Original Tales 「碧」第一部(7)

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「メッセージ入電!!」
 ヤマトの第一艦橋では、相原通信長がそう叫んでいた。先般、島航海長が「この通信は俺が受ける」と宣言してから、相原は回路を開くと仕方なく反射的に席を立つことにしていた。そのまま座席に居座っていても、どうせ押しのけられるからだ。舵の自動操縦スイッチへの切替えもそこそこに、島が自席を立ってすっ飛んで来る。…ああ、奇麗な声の持ち主だもんな。相原の頭には、そんな嫌味も浮かんだ。


「こちら宇宙戦艦ヤマト航海長!どうぞ!」 
 相原の席に滑り込んだ島は、難しい表情でインカムに叫んだ。「返事をしてください!返事を!」
 解析機のデコーダーから流れ出るその声は、相変わらず美しい。しかし、そんなことは今はどうでもよかった。
<……ヤマト、早くここへ……距離、12万宇宙キロ…途中に3箇所のしょうが…ぶ…>
「途中に…?もう一度言ってください!」
 ——だが、通信はそこで途切れた。
「もしもし!!」
「……嫌われたらしいですね。うんともすんとも答えようとしない」自席の横に腕組みをして突っ立っている相原が冷笑した。聞き方が乱暴なんだよ、島さんてば。だから僕に任せておけばいいのに…
「馬鹿言うな!メッセージは3時の方向から来ている。距離は12万宇宙キロ、途中3ヶ所に障害物があることがわかったじゃないか。それで充分だろうが」
 島は不服そうにそう言って席を立つと、太田に怒鳴った…「3時の方向、半径12万宇宙キロ、上下角はこの間と同じ42度前後で観測後、障害物と思われるものをナビに投影!急げ」

 



(ヤマト航海長…)
 最初、ぶっきらぼうだったヤマトの誰かは、今日は少し冷静さを取り戻しているようだった。彼はヤマトの航海長、と名乗った。…航海長、とは操縦士のことだろうか。ヤマトの大きさが判明しないが、地球の超光速宇宙戦艦は、操縦士と通信士を兼任できるほど小さなものなのかしら?
 テレサにはどうも判断がつかなかったが、前回も同じ声だったことを考えると、彼が操縦士なのか通信士なのかはさほど重要ではないことのように思えた。
(航海長、つまり…ヤマトをここへ、運ぶ人よね)その任に就く者が方向や距離を特定できる通信を聞きたがるのは、無理からぬことだろう。今度も同じ声の人なら、きっと彼が担当者なのに違いない。…少なくとも、嫌いな声ではなかった。


 おそらくヤマトが位置しているであろう空域からここまでは、あちらから届く電波の状態からすると12万宇宙キロ程度。だが、その間には宇宙の難所が3つ、横たわっている。
 いずれ横断しなくてはならない宇宙気流…、これに捕えられてしまうとその先にはサルガッソ…宇宙の墓場と呼ばれる次元断層がある。それを抜けても、この時期必ず発生する大規模な流星帯がその後ろに待ち構えているのだ。
 そして、そのすべての難所を越えた先、このテレザート空間に、デスラーとゴーランドの彗星帝国連合艦隊が布陣しているのである。


 彗星帝国の監視衛星が捕えたヤマトの姿は、まるでテレザートの艦艇のようだった。今では完全な形で残る艦艇は一隻もないが、バラスとフリーヴズの誇る最強の戦艦も、丸みを帯びた優美なフォルムをしていたことをテレサは覚えている。
 テレザリアムのAIは、ヤマトが監視衛星のレーダーレンジから離れてもその姿を捕え続けてくれた。

 

  



 だが、テレサの努力の甲斐なく、ヤマトは3つの宇宙の難所にことごとく嵌って行った。


 テレサの声紋を利用したニセのメッセージに騙されたヤマトが、宇宙気流の中へワープアウトしたことを、ゴーランドが勝ち誇ったようにデスラーへ宣言した時は、怒りと恐怖で身体が震えた。
(お願い、焦らないで。そして…敵の策略に騙されないで…!)
 宇宙気流はサルガッソに流れ込んでいる。
 彼らは、私の声に導かれていると思っているのだ。そのまま進めば、宇宙の墓場へ入り込んでしまう……!
 だがいくら呼び掛けても無駄だった。
 震える声で、テレザリアムのAIに問いかける。「サルガッソ内に、出口はないの…!?」
 人工知能は青い光を明滅させながら、しばらくの間沈黙した。サルガッソ内では、時間の流れが様々に変わる。急速に時間が進むエリアでは、ヤマトの乗組員は急激に加齢することになり、放置すれば人だけでなく艦艇も朽ちてしまう…逆に時間が逆行するエリアでは、人間は赤ん坊になり艦は原材料に戻される……いずれにせよ、一刻の猶予もない。
<…方位GRF4683に次元の裂け目があります…>

