Original Tales 「碧」第一部(4)


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 <テレザリアム>は、それが元位置していた場所……保護区の岩山の鍾乳洞の奥にひっそりと戻っていた。その場所には、父が娘を守るために施した、外部からの進入を防ぐ門が設えられていた。

 一番外側は丹念に調べなくてはゲートとは判らないただの岩盤。そして、その内部には2重に設置された防護シールドのゲート。テレサは宮殿そのものをテレポートさせ、ゲートはそのまま温存して内部に戻った。この大伽藍のような鍾乳洞自体も、改めて見れば天然のものではなく…父と母の手になる愛情深い贈り物だったのである。深海の底のようなその世界で、テレサは外界との接触を拒み独りひっそりと暮らした。


 だが、ある日突然訪れたその「自我」は、テレザリアムのすぐそばまで、ずかずかと入り込んで来たのだ。

 



 鍾乳洞の入口を隠している岩盤のゲートが、突然衝撃とともに吹き飛んだ。
(…誰?!)
 テレザリアムに居ながらにして、テレサにはそれが判った。傲慢な、尊大な、それでいて精悍な…強い自我を持つ何者かが、このテレザリアムに近付こうとしている。

<……あなたは…何者です……?>
 監視カメラなどはなくても、サイコキネシスによりテレサは鍾乳洞内外の様子をモニタに念写し投影することができた。
 強烈なオーラを放つその男は、白い歯を見せてにやりと笑った。緑褐色の肌に銀髪の、逞しい戦士である——彼は片手でロケットランチャーをぶんと一振りし発射口からたなびく硝煙を消すと、声の主を捜して周囲を見回した。
「私はズォーダー、白色彗星帝国ガトランティスより来た。…あなたが…反物質を操る、この星の女王か」

(…白色彗星帝国ガトランティス…?)


 テレサは眉をひそめた……初めて聞く星の名だった。一体、彼は何をしに……ここへ?
 それにしても、その男の強引な振る舞いに怒りを覚える。第一私は女王などではない。
<…私は、テレサ。テレザートのテレサ。この星を統べる者ではありません>
「ほう、テレサか…。美しい名だ。たった一人で破滅した星に棲む勇気あるあなたを、女王と呼んだのはお気に召さなかったようだな……」男はそう言って、高笑いした。「一人でおられるあなたに対し、大軍を率いて来訪するような無粋な真似は控えた、とでも言っておこう」
 テレサは不安に駆られた。
 この男は、ガトランティスの位の高い軍人…? 高慢な、自分の上には何者も君臨し得ないと言わんばかりの態度。父のデータベースに収められていた、王や女王と呼ばれた人々に関する文献を思い出してみる。こんな風に威圧的な相手に、どう対峙したらいいのだろう? それも男性など、父以外に接したこともないテレサである……
 小声でAIに尋ねる…「白色彗星ガトランティスって、何なの?」
 ややあって、コンピュータは小さなエラー音を立て、解析不能、のシグナルを表示した。「そんなはずはないわ…」
 しかし、続いてコンソールパネルに流れた文字を見て、テレサは戦慄した。この情報は、本来ならばあと数ヶ月先、彼女の19の誕生日に開示されるはずのものであり……しかも重要度・危険度においては第一級のハザードデータだったのだ。
 <——白色彗星帝国ガトランティス……約200年の周回軌道を持つ人工の移動天体。表面は高温の発光ガス体に覆われ、内部に巨大な都市帝国を持つ。移動速度は50から200宇宙ノット。これまでに進路上にある数万の文明惑星が侵略され大半が壊滅に至っている——テレザート暦3302年第6の月、24日頃、テレザートへの最接近を予定——>
 
 なんですって……!?

