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一方、這々の体で地底都市から抜け出したズォーダーは、地表に待たせていた偵察艇に戻った。護衛も付けず、ロケットランチャー一つで惑星内部を調べに行くと艇を降りた次期大帝を、従者たちは気もそぞろで待っていた。…歴戦の勇者の私が廃墟しかない地底都市で出会うのはたかが女一人。案ずることはない…そう言い放ち、ズォーダーは部下の追従を拒否したのだ。
「おお、我が君!!ご無事で…」護衛兵を押しのけ、愛妾サーベラーが走り寄る。彼女は宮廷娼婦の身でありながら、類い稀な才能を発揮し、今や彼の相談役を務めるまでになった女丈夫である。
「…即刻帝国へ帰還する」
憮然としてそう命を下す主君の全身を素早く観察し、サーベラーは声を落として問うた…「我が君、武器は如何致しました?それに…その手」
「大事ない」
ズォーダーは焼け焦げた白いガントレットに眼を落し、不機嫌そうにそれをむしり取ると床に捨てた。マントを翻し、フロア中央の座席にどかりと腰かける。
「あなた様はまもなく次期大帝の座につかれる比類無きお方。なにとぞ、無茶はお控えくださいますよう…」
お前の苦言など聞き飽きた、といった顔でズォーダーは鼻を鳴らす。
「…ところで、女は、…おりましたの?」サーベラーは眼を細め、大帝が床に捨てたガントレットを片付けようと近づいた護衛兵を、さっと追い払う。そして自らそれを拾った。
「…ふふふ…見事な女であった。見た目はまだ少女のようだが、私を愚弄してなお微動だにせん」
「なんということ」サーベラーは怒りに顔を赤くした。「…なんたる身の程知らず…!同盟を結べばこの星に手出しはしないという我が君直々の温情をなんと心得るのでしょう…!! 我が君、艦隊を呼び寄せ、この星を破壊いたしましょう!バルゼー艦隊ならばすでに小マゼラン方面に展開しておりますゆえ」
「サーベラー、そういきり立つな。確かにあの女の持つ力は尋常ではない…だが、我々に対しても敵対することはなかろう。どの星にも味方しない、と奴自身が言いおったのだ」
「ですが…、放っておいてよろしいのでしょうか」
「案ずるな。捨て置けば良い。あの女は、何もせん」
サーベラーは、ズォーダーの捨てた掌部分の焼け焦げた手袋を矯めつ眇つ眺めた。そして不服そうにそれを自分のマントのポケットにしまい込む。
「…女の名は、なんと言うのです?」
「……テレサ。テレザートのテレサだ」
「テレサ」
サーベラーは眉を上げてその名を繰り返した。…我が君、次期大帝ズォーダー陛下の不敵な表情の下には、幾ばくかの不安が潜んでいる。これはなんとしたことか…。帝国随一の最高軍事指揮官として幾百もの銀河大戦の陣頭指揮を取り、羅刹のごとく宇宙を駆抜けてきた傑物が、まるで「触らぬ神に祟りなし」とでも言うかのようだ。我が君は、あの女を恐れておられる。…なんということ……
「…本星へ向けて発進しなさい。帰還します」
操舵手に命じ、サーベラーはギリ、と唇をかんで横目でテレザートを見おろす。
——テレザートのテレサ。……このままにはしない。
ズォーダーが立ち去ってしばらく後、気を取り直したテレサは「白色彗星」の詳細を調べることに没頭した。
(……なんて…非道い民族なの)
父ハールが昔、途方もない遠方へ通信を送り、彼方からその返信を受け続けていたことを断片的に思い出す。その一部は、白色彗星ガトランティスに関するものだったのだろう。今なら容易に推測できる。
彗星帝国ガトランティスは非道な帝国だった。
その進路に立ちふさがる惑星・恒星はすべて破壊し、基地として利用価値を見いだせば圧倒的な武力で急襲し制圧する…その隷属国となり劣悪な環境で奴隷として繋がれている人々が、アンドロメダ星雲方面には無数に存在するのだった。
(テレザートが…もしもまだ健在であったなら…)
バラスとフリーヴズの2つのキャルヴは、銀河系中心部を統べるボラー連邦、そして伝説の巨大軍事国家シャルバートにも並ぶほどと称される科学力、軍事力を備えていた。
テレザート……この星はガトランティスにとって、そもそも脅威となるはずだったのだ、国家間戦争による自滅の道を辿りさえしなければ。(…そして、私が……滅ぼさなければ……)
あの彗星の暴挙は、本来はここで…、このテレザートで食い止められたかもしれぬものであった。
テレサはまたもや、忘れかけていた罪悪感に苛まれる。
(いいえ……違うわ。この力は、2度と使わない……! 例え悪魔の星が宇宙を席巻しようと、それを私が滅ぼすことはできない。…あの星にだって、罪のない人々が暮らしているのだもの…)
では、何が…、一体何が出来る?
