Original Tales 「碧」第二部(3)

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「どうやらそれほど重症の者はおらんようだな」
 流石は豪腕揃いの空間騎兵だ。人工多能性幹細胞パッドを使用して手足を繋がねばならないほどの大怪我をしている者はいない。昼過ぎに収容して戻った負傷者の第一陣を診察し終え、あとの処置をアンドロイドに任せて佐渡は一息ついた。
 傷を負って収容されたはずの空間騎兵たちは、すぐにまた戦線へ戻る、と息巻いている……トリアージのイエロータグを指に付けられていても尚、俺はまだ戦える、戦場に戻せ!!と喚く大男たちを雪がなだめて連れ帰る。そういうことにかけては、雪の右に出る看護師はいない。
 しかし、報告では時間が経つにつれて負傷者は次第に増えているようだった。ついに死亡者も出ているようだ。依然、気は抜けない。

 雪に見つかるとうるさいからなあ、と日本酒の小瓶をポケットに忍ばせ、治療の合間に一服しようと佐渡は医務室を出た。戦う奴らもノンストップじゃろうが、治療するこっちだって、エンドレスのトライアスロンみたいなモンだからのう。息抜きくらいせんと、持たんわな。
 …ところが、そこで今度は島に捕まった。
「先生、5分でいいから。ちょっと付き合ってくださいよ」
「なんじゃい?」



 島に引っ張って行かれた先は、理容室だった。イスカンダルへの航海の際には生活班の理容師が詰めていたその部屋は、今では殆ど使われていない…。
「しかたないのう」
 ま、ちょっとはさっぱりした方が良かろう、と佐渡も思わなくはない。先般嵌った、時間の進み方の狂ったサルガッソで、乗組員がみな普段より3割増の長髪になっていたからだ。島は後発でテレサに来るようにと言われている…


 ええのう、若いもんは。わしゃ生えるもんも生えんかったわい。青春よ再び!などと言いながら、佐渡は島の頭髪の襟足をハサミで揃えてやった。癖のある島の髪は、へたくそな佐渡の腕前でも容易くそれなりにまとまる。  
「やだなあ、そんなんじゃないですよ…」
「なぁにがそんなんじゃない、だ。照れんでもええわい。それ、目一杯格好付けて行け!」
 佐渡は仕上がった島の頭をぽんと小突いて笑う。

「…あら島くん、さっぱりしたわね…」
 理容室を覗き込み、そう言ったのは雪である。
 今朝は勝手に出て行ってごめんなさい、と謝りながら、雪は手に持っていたものを島に差し出した。「これ、作ったの。つけて行って頂戴ね?」
「…へえ、器用だな」
 ……表彰式じゃないんだけどな。胸にコサージュなんて、とちょっぴり気恥ずかしい島だが、雪から是非にと言われては、断れるはずもない。
「ヤマトの航海長として、立派に見えるわ」
 赤いバーベナとポピーの生花のコサージュを左胸に付けてもらい、島は鏡の中の自分に会釈してみた。自分より、雪の方が満足そうだ。佐渡は二人を見比べ、愉快そうにガハハ、と笑った。


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「…どうやら、敵さん、沈黙したようだな」
 相原が古代からの通信を受け、敵戦車兵団の将を斎藤が仕留めたようだと報告した。


 明け方から始まった敵戦車隊と空間騎兵との交戦は、どうやら収束しつつあった。多弾頭ミサイル砲の援護を受けて空間騎兵たちは猛進し、敵戦車群と鏑弾兵らをほぼ掃討した。現在、ヤマトの第一艦橋を任されているのは戦闘班副班長の南部、そして相原、太田の三人だ。
「やれやれ…苦労させやがる。で、今スタンバってる上陸用探索艇は何の用で出るんだっけ?」
 気づけば第2艦橋のメンバーが数名、姿を消していた。艦載機隊の連中まで上陸艇に乗り込んでいるらしい。工作班の新米がオーデコロンを身体中に振りかけて、髪に櫛を入れているのをアナライザーが見た、と言っていた。
「どこへ行くつもりなんだ、あいつら!また勝手しやがって…」
「島さんと一緒にテレザート見学だ、って言ってたぜ」太田がくすくす笑っている。
 笑い事じゃないよ?と相原は肩をすくめた。「バッカだな〜、見てろよ…みんな放り出されるぞ」
 島がいそいそと出掛けて行ったのは分かる。名指しで出頭するよう相手方に言われているのだ。しかしその他の野郎どもは全部、野次馬である。


 ちぇえ〜〜っ、なんだよう…と毒づきながらベルトウェイを戻って来た野郎どもの数にも呆れるが、その全員を有無を言わせず上陸艇から放り出した島も徹底している。その光景が目に浮かぶようだった……相原と太田、そして南部、徳川も皆顔を見合わせ、誰からともなく笑い出した。

