Original Tales 「碧」第二部(4)

    (1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)                               

   ***************************************

 

 

「…さあどうぞ…皆さん、お座り下さい」
 隣室のテーブルの上には、AIが選んだテレザートの果物が並べられていた。


 この宮殿に客人が来るのは初めてのことだったし、しかも異星の、それも男性たちである。戦闘で疲労しているだろうから、とAIが滋養強壮に用いられる薬効のあるフルーツを用意してくれていたが、テレサ自身は彼らをどう扱えばいいのか正直戸惑っていた。
 島が真っ先に来る、と半ば当然のように思っていたからでもある…まるで見知らぬ男たちを前に、どう振る舞えばいいのだろう?

 

「…島さんはどこに…?」
 今すぐ飛んで行きたい、と言っていた島の声が、再び脳裏に甦る。
 古代が困ったように答えた。
「島は他に用事がありまして、出発が遅れました。もう間もなく、来ると思うんですが…」
「…それでは、待ちましょう」
「えっ、あ…あの…」
 挨拶して腰かけて、…さあ本題、と言う所でそれはないだろう、と古代は焦る。島がいないからって、そんな。まあ、接待を受けるのはいいとしても…ゆっくりしている時間は正直、あんまりないんだけどな…
 同じように思ったのか、斎藤が舌打ちした。
「チェッ、お高くとまってやがんなあ!勿体つけちゃってよ…、あんただって急いでんじゃないのかい!!」
 真田が驚いて斎藤の無礼をたしなめる。「おい、よせ斎藤…!」

 テレサは彼らに背を向けた。斎藤の尊大な態度が、昔…無遠慮にこの宮殿に近づいたズォーダーのそれと重なる。血と硝煙の臭いをさせて、ずかずかと踏み込んで来て。大声で威嚇すればこちらが萎縮すると思っている……大嫌いなタイプの男。
 しかし、頑なに背を向けるテレサの態度が斎藤をさらに激昂させた。
「じれってえな!おい、テレサ!いいか、みんな死ぬような目にあいながら、必死にあんたの呼び掛けに答えて来たんだ!!島だろうと誰だろうと、話してくれたらいいじゃねえかっ」
「斎藤っ!」
 立ち上がって怒鳴る斎藤を、真田が押しとどめた。

 斎藤の気持ちは分からなくもないが、この人は地球人じゃないんだ。身体に纏った光のベールはその超能力の証に違いない。先刻見た通り、…湖を底から二つに裂くような強力な力を持っている…そしておそらくは、その力のために彗星帝国にも一目置かれているのだ。…無礼は絶対に慎まねば。

 真田の危惧は最もだった。彼は、その職掌柄見たものをいちいち分析する癖がついている。どんな異星文明でも、そこには必ず生き物としての共通の原理が働いており、大体しばらく観察すればそれが何に用いられる機器であるのか判別が可能だった。……にもかかわらず、この宮殿そのものも内部に関しても、真田の経験則がまるで役に立たないのだ。 
 外に設けられていたゲートの構造はかなり単純だったが、この宮殿はそれとは比較にならないほどに高度な理念で構成されていた。テレザートの人々は、我々など想像も出来ないような叡智を持っていたに違いない。彼女の態度を頑なにするような真似は、避けるに越したことはない…
 しかも、テレサ自身がまたなんとも読みにくい人物だった。彼女の声は奇妙に反響し、こちらの脳内に直に響いて来るような感じである。顔は整っていて美しいが、感情を一切外に出さないようにしているとしか思えない。古代から花束を受け取った時だけは一瞬、目を和ませたように思ったが、それ以外は無表情で何を考えているのか皆目見当がつかないのだった。

 背を向けたままテレサが黙ってしまったので、一同は仕方なく、頂きます、と言って思い思いにテーブルの上の果物を手に取りはじめた。はしゃいでいるのはアナライザーだけだった。
「ワーイ、オレナンカ、ナナイロブドウダモンネ〜〜」
 




 ——と、唐突に。
 テレサがはっと居住いを正し、辺りを見回した。
「…どうかしたんですか?」不思議な形の果物の皮をせっせと剥いていた古代が気付いて尋ねる。
「……人が来ます」
 彼女はそれだけ言うと、蒼いドレスの裾をふわりと翻し、宮殿の入口…リフトのそばへと歩いて行った。
 古代たちは顔を見合わせる……じゃあ、湖はずっとあのまま、二つに分かれたままにしてあったのか?!
(…島のために?)
 