 テレザート暦3302年第6の月、24日頃。…あと数年足らずで、その移動天体がここへ……やって来るというの?
「…どうしましたかな。中に迎え入れてくれるつもりがないのなら、本意ではないが実力を行使するまで」
<……お待ちなさい>
 再びロケットランチャーを構えたズォーダーを、テレサは制止した。
(なんて傲慢な……!)
 こちらからの攻撃の手段はない。必要とあらば、テレザリアムごとテレポーテーションして逃げてしまえばいい……だから、防御する必要もなかった。だが、父の残した守りのゲートをこれ以上壊されてはかなわない。
 仕方なく男の要求通り、閉ざされたゲートを順に開いて行く。
 銀髪の戦士は大股で、招かれた回廊へと足を踏み入れた。鍾乳洞の入口内部は暗く入り組んでおり、行き止まりにも見えるほど大きくアップダウンしていたが、暗視ゴーグルでもかけているのかまったく躊躇することなく進んで来る。


 ついに、男は地底湖の畔に立った。
 ほう…、と大伽藍の殿堂を見渡し、その中空に浮かぶ蒼い要塞を見上げる。
 テレサは、恐る恐る男の姿が見える窓辺へ歩み寄った。

<……ズォーダー。私に何の用です>
 男を一目見て、テレサは察した。
 あれは、一瞬たりとも気を許せる相手ではない。
 間近で見る男の表情は、かつて見たことのないものだった。……力で他者をねじ伏せる、支配者の目、とでもいうのだろうか。戦慄と共に、テレサはその表情の中にある男の欲求を読み取った。
(彼の望みは……そうか)
 ——あの男の狙いは、私の…<力>だ。
「お招き頂いて光栄だ、テレサ。…しかしこの私を、こんな水辺に立たせておくつもりかね…?」
<……これ以上、私の宮殿に近づくことは許しません>
 ピシャリと言った。内心ひどく怖じ気づいていたが、それを気取られてはならない。緊張のために、握りしめている指の関節が白くなる。この男は危険だ。気圧されれば、何をされるかわかったものではない。無表情を装い、テレサは大帝ズォーダーに決然と対峙した。
「…ふむ。これは手厳しい」ズォーダーは少しばかり不服そうにそう言ったが、彼もそれ以上圧力を加えることは出来ないと判断したのだろう。抱えていたロケットランチャーを背中のホルスターにざっと固定し、あらためてテレザリアムを仰ぐと、声高に呼び掛けた。
「テレサ。単刀直入に言おう。我が帝国と同盟を結ぶことを、私はあなたに提言しにきた」
(同盟……?何のために…?)
「我が白色彗星帝国ガトランティスは、数万年の歴史を持つ超宇宙国家である。我が帝国は、アンドロメダからこのテレザート星域を通過し、銀河系へと向かう途中なのだ。あなたの能力については聞き及んでいる。…反物質を、使うそうだな」
 …この星域を通過…?
 一瞬、男の言わんとしていることが見えない。
「我が大帝星の同盟国となれば、この星に手出しはせぬ。…いや、むしろ我らとともに大宇宙の覇者となるのも、一興ではないかね…?」
 テレサの眉が吊り上がった。なんという馬鹿げたことを…!私に、侵略の片棒を担げというの…!?
「……我が帝星の進行速度は平均150万宇宙マルテ、彗星の直径は8800キュリア、このテレザート星の約2倍。…それがどういう意味かお分かりかな」
 ズォーダーの言葉に、思わず身体が震える。……テレサは握っていた両手をもみ合わせ、ズォーダーから見えないように手の甲に爪を立てた…同盟を結ばなければ、この星を踏みつぶす…彼はそう言っているのだ。
 恐怖と怒りの綯い交ぜになった感情が唇を震わせるが、幸いなことに声は凛として出てくれた。
<お断りします。…あなたの言っているのは、取引ですらありません。脅しです。…違いますか、ズォーダー>
「…ほう、私があなたを脅迫していると…?…はっはっはっは…」
 いかにも面白いことを聞いた、といわんばかりにズォーダーは高笑いした。嘲笑が耳障りな波動となって、湖を渡る…
 しかし一瞬後、ズォーダーの緑褐色の顔がにわかにどす黒くなり、その三白眼が不気味に光った。「それはいささか、心外ですな……」
 気圧されそうだった。この男は、おそらく歴戦の勇者だ。自分には想像もつかない修羅の世界をかいくぐってきた戦士だろう。自分の倍は年齢を重ねているであろういかつい姿、不敵な笑いに歪む口元、ぎらついた眼。その獰猛な表情に、思わず身が竦む。このまま対峙し続ければ、自分が怯えていることを気取られてしまう…。震える身体を抑え、きっと男を見返すのが精一杯だった。
「こんな地の底でたった独り…淋しくはありませんかな? 同盟を結んだ暁には、我が帝星にあなたを客人としてお迎えすることも吝かではないのだが…どうかね」
(……?)
 今度は懐柔しようとしている。どうやら、この男…一廉の武人ではあろうが、テレザート壊滅にまつわる「反物質」の噂を恐れているらしい。テレサの高飛車とも思える態度に苛立ちを隠せないのは見てとれるが、それ以上手出しをしようとはしない。この緊迫した心理戦に勝つためには、ここで押し負けては駄目だ…。


