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ヤマトは現在、古巣の防衛軍海底ドックで改修工事を受けていた。驚いたことに、半月後には訓練航海へ出ることが決まっているのだと言う。
その話は、点滴バッグを換えに来た雪から聞いた。
「あなたと相原くんにも、辞令が降りてるのよ」
雪が苦笑してそう言った。「島くんは航海長、相原くんは通信長。防衛軍の少年宇宙戦士訓練学校の新卒がたくさん、ヤマトにやってくることになっているの」
「冗談だろ」まだ半病人だぜ,俺たち…?
島と相原は、顔を見合わせて肩をすぼめる。
復興へのプレリュードとして、連邦政府はヤマトとその乗組員を反逆者から英雄へと祭り上げた。彼らの起こした謀反は「決死の英断」と言い換えられ、それが次世代の若き少年訓練生の羨望を集めていた。事実、宇宙戦士訓練学校には応募人数の定員をはるかに超える入校希望者が詰めかけたという話であった。復興事業には多くの企業が貢献的に参入し、都市は見る間に活気づいた。病室の窓から見える街の様子にも、地球が凄まじい勢いで復興しているのが窺える。
「…うまいこと宣伝に使われたもんだ。連邦政府の狸親父どもめ…あれだけ妨害して来たくせにな」
起き上がれるようになった島は、ベッドの縁に腰かけ、窓の外を眺めながら不服そうに言う。
彼の手には、本物のクラシックサイフォンでいれたブレンドコーヒーのカップがあった。病室には、滅多に手に入らない天然物のコーヒーの香りが満ちている……この香りがなかったら、苛立ちは抑えられそうもなかった。
まともなコーヒーが飲みたい、とぼやいていた彼のために、南部が入手困難な本物のコーヒービーンズと、手動式のコーヒーミル、そしてほとんど骨董品ともいえる本物のサイフォンを届けてくれたのだ。部屋の隅に置かれたクラシカルな硝子の容器や器具を眺め、相原は爆笑する。
「豆から一杯いれるのに、どんだけ時間かかるんですか…。こんなの、一体どうするんですよ〜」
「そういうのが美味いんじゃないか。退院するときは当然家に持って帰るよ?」
「まったく、こりゃあ偉い年代物だな。…最新式より高価なんじゃ」
「うん、いやあ〜さすが南部重工」
「ていうか、ヒマじゃなきゃ使えないですよこんなの」
「俺たちヒマじゃないか、今」
島はにやにやしている。いや、彼は本気で、かなり嬉しかったのだろう。
午後6時。もうじき古代がやって来ることになっていた。
島と相原の病室には、休憩中の雪も来て、揃って古代を待っているところである。
艦長代理の古代は彗星帝国戦に関る様々な残務処理に追われ、今また新たな航海に向けて、てんてこまいの日々を送っているようだった。自身も怪我をしているにも関わらず、ろくに治療にも来ないのだと雪がぼやく。
「ああ、しかし久しぶりだ。まともなコーヒー…うまいだろ?」
「匂いは大好きなんですけどねえ」
「なんだよもう一杯飲めよ」
「いやあ、もう結構です」
相原は苦笑する。南部のサイフォンのせいで、島がしょっちゅう一緒に飲もう、と言ってコーヒーをいれてくれる。今も、古代にごちそうするのだと言って、彼はその用意をしていた。
サイフォンがコポコポと音を立ててゆっくりと琥珀色の雫を生み出している……
相原は、この香りは好きだったが、どうもコーヒーの味が苦手だった。
「刺激物なんですから、ほどほどにしてね」雪が苦笑してそう釘を刺す。はいはい、わかってますよ…と笑って、島はもう一口飲んだ。
「…でも、薬漬けだったから味覚が少し変になってたみたいだ。今は随分収まったけど、2・3日前までは何食べてもおかしな味がしてたもんな…」
「今なら雪さんのコーヒーも絶品、かもしれませんよ?」
「あーいーはーらーさんっ!?」
首を竦める相原に、雪がゲンコツを振りまわしてみせる。彼女も片手に島のいれたコーヒーの紙コップを持っていた。
島はあはは、と笑いながら、時計の代わりに窓の外へ視線を投げる。
古代、…遅いな、と思いながら。
窓の外には夕闇の迫る都市。陽光がすっかり落ち切り、ビルの端々には多彩なイルミネーションが煌めき始めていた。
「半月後にはまた出航か。……まったく、防衛軍も人使いが荒いぜ」
自分は、ヤマトの操縦桿を再び握れるのだろうか。筋力の落ちてしまった両腕に、重さ5キロのリストバンドを巻いて細々と鍛錬してはいるが、島は少々不安だった。最後の記憶は、あのデスラー艦に接舷しようとして艦首から突っ込んでしまった失態である。こんな半病人の俺が、新人の前でヤマトを以前と同様操れるんだろうか…。
頭の中で、島は思わず再度シミュレートを繰り返していた。
「くそぅ…。ワープアウト前に艦首を左に切る用意をしておくんだったな…」
「何の話?」
雪がその独り言を聞きつける。
島は、小ワープ終了と同時にデスラー艦へ接触した時のことをいまだに悔しがっていたのだ。
やむなく艦首を敵艦側面に突っ込んで停止し、波動砲を使えなくしてしまったことを。あの時はそもそも、ロケットアンカーを撃ち込みヤマトの右舷を接触させる予定だった。
「またあの時の話ですか?…結果的に上手く行ったんですからいいじゃないですか」
「あれが上手く行った、って状態か?」
呆れ顔の相原には目もくれず、納得できん!と島は首を振る。
「んま…、島くんたら」
島は右手をヤマトに、左手をデスラー艦に見たて、両者を動かしながらなおも続けた。
「…右舷にワープアウトすれば相手は左に逃げようとするのは当然だったんだ…。でもそのつもりで左舷に舵を切っていれば」
「…あれ以上上手くは出来なかったんじゃないかしら…」
「いや、やっぱりあれは俺の作戦ミスだった」
相原は肩をすくめてにやりとした。
雪さんがなんと言おうと、こうなると島さん止まらないぜ。……けど、これでこそいつもの島さんだ。
相原は,島のしつこいシミュレートにもう数回付き合わされている。だが、過ぎたことをくよくよするばかりではないところが島のいいところだ。
「ヤマト艦内の指示の伝達スピードも遅いんだ。俺が指示出して、機関部が受けて、それから機動、だろ…? 相原、艦内放送の通信速度を速くするには、何が必要だ?」
「…タキオンネットワークを艦内にもっとくまなく張り巡らせなきゃ。…伝声管を手に取って聞いてる時間がそもそも無駄なんですよ。もしくはフルオート導入?でも嫌がってましたよね、それは」
「俺はな、アンドロメダみたいなフルオートを否定してるわけじゃない。ある程度は必要なんだ。しかしその場合は…」
雪は目を丸くして二人のやり取りを聞いている。あっという間に、作戦室になっちゃったわね……。
でも、正直少しはホッとしたのだった。
相原さんも島くんも、いつのまにか回復して、頼もしい航海長と通信長に戻っているのだもの。
うーむ、と島は唸りながら腕組みをした。巨大な艦船を動かすには、「速度」が重要だ。コマンドを出すすべての速度が上がれば、守りも攻めもずっと早く確実になる。…改善策は…なんだ?
