Original Tales 「鎮魂歌」(3)

    (1)(2)(3)(4)(5)(6

*****************************************

 

 先日の相原の大泣き以来、島は何も質問をしないことにした。毎日次郎が父か母と一緒に訪れて元気をくれる……街はこの窓から見ていても猛スピードで息を吹返しているのがわかる。過去の戦いについてくよくよしても始まらない。仲間達は、無事ならこの病室へ必ず顔を出すはずだった。

 自分たちが“最後の入院患者”なのだ。……顔を出さない奴は……戦死したと考えるのが妥当なのだろう。病室を訪れるナースたちに、過去数日間の新聞を持って来てくれるか、それともスーパーウエブニュースを見られる端末を持って来て欲しいと頼んだが、分かりました、待っててくださいね…という返事をもらうだけで一向にそのどちらも病室には届かない。だが相原に泣かれるのは2度とごめんだったから、島は何も訊かずに病室へ見舞いに来る連中の数だけを数えることにした。


 何も訊かれないとなると、今度は妙に居心地が悪くなるらしい。
 島の覚醒を聞いて飛んで来た太田にも、島は何も質問しなかった。なんとなれば、太田は病室に入るなり涙ぐんで大喜びしたはいいが、その後仲間達の安否を報告することもなく、そそくさと世間話だけをして帰ってしまったからだ。太田も,島に何かを聞かれることを恐れているように見えた。

 太田、相原の態度も雪のそれも、詰問されるより数倍、挙動不審だった。だが島は、彼らに敢えてそれを問いただすようなことはしないでいよう、と思う。
 口に出すことも辛いほどの、過酷な事実がその裏にあるのだろうと、容易に推測できたからである……。

 



 誰が、どこで、どんな風に亡くなったか。その詳細は実際ほとんど解らなかった。

 帰還したヤマトの機関室、第2艦橋、主砲発射室には、変わり果てた戦友の亡骸が累々と横たわっていたが、彼らがどの時点まで生存していたのかを示すものは非常に少ない。


 徳川は被弾したエンジンを応急処置し、航行速度を保つかのようにレバーに手をかけたままの姿で亡くなっていた。
 新米は、彗星帝国都市下部の侵入口を観測し、その位置を確定した直後に連絡が取れなくなったというが、酷く被弾した第二艦橋に残っていたのは、彼の潰された眼鏡だけだった。
 山本の最後は古代が目撃していたが、コスモタイガー隊のほとんどは、あの彗星帝国周辺及びその内部で消息を断っていた。加藤三郎だけが彗星内部から生還したが、古代を連れ帰り、愛機をヤマトに着艦させるとほぼ同時に、彼も事切れたのだという。

 斎藤も…戻って来なかった。だが、彼があの巨大な悪魔の心臓部に特殊爆弾を仕掛け、動力炉の破壊に成功したことだけは——確かな事実である。

 国葬の際に棺の中に遺体が収められたのは、全体のほんの一握り。防衛軍旗と連邦旗の掛けられた無数の棺の内部は、空のままであった。
 古代は防衛会議に出頭し、艦長代理を引責辞任する意図を告げたが、今やヤマトは復興の手綱を引く防衛軍の広告塔、目玉商品なのだ。そんなことは許されるはずも無かった。島や相原の与り知らぬことだったが、帰還直後の古代の生活はヤマト内部の臨検に始まり、戦友たちの遺体の収容や現場検証、そしてその家族への詳細報告に終始していたのである。

 夜もろくに眠らず作業に没頭する恋人を、雪は胸の潰れる思いで見守るしかなかった。古代は懲罰を受けることはなかったが、断罪される代わりに彼に科せられたこの責務は、極刑を宣告されるよりも数倍、過酷だったに違いない——

 



「相原は腹をやられたんだって?よく助かったな…」
「どうせ悪運が強いとかって言うんでしょ」
「誰がそんなこと言った?失礼な奴だな…」
 島が質問を口にするのは、止めようがない。だが、自分のことであればいくらでも答えられる。相原は出来る限り、自らのことに限定して島との会話を繋ぐ努力をする……
「でも、おかげで長引いちゃって。腎臓、一個駄目になっちゃったし。おまけに足も両方折れたしね。ま、でも島さんほどじゃないですって」

 島の負った怪我も惨憺たるものだった。
 爆風を受けたことによる脳挫傷、上体前面の第3度火傷、無数の裂傷など、生きているのが本当に不思議なほどだったという。

「島さんの方が悪運は強いみたいですね」
「憎まれっ子世にはばかる、ってやつだな」苦笑して、島は拳骨を相原の方へ向けて突き出す。

「ちぇっ、しかも女運も最悪と来てるからな…いいとこなしだ。なんだ、…笑い事じゃないぞ、相原」
 でもここだけの話、ナースだったらよりどりみどりじゃないですか、と相原が返すのに、島は声を立てて笑う。

 お前、そういうはしたないこと言うもんじゃないよ。俺のイメージ崩れるじゃないか。
 あは、まったく…よく言いますね!

「けどやっぱしここでも雪さんが相変わらずピカイチだなあ」
「雪はだめだろ。……ちぇ、もうちょっとだったのになあ…」
「何がです?」


 クールでお上品を気取っている島が、実は案外”軽い”ことは相原も知っている。自分の知らぬ間に、島さんったらナースの一人でも口説いたんだろうか?ようやく重い話から矛先が逸れたと思った途端の島の言葉に、相原は再び絶句した。

「だってお前さ、…テレサはまちがいなく雪を越えてたぞ?ほんとに…いい女だったんだぜ」
 命がけで、俺たちを助けてくれた……あんないい女、他にいなかった。
——そうだろ?
「え…ええ。そうですね。島さんにはもったいない、って思ってました、僕」
「この野郎」


 口籠った相原には気付かず、島は笑いながら、俺3連敗なんだよなあ、と続けた。


「……3連敗?」
「雪は古代に惨敗、でテレサだろ…」
「……あと一人は?」
「俺はスターシアも好きだったんだ」
「…ちょっと島さん」

 そんな節操のないことを。ナースに聞かれたら、それこそイメージ丸つぶれでしょうが?
 だが、そう言いながらもここは笑ったものかどうか、と相原は反応に困り果てていた。
「あはははは……」
 相原の気も知らず島は声を立てて笑ったが、ふと何かに気付いたように言い直す。

「いや、やっぱり3戦2敗1引き分けかな」
「え?」
「……テレサが俺を好きだったのはまあ間違いないからさ。他の奴にはもう…永久に盗られないし」
「……………」
 相原は口を歪めたが、もう笑えなかった。



 島さんは、テレサがテレザートを自爆させたとき,本当に死んじゃったと思ってるんだ。まさか、地球が “自分のついで” に救われた…なんて、思ってもいないんだ……。



 急に押し黙った相原の様子を、島は軽く思案顔で見守った。
 どうして相原がテレサのことで狼狽える必要がある? 今さら彼女のことで気を遣われてもな……もう致し方ないことじゃないか。



 それとも、何か他に…理由があるのだろうか。

 

 

               <(2)へ      (4)へ>