Original Tales 「碧」第二部(6)


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島の気配が、鍾乳洞から消えた。


 テレサは長い溜め息を吐く……地底湖の水面が、放たれた獣の尾のように崩れ、寄り合わさり、もとの湖面に戻って行った。
 古代の持ってきた花束の花たちが、そろそろ水をくれないかしらと懇願している。それに気づき、テレサは花束をテーブルから取り上げた。

 ——ぽたり、としずくが落ちる。
 赤いポピーの花弁に、涙が流れた。
(……島さん……)
 花たちが、驚いてしきりに彼女を慰める…
 “泣かないで…泣かないで…”
 少なくとも、この花束を作ってくれた“雪”と言う人だけは、私のことを理解してくれるのかもしれない。島さんと同じように、私に戦うことを求めないかもしれない……。


 けれど。
 斎藤という男のことを思う。ここまでの道のりを、果敢に戦って来た戦艦だ。乗り組んでいるのは、島のような男ばかりではあるまい。

 そして、…助けてくれなかったと呪う、ヴァルキュリアの民をも思う……いずれヤマトに与することは出来ない私に、必ず…同じように誰かが呪いの言葉を投げるだろう。

(……私は……身勝手なのだろうか……)
 再びその疑問が脳裏を駆け巡る。
 涙がまた二つ、バーベナの葉に落ちた。
 私は彼らを助けたい。その力に…なれるものならなりたい。何よりも。
「島さん……」
 ……あなたのために。

 島さん……もう一度会いたい。…もう一度……あなたに……

 父母を失って以来、枯れ果てたと思っていた涙が、とめどなく頬を伝う。使命も責務も投げ捨て、あの人の胸に飛び込みたい、…とテレサは思った。
 

 



 島の上陸用探索艇は内核星地表の都市上空にさしかかった。天井を成す外殻地表への脱出口に向かうには、この先さらに50キロほどを飛ばねばならない。


 眼下に、工作班のメンバーが多数蠢いているのが見える。
(…例によって、蒐集活動、…か)
 気をつけて地表を見たが、真田は先に戻ったようだ。作業に勤しむ工作班の男たちの中に、真田らしき姿は見当たらなかった。
 ガトランティス戦車隊の残骸、鍾乳洞に設けられた強固なゲートや死んだ敵兵が身につけていた装甲スーツなど、真田の工作班チームはおそらく白色彗星に関する資料をごまんと手に入れたことだろう。その資料が、幾らかでもあの彗星を攻略する手がかりになればいいんだが。
(俺自身は…何もできなかったからな…)
 落胆は隠せなかった。


 ホバリングを止めて、再び水平飛行に移った島の視界に、どこかで見たような瓦礫の山が入った。
「……?あの建物……」
 瓦礫に特徴を求めるのは酷かもしれないが、てっぺんに崩れた塔のようなものが乗っていたおかげでそれがなんだったか、かろうじて島にも思い出せた。テレサが切ない目をして長いこと見つめていた建物の残骸だ。


 上空を旋回する。この建物のどこに、何に、彼女が目を奪われていたのかは知る由もなかった。一つだけはっきりしているのは、この建物のどこかで彼女の大事な人が亡くなっているのだろう、ということだ。
 島は探索艇を瓦礫の上空でホバリングさせた。
(……あと4日もすれば、この星は…あの彗星に飲み込まれてしまう運命だ。この建物も…すべて、消し飛んでしまう)
 いわばこの場所は、彼女の愛しい人々のお墓のようなものなのだろう。それを捨てて、一緒に行こう、だなんて。…よくも俺は、そんな軽率なことを彼女に言えたもんだな……
(…すまなかった……)
 島はテレサに詫びたい気持ちになった。だが、もはや遅い。
 彼女はきっと、最後の最後までここに居るつもりなのだ。あれだけ落ち着いているのだから、この星を出る支度はすでに出来ているのだろう。


 眼下の建物に、自分も哀悼の意を表するのが妥当だと判断した島は、機体を心持ち降下させ、自動操縦に切り替えた。
 胸のコサージュから、注意深く一輪だけポピーを抜き取る。艇尾のハッチを半開にし、そこから真下へ向って赤い花を落した。

