れのPKを使うテレサに、星を退避する手段が無いわけないじゃん。
 なので、島が死ぬほど心配だったのは、テレザートを滅ぼした贖罪のために、テレサが自死を選ぶんじゃないか、ってことだろうと思いました。その上で、君が自死を選ぶのなら、自分も一緒にいるよ、一人では逝かせないからね…とまで島は決意した。それが、逆に、テレサに最後の決意をさせたわけ。…彼を、彼とその星のために、ここから連れ出さなくてはならない、って。


 うああああ、泣けるでしょ、テレサって健気でしょ……っ!?(さあここで不覚にもホロッと来たら、…もはやあなたも立派なテレサ親衛隊員!)


 てなわけで、ここまでが第二部です。16話後半以降は、第三部へ続きます……続くったら続くんだよっ。

 

 

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