Original Tales 「鎮魂歌」(2)


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雪も、古代と同様口を閉ざした。

 テレサが島に輸血を施して彼を救ったと言う事実も、それが公になれば何が起きるのかは自明の理である。島は異星人の血液を輸血された、歴史上初の被験体……今後下手をすれば実験動物のように拘束され、2度と宇宙へも出られなくなってしまうだろう。
 島の負った傷の深さや広さは、地球の医学では到底治療の追いつくものではなかった。脅威のオーバーテクノロジーとしか言い様の無い技術で、島の身体は治療されていたのだ。しかも、その体内には輸血の痕跡など殆どみられなかった。雪が佐渡に内密に報告したために、佐渡が行った検査によって、僅かに未知の生物のDNAが血液中に残っていることが判明しただけだった。佐渡はだから、それを当然ながら隠蔽したのだ。

 テレザートのテレサが、島大介を愛したために地球を救った事実は、そうして徐々に封じられて行った。例の公式発表に対し不整合を為すデータや目撃証言は抹消され、箝口令が敷かれ…抹消することの出来なかった事実の幾つかは第一級重要機密事項として、地球防衛軍のグランドマザー・データベースの奥深くに“埋葬”された。

 古代も雪も、当然釈然とはしなかった。しかも、そのおかげでヤマトの生存者は望んでもいないのに再び英雄扱いされる。地球を救った彼女は葬られ、負けたはずの自分たちが勝利者として讃えられるという…堪え難い理不尽。

 だが、事実が公になることの方がずっと残酷だ。古代も雪も、その考えは同じだった。しかし防衛軍総司令長官藤堂にだけは、一通りの事実を語った。島とテレサの物語は、古代の兄・守がイスカンダルで生存していたことと同様、藤堂の胸一つに収められたのである。
 島の家族にどこまで話すかは、島自身が決めればいい。今は、ただじっと島が目覚めるのを待つ雪と古代だった。


 一方相原は、島とテレサとの関わりをずっと傍で見て来た。そもそも二人の仲を取り持つことになったのは、自分が周波数を調整した相互通信なのだ。テレサが島を愛していたであろうことは、第一艦橋にいた者なら皆知っている。雪も古代も、敢えて第一艦橋にいた仲間達には事実を伏せることはなかった。




 今はまだ昏睡状態だからいいけど…。島さん、目が覚めた時が地獄だな……。



 カーテンの向こうから聞こえる歯ぎしりの音にちょっとうんざりしながらも、相原は実のところ,その音がぱったり途絶え、彼が目覚める時が来ることをほんの少し恐れていたのだった。
 島から、地球は、…みんなはどうなったんだ、と聞かれることが怖かった。
 地球が無事な理由。島が助かった理由……
 それを真っ先に訊問されるのは、おそらく……この自分だろうから。



                *



 その日は案外早くやって来た。
 森雪が、午後の検温に訪れていたある夕刻。島が、永く閉じられたままだった瞼をうっすらと開き、雪を見てその名を呼んだのだ。


「……ゆき……」
「島くん…!島くん気がついたのね!」
 雪は抱えていたデータボードを慌ててベッドサイドに置き、島の上にかがみ込んだ。
 島は雪の驚いた顔を見つめ、溜め息を吐いて笑った…「……ああ、無事だったんだね……。よかった」
「島くん…!」
 そうか、と雪は思い出す。島の時間は、ヤマトの上部甲板で被弾した時から止まっているのだ。様々な思いが一度に去来する。彼が目覚めたら,何を言い何をするのか、幾度もシミュレ—ションして来たつもりだった。
「ありがとう。おかげで無事よ。…気分はどう?」
「……最悪だよ。おれは…どうなったんだ…?ここは……?」
 そう言いながら、島はまる一月自力で動かすことも無かった腕をゆっくりと上げる。「……うわ……痛…」
「急に動かない方がいいわ。ずっと寝ていたんだから。ここは防衛軍の中央病院よ…」
「地球なのか」
「ええ」

 昏睡状態であっても毎日身体のリハビリが行われていたおかげで、それほど筋力の衰えは酷くない。だがすっかり痩せ細ってしまった自分の腕を眺め、島は嘆息した。しかし、有り難いことに手も腕も、元通りに動くようだ。恐る恐る両脚も交互に動かしてみる。
「大丈夫よ。欠損もなし、麻痺もなし。しばらくすればまた操縦桿を握って、宇宙に出られるようになるわ」
 島が心配そうに両手を顔の前で握ったり開いたりしているのを見て、雪が太鼓判を押した。
 カーテンの向こうでその様子に耳をそばだてつつ、相原は気が気ではなかった。

