★ ロマンチストの太田と、リアリスト(現実逃避…?)の島。 時間的には、「新た」と「永遠に」の間です。
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「気ぃつけて帰れよ〜〜」「う〜〜〜い…」
足元、ふらふら。…いやあ、しかし飲んだ飲んだ!
「いやあねえ、ちょっと足元気をつけてェ、島くん」
「あ〜〜?あはは、ごめん〜」
「きゃあ…」
んもう、大丈夫ぅ?この人ぉ……
シティ・セントラルの繁華街は、復興後いち早く軍人の憩いの場として営業を開始していた。日本自治州は幸い、ガトランティス母艦の砲撃を受けていない…先だって、新人を連れた訓練航海でいきなり戦闘に突入した、別の異星人たちが地球にやって来ないとも限らないが……今の所、その気配はない。
しかも今は、地上勤務。
あの無人艦隊があらかた完成するまでは、宇宙へ跳べと言う辞令だって出そうもないしな。
——というわけで、このところ悪いトモダチと飲み歩いている島なのだった。
山田さんと林に連れられて、初めて入ったあの店にはまあまあ奇麗なおネエさんがたくさんいて。こいつさ、若いけどヤマトの第一艦橋勤務、しかも航海班長だったんだぜ、と山田さんに紹介された途端。酒池肉林のサービス三昧。(まあ、山田さんの目論見としては…俺を連れてきゃサービスが良くなる、とでも思ってたんだろう・笑)
「航海長島大介、晴れてこないだハタチになったんで、飲みますっ!」
そう宣言したあとは、ビールにシャンパン、日本酒にテキーラ…?ええと、その辺からあんまり良く覚えていなかった。
気がついたら山田さんがニヤニヤしながら「気ぃつけて帰れよ〜」とあっちの方で手を振っていて。林が「う〜〜い」と返事をしていた……体質なのか、俺は案外飲めてしまうクチだったらしい。俺より林の方が、よっぽど足元危ないんじゃないか?
ふと、我に返る。…ん?
一緒に居るこの人、誰だっけ。
しこたま飲んでいたにもかかわらず。夜風に吹かれたからか、島大介ははた、と自分の左腕にぶら下がっている香水臭い女を見下ろした……
「…どなたでしたっけ…?」
「やだ、んもう〜〜〜」
女はケタケタ笑い出し、通りの向こうを指差した。
「……あっちで教えて欲しいことがある〜、ってアナタ言ったでしょお?だから、これから行くのよ〜〜あたしと。もうお店もカンバンだしぃ…」
はい…?
トロンとした目で彼女が指差した方を見れば。そっちはピンクのネオン満開、新装開店のホテル街。
「…うわ〜。俺、そんなこと言いましたぁ?」
「言った言った!カッワイイ顔して、ウン、ウン、って言ってたわよお」
しまったなあ…、だから山田さん、ニヤニヤしてたんだ、さっき。
自分もベロベロだが、このオネエさんもベロンベロン。でも、組んだ腕にだけはしっかり力が入ってて、なんだか離してもらえそうもないナァ……
よく見れば、おネエさんは自分好みのほっそり美女ではある。
ま、いいか。
……誰にも、何にも、…遠慮なんかないしな。
しかし、はて…、と首を傾げた。
俺は、出来るのかな。
……ま、出来ないこともないだろ。第一好きでもない女の裸の写真見て、自慰は出来るんだから。
「島くん、ハジメテ、なんですって〜?」
突然、おネエさんが声を落として耳元まで口を近づけて来てそう言った。
……おいおい、俺…そこまで暴露したっけか? いや、……林かな…?あの野郎〜〜……(苦笑)。
「あ〜〜〜……あはは、そういうことにしとこっか…」
正確には、まるまる初めて…じゃ〜ないんだが。
ぶちゅ。
言い訳しようかと考えていると、ほっぺたに勢いよくキスが飛んで来た。女はきゃははは!と引き攣れるような笑い声を上げる……
カワイイ!!カワイイわあ…!島くん〜〜!