 ひらひらと…舞い落ちる赤い色…
 それに向かって、島はそっと敬礼した。


 こんな行為はもちろん、形だけのことに過ぎない。けれども、テレサの話を聴いた後では、この世界の辿った途みちが他人事とは思えないような気がしたのだった。
(…彼女は、この世界を憎んでいたんじゃない。愛していたからこそ、戦いをやめて欲しいと祈ったんだ……)
 それが招いた結果が、愛する世界の滅亡であったとしても。…テレサが悪いんじゃない。そうも思う島であった。

 



 だが、メランコリックな気分は、上陸用探索艇がヤマトに帰還したとたんに消し飛んだ。

「よう、航海長!残念だったな!」
 からかうような山本の声が、上から降って来た。機体の整備のために格納庫にいたCT隊の連中が皆一様に、こちらを見てにやついている。「なんでも、テレサってのはすごい力を持っているのに、俺たちの手助けはしないんだってな」
「山本!彼女のことを知りもしないのに、勝手なことを言うな!」
「ところがどっこい、斎藤が戻って来てから報告会を開いてくれたんだ」
「…あの野郎…!」
 報告会だって?あのバカに、一体彼女の何が分かったって言うんだ!!

 




「まったく…しようがない奴らじゃ」
 島にとってこの航海初の、斎藤にとっては何度目かの盛大な殴り合いの末。弱り果てた、といった顔の佐渡が島と斎藤の二人を引っ立てて、第一艦橋へ戻って来た。
「…島くん…!」雪が呆れ返った。斎藤はともかく、島まで傷だらけで、その頬には大きな絆創膏が貼られている。
「一体どうしたんだ?」古代の問いかけに、島は不機嫌そうに答えた。
「……彼女の態度は変わらないよ。例えテレザート星が犠牲になっても、彼女は戦わない、と」
「ほんとか、島…」古代の声には、明らかに落胆の色が伺えた。
「ああ。ヤマトにも、彗星帝国にも、味方しない」
「…チェ、意外と勝手だな!」ふいに南部が大きな声で口を挟む。斎藤がざまあみろ、といった顔で同意した。
「ホラみろ、誰だってそう考えるんだよ」
 島は斎藤を睨みつけたが、古代が二人を目で制したのでそこで一発お見舞いするのは思い留まった。気付けば、斎藤や南部だけではなく……その場にいる全員が、失望の色を隠せずにいるのだった。



 島は一瞬、テレサが打ち明けてくれた事実、——その能力の真の恐ろしさを説明するべきかどうか迷う。


 彼女がどの星にも味方しない、戦わない…と言ったのは、何も利己的な理由からではない。彼女自身がそのパワーを制御できないからなのだ。ただ戦いをやめて欲しいと願っただけなのに、その意に反して彼女の能力だけが一人歩きし、このテレザート世界を破滅させてしまった。彼女の力は、俺たちが思っていたような、救世主的な力ではないんだ。
(……しかし、今ここで…その事実を打ち明けたら…)
 自分を見守っている第一艦橋の皆を、島は見回した。