 
 島の問いに、雪がゆっくり答えている。
 みんなはどうした?
 古代くんは残務処理に追われているわ。真田さんも。太田くんも南部くんも元気よ。
 ヤマトは……?
 雪はおそらく、にっこり笑って頷き、それに答えたのだろう。
 勝ったのか…!?
 ——そうか…。信じられないけど、…そうなのか……!
 …古代くん、喜ぶわ。ずっとあなたに会いたがっていたの。島くん、ずっと意識が戻らなくて、皆それはそれは心配していたのよ?

 そして、雪は上手いこと話を逸らして行った。今日は何月何日で、現時点での島の身体の状態はこうで、毎日弟さんから問合せが来ること。
「早速知らせなくちゃ。いい?それからね、取材がうるさいからこの部屋は面会謝絶になっています。同室は相原さん。あなたたち二人が、最後の入院患者よ」
「相原が居るのか」
「うふふ。…重症患者だけど、あなたよりは軽傷だったわ」
「…相原…!」
 島の呼ぶ声に、相原は首を竦めた。
 ……そら来た…。



「……はい、島さん」
 返答した相原の声に。雪がカーテンを開けた。

 スタンダードな広さの病室の、廊下側に相原、窓側に島のベッドがあるその室内で、二人は仰臥したまま約1ヶ月ぶりの再会を果たす。横になったまま笑顔を浮かべている相原を見て、島は感慨深気に息を吐いた。

「…無事だったか…。良かった」
「ええ、島さんこそ。…いつ意識が回復するかと心配してましたよ」
「相原はもう随分いいのか?」
「まあね。僕、ずっと意識はあったんです。毎晩島さんの歯ぎしりに付き合わされて大変でしたよ」
「え…そりゃあすまん」
 雪が、んもう、という顔をして苦笑する。
「さて、それじゃすぐにご家族を呼ぶわね。それから」
 雪はちらりと相原に視線を投げ、島に釘を刺すように言った。「まだあんまり喋らない方がいいわ。あなた、鏡見れば解るでしょうけど、酷い怪我だったんですからね…」
 言いつつ、雪はボードからカルテの一部を印字してそのレシート様の紙切れを一片、島に手渡した。「気になるでしょうから教えてあげます。これだけの怪我を負っていたのよ。だからくれぐれも安静にね」
 それを受け取って島は顔をしかめた……文字を見るのがまだ辛いのだ。

 そのまま雪は、自然な態度で向きを変え…相原のベッドの傍を通って病室の入口で立ち止まる。さりげなく、相原に聞こえる程度の囁き声で言った。
「相原さん、何も言わなくていいから。わかりません、で通してね」
 相原は黙って頷いた。
 もちろん、そのつもりですとも。
 

 しかし。
 「わからない」では済まされなかった。



 家族が駆けつけ、兄は弟に容赦のないパンチを浴びせられ。相原の母親もやってきて、島の家族に平身低頭し始める。島が相原の上司に当たるからだろうが、島の母も父も驚いて止めさせようと必死になった。そして古代も次期にやって来て、その輪に加わる。雪と婦長がそろそろ患者が休まなくてはならない時間だと怖い声で促すまで、喜びの再会は続いた。

 …島が笑顔で家族との再会を喜んでいるうちは良かった。だが、問題はこの後だ。
 島の家族は、まだ事の真相を知らされていなかったから、自然と島の質問は古代に向けられる。島の家族が相原の母を伴って退室するのと一緒に、だが古代も上手にはぐらかしてその場を逃れ、帰ってしまった。



(チェ…古代さん、ずるいよ…)
 いっそ、疲れて寝たふりでもした方がいいかな?
 相原は全身で大きな溜め息を吐いた。



「相原…」
 また二人だけになった病室の反対側から、島が声をかけて来た。
(……そらきた)
「雪が、俺たちが最後の入院患者、って言ってたろ?…みんなはもう復帰しているのか? お前知ってるか」
 いきなり、答えにくい質問だった。

