Original Tales 「碧」第二部(5)


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「さあて、あとはあの色男が彼女をどう口説き落とすか、だな」
 斎藤が上陸用探索艇の後部座席にどさりと寝転がりながらそう言った。
「よせよ」
 柄の悪い斎藤の台詞にうんざりしながらも、古代自身、内心は同じ気持ちだった。あとは島が、彼女からどれだけの情報を引き出すかにかかっている。白色彗星の攻略法を聞き出すか、もしくは…イスカンダルのスターシアがしてくれたように、彼らに対する圧倒的な対抗策を与えてくれるよう仕向けるか…。



 古代は岩山の影から上陸用探索艇を発進させた。傍らに、島が乗って来たもう一台が残される。
 ここまで血のにじむような思いをしてようやくやって来たのだ。なにより、反乱に加わり、家族も故郷も一度捨てる決意までしてくれた、ヤマトクルー全員の気持ちを……無駄にはできなかった。
「艦長代理、おれあやっぱりあの女、気に食わねえ。この星でも俺の部下たちは精一杯戦ったんだ……あれっぽっちの情報だけで、ハイさようなら、じゃ腹の虫が収まらねえ。死んでった奴らが浮かばれねえよ」
「…わかってる。でも…どうしようもないじゃないか」
 探索艇は、地下都市の上空を横切って行く。内核星の地表では、先ほどの戦闘の痕が未だ燻り続けていた。ガトランティス戦車隊の残骸に混じって、空間騎兵のトーチカの残骸も散らばっている…。騎兵隊の残存部隊は、負傷者の収容を終えたようだった。純白の機体に赤十字の文様のついた救命艇が、上空で待機する古代たちの連絡艇の後に続いて上昇して来た。
「変わった人だったな、…テレサは」
 真田がぽつりと呟いた。「…長いこと独りでこの星にいたからだろうか……笑う事も忘れてしまったみたいだ」
「見てくれは奇麗だがよ、所詮は宇宙人よ。俺たちの苦労なんか、わかりゃしねえのさ」
 ふんぞり返り、足を上に上げて窮屈そうに後席に寝転がる斎藤の文句を聞きながら、古代は思った。
(しかしな…。そもそも、俺たちに何の関わりもなかった遠い宇宙の異星人が、献身的に俺たちを助けてくれると思うのは…間違いだ。イスカンダルのスターシアにだって、地球を救う責任も義務もなかった……彼女の場合は、隣国のガミラスの暴挙を黙って見ていられなかっただけだったんだ。しかし、テレサはどうだ?テレサはどうして、我々に危機を知らせたいと思ったんだろう……)
 古代にはその理由はまるで分からなかった。
 そしてあと4日で、白色彗星はこの空域へ達する。その時、彼女はどうするのだろう……?
「とにかく、白色彗星についての情報を本部へ送ろう。防衛会議の判断を仰ぐんだ」
 あの彗星にどう対峙するかは、今の所防衛会議の判断に委ねるしかないのだ。今度ばかりはヤマト一隻でどうにかなるものではなさそうだった。





 蒼い宮殿の内部は、心地よい温度・湿度に保たれていた。島はこの建物の床の、奇妙な弾性に気を引かれていた。硬質テクタイトのように思えた床は、一歩踏みしめるごとに踵に衝撃を残さぬよう、柔らかに沈み込むのだった。それでいて、踏みしめるのに心もとない、ということもない。簡易宇宙服を身に着けていた島は、なぜかそんなものは脱ぎ捨てて、この床に寝転がってみたいような欲求にかられた。
(…この宮殿は…俺たちには想像も出来ないような、オーバーテクノロジーの塊なんだ…)
 テレサは目の前のディスプレイパネルの前に無言で佇んでいる……先ほどから彼女がずっと黙っているので、島もその傍にやはりじっとしているしかなかった。

 さて一体…どうしたものか。通信では調子良く喋っていたものの、本人を目の前にするとそう流暢に言葉は出ないものだ。所在無気に、視線だけを彷徨わせる。目の前にある通信機(のようなもの)もとても気になる…どれが何のスイッチなのだろう。テレサの手元を見ていると、彼女は直接どのスイッチにも触れていないのだ。すべてを静電気のようなもので動かしているように見えた。いや、これがサイコキネシス、というやつなのだろう。概念としての理解はできても、それを目の当たりにすると驚愕のひと言に尽きる。

