もしも届くなら… =3=

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 それはもう半年以上も前のことである。

 テレザートにて…… 

 緊急に地球へ呼び戻されたヤマトの発進準備の最中に、テレサからの強力な入電があり、通信機が発火した。そこで、その通信の意味を調べて来いと古代に言われ、島は一人、彼女の宮殿へと赴いたのだ。

 島の留守に真田が急遽修理した通信機で再生した、そのテレサからの通信には、彼女の哀しくも激しい思いが込められていた。

 

 島さん。もう一度会いたい。
 ……もう一度。…島さん……

 予期せずその声を聞いてしまったのは、太田ばかりではない。その場に居合わせた全員が、テレサの島に対する烈しく切ない恋情を知った。
 島は、その彼女の元へ一人で赴いた。彼女に逢った航海長が、なかなか戻って来なかったその間に何があったのか……は推して知るべし、である。

 その後みんなが期待した通り、島自身が彼女を連れて戻って来たのだが、にも関わらずなんと彼女は直後に島に断りなく、ヤマトから降りてしまったのだ——。
 だが、あれほど島に会いたいと願いながら、自分から彼を離れて行ったテレサの深意は、彼女がテレザートを盾にして白色彗星からヤマトを逃がしてくれたことで明らかになった……

 彼女は、島と一緒にいることよりも、命を賭けて彼を彗星から守ることを選んだのだ。

 そればかりではなく、その後も。
 デスラーの襲撃による一戦で被弾した島を、彼女は救助して介抱していた。あの時ヤマトでは、太田も含め、一度は皆が「島は戦死した」と諦めたのだ。
 傷つき意識を失った航海長を連れて、テレサがそのまま地球から遠離ってしまっても、誰も彼女を責められないはずだった。なのに、テレサはもう一度航海長をヤマトに返し、自身は敵を道連れに散って行った。

 その行動の意味は火を見るよりも明らかで、他にどう解釈できるというのだろう?



「……あれが恋愛でないとしたら、この世のどんなラブストーリーも茶番ですよ。……俺だったら、一生彼女に身を捧げますね。そんなに強く誰かから愛されるなんて、すごいことじゃありませんか…。他の女となんか、……例え…それが非の打ち所のない相手でも」
 気恥ずかしいくらい、理想主義かもしれない。だが、太田自身はもしも自分が島の立場なら、彼女の愛情に応えるためにそうするに違いない、と思うのだった。

「…そうか」
 島は、太田のそんな生真面目な顔を見る気にはなれなかった。

 自分だって、そう考えなかったわけではないのだ。
 帰還して、目覚めた直後。
 古代から事の顛末を聞かされた時には俺だって泣いた。彼女の顔を思い出そうと懸命になった。最後に見た、あの笑顔を思い出した時は、夢の中なのに泣いた……泣きながら目が覚めても、涙が止まらなかったんだ。愛している、と思った。あの崇高な人にこれほど愛されたことを、心から誇りに思った。…君を永遠に忘れない、と…一度は心に誓ったんだ。

 
「でもな…。あれは…多分、恋とか…そういうんじゃないんだよ…」
 しかし太田には、そう言った島の心理が理解できない。
「か…か…身体の関係がなかったからですか」
「ばか」
 そんなんじゃない…。
「まあ……彼女を、そういう対象として俺自身が見られなかった。それは確かだ」
「………」

 彼女は、気高すぎて…清廉過ぎて。当時の俺には、あの人を抱くなんてことは…まるで考えられなかった。

「俺は一人で彼女に逢いに行ったから、お前たちがあれこれ下世話な想像したとしても、無理はないけど…」
 島はそこまで言うと、ははは、と笑った。
「俺な、…テレサには一言も……愛してるとも、好きだ、とも言っていないんだ。………言えなかった」
「…えっ」
 