 

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 元バラス・キャルヴの自然保護区に指定されていた美しい山間部は、今では荒漠とした岩山に成り果てていた。形の良いなだらかな山は、地殻変動のおかげで峨々とした頂きに変わり、かつてその谷間に流れていたせせらぎも絶え、赤錆を流したような川床だけが筋を残している。
 山間部には、自然の鍾乳洞が幾つもあるが、このテレザリアムのある場所は人工の洞窟だった。テレサの父ハールが丹念に作り隠蔽した第一のゲートは、かつて、あの不敵な彗星帝国の君主が破壊して行ったが、その後戦車団を率いてやってきた部下たちが再生したようだ。ゲートの外側を、壊滅した帝国戦車団の末端兵士たちがいまだ健気に守っていた。

 自軍の将が破れたのであれば、たとえ敗走しても咎め立てされることはなかろうに。彗星帝国の兵士たちは、勝ち目はないと知りながら撤退せず持ち場を死守しようとしていた。

(なぜ彼らは、こうまで頑なに戦おうとするのだろう…)

 テレサは知らなかった。ガトランティスでは、撤退とはすなわち死をもって償うべき重罪であり、末代まで誹られる恥ずべき愚行と言われていることを。
(……ヤマトの戦士たちは、彼らを…殺すのかしら)
 憂える間もなく、命の消える断末魔の声がキンと響く。ゲートを守るガトランティスの兵たちが地球人たちによって掃討されたのだ。

 …またこの星が…戦場に…なってしまった…

 言い様のない哀しみがテレサの心を覆う。

 戦いに勝利した者は、一時の高揚感に支配され、喜び謳う。屠った相手の命を生み出したのが、その母親の、命がけの愛と献身であることを忘れてしまう。自分の殺めた命にも父があり母があり、その死を己の魂の死と同様に悼む者がいるということを見失ってしまうのだ。

 昂然と洞窟内部に走り込んで来た地球人たちは、その波に乗って第2のゲート前の兵士たちも皆殺しにした。

 …ヤマトを呼んだのはこの私だ。
 彼らは敵同士なのだから、互いがまみえれば殺し合うことは必至である……予見できぬことではなかった。しかし、それを見て見ぬ振りをしなくてはならないという事実に、改めてテレサは苦悩する。

(…私は……身勝手なのだろうか)
 彼らを呼び寄せ、立ち上がって戦え、と。
 ——ただそう、呼び掛けるだけの女。失われなくても良い命すら、救うことの出来ない女…。

 だが、その苦しい思索の糸はヤマトの3人の戦士が地底湖の畔に到達したことで途切れた。

 



「テレサ…!」
 湖面に地球人の声が響き渡る。
 テレサは、小さなバルコニーへ歩み出た。
 赤いヘルメットを被った男が二人と、赤いずんぐりしたロボット。その少し後ろに体格のいい大柄な男が一人、…岩陰からこちらを伺っているのが見える。
 AIが、彼らの分析を始めた。
<……武器は腰に付けている銃と…手榴弾が数発だけのようです…ただ>理解不能、といった音声のトーンでAIは続けた。<…背の高い男。四肢が高性能の爆破装置になっている。…攻撃の意志はないようです>
「彼らを…中に入れても大丈夫かしら」
<…それが目的ではなかったのですか?>
 AIに指摘されてテレサは俯いた。島さんに会いたい。そう願ったのは、私なのだ。
「……彼らを迎える用意を」
 そして、す、と右手を湖の畔に向って差し伸べた。地底湖が、強力なサイコキネシスによってゆっくりと二つに分かれて行く。ややあって、乾いた湖底が男たちの眼前からテレザリアムの真下まで不思議な回廊となって姿を現した。
 AIが、宮殿の入口を開く。

 



 3人が、AIの下ろしたリフトで上がって来るのをテレサは出迎えた。
「…ようこそ…ヤマトの皆さん。私がテレサです」
 3人の地球人は、こちらを見つめたまま言葉も出ない様子だった。
 男たちから立ち上る硝煙の臭いに、テレサは一瞬たじろぐ。地上の激戦をかいくぐって来た戦士たちだ。それは仕方のないことだったが、テレサはいたたまれぬ思いに駆られる。
 しかし、気を取り直して語りかけた。ただ…彼らに微笑むことは、まだできなかった。
「私の全霊を傾けた祈りに答えてくれたのは、あなた方だけでした。よく、ここまで無事に来てくださいましたね」
 赤いヘルメットの男の一人がおずおずと進み出た。目鼻立ちの整った、きれいな顔をしている。見れば、彼の手には赤い花の可憐な花束があった。その花束からなのか、その青年からなのか…、優しい気持ちの波動が流れ出していた。

「……島さん?…あなたが島さん……?」
「えっ」青年はきょとんとした。
 他の二人が、彼とテレサを見比べ、笑い出す。氷が解けるようにその場の固い空気が和らいで行った。しかしテレサはと言えば、どうにも居心地が悪い。

 ……なんで笑うの? 何がおかしいの……?

