緑ふん純情派(2)

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(2)しかし、彼女は来なかった

 



 だが。
 待てど暮らせど、碧い瞳の彼女は歩道橋には現れなかった——。

 大介の手元には彼女の携帯電話だけが残された。
 思い切って何度か電話をかけ直してみたが、どういうわけか「電波の届かないところに」いるようだ。
 仕方なく、待ってみた。
 日が暮れて、夜になる。歩道橋に酔っぱらいの姿が見えるようになる時間まで待ってみたが、さすがにいやになって来た。

(……何か事情があるんだろな)

 だけどな、困るんだよな…。俺の携帯をあの子が持ってっちゃってるんだもん。




 翌日。

「……明るいブルーのセーラー服?」
「ああ、うん。…どこの学校のか知らないか?」
 手がかりは、あの制服だけだ。その手の情報はやはり、女子大生との合コンにも潜り込んでいるほどの手練に訊くに限る…… 南部が「ああ、なんか近くにあったなあ」と小首を傾げ、尻ポケットからサザンクロス(ネット端末)を出した。
「…これかな?」
 小さな画面に映っているのは、紛れもないあの空色のセーラー服だ。
「そうそう、これ!!!さんきゅ南部!」
 サザンクロスを覗き込み、学校名を確かめる。

 ……テレザート学院。
 電車ならとなりの駅の、丘の上だ。

「島、なーんだよお……」ぐふふふ。おまえ〜、ここって女子校だぜ?しかもかなりのお嬢様ガッコ。南部が意味ありげに含み笑い。よっ、お目が高いね社長っ?
「そんなんじゃないよ」
 顔を赤くしていたら、カバンの中から耳慣れない着信音が聞こえた。 
 あっ。
 発信先のナンバーは、自分の携帯。…ということは!

「もしもしっ!?」
 サザンクロスをぽいと南部に投げて返すと、彼女のケータイを持ってだっと教室を出た。あいつに聞かれてたまるか〜〜〜(w)。
「……テ…テレサさんだよね?」
 階段の踊り場まで走り、声を落す。「…どうしたんだよ、俺…昨日随分待ったんだぜ…?」

 電話の相手は、小さく謝った……
(ご…ごめんなさい)
 それきり、黙っている。息遣いだけが微かに聞こえた。
「どうしたの?…今日、また歩道橋のところへ行くよ。だから君も」
(あの)
 急に彼女は意を決したようだった。小さく息を吸い込む音がして、テレサはきっぱりした声で言った——
(……私、捕まっているの。お願い、助けに来て……!)
「は?」
 
 ほぼ同時に大介の後ろで、「は?」と数人の声がした。
 振り向いて、ギャ!! 南部に相原、古代に加藤…が耳をダンボ(古っ)にして聞き耳を立てていたのだ。
「助けに来て、だってよ……?」
「なんだ、新しいプレイか?さすが島だな…」 
「バッ、バッカ…ち、ちげーよ!!」
 通話口を思いっきり押えて怒った。ここからダッシュでまた逃げても、コイツらどうせ、ついて来る。大介は諦め、まあ別に怪しい間柄じゃないんだからと開き直った。だけど、穏やかじゃないな。
「…ね、ねえテレサ、どういうこと?助けるって…第一、今君はどこに居るんだ?」
 シッ。
 相原がみんな静かにしろ、と人差し指を立てる。

(……閉じ込められてるの。……白金通り2丁目……)

「2ー3ー7?……豪邸だぜ、そこ」 
 後ろでサザンクロスのライブマップを見ている南部が囁いた。
「何で閉じ込められてるんだ。何か事件にでも巻き込まれたのか…?」

(……お願い、助けに来て)

 事情を何も話さないうちに、はっと息を飲む音が聞こえ。…テレサは急に電話を切ってしまった。


「……これはSOSだな」
 古代が難しい顔で断言した。
「でも、こんな訳の分からない情報だけで助けになんか…」大介の懸念はもっともと言えばもっともである。「警察に連絡しようぜ」
「ばか!!」 
 古代と相原と加藤が同時に島を怒鳴った。
「宇宙の平和なくしては地球の平和はないんだぞ!」
「…古代、アニオタ発言やめれ」
「警察に言ってどうなるんだよ……相手の持ってるの、お前の携帯だろ。色々聞かれるぜ〜〜、いいのか、島?巻き込まれても〜〜?」 
 南部が言った。お手柄なら良いけどさ…まあまず第一通報者は容疑者候補として疑られるのは目に見えてるぜ?
「う……」
 それは面倒だ。
 けど……
「なんか危険な目に遭ってたら、可哀想じゃないか。さっさと大人に任せた方がいいよ」
 島の言うことはいちいちもっともなのだが、集まっているのはおバカな男子高生ヤマト高校3ーAである……

「助けに行こうぜ」
 それまで黙っていた加藤が、腹を決めたようにそう言った。
「俺たちだけで、助け出そう!」
「島、お前行くよな!」
「はあー?」
 目眩がする。人の電話盗み聞きして、何盛り上がってんだ、てめえら……
 大介が行くともやるとも言っていないうちに、古代、加藤、相原、南部のテレサ救出隊が結成されていた………
「おい、あのな」
「よし、40秒で支度しな!」
「…だからオタ台詞やめろって古代」
「ジブリはダメか?」「そーゆー問題か」

「全員、戦闘服に着替えるんだ!」加藤が立ち上がり、おもむろに背負っていたバッグから白い布束を取り出した。
「おお!」
 これぞ伝統的日本の戦装束……なぜか人数分の布が出現した。
「気を引き締めるにはこれが最高にいいんだ!」
 加藤の気迫に、皆押し黙る。…その戦闘服の威力を知っているからだ。
 しかし問題は、それを締めている時間や場所が、ない事だった(w)。


 キーンコーンカーンコーン……

「チッ」
 ここで抜け出せば、必ず引き止められるだろう。チャイムが無情にも5時限目の始まりを告げていた。
「なあ、みんな、…取り合えず授業出てからさあ…」
「それじゃ遅いんだ!」
 古代に一喝され、大介は絶句する。
「行こうぜみんな!」「おう!!」「懲罰が何だ!」
「…………」

 なんでこういうことになるんだ。

 5時間目が始まっているというのに、教室内には空席が4つ。
「あー?どうした?古代、相原、南部、加藤…?そろって保健室か?」
「……腹が痛いそうです」
 やむを得ずそう答えたのは、居残った大介である…だが、彼女の携帯は自分が持っている。助けに行く?…ってことは、件の豪邸に忍び込むとでも言うつもりか…? あのバカどもだけで行かせるのは、やっぱりどうにも心配だった。

「…先生、俺ちょっと様子見てきます」 
 大介は手を挙げて立ち上がった。
「あー、そうか」
 悪い事に5時限目は数学だ。…古代の兄貴、守先生の授業なのだ。守は大介の顔を見て、何事かを瞬時に察したようである……
「おい、島」
 呼び止められるのかと思ったら、そうではなかった。
「……あんまり酷いようなら、手を貸すぞ」
「は?」
「まあいい。行け」
 守はニヤリと笑った。


 廊下を走る…と、誰か余計な相手に出くわしそうで、大介は速度を落として小走りに昇降口へと向かった。保健室なんて嘘である… 今頃古代たちは、テレサが閉じ込められていると言う豪邸へ向かっているに違いないのだ。

 


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