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ヤマトからテレザート星とテレサ、そして白色彗星についての情報を受けた連邦議会はすべての連邦自治州知事を直ちに招集し、防衛軍本部会議との合同対策本部を設置した。ヤマトからの報告では、白色彗星の地球最接近まで46日を切ったという…事態はまさに焦眉の急であった。
地球防衛軍の誇る、10万t級最新鋭宇宙戦艦アンドロメダの艦長土方竜は、大統領を始め官僚、幕僚らの縋るような視線を一心に受けて歎息した…
どうすれば、あの彗星を止められるのか、だと?
あのかつてない脅威を…大艦巨砲を持ってすれば、粉砕できると思っているのだろうか…
46日で、一体何が出来るのか、と思案する。
「……アンドロメダ級の戦艦が、あと10隻以上必要です」
土方がそう言ったのは、それだけあれば勝てるというわけではなく、あと46日ではそれくらいしかできることがなかろう、と判断してのことであった。そのためには全地球上の工場をすべてアンドロメダ製造に傾け、全力で突貫工事をするしかない……議員たちはその手筈を整えに狂奔し始めた。
「ヤマトも直ちに呼び戻せ。太陽系外周艦隊第3艦隊旗艦として、彗星に対する絶対防衛の任に就くよう命ずる」
「…承知しました。彼らに伝えます」
藤堂平九郎は敬礼し、閣僚たちが慌ただしく会議室を退室するのを見守った。ギリ、と奥歯を噛み締める。ヤマトに対する功労の言葉はなく、呼び戻せば前線配備か。
藤堂と同様、その傍らに佇む土方も釈然としない面持ちだ。
「…土方君。第三艦隊旗艦を…よろしく頼む。議会命令ではなく、君自身の判断が…彼らを活かすだろう。……期待している」藤堂は土方を振り向かずにそう言った。土方は右足を一歩後退させ、くるりと踵を返す。その位置で…背を向ける藤堂に対し、さっと敬礼した。
「宇宙時間午前6時、地球帰還のため出航する!すべての準備にかかれ!」
直ちに地球へ帰還せよ、との藤堂からの連絡を受け、ヤマトは出航準備を開始した。
各班員が出航準備に奔走する中、島は一人、無気力な表情で操舵席に座っていた。
あと、3日。
この星が…あの彗星の重力場に捕えられ、発光ガス体に押しつぶされ……悪くすればコアから消し飛んでしまうまで、あとたったの3日。
(テレサ……。君はどうするんだ?本当に大丈夫なのか…?)
地底に浮いていた人工要塞は、おそらく宇宙へ出ることもできるのだろう。底知れぬ力を持つ彼女だ。地底から要塞ごと飛び立つ手段だって、ないわけではあるまい……。それでも島は、不安に駆られて仕方がなかった。
テレサの思いつめたような表情…。寂しい、という表現だけでは言いきれない何かがそこにはあった。
そうとは望まずに、全人類を殺戮してしまったのが自分だったら。
その罪は、どう償おうとも償いきれないような気がした。
(テレサ、まさか…この星と心中しようなんて思ってないよな…!?)
眼下のテレザートを見据え、その考えにぞっとする。
もう何年も前から、彼女は彗星が自分の星を潰して通過するだろうことを知っていた……なのに、今まで何もしなかったのは…なぜだ?
「……くそ…」
頭を抱え、溜め息を吐き捨てる島を、古代が心配そうに見守っていた。古代だけではない。島がテレザリアムから戻って来てからずっと、第一艦橋の仲間達はその落胆ぶりに驚き、心を痛めていたのだった。
「艦長代理」
機関室と連絡を取っていた徳川が困ったような顔で言った。「エンジンに不調が見つかった。調整にしばらくかかりそうだ」
「…えっ…そうですか。…わかりました。出来るだけ急いで修理をお願いします」
島はその報告を上の空で聞いていた。
——まるで生殺しだな。
航海長の自分には、出航準備と言っても殆どすることがない。…いや、陣頭指揮を取って航海班の出航前点検を行う気力がなかった、と言えばいいのだろうか……時折太田が、何事かを確認したそうに視線を送って来る。だが、島はぼうっと眼下に広がるテレザートの地表を眺めているばかりだった。
(…せめて…間に合うようにここから脱出すると、俺に約束してくれたら)
あの時、何が何でもそう約束してもらうんだった、と島は悔やんだ。一緒に戦わなくたっていい、手助けをしてくれとも言わない。ただ君が…安全なところへ逃れてくれるなら……。
突然、交信機がテレサからの通信を捕えた。
「…島さん、テレサです」
相原が例によって、立ち上がりながら島に呼び掛けた。はっとして顔を上げた島だったが、体はその意に反して動かない。
(君と話せば、俺はまた…一緒に来てくれと、そんなことしか言えないだろう。君がどうしたいか、ではなく。…俺は、自分が君にどうして欲しいか、…それしか…言えやしないんだ——)
「どうした、電波が変だぞ?!」相原が回線をオープンにする前に、通信電波はその波長を大きく狂わせ、電圧が急上昇した……「うわっ、なんだっ」
通信回路が白煙を上げてショートする。消火器を持っておろおろする相原を押しのけ、真田が配電盤の蓋を跳ね上げ、ケーブルを引き千切った。
「うわ……また……」今回、通信機は散々な目に遭っている。そのたび、真田が大方は直してくれるが、そのあとの微調整はすべて相原が丹念に施しているのだ……あればっかりは、真田さんでも僕以上に上手にはできやしないんだ。
べそをかきそうな相原を尻目に、古代は声を落として怒鳴った。
「島!…テレサのところへ行け!」
「えっ…」そう言ったのは、島だけではなかった。
「……早く行け!今の入電の意味を調べてくるんだ。これは艦長代理の命令だ」
「…古代…」
「エンジンの調整が済み次第、出航する。1分でも戻って来るのが遅れたら、置いて行くぞ。…どうした、早く行け!」
古代の目に浮かんだ表情に、島は驚き…感謝する。
“会って来い。そして、彼女を…連れて来いよ”
(古代、…すまん)
「……島航海長、テレザリアムへ入電の意味を調べに行きますっ」素早く敬礼し、島は踵を返した。
走り出て行く島を、皆が心配そうに見送る……
「……いいのか、古代」
誰もが心に抱いた懸念を、徳川が口にした。
「…あいつは必ず、戻ってきます」
ヤマトかテレサかの二者択一を迫られたって、あいつはどちらかを選ぶなんてことはしやしない。
古代は、眼下のテレザートに視線を投げ、そして操舵席の背にかけた手にぐっと力を入れた。
——どっちも手離さない、そうだよな、島…?
