Original Tales 「鎮魂歌」(1)

     ★ 航海班お約束、「2」と「新た」の間のお話です。

 

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 2202年、初春。


 地球防衛軍中央病院では、白色彗星帝国ガトランティスとの闘いで傷ついたヤマトの戦士のうち、最後の二人が入院生活を送っていた。一人は宇宙戦艦ヤマト通信長・相原義一、今一人は同じく航海長・島大介である。


 地球連邦の首都を置く日本自治州のシティ・トーキョーは終戦後ほぼ一月を経てその80%が復興を果たしていた。地球の半球——アフリカ大陸からインド洋にかけて——はガトランティス帝国母艦の砲火を浴び、いまだ復興の目処が立たないままであったが、人類の起ち上がる活力は大都市を中心に再び全土を覆い、戦火に傷ついた土地を確実に包容し癒しつつあった。

 




(…島さん〜、また歯ぎしりうるさい…)
 引かれたカーテンの向こうには、島が眠っている。彼の意識は,帰還後まだ一度も回復していない。だが、一体どれだけの力で顎を食いしばっているのか、時折すごい歯ぎしりの音がするのだ。
 ——疲労が激しいと、睡眠中歯ぎしりするものよ——
 森雪の言葉を思い出す。
 島さんにとっては今度の航海は散々だったよな……、と相原ですら思った。



 内臓の損傷で思ったより長期の入院を強いられていた相原は、他のクルーが一人、また一人と退院する中、とうとう未だ意識の戻らない島と同室になった。相原はヤマトが帰還した頃から意識を保っていたから、まさか自分が、おそらく最も重症ではないかと思われた島と競い合うほど長期間ここに居るはめになるとは、と溜め息を吐く。

 彼らが二人部屋に詰め込まれている理由は、一重にマスコミの取材攻勢を避けるためであった。面会謝絶の島と相部屋のおかげで、相原は比較的気楽な毎日を送っている。

 太田は軽傷だったらしい。南部はめちゃくちゃに潰れた主砲発射室で発見されたが、亡くなった部下の身体が盾になったために辛うじて一命を取り留めた。最後までクルーの安否を気にかけ奔走していた佐渡については、帰還してから肋骨にヒビが3ヶ所も入っていた、と後から聞いた。真田は失った義足を造り直し、すでに技術省勤務へ復帰している。その誰もが、病室にまで押し掛けるテレビや新聞の取材に辟易していたのだ。


 島と相原の担当看護師は、有り難いことに、森雪である。雪はいまだに手足にサポーターを巻いていたが,帰還後5日と間を置かずに看護師としての仕事を再開していた。
 ただ、担当看護師とは言え四六時中ここに居るわけではないから、その他の看護師も部屋に訪れる。仕事熱心な婦長をのぞいて,他はマスコミの取材とあんまり変わらない。最初のうちは鼻の下を伸ばしていた相原も、だんだん看護師たちのサービス攻勢にうんざりし始めた……佐渡に言わせれば「モテモテで脂下がっている」ように見えるらしいが、いやいや、そんなことはないさ、と思う。僕にだって好みもあるし選ぶ権利だってあるんだ。しかしそんな失礼なことも考えるわりに、さて今日は誰が検温に来るのかな、と毎朝少しは気になる相原だった。


 
 午前6:00。
 その朝は、久しぶりに森雪が検温にやって来た。
「おはよう、相原さん。よく眠れましたか?」
「おはようございます。…雪さん、夜勤だったの?」
 もうフルシフト?…ハードだね、身体は大丈夫?
 雪はにっこり笑って相原から体温計を受け取った。「ありがとう、ご心配なく。お通じとお小水教えて」
 はーい、と相原はその回数を答える。当初はかなり恥ずかしかったが、もうそれも慣れた。意識が無い島さんに至っては、導尿されてるんだから僕の比じゃないしな……。

 雪は手早く相原の返答をデータボードに入力し、部屋の反対側に引かれたカーテンをすっとめくって島のベッドへ近よる。意識の無い島の体温を計り、点滴と尿量、脈拍やら何やら色々とチェックを済ませ、再びするりと出て来た。
「…島さん、夕べまた歯ぎしりすごかったですよ」
「…個室に移ります?」雪が心配そうに聞き返す。眠れないほどなら、そうする?と。
「いや、迷惑とかそういうんじゃないんだ。まだ意識が回復しないなんて。もうここへ来てから2週間になりますよ…」
 雪はちょっと困ったように溜め息を吐いた。

