緑ふん純情派 第2話(4)

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(4)僕は…、どうしたらいいんだ!


 暗闇が背中を押したから…、と言い訳しながら。
 大介は自転車を塀に寄せかけた。
「僕も、好きだよ。…君が、好きだ」

 だけど。君は……治らない病気、なんだろう?

 ……本人さえも知らないことだったとしたら。
 偶然知ってしまっただけの自分が、それを迂闊に彼女に教えてしまうことになったとしたら…。
 そう思い、大介は口を噤む。

 代わりに、堪らず彼女を抱きしめる。…というか、ここで抑えろというほうが無理である……
「ん……」
 島大介。18にして、これが初めてのキスだった。

 こんな、彼女の家の玄関先で、通りからも近いのに、あのオヤジさんに見つかったらただじゃ済まないな、蚊もいるし…
 互いに躊躇いながら唇を重ねている最中だと言うのに、大介の脳裏にはそんなことばかり浮かぶ。だが、それら全てを圧して尚。チェリーの衝動は抑えきれなかった。
「島…さん」
 だめ、と言う息遣いは、恋する少年にとって逆効果である。セーラー服の下の、ほんのり汗ばんだ彼女の肌を思わず想像する……が、さすがにそこまではできなかった。

「テレサ」
「いや…」
「なんで」
「お願い、待って…」 
 
 テレサが、困った顔をしている。ぼんやりとした常夜灯の光の中で、彼女は悲しそうに目を伏せた。胸元にある大介の手を捕まえて、首を振る。
「……だめなの。…私」

 私、病気だから…


(! …君は、自分が病気だって事を…知ってるのか)
 見れば、テレサは片手でお腹の辺りを押さえていた。
「……手術、しないと治らないんですって。…だから、それまで……待って欲しいの」
 大介はすがるような目でテレサの瞳を覗き込んだ。

 手術…
 ……間に合うの?手術すれば治る、と君は思ってるの……?

「…テレサ」
 
 待てない、と思った。手術してる間に、待ってる間に君がもしも居なくなってしまったら…?
「……イヤだ」
「島さん」
「テレサ…、テレサ!」
 …僕は…どうしたらいいんだ…!
 狼狽える大介に、テレサは感極まって抱きついた——

 ぴったり抱きつかれてしまえば、それ以上どうすることも出来なかった。それ以上を拒否されて泣くなんて、みっともないことこの上ないが、そうじゃないのだ。彼女が、もしかしたら…ここからいなくなってしまう。そのことに、その可能性に、大介は泣かされていたのだった。

「……来週、手術するわ。だから、…そんなに泣かないで」
 えっ…
 胸の中でテレサがそう小さく笑ったので、大介は声を失う。そんなに、急に?
「絶対成功するって。失敗したことない、簡単な手術なんですって」
 地球一の名医が、手術してくれるのよ。

 ……成功したら、いっしょに海へ行きましょう?…三浦半島に別荘があるの。2人っきりで。…ね?

 朗らかに笑いながら、半分、照れながら。テレサがそう言って自分の胸から離れて行くのを、大介はただボ〜ッと見ていることしかできなかった——。



                     *


「…ただいまー」
 熱い頬を隠しながらテレサが玄関へ入ると、長い廊下の奥から、白い髭と茶色の髭の2人の執事を従えた母親がやってきた。
「お帰りなさい、テレサ」
「…ママ」
「……あなた、ホンットにあの男の子が好きなのね。…島くん、と言ったかしら?」
「べ…別に」
 平静を装って気のない返事をした娘に、母はホーッホッホ、と高笑い。
「ま、いいわ。彼のおかげであなたは学校へ行くようになってくれたし、それにやっと、…そのお腹を治そうって気になってくれたんですもの」
「放っといてよ」
「治さないと、カレシとプールにも行けないものねえ」
「うーるーさーい〜!」
「……きっちり治されれば、エッチもできますぞ」
 白い髭の執事がボソッ。
 テレサは真っ赤。
「…お黙りゲーニッツ」母親にピシリと言われ、白髭は口を閉じた。その脇で、茶色い髭がホッホッホーと笑う。 
「いやあ失敬…お嬢様が島さんとおられる時にはことの外、嬉しそうなお顔をなさっていたものですから、つい……」
「……タラン、…ママ、まさか見てたの?!」
「みんなで見てたわよ」
「シッ、サーベラー奥様、それは」
 …リビングの防犯用テレビカメラで、玄関先の一部始終。
 お父様なんか、ショックで寝込んでしまわれたけど?あたくしはむしろ、喜ばしいことじゃなくて?とあなたに加勢しておいたわ……ホーホホ。


 がーーーーーーん。


 テレサはカバンを母とタランに投げつけると、真っ赤な顔で二階へ駆け上がった。

「奥様、思春期ですぞ。からかいすぎるとまた家出をされてしまいます」
「かまうものですか。どうせ頭王田が引っぱり戻すわよ」
 髪をロッテンマイヤー巻きにしたマダム・サーベラーは再び高笑いした。
「ホッホッホ…。タラン、あなたってまったく面白いひとね…」
「いけません、奥様…」
 お戯れを。
 扇子の先で軽く顎を捕えられ、タランはそのいかつい頬を染めてみせた。後ろでゲーニッツが「チッ」という顔で睨んでいる……タランのやつ、バイト執事の分際でこのワシより奥様に気に入られおって。 見ておれ、あとでお前のボスにあることないこと言いつけてやる。(ってナンカ違う…これ、言いつける先は頭王田パパでは……)。

 否……。
 執事同士の間にも、熾烈なバトルは繰り広げられているのだ。

 


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5)華麗なるオチ(どの辺が?・w