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戦いたくない、犠牲を出したくないと言っていたあの人が、なぜ…白色彗星に対峙して死んで行ったのか。
だから俺には今でも……それが解らないんだ。
「……これは、俺だけが…彼女から聴いた事実だ。真田さんにも、古代にも……話していない」
秘密。
……航海長が、まるでこっちを見るなと言わんばかりだったから。太田も俯いたまま、自分の膝の辺りを見つめた。
「……あのテレザートという惑星は、完全に滅びていただろう。強力な兵器が使われたみたいに、全体が壊滅していた」
…覚えているだろ。
ええ。
あれほどの荒廃を来した星を、太田もかつて見たことがなかった。テレサは、その星にたった一人、閉じこもるようにして生きていたのだ。
「あの星の惨状については、何か強力な最終兵器が使われたんだ、と真田さんは判断していたが、事実は…そうじゃない」
「……?」
「……白色彗星を撃滅した『反物質エネルギー』が、テレザートを…滅ぼした。……その反物質エネルギーを使ったのは、彼女なんだ。あれは、彼女が超能力で自ら作り出していたエネルギーだった」
「………え…?」
太田には、にわかには島の言っていることが飲み込めなかった。
「どういう仕組みで生身の彼女が反物質を発生させていたのかは、俺も知らない。ただ、…幾度かヤマトの通信機が発火したり帯電したりして、使い物にならなくなったことがあっただろう。あれは、彼女が自分の力を制御し損ねた時に起きる現象だったらしいんだ。…」
テレザート世界の国家間戦争を憂えて、彼女は……予期せずに自分の力を暴発させてしまった。そんなつもりはなかった。戦争をやめて欲しいと願ったのに、その願いとは裏腹に…すべてを滅ぼす方へ、彼女の力は走ってしまった。
「この力は自分でもどうすることも出来ない。テレサは、……そう言っていた。それほど、危険な力なのだと」
一気にそこまでを吐き出し、島は一度息を吸うと…再度溜め息を吐いた。
「……じゃあ、テレサがあの星に一人でいたのは…」
「自分を戒めるためだった、…のじゃないか、と…俺は思っている」
本当の所は、まったく解らないけどな。
「大事な人も、家族も、きっと…いただろうに」
思い出も…家も。何もかも。
彼女は……自分の手で殺してしまったんだよ。
太田は、我知らず額に手をやっていた。そんなつもりがないのに、この手で大事な人や場所を…あまつさえ、惑星ごと壊してしまったのだとしたら……
なんて——哀しい…残酷なことだろう……?
「ここまで説明すれば、二度と自分の力を使って戦いたくない、と言った彼女の気持ちは……太田、お前にだって、解るだろう?」
真田さんにも、古代にも話していない。
そう言った島が、目の前ですべてを吐き出すように話している。その事実にも、太田は愕然とした…自分ごときが聴いてしまっていいのか。そうも思った……だが、航海長は自分の胸一つに仕舞っておくのが、もう苦しくて仕方がないみたいだった。戸惑う太田には目もくれず、まるで独り言のように。島は話し続けた……
「……みんなやお前が言うように、彼女がただ俺を…愛したために、白色彗星を攻撃したのだとしたら。もう二度と戦いたくない、という誓いを、俺なんかのために……彼女は破らなくてはならなかったんだ。……そういうことになるよな…?」
そう考えたら、俺は彼女に申し訳なくて仕方がなくなる。
もちろん、俺が頼んだわけじゃない。だが、俺がそこに居たせいで、そんな事をあの人にさせてしまったのだとしたら……。
確かに。
(そうだとしたら。悔やんでも悔やみきれないでしょうね……)
太田は、だが…こうも思った。
(テレサにとっては、自分の故郷の星より何より、島さんの方が大事になっちゃった、んじゃないのかな…)
自分の誓い、呵責も絶望も忘れてしまえるほどに。この世の何よりも、誰よりも。航海長を…愛しちゃったんじゃないかな……あの人は。
まあ、どうして彼女がそこまで思えたのか……は、もはや永遠の謎、だけど……。
ただ、それを島に言ったものかどうか…、と太田は逡巡する。
そうまでして、彼女は…本当に幸せだったのか。
航海長は、ひたすら自責の念に駆られている。だが、太田はふと、テレサの身になって、考えてみようと思った。
人は、そこまで誰かを愛せるものなんだろうか。
…それも、たった……数時間の間に……??
「……テレサは、幸せだったんじゃないですかね…」
ぽつりと呟いた太田に、島が絶句する番だった。
「自分の星、滅ぼしちゃったことは、辛かったと……思いますよ。それでも、…島さんのことは、守った。自分の故郷(ほし)は自分で壊しちゃったけど、少なくとも…島さんの故郷を、その同じ力で……守れたんですから、…あの人は」
いや…自分の星を守れなかったからこそ。島さんと地球を、何に代えても守りたかったんじゃないでしょうか。
いいなあ、そんなに愛された、なんて。……羨ましいですよ。
太田はそう言おうとして、驚いた……航海長の頬に、光るものが流れている。だが一瞬で、島は目の辺りに腕を乗せて、覆ってしまった。
「……島さん」
島さんに取っちゃ、……重いよな。
そうも、思った。
それほどに愛された。まさに、大いなる愛。しかしだからといって……
彼女はもういない。謝罪をしたくても、どんなに恩に感じても、どれだけ改めてテレサに愛情を感じても。その気持ちはもう、永久に届かないんだから。
島さんにとっては、ずっとあの人を思って一生縛られ続けるか、さっきみたいに現実の女性とやり直してテレサを忘れるか、……そのどちらかしか、出来ないんだよな……。
太田は努めて笑顔を作った。
笑顔を作ったことがわかるように、苦笑した……
「まあ、僕の考えは僕の考えです。島さんには島さんの考えがありますよね。僕は……ただもうちょっと、島さんにテレサを大事にして欲しいなと思っただけです」
「太田……」
「…いくらなんでも、名前も知らない女性なんて…あんまりですよ。頼みますから、もっと納得行く相手を選んで下さいよ?」
「……なんだって?」
なんでお前にそんなこと指図されなきゃならないんだ、と言いかけた島を遮って、太田は笑った。「だって、どう思ったか言え、って言ったの、島さんでしょ」
「……ちぇ」
お前にゃ負けたよ。
「ありがとうな、太田」
そう呟いた航海長は笑ってはいた。
……が、その顔は太田が見たこともないほど……寂し気だった。
埠頭のボラードの傍に停めたエア・カーのフロントガラスに、海から昇って来る橙色の光がうっすらと降り注いだ。薄曇りの空を突き抜け、一条の朝日が差して来る。
「……付き合わせて悪かった」
「いえ」
「その上悪いんだが。家まで送ってくれないか……」
「もちろんですよ」
エア・カーの排気が、夜明けの光の中に、白い雲のようにたなびいた——
…もしも、届くのなら…一言でいい。彼女に言いたい
……ごめん、……と。
俺のために、
君が二度としたくないと言っていたことをさせてしまって…、ごめん。
君の思いを、ちゃんと分かってあげられなくて……ごめん。
君がくれた愛に、俺は…何も返せなくて。
……ごめん。
俺は君が好きだった……だけど、……きっといつかは…君を忘れる。
そうしないと、俺は……いつまでも抜け殻のままだ。だから。
……ごめんな、テレサ。
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<Fin.>
<言い訳>