「いや、…僕も詳しくは。ずっとこの部屋にいるんですもん」
 溲瓶のお世話にならなくて済むようになったのも、つい1週間前なんですよ。
「…南部はあいつんちの経営する病院にいたみたいですが、もう復帰してるらしいです。太田も。古代さんから島さんの目が覚めた、って聞いたら、きっと飛んで来ますよ」
「真田さんはとっくに復帰してるらしいな」
「ええ」
「…徳川さんはどうしたろう」

 機関長は年だからな、大丈夫だったろうか……
 だんだん、相原には答えにくくなって来た。

「斎藤や加藤は元気だろ?あいつらはそう簡単に死ぬタマじゃないからな」
 斎藤、…加藤……山本。
 相原は自分が彼らの安否を聞かされた時のことを思い出し、奥歯をギリっと噛み締めた。100人を越す有志が集って出発した旅の終わり、生還したのは島を含めてたったの19人だったのだ。彼らの葬儀は先週、大々的に連邦を上げて行われ……その亡骸は今英雄の丘に、かつて共に戦った戦士たちとともに眠っている——

「……相原?」
 自分の問いに答えようとしない相原に、島は訝し気に呼び掛けた。
「…まさか」
 起き上がることを禁じられているはずの島が、小さく呻きながら上体を起こした。相原はいたたまれず…島の視線を避けるように、掛け布団を被る。くぐもった声で、唸るように答えた。
「…止めましょうよ、島さん。僕もよく知らないんです」
「誰が無事で、誰が…」
「……島さん、今は」
「………答えろ!…相原っ!」
 布団を頭から被りながら、相原はぎゅっと瞼を瞑った。こんなところで上官権限振り回すのは止めてくれよ、島さん……!!
「相原……」

 布団を被ったまま答えようとしない相原を、島もそれ以上問いつめることはしなかった。


 窓から差し込む陽の光が次第に動いて、島の枕元を白く漂白している。温かく心地よかったが、眩し過ぎた。島はカーテンのリモコンを探し、陽光をシャットアウトした。
「…彗星帝国は、どうなった?それなら、答えられるか?」
 ややあって、島はそう問いかけた。
「……俺が最後に見た時、ヤマトは波動砲発射孔を損傷していた。あれじゃ波動砲は使えなかっただろう。真田さんが修理したのか…それが間に合ったのか?」

 なおも相原は答えない。
 仕方なく島は、天井を見つめたまま口をつぐんだ。記憶の糸を手繰りながら思案する……一体、ヤマトはどうやってデスラーから逃れ、その上彗星帝国に勝利したのだろう?覚えている限りでは、戦局はほぼ絶望的だったはずだ。

 だが、どう考えても答えは出ない。それよりもやはり相原を懐柔した方が早いだろう——島はひとつ咳払いをすると、精一杯声を抑えて呼び掛けた。
「相原。……それからさ。俺はお前に謝っておかなきゃならないことがあるんだ…」
 え…?と相原は顔を上げた。もぞもぞ、と布団の中から島をのぞき見る。
「その、…お前の通信の腕が無かったら、ヤマトはテレザートへ到達できなかった。俺とテレサを会わせてくれたのは、お前だったようなもんだ。なのに、通信機の件では、……悪かったな。俺は…ずいぶん大人げなかったようだ」


 相原は目を見張る。実を言えば、彼女の件が相原にとって一番触れたくないことだった。

 テレサからの通信は俺が受ける、そう宣言して自分を突き飛ばし、大事な通信機と通信席をハイジャックした島を思い出す。
 だが、部屋の反対側のベッドの上で島は天井を見上げ…穏やかに笑みを浮かべていた。


「…ヤマトが勝ったんなら……彼女のしてくれたことも、無駄じゃなかったんだな…」
 口元に笑みを浮かべたまま、溜め息を吐くように彼は呟いた。


 相原は、急にこみ上げるものを感じて体を丸める。

 


 ——島さん。
 俺、島さんのしたことなんか何とも思ってないです。通信機なんか、殴ったって壊したって、修理すりゃあいくらでも直るんだ。俺くらいのスペシャリストだって、いくらでもいるんです。謝んなくたっていい……そんなこと、もういいんだ。
 そう言おうとしたが、声が出て来ない…。

 


 ——やっと絞り出したのは、呻き声と区別のつかない嗚咽だった。
 被った布団の下で、急に号泣し出した相原に、島はかける言葉もなかった——

 

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