 果たして、下ろされたリフトで上がって来たのは、航海長の島だった。



 古代は島の出で立ちを見て、目を丸くした。
(あいつ!俺たちが泥まみれになって戦闘してる間に、随分めかし込んだな!)
 何となれば、島の胸元には花束と同じバーベナとポピーのコサージュが飾られ、つい今朝方まで伸び放題だった髪はさっぱり整えられていたからだ。自分たちの薄汚い格好とは雲泥の差である…
(…まあ、彼女に気に入られてるお前が心証稼いでくれなきゃ、お先真っ暗だがな、この会見は…)
 よおし、島くん、お手並み拝見と行こうじゃないか。
 古代は肩を竦めると、再び真田と顔を見合わせた。

「…ヤマト航海長、島大介です」
 島はと言えば、珍しく緊張しているようだ。テレサは蒼いドレスの裾を軽く持ち上げ、その傍へ歩み寄った。
「あなたが島さん…?テレサです」
 黒い瞳が、戸惑いながら自分を見つめている。柔らかい低音のその声の主は紛れもなく、会いたいと切望していた彼だった。

 先ほど、古代を島と勘違いしたことが悔しかった。見た目はまったく異なるが、だが二人には共通する雰囲気がある。花束から溢れ出る優しい気遣いが、その勘違いの最も大きな原因だったのだろう。見れば、島が胸元に付けている花からも同じ優しさが漂って来るのだ。
(……ユキ……)
 そのコサージュからも、花束と同じものが感じられた。これも、ユキさん…という人が思いを託した子たちなのだわ。
 少々無遠慮に、テレサは島を見つめていたようだ。だが、島の方でもそれは同じだった。
「……やっぱり、想像した通りの人だ…」
 ぽかんと口を半ば開けたまま、テレサを見つめていた彼が、やっとのことでそう言った。テレザート星をバックに幻影のように浮かび上がった彼女の姿形を、ヤマトの艦載カメラは捉えていたが、間近に見る彼女はそれとは比較にならないほど…美しい。
 

(この声。ああ、この人だわ……それに、思った通りの、優しい目…)

 やっと出合えたことに、思いがけなく感動している自分に気付き、テレサはわずかに頬を染める。それを隠すようにそっと微笑み、身を翻してディスプレイコンソールのある部屋へと島をいざなった。
「…待っていました。では、さっそくこちらへ…」
「おい、行こう!」
 小走りに部屋を出るテレサの後について、島も踵を返した。慌てて古代たちも席を立つ。

 





「現在、白色彗星はテレザート星へ3千光年、地球へ2万3千光年の位置を…毎時120宇宙キロの早さで航行しています。その直径は6,600キロ、あなた方の地球の約2分の1です」
 ディスプレイパネルに投影された白色彗星を見せられ、それまでのくつろいだ気分はすっかり消し飛んでいた。ヤマトからでは捉えられなかった角度からの映像が、ヤマトクルーたちの度肝を抜く。テレサが彼らに見せたのは、サイコキネシス念写による側面からの彗星の映像、そしてイグドラシル、ヴァルキュリアの滅亡の様相だった。

「……ほ…星が潰されて行く…!!」
 古代が蒼白な顔で小さく叫んだ。
「…あれは、ただの彗星ではありません。基地として利用できる星を見つけると、容赦なく侵略して行くのです。あの彗星は、宇宙の征服の旅をしている彗星帝国なのです。……この映像は、アンドロメダ星雲から約13万宇宙キロの位置にあった、文明を持つ惑星イグドラシル…そしてヴァルキュリアの最期……。彼らの滅亡を阻むことは…できませんでした」
 テレサは目を伏せた。彗星の脅威を知らせてくれたことを感謝しながら滅んで行った星、イグドラシル。そして、その人民の大半を彗星帝国に連れ去られ、軌道を狂わせられ捨てられた星、ヴァルキュリア…。同じように悲惨な運命を辿った惑星が、あの彗星の背後には何千、何万とあった。

「もしあれが…地球へ来たら…!」
 島も戦きつつ、呟いた。
「今、彼らは…アンドロメダ星雲と銀河系の間にあるすべての星を征服して、このテレザートに近づきつつあります」
 えっ、という顔で島が問いかける…
「あの彗星の軌道は掴めているんですか?」
 テレサは頷いた。
「あと4日でテレザート空間、46日で地球へ到達するでしょう」
「46日!?」
 4人はほぼ同時に声を上げていた。パネルの中の脅威が突如目の前に突きつけられたも同然だったからだ。
「…お、教えてください、どうやってあの白色彗星を止めればいいんですか!?」古代が上ずった声でそう問いかけた。
 テレサは長い睫毛をそ…と伏せる。