 そんな時間は、正直言って、なかった。当然、なんにもなかった…
一緒に行こう、って説得するだけで時間切れさ……

「彼女も俺に、浮ついた言葉はなんにも、言わなかったしな」
「でも」
 太田は、それは違う、と反論しようとした。彼女がしてくれたことを考えたら、言葉では言わなかったとしても……その気持ちは、容易く理解できるじゃありませんか。
 島は、そう言った太田の顔をいつになく優しい表情で眺め……言った。
「…彼女の気持ちはね。あとから考えたらさ…きっと、そうだったんだろうな、って思うよ。だけど…」
 
 俺は……それに、何も答えていないんだ。
 彼女のしてくれたことに対しては、もう何も返せない……永久に。

「変だろ。テレサは俺を好きだったのかもしれん。だけど俺にとっては正直、そこまでの実感はなかったんだ。彼女は…俺の勧めに従ってテレザートを離れて、ヤマトに来てくれた。でも、それが俺のためだったとは、俺自身は思わなかった」

 だってさ。
 俺の知らない間に彼女はヤマトから降りて……俺の知らない所で、一人で死んでしまったんだぜ……?
 愛とか恋とか…俺が思う前に。
 彼女は永久に手の届かない所へ勝手に行ってしまった。
 なんだか、俺は……妙な夢でも見ていたような気がするんだよ……

 

 言葉が途切れた。
 代わりに、波の音が聞こえて来る。

 何を言っても見当違いなような気がして、太田はしばらく波頭が砕ける音を黙って聞いていた。
 自分だったら。
 自分だったら……と、繰り返し考える。
 ……確かに、大きな愛を…あの人はくれた。だけど、彼女が死んでからそれに気がついたって、もう遅い。感謝も、謝罪の気持ちも、何も、もう…届かない……。だとしたらそれは……。

 

「お前は怒ってるけどな。実は……さっきの女とも、何もしてないんだ」
「え?」島が急に言い出した言葉に、太田は目をむいた。
「何度も言わすな。……できなかったんだよ」
「……って、あの」
 ちょっ、島さん、いきなりそんなこと…反応に困るじゃないですか…っ…
「物理的にというより、心理的にしたくなくなった」
 顔は苦笑していたが、吐き捨てるように島はそう言った。その彼の顔を見ているうちに、太田はさらに心底申し訳ない気持ちになる。

「……そ…そうですか…。すんません。俺……誤解して」
「謝るなよ……俺が惨めだろ」
「はあ、……すんません…」
「お前な」
 …人の話、聞いてる??

「俺だって、まともに恋愛くらいしたいよ。目の前で古代と雪がいちゃいちゃしてるの、任務中にまで見てなきゃならないんだぜ…?」
「…!そんなの、俺だって一緒ですよ」
「あはは、そうか」

 島は笑って、リクライニングシートにあーあ、と背を預けた。
「なあ太田、……ひとつ、お前に聞いてみてもいいか」
 スポーツドリンクをまた一口飲み。
 車内の天井を見上げながら、島は訊いた。
「なんです?」

 咳払いをして、ちょっと考えるようにした……どう表現しようか、と迷っているようだった。

「……これから俺が言うことは、俺にも良く理解できないことなんだ。だが…彼女を思い出せば、必ずこのことで悩むはめになる。お前に何かを判断して欲しいとは言わない。どう思ったか、だけ教えてくれ。……その後は…忘れてくれていい」

 なんだろう……?
 太田はちょっと真剣になって、居住いを正す。

 天井を見上げたまま、島は言った……
「…テレサは…最初頑なに、もう誰とも戦いたくない、と俺に言ったんだよ」
「………?」
「自分の星…テレザートがあの彗星に踏みつぶされても、彼らとは戦わない、とまで言っていたんだ。私が戦えば、白色彗星にも犠牲が出る。だから、自分の星のためであろうと戦わないし、ヤマトの味方も出来ない、って」
「……?で…でも」
「そうだ」

 太田、お前も知っている通り。
 彼女のしたことは……それとは正反対のことだった——



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