「方位GRF4683」
 地球の方位に言い換えるのももどかしく、テレサは通信機に向う。敵が勝利に酔って、電波妨害を中断してくれていることを祈りつつ……


 果たして、まんまと策に弄されサルガッソへ流れ着いたヤマトを見届け、ゴーランド艦隊は勝利に酔っていた。当然、サルガッソ内へ追撃する必要もない。放っておけば、ヤマトは朽ち、乗組員は死に絶えるのだ。宇宙の墓場の外縁からずっと離れた空域で、艦隊は方陣を解き始めた。
 妨害電波が途絶えているのを確認し、テレサはヤマトへ恐る恐るメッセージを発する……偽のメッセージだと思われてしまうだろうか…?
『…ヤマト…ヤマト、聞こえますか?無事ですか…?!私はテレザートのテレサ…!』
 ややあって、あの航海長の声が答えた。
<もしもし…!こちらヤマト……!>
『1時の方向に、次元の裂け目があります。そこへ向って』
 一瞬、躊躇うような間があった。<…何も見えない!>
 私にだって、見えるわけじゃないのよ…。テレザリアムのAIが見つけた、四次元の通路なのだから…
『…三次元世界のあなた方には…。私を信じて、早く』


 ヤマトは意を決したようだった。
 テレサの与り知らぬことであったが、彼女の送ったメッセージはヤマトの第一艦橋に設置された3Dジャイロスコープを強制的にいざなった……帯電し、発光したジャイロが、彼らの進むべき方向を指示していたのだ。
 彼らは私の言葉を選び、信じてくれたのだ、とテレサは感じた。幸い、出口はゴーランド艦隊の位置する場所とは正反対にある。体勢を立て直す時間がある……

 




 サルガッソを奇跡的に脱したヤマトへ、テレサは通信を送る。彼女は思いがけず心から安堵していた。
「ヤマトの皆さん、よくサルガッソを脱出されましたね。…心から祝福を送ります」
<こちらヤマト。航海長、島大介!聞こえますか…?>
 緊張から解かれたためか、例の航海長の声がひどく懐かしいような気がして、テレサは無性に嬉しくなる。
「私はテレサ。テレザートのテレサ…」
 そう言えば。相互通信で初めて、彼に名乗ることができたのだ。

 そう、…あなたは、シマ・ダイスケさん、と言うのね…

 胸にその名を刻みつけていると、島は矢継ぎ早に問いかけて来た。
<テレサ!教えてください、あのメッセ−ジの意味を!もっと正確に、はっきりと…!>
 テレサは頷き、しっかりした口調で話し始める。ここですべて伝えてしまえば、彼らをこれ以上危険に巻き込まなくても済む。…ただ、そうなると、この「島」という名の人には…会うことはできないけれど。
「今、前代未聞の危機が刻々とあなた方の銀河系、地球に迫っています。あなた方も観測したと思いますが、太陽系へ向かっている白色彗星は、圧倒的な力で侵…!!」


 また妨害電波が…!!


 肝心な所で、我に返ったゴーランド艦隊からの妨害電波が割り込んだ。
島の声が、途切れ途切れに続く……<どうしたんだ!…テレザート星の…方向は…?距離は?!>
「テレザート星は、そこから10万宇宙キロ、…ああ…」
 私が手引きしたと、察知されてしまったのだ。
 今までにない強力な妨害電波が、再びテレザリアムの受信装置を振動させた。


(……島さん…。負けないで…)


 通じなくなった通信機のスピーカーを、名残惜しい気持ちでテレサは見やった。彼らは、なんとしてもこのテレザートへ来ようとしているようだ。それはとてつもなく危険な道行きだが、こうまで妨害が続くと、もはや彼らに直接会う以外に彗星帝国の真実を伝える手段はないように思われた。
 中央モニタに映る、小さな光点。
 それがヤマトの位置を示すものだということは承知していた。だが、同時に彼女にとってそれは…「島」そのものになりつつあったのだ。

 

 

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★ヤマト「2」8話より。

 通信で惚れるなんてアリ?ないないない、んなアホな。って思ってましたよね…ええ、私もです。ところが、こうやってテレサ目線で描いて行くと、あれま、無理なく惚れてらー(爆)。不思議ですねエ。

テレサ、他にやることないもんですから、もうヤマトを誘導するのに夢中です。しかも毎回、応える声は同じあの端正な深みのあるテノールと来た。彼女がファザコンであろうことは、テレザートの頃の話を描いてて自然に出てきましたし。ヤマトの声、イコール島大介だったわけだから、まあ情が移っても当然と言いますか…。 次は恐竜惑星です(w)。