Original Tales 「碧」第一部(6)


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 彗星は傲岸不遜に着々と、テレザート星域に接近しつつあった。テレサの意志はともかく、彼らはテレザート星をも蹂躙するつもりだ。テレサにとって、それが故郷の最期であることは受け入れるに難くない運命だったが、彼らが更にその先へ、新たな標的を定めていることは許容し得ない事実だった。


 彼らの次のターゲットは、アスガルド…その星の言葉で言えば<地球>。
 その美しさは銀河系随一とも言われる。緑と水の豊かな惑星。
 彗星から地球までの距離は約50万光年、観測される現時点での速度では、ほぼ277日で到達してしまう。
 彼らは……答えてくれるだろうか?

 テレサは交信機の前にひざまずき、地球へ「祈り」を送り始めた。
 

                 


「大帝、テレザートから地球への発信と思われるメッセージを傍受しました!」
 ズォーダーの執務室に、彗星帝国参謀補佐官ラーゼラーが足早に駆け込んで来る。なにごとかとソファから腰を上げるゲーニッツ遊撃艦隊司令長官を一瞥し、大帝ズォーダーは悠然とその手に持ったグラスに新たな酒を注がせた。ボトルを傾けつつ、美しく着飾った帝国総参謀長サーベラーは目を細め、囁いた。
「…テレザートのテレサ…。放っておいてよろしいのですか、大帝」
「我々が簡単に手を出せぬただ一つの星…いや、ただ一人の女、テレサ……やつが動き出すことはとうに解っていた」
 口の端に不敵な笑いを浮かべ、注がれた蒸留酒を一口流し込む。
「妨害電波を流して地球との連絡を防いでいたのですが、とにかく僅かな隙をついて強力な力で…」
「放っておけ。たかが女一人のやることだ」大帝は小心なラーゼラーを鼻で笑った。
「あれは反物質を使う女です。放っておいてはためになりません」
 眉をひそめて諌めにかかった女総参謀長の横から、低い声がそれを制した。
「…いや……サーベラー長官。私も大帝に賛成だ。テレサからの通信を受ければ、きっと地球は動き出す。…その先頭に立つのは…ヤマト。私はむしろ、それが楽しみだ」
 サーベラーがムッとして睨みつけた先には、君主と同じグラスに紫色の蒸留酒をたたえ、ゆっくりとそれを堪能している優美な姿があった。大帝は、金色の髪をした友なる戦士を眺めやり、不敵な笑みを浮かべる。大マゼラン星雲屈指の武人と噂の高いその男を黄泉の淵から引き戻したのは、他でもない大帝ズォーダーであった。

 もうすっかり、身体の方は回復したようだな…。
「デスラー総統、ヤマトは君に任せよう。好きなように料理したまえ。我が帝国の望みは、地球そのものだからな……はっはっはっは…」
 サーベラーは眉を上げただけで、何も言わなかった。
 (デスラー…。歴戦の勇者との噂は高くとも、お前のような外様侍に何が出来るというのだ。大帝はどうやらお前をお気に入りのようだけれど、ほんの少し前、お前はそのヤマトに祖国を追われたばかりの敗軍の将ではないか。せいぜい、ヤマト相手に得意の兵術でも披露するがいい。お前は我が彗星帝国の奏でる<侵略>という名の荘厳な交響曲の、粗末な前座に過ぎぬのだから)

 

  




 テレサが<祈り>を銀河系方面太陽系第3番惑星へ向って送りはじめてから、また数日が過ぎた。地球からは、やはりなんの応答もない。
(…妨害電波……?)
 地球に自分の通信を受け切れるだけの設備がないのか、とも考えたが、どうやらそればかりではないらしい。ここテレザートと地球との間のどこかで、電波妨害が行われているのだ。こんなことは、今までになかった。彗星帝国は、私からの通信が地球へ届くのを、なぜ妨害しようとするのだろう? イグドラシル、ヴァルキュリアに対しての私の警告は、まるで無視していたというのに。



 ある日、テレサはまたもや唐突に、テレザートの惑星外殻へ降り立つ多数の意識を感じ取った。
(……また誰かが…この星に)
 サイコキネシスによりスクリーン上に投影された映像には、蟻の群れのような無数の兵士の姿があった。その数は膨大…彼らは大小無数の戦艦から惑星表面に降下し、岩陰に建物を建設し…、地底都市にも進入して来た。
 ガトランティス・テレザート星守備隊突撃格闘兵団ヘルサーバーを率いる、ザバイバル将軍の一個師団。
 兵ばかりではなく戦車、ミサイル砲塔が運び込まれ、前哨基地が次々と建てられて行った。一体何の到来に怯えているのだろう? 彼らはテレザートの各地を忌まわしい施設で埋めようとしている。