(テレサ、何があったんだ…何を伝えかったんだ…?)
上陸用探索艇を再び駆りながら、島は地底都市上空をフライパスしていった。鍾乳洞の入口から先に訪れた時よりさらに奥深く、探索艇を進入させる。アップダウンする鍾乳洞の内部でぬかるんだ岩盤に足を取られつつ、リストバンドのコンパスの指し示す、宮殿への最短距離を駆抜けた。
(……!!)
にわかには、信じられなかった。
——地底湖の畔に、彼の気配がして…その声が自分の名を呼ぶまで。
島さん、本当にあなたが戻って来てくれたなんて…!
テレサは急いで小さなバルコニーへ向かう。
「テレサ…!」
——僕は…さっきの入電の意味を教えて頂くためにやって来ました。もう時間がありません。ヤマトはこれから地球へ還らなければならないんです。
湖面を渡って来る島の声は、哀願するかのようだった。
「さっきの通信は、一体何だったんですか? 一体我々に、何を伝えたかったんですか…!?」
テレサはきゅ、と両手を握り合わせた。さっきの通信は…。
彼らの通信機には、あれは…言葉としては届かなかったのね……。
想いが強過ぎた。
心を震わせれば思念波は乱れ、高電圧の稲妻と化してしまう。しかし、計らずも彼は、応えてくれた。
そ、と目を伏せ、テレサは溜め息を吐く…。
指先一つ動かさず、湖面に乾いた道を創り…島を導いた。
息せき切って走って来た島を室内に招き入れ、テレサは謝った。
「すみません。私の心の乱れが、つい…あなた方の受信装置に…。ご迷惑を、おかけしました」
「ではあれは……あなたの心が、自然に…!?」
「そうです。…自分でも…どうすることも出来ないのです。以前は…こんなことはなかったのですが…」
(さっきの入電の意味は一体、なんだったんだ…テレサ?)
彼女は、答えようとしなかった……だが、何故か島にはテレサの言わんとしていたことが分かるような気がした。
(君は…俺を、呼んでいたんじゃないのか?)
そう心の中で思った途端、テレサがはっとこちらを見た。しかし、彼女の口から出たのはそれを肯定する言葉ではなかった。
「ヤマトは…地球へ還るとおっしゃいましたね。お気をつけて…島さん」
行かないで。…ここにいて。
そう願う心とは裏腹に、当たり障りのない言葉が口をつく。
二人は数秒、互いの目を見つめ合ったが、それをふ、と先に逸らしたのはテレサだった。
(君は俺を呼んだ、違うか…?あの通信は、そうだったんじゃないのか)
島はもう一度そう心の中で “言った”。
(…自惚れかもしれない。俺の独りよがりかもしれん…それでもかまわない)
「テレサ。…ヤマトへ、来てください」
きっぱりした口調に、蒼いドレスが揺らいだ。「…島さん…?」
「あと3日で、白色彗星はここへ到達する。そんな所へ…あなたを一人で残して行くわけにはいきません。…一緒に行きましょう、ヤマトへ」
愛する人たちの墓標があろうと。
この星の人類を滅ぼした罪を償うためであろうと。
君はこの星と一緒に…死ぬべきじゃない。
テレサは目を見開いたが、静かに首を振った。
「なぜ?なぜ行けないんです、テレサ…!」
またこの繰り返しなのか。
島は、自分と彼女との間にどうしても越えられない壁が立ちはだかっているのに気づき、悄然とする……
「私がヤマトに行けば、地球の一員となってあの白色彗星と戦うことになります。…それは…できません」
「…いや、だから…。あなたは戦う必要なんかないんです。そんなこと、僕は望んじゃいない!」
苦渋に満ちた声でそう言う島の傍に、テレサは一歩、歩み寄った。
「……その頬」
「え…?」
彼女が悲し気な笑みを浮かべて島の頬に右手の指を近づける——絆創膏はもう剥がしてあったが、斎藤と乱闘した際にこしらえた切り傷が、まだ赤い筋を残していた。
その傷が、なぜ出来たのか…私にはわかります。
あなたが理解してくださっても…他の方は……。
「…私は2度と…人々の命を犠牲にはしないと、…誓ったのです」
「……テレサ…!」
頬の傷が、チリ…と痺れるような感覚。思わず手をやると、傷は跡形もなく奇麗に治っていた。
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★ 16話、前半。