Original Tales「碧」第二部(2)


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 戦闘ミサイル迎撃艦隊ゴーランド提督からの通信が途絶えた時、ヘルサーバー団長ザバイバル将軍は提督がヤマトに葬り去られたことを察知した。しかも、一体どういうわけか艦隊と共同戦線を張っていたはずのガミラス総統まで、艦隊を率いて撤退して行ったのだ。ザバイバルには、ゴーランドとの共同作戦に不服を表明したデスラーが、ヤマトにわざととどめを刺さず戦闘を放棄したように見えた。本国からは、何も言って来ない……ヤマトは刻々とここへ迫っている。いよいよ、この地上部隊の出番のようだ。
 しかしまったくもって不甲斐ない。ヤマトの行動はあのデスラーとかいう金髪蒼顔の外様が予測した通りであるのに、なぜ我が帝国艦隊はまったく歯が立たんのだ? かくなる上は、この俺様の戦車兵団だけで奴らを食い止めてみせるしかない。


 愚直なザバイバルは、この状況が八割方、帝国幹部支配庁長官でもある総参謀長サーベラーの、謀略の一端であることに気づかなかった。
 サーベラーは、現ズォーダー五世大帝の即位前にこの星で起きたであろうことを忘れてはいなかった。かつてテレサは不遜にもあの反物質エネルギーを持って偉大なる大帝を脅し、テレザートから立ち去らせた……この空域でデスラーが勝手な真似をし大規模な戦闘を繰り広げれば、再び彼女の怒りを買うことになりかねない。偉大なる大帝ズォーダーとこの母なる帝国が、厳かにこの空間を通過するためにも、そのような事態は避けなくてはならなかった。出来るならば、テレサもテレザート自体も排除してやりたい所だが、そうはいくまい…ならば、そのための犠牲は最小限に抑えなくてはならないのだ。
 そしてさらに、狡猾な女参謀長は謀略を巡らせる。この状況を利用してあの小五月蝿い外様侍を陥れ、永久に葬り去ってしまえばいい。そう…鈍重な戦車兵団はそのための捨て駒、いや…生け贄なのだ。

 


「ザバイバル将軍!!テレサがヤマトに通信を送っています、どうしますか!?」


 通信長の叫び声にザバイバルがディスプレイを見やると、パネルには美しい女のイメージが画像として浮かび上がっていた。通信装置からはあの鈴を転がすような声…。だが、通信長は少なからず怯えた面持ちだ。無理もない、この女はこの世のものとも思われぬほど美しいが、中身は反物質を使う恐るべき魔女なのだ。奴の怒りを買えば、我々の戦車兵団などひとたまりもないと、一兵卒でも知っている。我々栄光あるガトランティス戦車隊ですら、あの女の通信を妨害しはしても、彼女自身に攻撃を加えることは不可能なのである。
 <私はテレサ。…私のいる所は、地底都市の外れの…鍾乳洞…>
 しばしその姿と声に我を忘れて見入っていたザバイバルは、ハッとした。ゴーランド提督亡き後、その任を引き継ぐのは俺の役目だ。

 「むう、当然だ!妨害電波発信せよ。地底都市郊外へ一個大隊を移動、地球人どもを迎え撃て! 奴らをテレサと接触させてはならん!」

 




 ヤマトの第一艦橋でも、テレサのイメージと声がキャッチされていた。
「……あれが、テレサさん…」雪が呟く。
 緑褐色の惑星表面に浮かびあがるイメージ……ホログラムなのか、蜃気楼なのか。目の覚めるような蒼い衣の、美しくたおやかな女性が両の手を胸元で組合せ、中空に祈る姿が浮かび上がっている——まるでスターシアの再来のようだ。


 島は茫然とそれを見つめた。最初に気づいて「おい、古代!」と指差したのはいいが、その後の言葉が出て来ない。

…テレサだ…!