 彼らの通信に耳をそばだてているうちに、この前哨基地が何のために作られているのかが分かって来た。どうやら彼らは、テレサの通信を受け取った地球人が、この星へやって来ることを想定しているらしい。
(…地球は彼らにとって、それほど手強い相手だというの…?何が彼らをここまで警戒させるのかしら…)



 一方上空には、毛色の違う艦隊が結集していた。……ガミラス帝国残存部隊。率いているのは……総統、デスラーだった。
(…大マゼラン星雲太陽系サンザー第8番惑星ガミラス。帝国総統、デスラー……)
 父のデータベースにあったその武将のプロフィールはガミラス本星滅亡前のデータであるが、それにしても壮絶なものだった。寿命の尽きたガミラス星から移住するため、彼らはアスガルドに狙いを定め、侵略を開始した…だが、父のデータベースには記録されていない何事かが起き、ガミラスは地球に破れたのだ。
 ——ガミラスを破ったのは一体、何だったというのだろう…?

 今やデスラーとガミラスは彗星帝国の一遊撃部隊に身をやつしている。デスラーと共に配置されているらしい彗星帝国の将との通信を傍受すると、彼らが<ヤマト>を警戒し待ち構えていることが伺い知れた。
(ヤマト…?)
 <ヤマト>とは、戦艦の名前のようだ。だが、彼らの通信を聴いていると、それはただの戦艦ではなさそうだった。
 驚くべきことに、彼らは“<ヤマト>がここへ来る”と考えている。太陽系にも彗星帝国の艦隊は展開されているだろうに、…それではその<ヤマト>は、その包囲網すら突破してくると、そういうことなのだろうか。この大仰な人員の配置、運び込まれた兵器・戦艦・戦車の数。これほどまでに警戒される船<ヤマト>とは、一体どんな船なのだろう……?
(地球へメッセージを送るのは…危険かもしれない)
 テレサは不安になった。仕掛けられた罠の中へ、私が<ヤマト>をむざむざと呼び寄せてしまうことになりはしないだろうか…?
 その不吉な考えに、しばし躊躇する——だが、もう遅かった。
 すでに幾度か、この星の所在を伝えるに足るほどの強力な電波メッセージを発信してしまっている。「来ないで」と伝えたくとも、それすら敵のジャミングによって阻まれるだろう。



 <ヤマト>は…大丈夫なのだろうか。彗星帝国だけではなく、かつての敗残国の将も彼らをつけ狙っている。テレザート上空に展開されているのは、大艦隊による半月陣……、たった一隻を迎え撃つための配備にしては途方もない規模だ。
 だが、ひるがえせば、たった一隻の船にここまで警戒せざるを得ないというのは、その船が…何か底知れぬ強さを持っているからなのではないか…? 

(ただそれでも…、私に出来ることは…立ち上がって、戦いなさいと…伝えることだけ…。彼らにガトランティスの脅威と、その目的を知らせることだけ……。)

 <ヤマト>にそんな力があるのなら、せめて私より穏当な手段で…あの彗星の暴挙を止めて欲しい…。そう思いはするが、彼らの行く手に待ち構えている困難を思うと、呼び寄せてしまうことを後悔せずにはいられなかった。


 とても敵わない。1隻では、とても…。


 肝心の<ヤマト>は、地球を発ったのだろうか。テレザートを包囲するように仕掛けられた無数の罠は、そのことを意味する以外にはないようにも思えた。だが、一向に地球そのものからの返答も、<ヤマト>からの返答もない…。
 彗星帝国の人々は、私が地球人に奇跡を授けるとでも考えているのだろうか。日増しに電波妨害は酷くなる。だが、とにかく、祈りを送り続けるしかない。

 

                    *


 その頃、テレサからの謎のメッセージを傍受したヤマトの乗組員たちは、「信憑性なし、調査の必要を認めず」という防衛会議の決定に逆らい、改良の終ったヤマトで地球を強行発進していたのだった。
 地球各地にあるスーパーアンテナを備えた天文台には、テレサからの不鮮明なメッセージに加え、地球へ真っ直ぐに接近して来る謎の天体が捉えられていたが、この時の地球市民は誰一人、そのことの真の意味、そしてそれが孕んでいる恐るべき危機に気づいていなかった。


 十数日後……
 太陽系第11番惑星がついに敵と思われる大艦隊に急襲されるに至り、初めて地球連邦政府はこの危機的な状況に注目した。やはり、ヤマトは正しかったのだ。
 彼らは改めて謎の敵とメッセージの解明へと、乗り出したのだった。

 

  




(……彗星帝国の…銀河系前衛ナスカ艦隊が、…壊滅……)