なんとなく躊躇いながら、それでも足はホテル街の方へと向かっていた。
はは、自暴自棄?……そういう言葉もなくはない。ま、いいんじゃないか…こういうのも。どうせ、心に決めた相手がいるわけじゃなし。
けど、もうちょっとこの人、大人しくしてくれたらいいんだけどなぁ……。俺は雪ちゃんみたいな知的ナースが好みなんだよなァ……
どっちにしろ。
これほどしたたかに酔っていなければ、きっと出来ないに違いない。通りを渡ったところにある、最も手近な建物を選んだ。
「あらァ…ここ〜?…奥にもっとシャレたのがあるんだけど」
「どこだって同じだろ」
「やだ、なに焦ってんのよう……」
ガツガツしてると思われたかな。まあ、どうだっていいや。
かなり、自嘲気味だった。…けど、心理状態が悪いと、身体もおかしくなる……頭脳明晰、沈着冷静、完璧以上に任務をこなすこの俺が、…こっちの方はアウトだなんて、そんなのだけは我慢ならない……。
「……飢えてた?」
ヤマトの戦士、なんて言っちゃってもさあ、…宇宙へ行ったら女日照りでしょ。海軍の空母乗りよりひどいもんね〜。
女がさも可笑しそうに、そう言いながらフェイクファーのコートを半分脱いだ。剥き出しの肩が、思ったより華奢で白い…薄暗いロビーから部屋へ向かうエレベーターの中で、早くも彼女はしなだれかかって来る。着ているのは、光沢のある赤いシルクのキャミソールドレスだった。
……シルク、…じゃない。安物の合成繊維。
一瞬、そのドレスの手触りに微かな嫌悪感を覚える。
「…いや…飢えてるというより…」
女の手首を掴んで、開けたドアの中へと引き入れた。「……切羽詰まってる、かな」
自分の能力が五体満足なことを、確かめたくて。
「いやあだ」
女が笑った。
(誤解するな……あんたに飢えてるわけでも、女に飢えてるわけでもない)
“彼女”を失ったことで、この精神(こころ)が壊れてしまっていないかどうか、……確認したくて切羽詰まっているんだよ、俺は。
「脱げよ」
「焦らないでよぉ」
あたし仕事明けなんだから。シャワーくらい使わせて。そう言って笑いながら抗うのを、無理矢理ベッドに引き倒した。
華奢な肢体が弛緩して白いシーツの上に転がる。
妙に艶かしい演出のライトに照らされた、半裸の女。掌で脚を上へと辿って行けば、自分の身体が反応してくるのを感じた。……大丈夫。俺は、大丈夫……。
だが、自分の腕の下に横たわった茶色の巻き毛や半分落ちた赤いルージュ、黒く縁取られた大きな目…を見ているうちに、首筋にざらりとした嫌悪感が募り始めた。
感情を、切り離せ。
身体と感情は別動出来るはずだ……
女が優し気に微笑んだ。
「……慌てないで。……島さん」
途端に、水をかけられたような気がして、酔いが醒めた。
そう俺を呼んでいいのは、……この世でただ一人だけだ。
くそ、酔い足りない。きっとそのせいだ……余計なことは考えるな。
「ごめん。喉、乾いた」
ひとこと言い放ち、身体を起こす……部屋に備え付けのフリッジから乱暴にまたビールの缶を取り出した。
「まだ飲むの?」
呆れ返って女が訊いた。起き上がった彼女のドレスの肩ひもが完全に落ちて、乳房が片方あられもなく飛び出している。だが、それを横目で見つつ缶の中身を一気に飲み干してもなお。この女を抱きたい、という気にはなれなくなっていた。
(冗談じゃない…)
気持ちは焦っても嫌悪感だけが際立ってしまう。
この、臆面もなく抱かれるためについて来た女にも、そんな女をここへ連れ込んだ自分にも。
* * *
「ねえ、ちょっと待ってよ」
追い縋って来る女を待たずに、通りを渡る。
頭はすっかり冴えてしまっていた。まだアルコールを大量に摂取して排出し切っていないのだから、足元がよろつくのも周囲が歪んで見えるのも仕方のないことであるが、ほろ酔い気分はとっくに失せてしまっていた。
結局その女とはベッドにいられないと思い知り、島は有無を言わせずホテルを出て来てしまった。女は彼をなじるでもなく怒りもしなかった……戦場から帰って来た男たちのうちいくらかが、性的不能に陥ってしまうことは、彼女たちの間では通念だったからだ。
「……気にしないでいいんだよ〜、誰にも言わないからさ」
だが、彼女がそうやって示してくれるその種の同情にすら、苛ついた。
「若いんだから、時間が経てばそんなのちゃんと治るわよ、元気出して?」
「…………」
うるさい、と怒鳴ろうか。
ありがとう、と言えばいいのか?
不甲斐なくてごめん、と…謝れば?
そのどれも間違っているような気がして、島は口を噤んだ。俺が腹を立てているのは、それでもどうしていいのか解らない、この自分自身に対してなんだ。
……とそんなことを考えていたら、視界の隅に知った顔がいるのに気がついた。赤やピンクのネオンの灯がまだらに染めた街路樹の下に、男が一人。
「……?」
太田……?
ジャケットのポケットに両手を突っ込み、マフラーを巻き付けた口元が隠れているが、こっちを凝視しているあの男は確かに部下の太田健二郎である。……しまった、拙いとこ見られちゃったぞ……
(だけど、なんだってあいつこんなところにいるんだ…?)
太田が、なんだかものすごく怖い顔をしていることに島は気付いた。
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