緑ふん純情派(1)

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(あ〜あ、えらい目に遭った…)

 古代宅からの帰り道。緑色の布束をこっそりカバンに潜ませた島大介は、街路樹の木陰を足早に歩いていた。
(まったく、守先生も守先生だよ…)
 俺と古代はそーいう関係じゃありません!!って何度説明しても。
 …あれは、絶対疑ってるよな…。
 溜め息を、再三。
 まあ、あのあと出してくれたスイカは美味かったけど。

 こうなったら、とっとと彼女を作って、名誉挽回してやる。祭りにはその彼女を連れてって見せつけてやるぞ!
 ——そう固く心に誓ったチェリーな大介であった。



 さて、かといって……。
 彼女と言っても、女子の絶対数の少ないYAMATO高校である…目ぼしい女子はあらかたお相手が決まっているのだった。…森さんは、なんだか意中の人がいる、ってこの間学食で喋ってるのを聞いちゃったしなあ…
(一体誰なんだろう…彼女の好きなやつって)
 学年のマドンナ、森雪。その色白の美しい顔を思い浮かべる……彼女とは、例えば授業の内容、専門的な知識における学術的興味…といった共通の話題を少なからず持っている大介である。私、看護師を目指しているの…と言った彼女の艶めく唇。振り向いてフフ、と笑ったときの肩越しの笑顔は、まさに女神だ。彼女は足も速くて、中等部にいた頃から体育祭には必ずといっていいほどリレーの花形選手に選ばれるのだった。この俺だって、古代に油断さえしなければいつだって男子のトップ集団に入ってるんだがな。

(まさか、俺だなんてそんなことはないよなー…)
 ぽっと顔を赤らめ、頭をぶんぶん振った。
 アブラゼミの大合唱の中、街路樹の途切れたところから歩道橋を昇る。ああ、今日も暑い……顔が赤いのは、気温が無闇と高いせいだ。
 苦笑して、軽やかに階段を駆け上がった。



 ふと見ると。携帯電話に視線を落した女子高生が一人、降りて来る。見慣れない制服のスカートから伸びた…すらりとした脚。見上げれば、わお…奇麗な金髪だ。…留学生かな…。
 道を空けてやろうと大介が左に寄った途端——
「あ、ごめんなさい…」
 女子高生も左に避けた。
 その手に持った携帯が、大介に当たる。
「あ」「きゃ」
 彼女の手から転げ落ちた携帯を、大介が受けとめようとした瞬間、同じように女子高生もその方向へ手を伸ばし…携帯を捕まえたように見えた——のだが。
「やべっ」「いや…っ」

 ふたりは歩道橋の階段から、もつれるように転げ落ちた。

 幸い、歩道橋の一番下までは十段足らずだった。女の子を抱きとめて落ちたにもかかわらず、大介はとっさに受け身の応用でどうにかその衝撃を躱し。
(あだだだだ…。けど、…実害無し)瞬時、冷静に自己分析。ちょっと肘を擦りむいたみたいだけど、大丈夫。この程度で「痛え!」なんて声を上げたらみっともない…
 …だが気付けば歩道橋の袂で、彼女の下敷きになっていた。



(ふわー……)
 動揺する。抱きとめた彼女はまだぎゅう、と目を瞑っていて。
 白く華奢な手足に桜色の指先…それがシャツの胸元をしっかり、掴んでいた。
 自分のカバンも彼女のカバンも中身が周囲に散乱してしまっている。緑色の布の束が大介のカバンから飛び出して、二人の周囲にビリジアンの輪を作っていた。

「大丈夫?!け…怪我はなかった?」
「ごめんなさい…!!」
 彼女は慌てて、下に敷いてしまった大介の身体から身を起こした。見開かれた大きな瞳と、至近距離で視線がぶつかる。
「……!」
 ビックリするほど奇麗な…碧い瞳。
「だ…大丈夫です。…あなたこそ、お怪我はありませんでしたか?」
 僕は、大丈夫。
 そう言いながらも、彼女の目から視線を逸らせない…。

        



 ボッ!!

 顔から火が出る音がしたように思って、大介は慌てて横を向いた。自分のカバンをたぐり寄せる。緑色の布をぐいぐいカバンに押し込み、へへ、と誤摩化し笑いをし。その他の細かな荷物もついでにかき集め…カバンに放り込むとそそくさと立ち上がった。
「本当にごめんなさい…!」
 金色の長い髪が、さらりと揺れて、彼女は申し訳無さそうにぺこりとお辞儀をした。
「大丈夫大丈夫…」
 通行人の視線が気になって、大介はギクシャクと彼女から距離を取った。「荷物、まだ落ちてますよ」
 恥ずかしそうに慌ててそれを拾い、金色の彼女はもう一度お辞儀をし——
「ありがとうございました」
 くるりと背を向けると、慌てたように走って行ってしまった。

 ………なーんて奇麗な子なんだろう………

 走り去るその後ろ姿を、ぼーーーっと見送る。見慣れない校章のついたカバンと、同じ襟章のついたライトブルーのセーラー服…。どこの…生徒だろう……?


(あっ…)
 島大介の馬鹿野郎!粗忽者!!今、絶好のチャンスだったんじゃないのかー?!
 名前も聞かずに別れてしまったことを、烈しく後悔する……
「…ちぇ」
 俺って、惚れっぽいからいかんよな…。
 やっぱし、森さん一筋で行かなきゃ…

 気を取り直し、もう一度歩道橋を昇る。まあ、しょうがないや。
 とりあえず、もうすぐ祭りだ。アレをもう一回、自分ちでやり直してみよう。加藤はもう家に帰ったかな…?
 三郎にもう一度手順確認の電話をかけるつもりで、大介はズボンのポケットに手を入れた。あれ?ない。…じゃ、こっちかな、さっき慌ててたからカバンに入れちゃったんだ……あったあった。
 んー? パールブルーの本体に…ビーズの光るストラップ…?

 これ、俺の携帯じゃ、ない。
 じゃ?!


 
 ——ナイスだ、俺!!!

 歩道橋の上で、ひゃっほう!!とカバンを空に向かって放り投げたい衝動にかられる……これ、さっきの子の携帯じゃんか!!
(ってことは、俺の携帯を彼女が持って行ったんだ)

 自分の番号へ、すぐさまかける。
 なかなか出ない……あの子も、気がついて躊躇っているのかな。
「…もしもし…?」
<…はい>
 よっしゃ!……あの子だ。恐る恐る応える、あの可愛らしい声。
「あの、僕、さっきの………だけど。ごめん、電話…間違えて持って来ちゃったみたいだ。…もう一度、会えないか?」
<——緑色の…?人ですか…?>
 え?
 
(そうだ。フンドシが……転がり出ちゃったんだっけ…)
 しかしまさか、あれがフンドシ(しかも使用済み)だなんて言えるわけがない。



<——じゃ、私…もう一度、そこへ戻ります>
 あの。
 ………君の名前は、何て言うの?僕は、島。…島、大介。

 ——わたしは……

 



 その日、島大介の脳裏からは祭りのことも、ましてやフンドシのことなど、一切が吹っ飛んだ…といっても過言ではない。
                             

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…吹っ飛んじゃったんだ、祭もフンドシも(爆)。




★ ひゃっほう!フンドシ純情派編。「私はテレサ。テレザート高校のテレサ」ってな感じかな(爆)。


2)しかし、彼女は来なかった   …に続く。(続くのか〜〜〜?)

 

 

 

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