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「……何だって?」
「ヤマトは、彗星帝国に…負けた」
「負けた………?だって、それならなぜ」
聞いてくれ…島。
途切れ途切れに続く古代の言葉。それを反芻するように、島は黙ったままじっと耳を傾けた。親友の、表情を隠す前髪が小刻みに震えている。
——デスラーが不可解な撤退をし。
…俺たちは……彗星帝国の降伏勧告を受諾した防衛軍の決定を無視して……最終決戦を挑んだ。その結果が…これだ。「……俺は……96人の仲間を犠牲にして…負けたんだ」
「古代…でも」
まだ事情のよく飲み込めない島の反論を遮り、古代は顔を上げて続けた。その瞳に浮かんだ絶望と自責の色が、島から言葉を奪う……
「俺は、最低の…艦長代理だ。生きて、おめおめと地球へ戻れるか、と…思った」
「…古代!」
しかし、親友は頑なに続ける。
聞いてくれ。お前にだけは…すべてを話したいんだ。
——特攻を…決意した、俺は……雪も、未来も…すべてをかなぐり捨てる覚悟で。
吐き出すように語る古代の両の拳が、膝の上で固く握られ、震えている。
「古代………」
俺がお前の立場だとしても、同じように思ったろう。——そう言ってやりたいと思ったが、言葉が上手く舌に乗らない。だったらなぜ、今…お前は…、俺たちは無事なんだ?
「島。今ここに,俺たちの命があるのは。地球が元の姿でここにあるのは……すべてテレサのおかげなんだ」
古代の言葉を、すぐには理解できなかった。
彼女はな、生きていたんだ。
でも、ひどく弱っていた。通信も出来ないほど、弱っていたんだ。
……デスラー戦でお前を救ったのは、彼女だった。上部デッキで、お前は行方不明になった。もう会えないかと思ったよ、本当に。
でもな、…彼女がお前を手当てして、ヤマトへ送り届けてくれたんだ。…多分、自分の身体からお前に輸血したんだろう。お前の身体に、その痕跡が残ってる。佐渡先生も知ってる……
思考力が消し飛んでしまったかと思われた。
生きていた……?
テレサが、生きていた、と言ったのか?…古代?
「彼女は…超能力者だったな」
古代の問いに、はっとする。
「……彼女が反物質を使えたことを、島…お前は知っていたか…?」
……ああ。
ちょっと躊躇して…島は頷いた。
それは……俺だけが聞いた、彼女の…哀しい秘密だったのだ。
古代は続けた。
「……そうか…。お前をヤマトに送り届けて、彼女は一人で…彗星帝国へ向かってくれたんだ。そして……反物質を使った…」
計らずも息を詰めていたのだろう。
古代の顔から目を逸らし、島は長い溜め息を一つ…吐いた。
「防衛会議では、テレサがどうして最後に地球の味方をしたのか、説明できなかった。真実は…俺たち以外、長官しか知らない……」
だから…テレサについては箝口令が敷かれた。
地球は……勝利したことにされたんだ。
自分たちの手で、…ヤマトが…勝利を勝ち取ったと。——テレサのおかげではなく…。
「でもな。テレサが救ったのは…地球でもヤマトでもない。……お前だったんだよ…島」
島にどう打ち明けたものか、古代は何千回もイメージして練習していたのに違いない。やっとのことでそこまで言うと、拳で涙を拭き……膝に両手をついてぐっと頭を下げた。
「……すまん、島。俺は…彼女をとめられなかった」
馬鹿馬鹿しいヒーローに祭り上げられ。勝ち取ったのでもない勝利に酔えと言われ。彼女の…してくれたことに微塵も報いることは出来ず。……お前をまた、傷つけた。
島は、頭を膝に付けんばかりにして肩を震わせている親友を見つめた。
その背中が、赦してくれと叫んでいる——
お前が…謝ることは無いよ、古代。
だがそう言おうとして、言葉が胸の中に落ち込んでしまったような感覚に囚われる。
そう言えば、…似たようなことが…あったな。