「やはり女王なのかな」真田も独り言のように呟いた。「…とても軍人や科学者のようには見えんが」
 正確な航路指定をすることの出来る知識を有した、民間人なのか。
 雪だけが、ふと感じた。

 ……彼女、なんて淋しそうな顔をしているのかしら…。


 そのイメージからか、通信機からなのか…皆の頭の中に直接語りかけるように、例の美しい声が響いた。彼女はこの惑星の空洞内部にいる。そこになんと、地底都市があるというのだ。
だが、それを彼女が皆まで伝え切らないうちに再びジャミングが始まった。
「…空洞内部に、敵がいるらしいな」

とにかく、行こう!
時を置かず、空間騎兵隊に出動命令が出された。




 テレザートの地表から、迎え撃つように敵のミサイルが発射される。第11番惑星での屈辱を晴らすべく、斎藤率いる空間騎兵隊がその間隙を縫って降下し、果敢に空洞内部へ進入して行った。
 まもなく、ヤマトからの砲撃を受けて惑星表面の敵ミサイル基地はあっけなく沈黙した。敵の本懐はおそらく地殻内部の地底都市での決戦にあるのだ。不気味なまでの静寂が、戦士たちの緊張感を否が応にも高めていく。
 空間騎兵隊の斎藤から、ついにテレザート内核惑星の様相が画像で送られて来た。
…しかし。



 ヤマト第一艦橋のメインパネル一面に投影されたのは、物陰に潜む敵の大部隊でもなく整然と拡がるテレザート文明でもなかった。


「…これは…」
 皆が見たのは、滅亡した巨大都市の骸であった。レーダーで捕捉しうる限りの範囲、…おそらくこの内核星のすべての地域が、無惨にも灰燼に帰していた。
 誰もがその悲惨な光景に言葉を失っていた。これは白色彗星の仕業ではない。テレザート文明は、とうに終焉を迎えていたのだ……
 画像を見上げていた真田が、おもむろに口を開いた。
「これは…何か、とてつもない威力を持った兵器が使われた痕だな。…そう遠くない過去に、大きな戦争があったんだろう…」
「テレザート世界の最終戦争だったのかもしれないな…」


ここに、彼女は一人でずっと…いたのだろうか。


「……テレサは…どこにいるんだろう?」太田が言った。
「やつらに捕まっているのかな?」島の後ろで相原が呟く。
「捕虜があんな強力なハイパー通信を銀河系まで飛ばせると思うか?」相原の懸念を島はそう一蹴したが、本当のところは彼にもわからない。 
 彼女がおそらく、この滅びた星の最後の生き残りであろうことは皆が理解したが、それを口に出す者はいなかった。
 眼前に佇むテレザートは、まるで、死んだような星だ。……あの星に、彼女以外の人間は…住んでいるのだろうか。

 

 



 停船後、雪はヤマト農園に出向いた。
 テレサに、ここまで導いてくれたお礼を何か、したかったのだ。あんな場所にたった一人で住んでいたなんて……。彼女が淋しそうなわけが痛いほど分かった。思いついたのは地球のお菓子…ううん、お花がいいわ。あの星には…お花なんか咲いていそうもないんだもの。
 ところが、ヤマト農園には、花と言えばポピーやプリムラ、バーベナなどの丈夫な一年草しかない。バラやカーネーションが欲しい所だが、栽培も手入れも困難なために、そういった主役を張れる花の苗は積んでいなかった。花自体、レストランや病室、貴賓室の飾り程度にしか使わないので種類は少ない。納得できる出来映えにはほど遠かったが、どうにか可愛らしい感じに赤い花をまとめ、束ねて丈夫な油紙で包む。


 ええと…リボンは、あったかしら……


 せっせと花束をこしらえる雪を見て、佐渡が機嫌良く言った。
「こりゃけっこう。雪からテレサへのメッセージ、じゃな」
「うふふ……」

 古代くんが下へ降りる時に持って行ってもらおうと思ってるんですよ、と雪は言い、花のように微笑んだ。

 