「……島さん」
 溜め息のような静かな声で、ようやくテレサが口火を切った。
「…はい」
 良かった、やっと喋ってくれた。さあどうか、…怖がらないで、話してくれないか…?
 なぜテレサが怖がっていると思ったのだろう。島は、はたと考える。なぜだか、彼女が自分に話をするのを怖がっているように思えたのだ。
 テレサは制御卓を操作し、内核星の大地を投影した……死に絶えた、巨大都市の廃墟が拡大投影される。
「…島さん。この空洞惑星の都市が、どうして滅んでしまったか…分かりますか」
 突然の問いに、ほんの少し戸惑う。彼女は何を言いたいんだろう?
「いや、実は…僕もそれを聞こうと思っていました」この内核星に降りた時から、それはもちろん、気になっていたんだ。どうして君は、ここに…こんな星にたった一人で住んでいるんだ…?
 島は、パネルに映し出された廃墟を見上げる、物憂げなテレサの横顔をじっと見つめた。
「……私が……滅ぼしたのです」
「えっ…?」
 テレサの言葉に島は当惑した。彼女の言ったことの意味がにわかには理解できない。……なんだって?





 ——かつて、テレザート星は、荒漠とした宇宙の中の、オアシスのような星でした。宇宙を旅する船はこのテレザートへ立ち寄って、旅の疲れを癒して行ったのです。
「ところが、この星を二分する大都市は…繁栄のリーダーシップを執ろうとして諍いを始め…ついにはそれが…戦いに発展してしまいました」
 当時のことを思い出したのか…テレサは苦悩の表情を浮かべた。
「…大きな…戦いだったんですね」辛そうな横顔のテレサを見かね、島はそう相槌を打つ。きっと、大切な人を大勢失ったのだろう。「…でも、あなたが無事で良かった」
 テレサは島の気遣いに目を細めた。「いいえ、島さん。私が無事だったのには、訳があります…」
「訳?」
「…私は戦いの払う犠牲の大きさに驚き、ただひたすら…祈り続けました。戦いが、終るように…と。その祈りの中で…、私自身と、私の使うメカニズムに、恐ろしい力が備わっていることに気づいたのです。……すべての都市は破滅し……戦いは…終りました」


 ——私は、唯一人生き残ったのではありません…この世のすべてを葬ったのは私……この私自身なのです……


 島は絶句した。
「お気づきかもしれませんね。…私は、超能力を持っています。それも…想像を絶する規模の、超能力、…反物質エネルギーを」
「は…反物質…?」
 物質世界とほんの少しでも触れ合えば、核融合を凌ぐ熱量を生み出し、その場にあるものすべてを消滅させる、恐るべき力である。
「……私の超能力は、自分でも予期しない時に反物質を呼び出してしまうのです。…何が引き金になるのか…それは…自分でもわかりません…」
 彼女が話をすることを怖がっていると自分が感じたのは、間違いではなかったのだ。島は彼女のしているのが恐ろしい打ち明け話だということに思い至った。
(私のことを理解して欲しい、って……そういうことだったのか…)


 はっと顔を上げる。
 真田さんも言っていた…これは、何か凄い威力のある兵器が使われた痕だろう…って……。
 二人の目の前にある大きなディスプレイスクリーンには、都市のある一部分が、先刻からずっと映し出されていた。島は、テレサが画面に投影された、ある建物をずっと見ていることに気づいた。その切ない視線は、中央の瓦礫に注がれている。それは、かつては塔のようなものだったのだろう。
(あの建物に、君の大事な人が…いたんだね)
 そう言葉に出して聞くのは、彼女があまりに可哀想だと島は思った。救いたい、守りたいと願った人を自分のせいで亡くしてしまうとしたら、それはどれほど辛いことだろう。
「……島さん」
 画面を見上げたまま…テレサが言った。「……私が…怖くはありませんか…?」
「……なぜ?」
 テレサがゆっくりとこちらを振り向いた。その美しい碧眼は哀しみに潤んでいる。
「あなたを怖いだなんて、どうして…僕が」
「私は…自分の持つ力を完全には制御できません…。時に力は暴走し、愛する人々を破滅に追いやることもあるのです」
 彼女の口調は、まるで自らを呪わんばかりだった。
「…………」
 あなたのせいじゃない、などと島には言えなかった。自分を責めないでください、とも。そんな薄っぺらい慰めなど、きっと何の意味もない。ただ、彼女の耐えてきた想像を絶する辛さをイメージこそすれ、それを恐ろしいなどとは思わなかった。
「…テレサ。その力を…我々に貸してくれたら…いや、あなた自身が白色彗星に対して使ってくれたら、すべてがうまく行くじゃないか…?」
 テレサは沈んだ目で島を見やった。
(あなたまで…そんなことを言うの?)
 …理解してくれると期待したのは、やはり間違いだったのか。
「…いいえ。それがどんな相手に対してであっても…私は2度と、自分の能力を使ったりはしません。もう2度と…破滅の虚しさを味わいたくありません」
 ちょっと待てよ、と島は焦る。このままでは、この星も…飲み込まれてしまうじゃないか?
「このテレザートがあの彗星に潰されてしまっても…、ですか?」
「……そうです」
 島は頭を振った。