あれは…彼女がテレザートへ一人で残ってしまった時のことだ。
俺は知らなかった。そして古代は彼女を引き止められなかった。
——あの時と…同じだ。
親友の姿は、改めてよく見ると酷く憔悴している。——大勢の死者を出した戦艦の艦長代理としての、過酷な残務処理に、その身体も精神も軋むような悲鳴を上げているに違いない。彼の担う重責を、共に担ってやれないことを、島は心で詫びる。
同時に。その古代の胸ぐらを掴んで、なぜ彼女を止めなかった、と怒鳴る自分を脳裏に思い描いた。だが、選択肢はおそらくそれしかなかったのだ。古代を責めるのは…お門違いだ。
島は頭を下げる古代の肩に、ぽん、と手をかけた。
「顔を上げてくれ…古代」
そんな辛そうな顔をするな。
……泣くな。
俺は……お前が無事でいてくれただけで幸せだ。
雪が無事でいてくれただけで、幸せだ。
相原も、真田さんも、南部も太田も、無事なんだ。
俺は……だから、充分幸せだよ。
「第一…なんでお前が泣くんだよ。泣きたいのはこっちだよ…馬鹿」
島はそう言うと笑った。
「…彼女は…そういう女なんだ。引き止めたって無駄なんだよ。そういう女に惚れちまった、俺の…負けなんだ」
勝ち負けじゃないだろ。
古代はそう思ったが、何も言い返せない。
しばらくの間、二人は押し黙った……病室の外を、医師や看護師が通り過ぎる靴音が右へ左へと行き交う。しんとした空気の中。古代が1・2度洟をすすり上げる音が妙に大きく聞こえた。
「…俺はな…古代」
島が呟いた。
「お前はヤマトが負けた、って言うが、…俺は、そうは思わないよ」
え?と古代は顔を上げる。
床に目を落して呟く島は、穏やかな顔をしていた。
——負けた、って言っちまったら…あいつら全員、無駄死にじゃないか。加藤、山本、斎藤、新米…あいつらの功績は、無駄じゃない、違うか?
「…俺には、テレサがどんな気持ちで戦ってくれたのか…よくわからない。お前の言うように、俺を助けたかったからだったのか…それとも、彼女は戦いそのものを終らせたかっただけなのかもしれない。でもな」
彼女は俺たち全員を、ヤマトを、勝たせてくれたんだ。
——仲間だよ、古代。
テレサも、俺たちの仲間になって戦ってくれたんだ。
彼女のしてくれたことは、加藤や山本、斎藤のしてくれたことと変わらない。戦った者が全員、手を携えて得た勝利なんだ。
「……島」
「ヤマトは勝ったんだ。…世界を変えたのは、彼女一人じゃない」
「島…!」
古代は思わず身を乗り出し、親友の手を握りしめた。握り返される手に、万感の思いが込められる。
だが島には解っていた。
あれほど戦いを厭うた彼女だ。古代の言うように、俺を救いたいというだけの理由で、その決意が揺らぐとはとても思えなかった。…まして、「一緒に戦ってくれた」だなどと。そんなことは、あり得ない。…彼女は、決してそんなことは…しないだろう。
島はただ、古代の背負った苦痛を、幾らかでも軽減してやりたい一心でそう言っただけなのだ。
——それに。
俺一人、自分だけが助かっても。それを俺自身が喜ぶはずがないことを、彼女だって知っていたはずだ。
そうだよな、…テレサ?
一体きみは、どうして……こんなことをしたんだい?
問いかけても、この身体の中からは…何の答えも返っては来ない——
「一つだけ、聞いていいか?」
再び窓際に立ち、窓外を眺める島の問いに、古代も立ち上がった。
中央病院のこの部屋は高階層にあるため、建設中の建物の明かりは眼下に見えるものの方が圧倒的に多い。視線の高さにあるのは建物の屋上に煌めく広告塔やチューブロードの街灯だった。せわしなく動くもの、制止しているもの…両者が絶え間なく瞬き続ける。
困惑するほど長い間を置いたあと…島が背中を向けたまま…訊ねた。
「……テレサは、…俺のことを……愛していたと思うか?」