 

  



 ザバイバルのヘルサーバーが斎藤たちを急襲したのはその頃だ。敵もテレサの通信を傍受し、地底都市の郊外に拓ける大平原に散開し、潜んでいたと見られる。
古代と真田がSOSを受け、開発したばかりの多弾頭ミサイル砲を積んで応援に降りて行った。ヤマトはその外殻地表から中には入れない……残る第一艦橋のメンバーは、上空のヤマトから戦況を見守っていた。
 負傷者が続出し、医療班に出動の要請が出された。救命艇の発進準備が進められる。



「…雪はどこへ行ったんだ?」島は、停船以来姿の見えない雪に気づいた。
「さっき、農園に行くって言って出て行ったみたいですけど」
そういえば、と南部が思案顔で答えた。
「農園?」この荒れ果てた星で食料の補給でもするつもりなのか。糧食残数のカウントに行ったのなら、まあそれは良いとしよう。しかし、下ではまだ交戦中なんだ、レーダー手が長時間ブリッヂにいないのは困るぞ。
 今は艦長代理も、そのアドバイザーたる真田も不在だった。誰もが自然に、次席の島に指示を仰げばいい、と思っているようだった。……島自身も、否応無しにそう自覚せざるを得ない。
(チェッ…俺は知らんからな…)
 そう思いはしても、誰かが留守をまとめなくてはしょうがない。
「…生活班長!どこにいる?」苛立ちを隠しつつ艦内マイクを取り上げ、雪に呼び掛けた。



「あ、いっけない!」

 救命艇に花束を持って乗り込もうとしていた雪は、艦内放送の島の声に慌てた。農園で花束を作って、そのまま佐渡と格納庫へ来てしまったからだ。生活班長、と呼んだ島の声が、心なしか尖っている。
<生活班長、何をしてるんだ?>
「ごめんなさい…報告が遅れました!森雪、負傷者の収容へ向います。今格納庫から佐渡先生と救命艇で出発する所です」
<…………>

 島が頭を抱えている様子が想像できた。農園に行くと言って第一艦橋を離れたのに、勝手に行き先を変更してしまうなんてどうかしている。<…負傷者の収容は、君の仕事じゃないだろう>
 佐渡が横から割り込んだ。
「島、すまんな。ワシが連れてくと言ってしまったんじゃ。ホレその、なんだ…救命艇の中で治療せにゃならん怪我人がいるかもしれんじゃろ…」
 本当は、雪が例の花束を古代に渡し損ねたからだった……佐渡の言い訳は最もらしかったが、雪はそれを聞きながら困ったような顔をして、ぺろりと舌を出した。
<…分かりました。空洞内部では依然、敵との交戦が続いています。充分注意して向かってくださいよ、先生>その声は、しょうがないなあ、と言わんばかりだ。
「わかっとるよ」
「…すみません」
 雪は佐渡にも謝った。何事にもきっちりけじめをつけたい島の気持ちは充分理解できる。 恐縮しながら、雪は艦内無線用のマイクをホルダーに戻した。



(まったく、…心配させるなよな)
 島は雪の返答を聞いて短く溜め息を吐いた。雪ときたら、古代が戦闘に出るときはいつも油断がならないのだ。ついて行ったところで足手まといになることは分かっているだろうに、じっとしていられないらしい。

 まあ、これも俺の勝手な思い込みなんだけどな。古代が居ない時には俺が君を守ってやる、…俺は前からそう決めてるんだぜ、雪。

「医務室、負傷者の受け入れ態勢は万全か」
 仕方なく、矢継ぎ早に指示を出した。医務室からの返答を受け、格納庫に適数のストレッチャーを用意させる。
 救命艇は発進し、テレザート内核星空洞内部へと降下して行った。