テレサは彗星の軌道をメインコンピュータのデータベースから探し出し、通信室のディスプレイスクリーンに投影した。
こちらへ向ってひた走る巨大な天体。それは今、アンドロメダ星雲の外縁にさしかかる所である。想定される速度は天体としては破格の高速だが、このテレザート空間へ到達するにはあと数年かかると思われた。しかし、その軌道上には、幾つかの文明を持つ惑星が存在する………
自分の<祈り>は、一体どの程度の距離までとどくのだろう?確かな事は解らないが、少なくともここから最短距離にある惑星には必ず届くはずだ。
(あの彗星の軌道上にある文明を持つ惑星は2つ。…イグドラシル……、そしてヴァルキュリア)
ただし2つとも、文明の程度はこのテレザートに較べればたかが知れている。あの帝国に立ち向かうだけの力は、ないかもしれない……けれど。知らせなくては。今なら、まだ間に合う。武力を蓄える時間も、脱出するだけの時間もあるはずだ。
<…私はテレサ。テレザートのテレサ。…この通信を受け取ったら、一刻も早く立ち上がってください…>
返信があり次第この場所を知らせるため、テレザート星の空間座標をもう一度確認する。科学者だった父から与えられた高度な知識のおかげで、テレサは幾種類かの星の言語で会話をすることが可能だった。もちろん宇宙空間での3D座標や、基本的な宇宙共通の航海用語なども理解する。もとより、イグドラシルにせよヴァルキュリアにせよ、近隣宇宙に存在する文明惑星に関しては、その星での主要な言語や用いられる数の概念は宮殿のメインコンピュータに記憶されているのだ。
——だが、数日してもイグドラシルからもヴァルキュリアからも返答はなかった。
テレサは諦めず<祈り>を送り続けたが、次第に自分の行為に虚しさを覚えるようになった。時には<祈り>の周波数を変え、別の方角へ通信を飛ばしてみることもした。
だが、宇宙のどこからも彼女の<祈り>に応える声は上がらなかった…。
通信を受けるだけの科学力もないのだろうか?それとも、言葉が通じない…?戦うだけの軍事力がないのか…?ならば、せめて脱出を…!!
だが、テレサは知らなかった。
イグドラシルには、テレサの<祈り>が届いていた。イグドラシルの支配者たちは、テレサからの通信を傍受し解析したが、星を捨てて脱出することも戦うことも、己の持てる科学力では到底及ばぬことと判断し、人民への発表を控えたのである。その星に住まう人々は、滅びに直面するその日まで、彗星の接近を知らぬまま…平穏な日々を過ごしていた……
4年後、第11の月。
ひどい頭痛に起こされたテレサは、見えない力が導くままにフロアの大きなディスプレイ・スクリーンのスイッチを入れた………
サイコキネシスによる念写は、通常通信の速度をはるかに上回る。距離に由来するタイムラグは殆ど生じない。
…そこには、巨大な彗星に飲み込まれ、粉々に砕けて行く惑星イグドラシルが投影されたのである。
唐突に、通信機から微弱な音声が流れ出た。途切れ途切れのそれは、今まさに破壊されんとするイグドラシルからのものだった——
<こちらは…イグドラシル中央天文台……危機を…知らせてくれて…謝します……逃れることは叶いませんでしたが……テレザートのテレサ、…あなたのご武運…心より……>
テレサの通信は傍受されていたのだ。危機を知らせてくれたこと、テレサの努力が無駄ではなかったことをせめて知らせたいと思った、誰かの残した最期のメッセージが、テレザリアムの交信機に微かに入ってきたのだった。
(ああ…また…喪ってしまう……)
せめて返信を。
——だがそれは間に合わなかった。
言い様のない哀しみに、床にくず折れる。
モニタに乱れた、父の最期の姿が再び脳裏に浮かび、イグドラシルの砕け散るイメージと重なった……
自分は決して非力なのではない。助けたい……救いたい。
けれど。
彼らのためにこの力を使うことは、事実上できなかった。
テレザート滅亡の瞬間に聞こえた、断末魔の苦しみ、呪いの声。女性の声、幼い子どもの声、老人の声が……再び繰り返される——
だが、立ち止まって涙を流している時間はない。
彗星の進路上に残されたもう一つの文明星ヴァルキュリアは、あと230日で滅亡の日を迎える……。
(お願い、答えて…!)
電波の波長を変え、テレサは新たに<祈り>を送り出した。
しかし…
テレサの必死の呼び掛けも虚しく、惑星ヴァルキュリアは抵抗の末ガトランティスに占領され、奴隷星となってしまった。イグドラシルのように破壊されなかっただけでもましなのかもしれない……けれど、軌道を変えられ天変地異を来たし、人民を彗星帝国都市へと移動させられたその星は、もはや元の惑星ヴァルキュリアではなくなっていた。
テレサの心には時折、呪いの叫びが届く。
<テレザートのテレサか!彗星が来ることを予め知っていたのなら…なぜ、我々を救ってくれなかった……!!>
ヴァルキュリアの民は、無惨にも蹂躙され引き裂かれていった。男たちは他の植民星へ荷役として送られ、幼い子ども、老人、身体の不自由な者、妊娠している者は殺された。その他のものは彗星内部の都市帝国へ連行され、死ぬまで部品として働かされるのだ——それが生き残った人々の末路だった。生きながら彗星のガス体に砕かれるのとどちらが良いかと問われても、その愚問には答え様が無い。
あの男の高笑いが聞こえたような気がした。
——我が力にひれ伏せ!お前がどうあがこうと、私は己の意のままに突き進むのだ……!——
<今…私たちの……最大の危機が……もう…時間がありません…………巨大な……銀河系に迫っています……一刻も早く…誰かが……立ち上がって……>
西暦2202年、10月10日。
そのハイパーウェーブ通信を傍受した地球のコンピューターは、直後にすべてがオーバーロードにより停止してしまった。宇宙を航行中の船舶、また金星エネルギー集積転送基地にも影響が出、全地球的規模での停電が起きる始末だった。
「すごいエネルギーだ!回路の中を駆け巡っているぞ」
配線を引きちぎらなくてはならないほどの負荷。
一体、誰が、どこからこんな電波を送って来るのだ?!
★やっと「2」の1話まで辿り着いたぞ(w)。