 彗星を止める。
 …その方法は…なくはない。
 ——だが、それは……出来ないこと、すべきでないこと、と…誓ったことだ。

「……私があなた方にお教えするのは…これだけです」
 目を伏せたまま呟くように言ったテレサに、斎藤がまたもや食って掛かった。
「あぁ!?なんでぇそりゃ!!結局一番聞きたいことは何も分からねえじゃねえかっ!?」
 真田が苦虫を噛み潰したような顔で、斎藤を押しとどめた。
「…やめろ、斎藤」
「わざわざこんなとこまで呼びつけておいてよ!!」
「斎藤、口を慎め!!」
 堪らず叱りつける真田に、斎藤はケッとしかめ面をする。
 古代も島も、正直かなり動揺していた。地球まで、あと46日。たったの46日……

 だが島はそれ以上に、彗星がこのテレザートまであと4日で到達するというテレサの言葉にもショックを受けていた。
「…ありがとう、テレサ。…で、あなたはどうするんです?」
 まさかもちろん、あなたは…この星から退避するつもりでしょうね…?「僕たちに何か出来ることがあったら、何でも言ってください、テレサ」
 俯いたテレサを下から覗き込むようにして、島は尋ねた。それを直に見なくても、テレサには彼の瞳に浮かんだ動揺の色が痛いほど分かった。

 

 “…君はどうするの?君は大丈夫なの?”



「……いいえ…何も」
「しかしテレサ」突然島が、テレサの肩に手をかけた。「白色彗星はあと4日でテレザート空間へ達すると言ったでしょう?」



“君はどうするの?…君は大丈夫なの……?”



 島の意識が、肩にかけられたその手からとくとくと流れ込んで来る。彼はテレサを、ひどく心配していた。
 身体が思うように動かない。心臓の鼓動はいつになく早くて苦しいほどで、その拍動が呼吸から漏れてしまいそうだった。それなのに。
 ……テレサは、自分の口から出た言葉に驚く。
「これでお話は終りました。…さあ、…お帰りなさい」
 なんて冷たい言種を……
 そんな風にしか物を言えない自分が嫌になった。さっきから、落ち着かなくて手の指を開いたり閉じたりしているくせに、顔はずっと無表情に強張ってしまったままだ。

 古代が諦めたように微笑みを浮かべ、さっと気をつけの姿勢をとった。「…どうもありがとう、テレサ。大変参考になりました。これからどうするか、皆で考えます」
「……テレサ…本当にありがとう。…じゃ」
 帰りなさいと言われては…仕方ないか。
 名残惜しそうに、島はテレサの手を握った。
(結局、あんまり話せなかったな。…でも、会えて……よかった)
 島の瞳が、テレサのそれを捕えてそう言った。握った手と手が、離れた瞬間……
「あの」
 彼らの背後で、テレサが言った。絞り出すような…小さな声で。
「…島さん…、あなたは……残って下さい」
「えっ?」
「…あなたには、もっともっと…私を理解して欲しい…」

 

              (宇宙戦艦ヤマト2 15話前半)

*******************************************

 

★ この回15話「テレサ・愛の始まり」って。…愛が始まったのは島の方じゃないか(w)?テレサはもーちょい前から島を好きだったんだから。

16話「テレサ・愛と別れ」                
17話「テレザート・宇宙に散る!」
この3話、当然ですがこのオリスト上でも長いです(w)。

 島としては、まだこの段階では新米くんや、上陸艇に乗り込んでた野次馬とそれほど変わらない、っていうか(w)、かなりミーハーな感情しかまだ持ってなかったと思うんですよね。

 テレサの方は、ずっと気にして生活して来たから、もう目下の興味は島しかナイ(爆)ですが。

        

 たった独りで閉じこもらざるを得ない状況で(しかも力自体はあるのにそれを自ら封じているんですよ?)初めて好意的に会話を交わすことが出来た相手です。会えて嬉しかっただろうな、と。にもかかわらずあの無愛想な態度!どう感情を表したらいいのか、わかんなかったのでしょう。ああ〜〜〜〜カワイイよ〜〜カワイイよ〜〜テレサ!!(←病気)

 

  <(3)へ     (5)へ>    「碧」もくじへ     Menuへ