(…そんなパワーを制御できないあの人は、…化け物扱いされてしまうかもしれない)
 テレサが自分に、「私が怖くありませんか」と訊いたことを、島は思い出した。

 テレザートの都市を壊滅させたのが彼女だってことは、俺の胸ひとつに仕舞っておく方がいい……

 想像を絶するような辛い思いをして、たった一人で生きて来たあの人を…これ以上悪し様に言われるのは我慢ならなかった。


「……そうだな。…彼女は勝手な人間の代表かもしれない。しかし、それは…裏を返せば自分を大切にするっていうことだろう」
 戦いたくない、という彼女に…それを無理強いすることは出来ないんだ、…と島は続けた。
「人間の条件は、自分と同様に他人を大事にすることだ。しかし、自分を大事に出来ない奴が、他人を大事にできると思うか?…だとしたら、彼女の態度はまちがっていない。相手が誰だろうと、彼女は殺戮や破滅の虚しさを、2度と味わいたくない、って言ってるんだ。皆も見たろう、滅亡したテレザートの都市を」
 そう言われ、南部は頭の後ろで組んでいた腕をおもむろに下ろした。テレサを勝手だ、と評したのが早計だったことに思い至ったようだ。
「…人間にとって自分を大事にするってことは、出発点みたいなものだ。そうだろ? でも…、それが案外難しい。言うなれば一つの戦いみたいなものさ。彼女は今、それを戦っているんだよ。…それに第一」
 言いながら、島は斎藤を見やった。
「…彼女にはそもそも、俺たちを手助けする責任も義務もない。今までなんの関係もなかった俺たちに、白色彗星についての情報をくれただけでも有り難く思うべきだ。その上力を貸してくれだなんて、虫が良過ぎるだろ、違うか? 味方してくれないからって、彼女を悪く言うのは…それこそ勝手なんじゃないのか?」
 斎藤も「ウムゥ」と言ったきり、下を向いてしまった。


「…そうだな、島。……お前の言う通りだ」
 しばしの沈黙の後、古代がそう口を切った。内心では古代も、同じように考えていたからだ。ただ、正直やはり失望の色は濃かった。先ほど、地球へコンタクトを取った……藤堂長官に伝えた白色彗星の真実は、防衛会議を震撼させている。テレザリアムから戻って来た島が、少しでもテレサから有力な情報を得ていることを、期待しないわけにはいかなかったのだ。
 

      

               (宇宙戦艦ヤマト2  第15話後半)

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                 ★ まだ15話です(w)。

      
 <例の、島の妙な(w)演説>

 原作では、かなり苦しかった島の演説ですが、これでまあまあ分かり易く解釈できたかなと思います。どうでしょう。
 自分を大事に出来ない奴が他人を大事にできるわけがない、それは分かる。でも、それだけだと上手く結び付かないんだ…。言いたいことは感覚としては分かるんだけどね。なので、そもそもテレサには地球を救う義務も責任もないのに、力を貸さないからと言って文句を垂れるのは筋違いだ、ってことを加えてはっきり言ってもらったわけです。
 そして、テレサがテレザートを滅亡させた張本人だってことは、結局最後まで島しか知らない秘密だった。

 視聴者の我々は、先に劇場版「さらば」を見てるので、テレサの持ってる力が「想像を絶する規模の反物質エネルギーだということ」を既成事実みたいにして知っていますが、「2」ではヤマトサイドの人も(真田さんですら)はっきり確認してるわけではありません。まあ、湖を二つに割くとか、恐ろしく遠方へ強力な電波を飛ばすような超能力を持ってるようですが、まさか波動砲を凌ぐようなパワーの持ち主だなんて予想だにしていない。しかも、テレザートを滅ぼしたのがそれだった、ってことを、島以外の皆は知らないんです。「2」本編では、そのことをテレサから打ち明けられた島が、敢えて皆に知らせているシーンは「ありません」。(彗星帝国サイドの人々は盛んに言ってますがね。)


 島は、何でテレサが戦いたがらないのか、その理由を皆に分かってもらうために事実を打ち明けようとしたかもしれません。でも、うっかりそんなことを言っちゃったら、大事な彼女を化け物扱いされるかもしれない…、それはあんまりだ、と思ったのでしょうね。
 演説がどうにもちぐはぐだったのは、そんなこんなを短い時間でセリフとしてまとめなくてはならなかったからなんだろうなあ、って、今思えば納得です。(…でも、実のところはこの辺り、原作の脚本家さんも「さらば」とごっちゃになっちゃってて苦労したのでは無いか、とも思われます…)



<傷>
 原作アニメ本編で、斎藤とケンカして第一艦橋に戻って来た時、島の右ほっぺに貼ってあった絆創膏を覚えてますか。あのあと、島はテレザリアムへ向かいます。傷、まだあったはずです。(いや、青タンでもいいんだけど、格好悪いから切り傷にしてみたんだよ…w。事によると、歯の1・2本折れてたかもしれん)


 島の頬の傷が、どうして出来たのか。なんで、島がケンカしなくちゃならなかったのか……。テレサには、その傷からヤマトの他の乗組員の気持ちが読み取れたと思います。ヤマトに、力を貸さない自分の居場所がないことを感じたわけですね…。



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