 テレサは表情を変えず、厳かに言い渡した。
<立ち去りなさい。私は何があっても、どの星にも味方することはありません。同盟など、私は結びません>
「フン……愚かな小娘だ……」
 ガトランティスの大帝は眉を上げ、にやりと笑った。反物質を操るという噂が本当であれば、この私を阻止してみるが良い。背中のロケットランチャーをやにわに引き抜き、テレザリアムを狙ってトリガーに指をかける——
 その刹那。
 眩い光芒がズォーダーの眼を射抜き、前頭葉を嬲るように駆抜けた。
「うぐあっ」
 彼が手にしていたロケットランチャーが宙を飛び、湖水にボチャンと落ちる……ランチャーの銃把を握っていた彼のガントレットの掌が赤く焼けただれていた。ランチャーの落ちたその一帯の湖水が、まるで間欠泉の噴射口のように煮えたぎっているのに気付き、ズォーダーはひいいっと喉の奥で叫び、後退さる。
 驚きわななく彼の眼に、テレザリアムのバルコニーの中で燦然と輝く光を身に纏い、高く上げた右手を今にも振り下ろそうとしているテレサの姿が映った。
「……や…やめろっ……!」
 慌てふためく彼の姿には、歴戦の猛者の面影は微塵もなかった。武器を拾いもせず転がるように暗い鍾乳洞の中へ走り込むその姿を見て、テレサはふう、と安堵の溜め息をつく。彼の姿が消えたと同時に、膝が震え、がくりと床にくずおれた。


(……安心なさい、大帝ズォーダー。私はどの星間国家にも肩入れしません。あなた方にも、あなた方に敵対するものにも…。2度と……戦うことはない、そう誓ったのですから)


 恐怖に引きつるズォーダーの顔は、滑稽ですらあった。自分があの無頼漢に迫力で勝ってしまったことにも心底驚いた……ただ、たった一言……懐柔策だと判ってはいても、彼のあの言葉には、ほんの少しだけ、惹かれた自分がいた。


 ……あなたを客人としてお迎えすることも、吝かではない……

 ズォーダーのそのひと言だけは、テレサの心を動かした。彼女は何年も、誰とも話すこともなく…過ごしてきた。言葉は喉に張り付いて、上手に出て来ない。笑顔をどうやって浮かべるのか、その方法さえ忘れてしまいそうだった。それなのに、哀しみだけはそれを表現するのに不自由しない。
 誰かと微笑み合い、楽しく語り合ったのは、一体何年前のことだろう。その最後の記憶はやはりこの場所だった……お父様、お母様と過ごした、短くて、でもとても幸せな時……。
(誰かと…話したい。私を理解してくれる、誰かと…)
 強大な<力>を持ちながら、誰のためであれそれを行使することが出来ない、呪われた女。——だが、こんな女を理解し、共にいてくれる人など……どこにも居るまい…。

 

 

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