<…私は、テレサ。テレザートのテレサ…>
 降下して行く救命艇を見守っていると、通信機にテレサからのメッセージが入った。相原は島を降り返る。
「島さん、テレサから入電です」
 手すきのメンバーも皆、通信席の周りに集まって来た。
「テレサ!ヤマト航海長、島です。君は今、どこにいるんだ?」
<……上陸部隊に伝えて下さい。私のいる所は、大平原の二つ目の岩山の…谷間の鍾乳洞…>
「二つ目の、岩山の、谷間の鍾乳洞…だね?」
<そうです>
 

 


 宮殿のディスプレイ・スクリーンの前で、テレサは自分の言葉を確かめるように繰り返す島の声に、こくりと頷いた。
「……島さん、あなたも…上陸するのですか?」胸に手を当て、彼の答えを待つ。
<もちろんですよ、今すぐ飛んで行きたいくらいだ>
「では…島さん、…お待ちしています」
——どうか、気をつけて。
 テレサは通信を切る。胸がいっぱいだった。

 “今すぐ飛んで行きたいくらいだ”

 頬に笑みが浮かぶ。一体、彼はどんな顔で…そう言ったのだろう。私が通信に用いる画像イメージを、彼らの通信機は捕えていたはずだ。不鮮明ながらも私<テレサ>の姿が伝わっているはず…。島さんは、私を…美しいと思ってくれたかしら……

 


 テレザート内核地表に潜んでいるはずの彗星帝国兵士団と、ヤマトから降り立った戦士たちが血みどろの戦いを繰り広げている。再び眼前で繰り広げられる戦いに心を痛めつつも、テレサは島がそれに巻き込まれないようにと祈った。

 

<第二部(3)へ続く>

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★「ヤマト2」13話まで。

 本編では、この回で不当に彗星帝国へ呼び戻されたデスラーが、敵前逃亡だの反逆だのの疑いをかけられて牢屋に入れられちゃったりします。ズォーダーはサーベラーにまんまと言い包められ、見損なった、と言ってデスラーを切り捨てる。ザバイバルは実質援軍なしでヤマトと戦うわけだけど、フツーに考えたら、なんでたかが一隻に負けるのさ?ってなりますがね。

 けど、サーベラーはザバイバルに対し、ヤマトに勝つことを求めたんじゃなく、デスラーを陥れるために全滅してもらいたかったと。怖いお姉さんですねえ…彼女の思惑通り、ザバイバルの戦車兵団はヤマトの攻撃隊に破れ、それはデスラーが勝手に戦線を離脱して来たせいだということになったわけです。

 本編では「女の浅知恵」だの「小賢しい」だのと言われているサーベラー姐さんですが、私は彼女はまあまあヤリ手の用兵家だと思うな。頭いいんじゃない?テレザートなんか、彗星で踏みつぶしちゃえばいいんだし。ね?

 

 あと、花束です。

 あれ……何の花だか全然わかんなかった!!!だから、似た感じの花で丈夫そうな育てやすいのを選んでみた。けど、花の種類なんてなんでもいーや(w)。

 それより、古代も真田もとっととヤマトを降りて多弾頭ミサイルで応援に行っちゃいますね。何か、みんなして勝手にあっち行ったりこっち行ったりしてるよーな状況です…その間の指揮は、誰が?

 なんか、しょーがねーなー、って言いながら島が仕切ってたみたいな気がしました。まあ、彼が次席だろうし。雪が勝手に佐渡先生についてって、救命艇でヤマトを降りてったりするのも、きっとイライラしながら見てただろうなあ(w)。

 ここでもちょっと描いてますが、島はずっと雪のことが好きです。本編見てるとずっとそうなんだな、って何となく伝わります……古代がいないなら自分が守らなきゃ、って思ってます…、一方的にね。

 航海班としてはかなりスレスレのことしているかもですが(爆)、雪ちゃんはずっと、島のアイドル(idol/偶像)なんだよ。

 

 

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