 テレザート上空の帝国艦隊ゴーランド旗艦へ送られてくる通信を傍受していたテレサは、その一報に驚いた。場所は太陽系の第11番惑星付近。ヤマトは本当に、たった一隻で太陽系に展開されている包囲網を突破したのだ。…ついで、その後方支援に当たっていたはずの第7遊動部隊・潜宙艇隊までもが全滅、との凶報が続いた。
 それ見たことか、ヤマトを甘く見た報いだと咎めるデスラーに対し、提督ゴーランドは僚友コズモダートナスカの失態を非難しただけで、不機嫌そうに通信を切ってしまった。どうやら、デスラーとゴーランドは共同戦線を張ってはいても、決して互いを同志として認め合ってはいないようだ。


 ゴーランドの通信が途切れた直後、ジャミングの電波が弱まっていることにテレサは気づいた。仲違いした大将同士に怯えた兵たちが、妨害工作の手をおろそかにしたとしても不思議ではない…
(今なら…届くかもしれない…!)
 この間隙を突いて、微弱な電波を<祈り>に乗せる。
<…もう時間がありません。この通信を受け取ったら、一刻も早くこちらへ向かってください。…私は…テレサ。テレザートのテレサ…>

 …数秒後。手応えがあった。「……!答えた…!」

 だが、それはごく微弱な電波だった。妨害されていなくとも、相手の発信器は信号をここまで飛ばせるほどの出力を備えていないようだ。
男の声が、必死に叫んでいた。
『…あんた、誰だ?どこから喋ってる!?…こちらヤマト!…』
 男の声に、テレサは驚愕し目を見開いた。


 ああ、ヤマト…!!
 ヤマトだわ!本当に、彼らがやってきた……!

 「来る」と分かってはいても、本当にその名を名乗る者たちからの通信を受けると感慨もひとしおだった。だが、デスラーとゴーランドの仕掛けた罠の中に、彼らを呼び込んでしまうことだけは絶対に避けなくてはならない。
<ヤマト…!早くここへ!テレザート星は、あなた方の位置からおよそ12万宇宙キロ、途中に3ヶ所、障害物があります!>
 だが、その通信の届かぬうちに再び妨害電波が復旧し、通信は遮られてしまった。
 しかし、少なくともこの星のおおよその方角は判明しただろう。残念なのは、このテレザリアムからは移動を続けるヤマトの位置をまだ正確に補足できないことだ。AIにはヤマトの情報がインプットされていない…サイコキネシスによる念写は、テレザリアムのAIによって増幅されるため、情報のまったくないヤマトという存在をモニタに映し出すことは不可能なのだ。


(…でも、もう少し近くまで来てくれれば、彗星帝国の通信衛星を“覗く”ことが出来るわ…)
 まだヤマトには、私が誰なのかも伝わっていない。
「あんた、誰だ!?」男の声は、必死でそう叫んでいた……
 どうか、焦らないで。
 できるならヤマトをここまで呼び寄せず、すべてを通信で伝えてしまいたかった……この空間は、危険すぎる。


 テレサは部屋中のディスプレイスクリーンをすべて作動させた。一つには上空のデスラー艦隊、もう一つにはゴーランド艦隊。そして、手元のパネルにはナスカが配置して行ったと思われる、ガトランティスの監視衛星からの情報が反映された。この監視衛星がヤマトを補足すれば、必ず彗星帝国へ情報を送る。そして同時に、ここへもデータをもたらしてくれるはずだ。


 
 ヤマトに通信を届けたい一心から、寝る間も惜しんで通信機を前にしていたテレサは、ふとあることに気づいた。


 ゴーランド艦隊から発信される妨害電波は、ある一定の時刻に弱まる、もしくは完全に途絶することがある。その理由は定かではないが、おそらく機器の調整や点検に要する時間のためなのかもしれない。テレサの<祈り>を妨害するとなれば、終始最大出力でジャミングを続ける必要があり、それに伴って消耗する機器が続出しているのだろう。日に1度、必ず作られる空隙をテレサは見逃さなかった。

 

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(★ ここまででやっと「ヤマト2」1話から7話まで。ずっとテレサ視点なので、あの伝説の(w)海中からの発進(4話)も、手動操縦のヤマトで島がアンドロメダを引き離すシーン(5話)も、相原をぶっ飛ばして通信を乗っ取るシーンもありません(爆)。ちなみに、ここの島の台詞「あんた誰だ?!どっから喋ってる?!」が、7話の潜宙艦のお話(あれって、「3」でフラーケンが率いてたスペース・サブと同じかな?)で、相原をぶっ飛ばして通信機を乗っ取ったときの台詞です(w)。

この先、ようやく、ヤマトサイド、デスラーサイド、彗星帝国サイドと場面があちこち飛ぶようになります)