 島が人事不省に陥ってから、おそらく一月は経つ。負傷直後に施された治療についてはすべてが判明しているわけではなく、中央病院では経過観察と現状維持に努めているだけなのだ。一体あとどれくらいしたら彼が目覚めるのか、それは神のみぞ知る、といったところだった。
「……本来なら、助かるはずの無い怪我だったのよ。…よくここまで持ち直したと思うわ」
 しかも、通常では考えられないほどの回復速度で…。



 相原は、大方の事情は聞いていた。決戦を前にデスラーの急襲を受けたあの時、雪を庇って上部甲板で被弾した島は艦外へ吹き飛ばされた……その時点で、相原は彼が死んだとばかり思っていたのだ。しかし、驚くべきことに、島は古代・雪とともにヤマトで生還した。

 その時に起きた不可思議としか言えない出来事を目の当たりにしたのは、古代と雪の二人だけである。
 なぜ島がヤマトに戻って来たのか……
 その理由を相原が知ったのはごく最近のことだった。



 ヤマトは再び勝利した、と防衛軍および連邦政府は宣言している。

 しかし真相は大きく異なった……ヤマトは彗星帝国母艦に対してまったくの無力であった。それは勝利とはほど遠かった。

 地球は、島を愛したが為に反物質の力を行使した、異星の女神に救われたのだ。

 防衛軍会議に出頭した古代は、当初それをどう説明したものか酷く思い悩んだそうだ。当たり前である。ヤマトが得たのは純然たる勝利などではないのだから。むしろ、彼らは潰走したも同然だったのだ。 
 最後の徹底抗戦を許可するよう地球連邦へ要請し突入した運命の決戦は、事実上敗北に終っていた……その事実だけをとっても、艦長代理たる自分には極刑に甘んじてもなお償いきれない罪が残る、と古代はそう覚悟していた。敵母艦が無傷で出現したあの時にテレサの介入が無かったなら、地球は間違いなくガトランティスに蹂躙されていた。しかも、その介入自体も自分たちが願って叶えられたものではない…。

 



 敵を殲滅した決め手は、何だったのだ?
 そう詰問され、古代は首を横に振るばかりだった。


 ——自分には…解りません。


 ヤマトの波動砲はストライカーボルトの損傷で発射不能の状態だった。地球の周辺に僅かに残っていた監視衛星は、敵母艦の周囲に発生した信じ難い超エネルギー体を観測していた。——反物質。


 
 古代艦長代理。では、通信記録に残るこの声はなんだ?
 これは、君たちが調査していた謎のメッセージの送り主ではないか。状況から察するに、この異星人が反物質を兵器として使用した……そうとしか考えられん。だが、彼女が戦闘に介入した理由は、一体何だったのかね?!



 ——古代には、答えられなかった。
 ズォーダーとの戦いには私が参ります、と言ってヤマトを去ったテレサが一体何をするつもりだったのか…。あの時点では、彼には本当に分からなかったのだ、それは事実だ。

 だが結果として——
 真田が後から推測したように、テレサはその超能力で反物質エネルギーを呼び出し…それを敵母艦にぶつけたのだろう。彼も雪も、テレサが強力なPKを持っていることは知っていたが、まさかあれほど超越した能力だとは思っていなかった。おそらくそれ以前にテレザートを自爆させたのも、武器や弾薬ではなく反物質によるものだったのに違いないが、それについては何の確証もない…。


 憶測しかできない古代にとって、防衛会議で明確な証言をすることは不可能だった。それは真田や雪とて同じことだ。

 そして、そのテレサの行動の裏にあったものは何だったのかと聞かれても、それこそ……答えに窮する最大の点だった。

 その答えははっきりしている。
「彼女が、島を愛したからだ」。
 彼女が救ったのは地球ではなく、——「島大介」だった。

 
 だが、それをどう証明するのか。肝心の島はまだ目覚めない。…いや、目覚めた島に対し、無遠慮な親父どもがテレサについて詰問する、などという事態を許すのは、古代にとっても堪え難い苦痛だった。



 ——解らないものは解りません。



 降格されようが営倉入りになろうがかまわなかった。古代はかたくなに証言を拒否した。いずれ、謀反を扇動した事実と、無条件降伏の受諾を無視し大博打に出た事実とで、軍法会議にかけられ断罪されることは間違いないのだ……その他に罪状が一つ加わったところで、大した違いはない。

 事態の解明に行き詰まった防衛会議は、この一戦に関するスポークスマンへの発表を次のようにした——、確たる事実の裏付けなど無しに。

 


『宇宙戦艦ヤマト、艦首波動砲により白色彗星帝国ガトランティス母艦を撃滅せり。ガトランティス残党は地球連合艦隊により太陽系内から掃討さる。我が母なる地球は、再び完全勝利を得た』

 

 

 

 

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