 自分だったら、例え全人類が滅びていたとしても、地球があんな風に潰されて行くのを黙って見ていることはできない。自分に力があれば、それを回避するためにどんなことでもするだろう…
「なぜです?…あなたがなぜそんなことを言うのか…、僕にはわかりません」
 テレサは小さく溜め息を吐いた。

 …あなたも…他の人と同じね。

 命は平等…。自分が助かるために他の命を犠牲にしなくてはならないくらいなら、私は喜んで破滅の途を行くわ…

「私があの能力を使えば、テレザート星は救えても相手に犠牲が出ます」
「テレサ、あなたは間違っています、このまま放っておいたら…テレザート星や地球は滅びてしまう。それだけじゃない、その他にも何千、何万と言う犠牲者が出るんですよ…?!」

 …そんなことは、分かっているわ。

 テレサは目を伏せた。

 私の力は…誰かを選んで守ったり、必要な相手とだけ戦ったりすることはできない。彗星帝国内部に捕えられている、何億という罪のない人々を傷つけないように中枢部だけを攻撃することは…不可能なのだ。


(この力を解放して、あなた方の望むように戦うことが出来るのなら、いくらでもお貸ししましょう。…それができるのであれば…これほど苦しむ必要など、ないのですよ……)
 絶大なパワーを持ちながら、愛する父母をすら救えず…死に至らしめた過去が、記憶の底から甦って来る。それを事細かに島に説明するのは、彼女にとって辛過ぎた。テレサは半ば諦め、気持ちを鎮めようと両手を組み、俯いて祈り始めた。
「テレサ。一緒に戦おう。…あと4日で、白色彗星はこの空間へ到達する。…あの発光ガス体へ吸い込まれてしまう。…テレサ!」
 取りつく島のないテレサの態度に、島は本気で焦りを感じた。どう言えば、分かってくれるんだ? 

 改めて深呼吸する。落ち着け、この人は…なぜこんなに戦うことを拒否するんだ……?考えろ。

 ——この星の惨状を見れば…彼女が2度と超能力をもって戦いたくない、と言うのは分からないことじゃない。そうだ、可能かどうかは別として、あの彗星とは俺たちだけで戦えばいいんだ。…彼女は、スターシアではないんだから。

 すべてを拒むように俯いて祈り続ける美しい人を、そっと見下ろした。

「…分かりました。無理を言って、すみません…」
 テレサは島の言葉に、一瞬、はっと顔を上げた。自分を見つめる優しい眼差しに心ならずも驚く。彼女の肩に手をかけ、ともにテレザリアムの床に膝をつき…島は宥めるように繰り返した。
「一緒に行きましょう、テレサ。お気持ちは…わかりました。でも、あなたをここへ置いては行けない。…ヤマトへ一緒に行きましょう。……あなたが望むのなら、戦わなくたっていいんだ。まずここから離れて、安全なところへ…それから皆で、一緒に考えましょう…!」
「…島さん」


 戦わなくたっていい——


 その言葉に耳を疑った。
 傍らにひざまずく島を見つめる。彼の全身から立ちのぼる想いは先ほどとは少し違っていた。彼は今、ただひたすら、テレサの身を案じている……。
(島さん……あなたは…)
 ただ私を懐柔するために、戦わなくてもいい、と言ったのではないのだ。この人は、本気でそう思っている。決心が揺らいだ。だが、ふと思い出す……
 “ヤマトの乗組員が全員、彼と同じではないのだということを。”

 ——やはり、だめだ。

「……私は…行きたくありません」と、そう…答えるしか、なかった。
 島は悲痛な面持ちで彼女を見つめたが、その視線から逃れるようにテレサは顔を背けてしまった。
「…いいんですね…?」
 彼女にこれ以上の無理強いはできない。
 
「…じゃあ、僕は…これで…」
 落胆して帰ろうとする島に、だがテレサは再び声をかけた。


「島さん」……行かないで。私…あなたを


 去ろうとする人の後ろ姿は、大嫌いだった。今まで自分は、こうして去ってゆく人を誰も…引き止めることができなかった。傍にいて欲しい、行かないで。そのひと言がいつも言えない…もちろん、言った所で、それはいつも、虚しい願いなのだ……