しかし、病み上がりの頭では、どうにも上手く考えがまとまらなかった。相原と島は顔を見合わせ、どちらからともなく笑い出す。
「…やめたやめた」
どうせ半月後にはまた、フルスロットルで飛ばさなくちゃならなくなるんだ。
窓外には街のイルミネーションが瞬いている。また幾つも、光源が増えたようだった。新しい建物が、どんどん建てられているのだ。瞬くイルミネーションをバックに、雪が微笑んでいた。
それを見ていた島の脳裏に、ふいにある光景が浮かび上がる。
——宇宙空間をバックに、ヤマトの上部デッキに走る雪の姿。
「そういえば、…俺はよく助かったな。バリアの解除されたデッキで被弾しただろう…、その辺までは覚えてるんだ」
「…えっ…?」
雪と、そして相原が同時にこちらを見た。二人の顔に浮かんだ逡巡に、島はまたもや違和感を覚える。
……なんだ?
「そ…そうだったわね。私のせいで、島くんを危険な目に遭わせちゃって」
「…?雪、君が助けてくれたのか?」
だとしたら、俺の面目は丸つぶれだけどな。君を助けようとして、逆に吹き飛ばされてたんじゃ…。そう考え、島は苦笑した。
——コンコン。
古代だった。
ノックの音に、病室のオートドアのロックを開け、雪が古代を招き入れる。
「…ああ、島!!随分良くなったみたいだなあ!」
窓際でコーヒーを片手に立っている島を見て、古代は嬉しそうに声を上げる。お、いい匂いだ。そう言ってから、手前にどんと置かれたアンティークのコーヒーサイフォンを見て、艦長代理は呆れたように吹き出した。
「これか、南部のお見舞いって」
すげえな、とそれを眺めつつ、青い士官服の上着を脱ぐ。やっぱり花より団子だよな、そう言って持って来た紙袋を相原に渡した。
「うわ、やった〜」中身を見て、相原が喜んだ。古代の見舞いの品も、“団子”である。こうくると焼酎か濁り酒が必要ですねえ、と相原が呟くのを雪が聞きつけ、憮然として言った。
「…何を持って来たのか知らないけど。…ここは病院で、この人たちは重症患者さんなんですからね、古代くん?」
食事制限特にしてない、って聞いたからさ、い、いけなかったかい?としどろもどろになる古代を見て、相変わらず尻に敷かれてんな、と島が笑った。
「古代は、もう怪我はいいのか?」
「ああ、俺は大したことなかったんだ。お前こそ、ホントに心配したよ…」
「そうみたいだな。バリアなしのデッキで被弾したら、下手したら宇宙の藻くずだ。誰かが見つけて連れ帰ってくれたのか、って今雪に聞いていた所だったんだよ」
そう言った島に、古代までもが妙な顔をする。
「……なんだ?」
島は、3人を見回した。
なんだよ、みんなして……またかよ。
この部屋に入った時から、古代の態度は妙によそよそしかった。
雪と視線を合わせるその仕草も、相原に送る視線も…それに応える相原の表情も。
古代が雪を見。雪はちらりと古代に視線を返し。再び俯いて言った。
「……古代くん。…説明しなくちゃ」
「なんだよ、おい。何を今さらそんな顔して…。説明って」
雪が、相原を引っ張って病室の外へ出て行った。
古代は、島のベッドの横へ持って来たスツールに腰かけた。まあ座れよと言われ、島もベッドへ腰かける。向き合うような形で、古代は覚悟を決めたように話を始めた。
「……ずっと、言わなくちゃならないと思っていたんだ。隠していたわけじゃない…」
何を?
「何か、哀しい知らせか……?」
…でも、仲間達の死、それ以上に哀しい知らせなんかないだろう。哀し過ぎて、心がもう麻痺しているくらいだ。哀しいとか、そんな言葉じゃ表現できない、それは古代,お前も雪も同じだろう?
古代は辛そうに顔を上げ、頭を振った。
「島。…地球は、無事だった。だが、ヤマトは…負けたんだ」