 どうやら自分は勘違いしたようだ、と彼女が悟ったと同時に、その青年が口を開いた。
「あの、いえ……私はヤマト艦長代理、古代です」
(艦長代理?では、艦長は?)
 じっと古代を見つめる。その表情からは一つの事実が読み取れた。(ヤマトには、…艦長が乗り組んでいない…)
 時折見せる、ヤマトの心もとない軌跡の訳が、テレサにも理解できた。そうか。彼らには、全体をまとめる長がいないのだ。烏合の衆のようにも見える彼らだが、しかしここまで患難を乗り越えて来たことを考えれば、あながちそうとばかりは言えないのだろうけれど。

「…ヤマト技師長、真田です」
「空間騎兵隊隊長、斎藤」
 斎藤と名乗った男からは、あろうことか血の臭いがした。肉弾戦をこなして来た後なのであろう。致し方ないと分かってはいても、テレサは思わず目を逸らす。仕方なく、その隣にいる赤い分析ロボットに目をやった。
「ア、ア、ワタシ、分析ロボットアナライザー、デス…」
「なんでえ、お前まで意識するこたねえじゃねえか」テレサに見つめられ、舞い上がったアナライザーを斎藤が面白そうに野次った。


 緊張の解けてきた古代が、手に持っていた花束をテレサに差し出した。
「テレサ、この花は…あなたのメッセージに対する感謝の印です……あれっ」
「おい古代、恥かかすなよ」斎藤が舌打ちした。何となれば、花束の花は戦闘をくぐり抜けて来たせいでしおれ、花弁は千切れ…お世辞にも感謝の印とは言えそうもない、みすぼらしい様子になっていたからだ。
「…しまった…ここへ来る間に、しおれちゃったんだ…」
 バツの悪そうな顔で古代がそう言った。「すみません、テレサ…こんなんじゃあなたにお渡しできない」
 ごめん、雪。せっかく花束、作ってくれたのに…
「……ユキ…?」
 古代の困ったような顔と、息絶え絶えの花たち、そして古代の脳裏に浮かんだユキ、という名前…。テレサはふいに、この小さな花束に思いもよらない優しい気遣いが込められていることに気づいた。ヤマトには、女性も乗り組んでいるのだ。そしてその女性は、驚くほど気持ちの細やかな、優しい人なのだと感じられた……
「…奇麗な花。…この星に、花は咲きません。こんなに素晴らしい贈り物は、初めてです。…ありがとう」
 片手を差し伸べ、古代の持つしおれた花たちに願いを送る…どうか元気になって…、と。
「あ…ああっ」
 千切れた花弁は再生し、花は見る間に茎をしゃんとさせた。摘まれたばかりのように活き活きとした花々を、古代は呆気にとられて見つめた。

 古代から受け取った花束は、盛んに声を上げていた。ヤマトからここへ連れて来られた戸惑いが少しと、“雪”の優しい思いを託されて来たこと。淋しいテレサを慰めてあげてね、と言付かって来たこと……
(……そう。ありがとう…優しい子たちね)
 振り向いて、古代を見る。
(…雪さんにも…お礼を)
 そう思ったが、古代の口から雪のことを聞かされてもいないのに、その名を出すのはなんだか失礼なような気がして、テレサは俯いた。古代には、テレサが花束に顔を埋めたように見えた。


「…どうぞ、こちらへ」
 テレサは彼らにくるりと背を向けると、奥の部屋へといざなった。
 

                     (宇宙戦艦ヤマト2 14話)

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 ★ ツンデレ(w)。

 でも、真田さん、斎藤くん…何を笑ったのか、説明しないと彼女には分からないと思われ。つか、なんで笑ったのか、ってトコだよね(w)。でもこれじゃ、テレサとしてはムッとしますわよね。

(ちょっとテレサ〜、面食いだってことがバレちゃったじゃないのよー(うぷぷ)。

相原くんの台詞「島さんの実物を見たら、がっかりするんじゃないかな」ってのがありますが(爆)どうなの?島の外見が、ああじゃなかったら??地球は救われなかったんだな、きっと(爆)。

島、自分がイケメンだって自覚はあるわけだ(w)まあそーでなきゃ、防衛軍本部で初対面のユキをナンパしたりはしないよな(爆)。


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