Original Tales 「鎮魂歌」(6)

 

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うん。
 …古代は深く頷いた。
「あの人は言ってた。ヤマトからテレザートへ戻る時に、こう言ってた。…愛し合うということは、一緒にいるということばかりではない、って。だけどな…」
 最期の時。そう言っていたはずの彼女は、まったく正反対の言葉を残して行ったんだ。


 ——島さんと一緒に、あの美しい地球で私は生き続けることが出来る、
と。…だから自分は幸せなんだ、と。


「お前の身体の中で…一緒に、って」
 古代の頬を、また一筋二筋、涙が伝う。島と一緒に居たかったであろうテレサの事を思うと、古代は泣けて泣けて仕方が無い。
「……泣くなってば」
 島は振り向いて古代の肩を掴み、苦笑する。
 べそをかいている古代を抱きしめて慰めてやるつもりなど、微塵もない。早く泣き止め、とその肩をぱんと叩く。

(…俺と一緒に……か。だけど本当の所は…何も、分からないよな…)
 そうして両手を開き…じっと見つめた。



(テレサが…何を思って俺を助けたのだとしても…)
 はっきりと分かっていることが一つだけある。


 
 それは…俺が、きみを…愛してる、っていうことだ。


 俺は…何日きみと一緒にいたんだろう?…3日か、5日か…?
 その間、ずっと…テレサは俺を介抱してくれていたのだ。

 きみは…俺の手を…握ってくれただろうか。
 俺を、抱きしめてくれただろうか。
 キスを…してくれただろうか。
 一緒に居られることを、嬉しいと思ってくれただろうか…。

 涙顔の古代には目もくれず、島は目を細め、じっと両の掌を眺め続けた。

 



                *



「……古代くん」
「古代さん!」
 ナース・ステーションで、雪と相原が気を揉んでいた。古代は洟をすすると、雪に頼み込んだ。
「朝まででいいから、一人にしてやってくれないか、あいつを。すまんな、相原」
 ああ、心配ない。一人にしたからって、物騒なことを考える奴じゃないから。
「いえ…いいですよ」…僕も歯ぎしりから解放されますし。
 そんな憎まれ口しか、相原は利けなかった。

 ——島さん、人前じゃ…絶対泣かないんだから。
 
 それが、解っているからだった。




 




 その1週間後。

 島大介と相原義一は揃って中央病院を退院した。
 島は、すっかり以前の彼に戻っていた。出迎えた古代の両手を力強く握り返すその表情に、翳りは無い。

 あの戦いでの生存者19名が一同に会した英雄の丘には、当然ながら…彼女の像は無かった。

 だが、我々が生きている限り…彼女の魂も共にここに在るのだろう、と古代は思う。黙祷を捧げる島が、皆よりほんの少しだけ遅れて顔を上げたのを目の端にとらえ、古代の記憶も一瞬、切なく過去に溯る。


 テレサは古代を、こう諭した。彼があの時特攻を思いとどまったのは、彼女の言葉のおかげだった。
『生きて——還ってください。この戦いを次の世代に語り継ぐため、死んで行った人たちの命を、引き継ぐために…』

 ——生きて、還れ。

 彼女の愛によって生を受けた、それが俺たちの使命なのかもしれない……

 ——使命…?
 いや。
 そんな格好いいものじゃない。

 どんなに汚れても、惨めでも。生に縋れ、生き延びろ。彼女は俺たちに、そう言っているのだ。

 





 聳え立つ青銅の輝き。陽光に煌めく巨体を天に仰ぎつつ、クルーたちは再びヤマトのタラップを昇る。この船に吸い込まれて行った、無数の戦士たちの祈りと生への執着を、全身全霊で纏う資格が俺にはあるか。血反吐を吐いても生き延びる、その覚悟が俺にはあるか。そう常に自問する。そして、その覚悟を持つ奴だけを…この船に迎えよう。

 大勢の新人乗組員を眺めやり、古代は第一艦橋で微笑んだ。

 煌めく陽光の差し込むキャノピーを背に、新人の掛ける操縦席の横に立つ島が、こちらを見て同じように笑っている。

 逆光を浴びた島の身体は、まるでテレザートの女神が放つかのような、穏やかな光を纏っていた。——彼女も、ここに…俺たちと共にいるのだ。……古代はそう感じる。


 生かされた俺たちの、これが…新しい第一歩だ——

 



 ——2202年夏。
 宇宙戦艦ヤマトは、新たなる旅へと旅立った。

                                                                            < 了 >
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