Original Tales 「碧」第四部(5)

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 巨大な帝国に立ち向かうヤマトを見ているのは、いたたまれなかった。

 再び目眩がする。

 ……目の前が、一瞬暗くなり、天地が逆さになったような感覚が襲う。PKで中継しているディスプレイ・スクリーンの映像が、途切れがちになる……

 (あなたのためなら、私は命を失ってもいい…。あなたの身体の中に、私は…生きているのですもの……)

 無謀な輸血。AIは、もうテレサを咎めることをしなかった。テレサの要求通り、体温の高い島のために室温を低く保ち、湿度を高くしてくれていた。
 このまま、島とここにいることも考えなかったわけではない。地球のことなど、忘れて…私と二人、遠い宇宙へ…旅立ちましょう? 何度そう、彼に言いたいと思ったことだろう。



 しかし、それは出来なかった。
 テレサはそれまで幾度もしたように、島の頬をなで、その髪を愛撫する… 手当ての済んだその胸にそっと顔を埋め、身体を抱いた。そうしながら、彼女は涙を流す……


(あなたに血をあげただけでは、本当にあなたを助けたことにはならない…。私とここに…いたのでは……)


 島の意識の中で微笑む、彼の両親と弟のイメージが脳裏に甦る。



 帰ってきたら、またここでサッカー、やろうね!
 にっこり笑う少年。

 

 荒廃したテレザートの都市上空で、島がしてくれたことを思い出す。

(最後に、お別れをしたいだろうと思って。)そう言って彼は、テレサが父の天文台に別れを告げる時間をくれたのだった。

 家族は、大切な…宝物。君にとっても、そうだろうから。

 ……彼自身がそう心から感じているのが分かる——

 

(…あなたを…待っている人がいるのですもの…。…あなたは…還らなくては…)
 テレサはついと顔を上げた。
 スクリーンには、攻撃を受けて白煙を上げる満身創痍のヤマトの姿が映っていた——
「ああ…島さん…!!ヤマトよ…!あなたのヤマトよ……!」
 だが…、テレサが見つめるうちに、画面に異変が起きた。
 どこからか恐ろしい叫び声が無数に響いて来る。

 それは次第に数を増し、数万の呪詛の奔流となってこの空間を満たした——

 彗星帝国の要塞都市が、見る間に崩壊して行くではないか。球状の底部が砕け散り、内部から誘爆が起き…上部の都市も崩落し始める。

 「…ああっ……!」

 何が起きたのだろう!?
 幾億もの命が、その空間に消えて行くのがわかる…
 まただ。
 2度と味わいたくないと思いつめたはずの、滅びの瞬間。破滅の叫び、苦渋の呻き声…

 
「嫌…ど…どうして…!?」

 ずっと沈黙していたAIが、静かに報告した。
<……彗星の中枢部が…自ら都市部分を切り捨てて行きます…>
「何ですって…!?」
<都市中枢部は、大型母艦をベースに作られています……周囲に纏う都市は…奴隷たちで構成された非武装国家……人間の盾…。ヤマトの乗組員が、彗星の動力源を内部から破壊したためです…>
「都市部分が崩壊したと言うことは、…捕えられていたヴァルキュリアの人たちや…その他の星の捕虜たちは」
<……おそらく、都市部分と共に…>



 酷い……!



 攻撃を受けて傷ついた部分は切り捨て、帝国中枢部だけが無傷で侵略を続けられるように…予め設計されていたというの……!?
 テレサはこめかみを押さえ、恐怖と怒りに身体を萎縮させる。
 ヤマトの乗組員の命も、無数に散って行った。
 その故郷の星、地球が生き延びるためとは言え。
 …何と…何と大きな、……哀し過ぎる代償なのか……



 寝台に横たわる島を見つめる。

 誰も一人では……世界を変えることはできない。
 しかし、時を待てば。そして、手を携えれば…。
 平和を願う地球の人々と、
 …この私の……存在とが。



 今や、彗星帝国に捕えられた無垢の民を庇い、手加減する必要はなくなった。これ以上、あの彗星の暴挙を黙って見ていることは許されない……テレサはそう決意した。

 …時が——来たのだ。



 島さんの身体の中に…私はきっと…生きることができる。
 あなたの星を…あなたの、愛する人々の生きる星を守るために、…私の力を…使いたい。

 地球を守ろうとする愛すべき人たちと、手を携え。
 そして、私も…そこへ還るのよ……、あなたと…ともに。



「島さん…」
 島の体温が、少しずつ下がって来ていた。速かった呼吸が、安らかに落ち着いて来ている。…持ち直したのだ。
 テレサは涙を拭うと、自分の腕を再びドクターユニットに差し込み、輸液の管を外した。次いで、島の手首からも針を抜く。そして、その手をそっと握った。