「やはりあなたも…行ってしまうのですね…」
 島はその言葉を意外に思った。だったら、僕と一緒にヤマトへ来てくれればいいじゃないか…?
 だが同時にその言葉の真の意味を、唐突に悟る。彼女は、僕に居て欲しいのであって…“ヤマトには”行きたくない、と言っているのだ。
「僕は、…ヤマトの乗組員です」
 島は申し訳無さそうに目を伏せ、そっと頭を下げた。
(僕自身は…あなたといたかった。だけど、その前に…僕は、ヤマトを動かすという任務を…担っているんです。…テレサ。かならず、ここから脱出してください。そしてどうか、…ご無事で)
 立ち去ろうとする島の残留思念が、テレサの心を揺さぶった。

 僕自身は、あなたといたかった。——どうか、ご無事で。

 宮殿のリフトに消えた島の姿を、テレサは見送らなかった。
 湖底の道は、まだそのままになっている。
 対岸に渡り切り、乾いた岸辺を踏みしめ、……島はテレザリアムを振り返った。


「…テレサ。必ず…無事でいてくれ…」

 

               (宇宙戦艦ヤマト2 15話後半)

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 ★ <花と、雪>
  島ファンから非難轟々の「散髪」「コサージュ」(14話)ですが、行間を埋めて行くとなかなかに面白い小道具に変身してくれました。状況はほぼそのまま、解釈を変えたり描かれていない時間を描いたりして料理してみました。
 
 花たちはちゃんと雪のメッセージを(佐渡先生がそう言ってるんですね…セリフで。/13話)テレサに届けてくれました。これを描いておかないと、26話で雪を見たテレサが、なんで初対面の彼女の名前を知ってたのか!?というパラドックスが解消されないので…(原作!ところどころ食い違う!!時系列も食い違うし知らないはずのことを知ってる人がいたり・w)。

 そして、コサージュは次の(6)以降で結構重要な役割を果たしてくれます。

 オリストの第三部では、斎藤と殴り合いしたことで吹っ飛んじゃったコサージュのことを、島が雪に謝ってるシーンが出てきます。あのコサージュ、アニメでは島がヤマトに帰投して、斎藤の部屋へ行く所まではちゃんと付けてるんですよ。ところが、乱闘騒ぎの最中に消えてるんです。だもんで。
 「散髪」?ああ、それは、サルガッソで伸びちゃった、ってことにしましたがどうですかね(w)?ほんとはそうすると、ヒゲも伸びてて原始人の集団、みたいなことになってるんじゃないか?とか思いますが(爆)。


 絵的には、襟足や前髪の長い島(いや、島だけじゃなくてみんな)を見てみたい気もします…(描けってか?)



<艦長不在のヤマト>
「2」のヤマトには重大な欠陥(?もしくは醍醐味?)があるってことにお気づきでしょうか…。
 古代が!!まったく艦長らしくない!!艦長代理って何なん?!っていうほど、周りに振り回されてるんですよ…古代くんたら。
 オリストでは描いてませんが、スペース・サブに出会った時(6話)、宇宙気流に飲まれた時(8話)、流星帯に入っちゃった時…(10話)。古代と真田と島の意見が、つねにバラバラか、古代が否定されるか、…って感じなんです。島の意見に対しては、真田さんは大体同意してますね。にしても、艦長代理は誰やねん!お前らバラバラやん!って突っ込みたくなることしばしば(w)。雪にしても、命令なんかそっちのけで無断であっち行ったりこっち行ったりしてる。まとまりないったらありゃしません。古代が「艦長代理の命令だ」って言うのは、なんか妙な命令(w・島にテレサのとこへ行って来い、と言ったり、斎藤に11番惑星へよっていけ、と言ったり)をする時だけですしね。
 なので、テレサからはまとまりのない艦に見えてる、という描写をしてみました。
 それに、古代と真田の留守に、実質次席は誰なのか、って話も本来必要なはずですが、この時はまだそれも決まってなかったようなので、島がしぶしぶそういう役回りをする、というシーンもちょっと気に入っています。古代くんが艦長代理らしくなるのは、やっと「3」に入ってからですよね(あ、「3」では艦長か・w)。


 しかし、艦長不在のまま航海を始め、航海を終ったのはこのエピソードだけですし、それがまた「2」の醍醐味なのかもしれません。皆で力を合わせて戦った、それはまったく軍隊らしくないけれど、それが逆に良かったんだと思う。そう言う意味でも他に類を見ない秀逸なストーリーです。へたに他所から艦長を持って来なかったのが、脚本を更に深くしてたんかなとも思う私。

   

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