「………!」
 島の手がわずかに動き、彼女の手を握り返したのだ。
〈…島さん……〉
 その目元が、心なしか微笑んだように見えた。

 口元が微かに動く。……テレサ……、と。

 テレサ…!戻って来てくれたんだね…



 ええ…、島さん。
 もう2度と…離れはしません。あなたの身体の中で、私は…生きることができる。
 あなたと一緒に…あの美しい地球で生き続けることが出来るのですもの……



 テレサは微笑んだ。
 涙が溢れ、こぼれる。

「…行きましょう…」



 テレザリアムは、最期の跳躍に入った。短い…瞬間移動。
——そして。碧の宮殿はその姿をヤマトの前に現した——。

 




「テレサさん…!!」
「島っ……!!?」

 信じ難い光景に、古代、そして雪が思わず叫ぶ。
 ヤマトのメインパネルには、神々しい光を纏ったテレサが、横たわる島とともに映し出されていた。


 
 ヤマトは満身創痍だった。無傷で現れた、巨大なガトランティス帝国母艦に、成す術もなく沈黙したままであった。ガトランティスは見せしめと称し、地球への無差別砲撃を加えている……

 古代と雪は、地球の半球が巨大な咆哮を上げて襲いかかる光芒に無抵抗のまま灼かれ、抉られ、死滅させられるのをただ見ていることしか出来なかった。
 ヤマトには、すでに古代と雪の二人しか残っていない。

 その訳がなぜなのか、テレサはすぐに察した。



<……島さんを…お渡ししに参りました>
 ヤマトの艦長席に座る古代が、驚愕して叫ぶ。「あなたが…島を救ってくださっていたんですね…!ああ、まさか、あなたが生きていてくださったなんて……!!」
<…島さんの命は取り留めました。後は…あなた方の手で、地球へ送り届けてください…>
「ええっ……!?」

 古代が困ったように言い淀んだ。「しかしテレサ…、我々はもう地球へは」
「テレサさん、島くんは貴女が…地球へ連れて行って…?」

 テレサは目を細め、古代の隣でそう言った美しい女性をじっと見つめる。

 あなたが、雪さん……。

 そしてけぶるように微笑んだ。


<いいえ…。もう私の力では…とても。私は何とかここまで島さんを回復させました。でも、これ以上は…。後は地球で、…あなた方地球の人々の手で>
 酷い目眩に襲われ、テレサは床に膝をつく。呼吸が苦しい…
「テレサさん…?あなた…身体が…?」
「…今から、島さんを連れて…そちらに参ります」



 テレサは両腕をわずかに広げた。鮮やかな、しかし柔らかな質感の光芒がスクリーン上に満ち。古代と雪があっと思った時には眼前の、この第一艦橋の中央に……テレサが居た。まるでイリュージョンのようだ。彼女は島を抱くようにしていたが、その両手は島には触れていない……

 第一艦橋に現れたテレサは、その胸に島の上半身を支えるようにしながら、床にす…と膝をついた。


 その儚い姿に、駆け寄った雪は思わず声を上げる。「テレサさん、あなた、…まさか島くんに…ご自分の血を…?」

 
 テレサはにっこり微笑み、雪の顔を見上げた。

「あなたが…雪さんですね。いつぞやは、美しい花を…ありがとうございました…。お心遣い…本当に嬉しかった…」
「……テレサさん……!」
 雪はひどく心を打たれた。この局面で、花束のことなんて。…彼女とてすっかり忘れていたのだ。テレサを見ていると、たった今も狂ったように砲撃を続けている悪夢のような敵の存在すら、忘れてしまいそうだった。宇宙の平和を体現している人物がいるとすれば、それこそまさしく、彼女なのだろう…と、思わずにはいられない。


「さあ、島さんを連れて…早く地球へ…」
「テレサ、…僕たちは…」
 歩み寄って来た古代が、言いながら首を横にふる…。

ヤマトで、あの敵艦に特攻をかける……古代の目はそう言っていた。

 


  ——…いいえ、どうか……生きて、還って…!



 テレサも、古代に向かってかぶりを振った。

 「ズオーダーとの闘いには…私が参ります」

 

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