Original Tales 「航海日誌」(3)



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 白色彗星戦役後、ヤマト内部の臨検を終えた防衛軍本部は、乗組員の所持品、遺品すべてを回収した。中には当然、テレサに関する機密漏洩につながる内容の物もあったため、回収されたすべての物品は厳しい検閲の末、機密に抵触する内容の物は押収されるかもしくは部分的に抹消されたのだった。島自身が付けていたデジタル式の航海日誌(ほとんどの者が記録用メモリチップに日誌を付けていたが、徳川のように昔ながらの紙のノートに文字を書くものもいたのだ)にはテレサのことが記載されていなかったため、比較的早い時期にそれは彼の手元へ戻って来た。では、徳川機関長の日誌には、彼女のことが書いてあった…というのだろうか。

 我知らず、胸の動悸を押さえようと胸元に手をやる。

「このやり方!まったく、失礼千万ですよねっ」
 太助が憤慨しつつ広げた航海日誌はごくありふれた…とは言い難い、古色蒼然たる紙の大学ノートだった。几帳面だった機関長の小さな字で、すべてのページの左上に日付、時刻が付されている。しかし文章のところどころ、数行、あるいはページの半分ほどが、黒い特殊なインクで塗りつぶされていた。
「なんでも、機密に抵触するから、なんですって」大事な形見に落書きしやがってさ、と太助は鼻を鳴らした。



 
 西暦2201年 11月4日 0702 出航。

 その文字から始まる徳川の日誌は、後半に入るにつれ、黒い部分が増えていく。だが、最後の方は字も乱れ、判読が不能になっているためかそれほど手が付けられていなかった。
 日誌を受け取り、ぱらぱらとめくる。
 共に航海した仲間、ことに機関長の行動は自分のそれと常に連動している……他人にとって判読が不能でも、島には機関長の書いた文の内容がほぼ理解できた。
「…後半は、ずっとエンジンの調整のことばっかりです。それと、島さんのこと」
 ——親父、航海長のことをよく出来た息子、みたいに思ってたんですよ…。
 俺、正直島さんにヤキモチ妬いてました、ヤマトに乗り組むまでは。
 太助はそう言って、またへへへ、と笑った。


 しばらく日誌をめくって行くうちに、否応なく島の手が止まった。


 西暦2202年 2月3日 1921 

 ××××××消滅のため、島の元気がない。何と慰めるべきか。森くんが適役か。老兵はただ見守るのみ。エンジン出力は良好、全速で×××××××を出る。回転数のバラ付きを調整、ワープに向けて待機。



 徳川さん——
 心配してくれていたんだな…。

 今さらながら、胸が熱くなる。
 徳川は、その後の限界距離いっぱいの長距離ワープにも何も言わずに応えてくれた。エネルギー伝導管の度重なる損傷に、苦戦していたのを憶えている。

「俺が聞きたかったのは、この辺のことです」
 その次のページは、ほとんどが黒く塗りつぶされていた。太助が、島の手の上にある日誌のそのページを押さえて言った。
「親父、何かにすごく感謝してるんです。そして、それはみんな島さんのおかげだ、って書いてる」
 島は信じ難い気持ちで、特殊なインクに隠された文言を辿る。


 私ごとき老兵がおこがましいと思う。だが伝えられるものなら望みたい。
×××××××××に、心から感謝する。××××××××××××××××××××××、島の尽力。××××××××××××××島には気の毒だと思えど、×××××××××××××事実だ。××××××××××××××島よ、今は嘆くも致し方ない。しかし、××××××××××××××××××××に、私は心から感謝している。老兵も×××の心に応えたいと願う。なんという××××××、××××××××××に心より敬礼。
 そして島、君にもありがとうと伝えたい。すべては君の功績だ。
 だが、甲板員のはしゃぎようは目に余る。島の気持ちを考えると老兵はそうも行かぬ。


 どう反応するべきなのか、と戸惑う……機関長は、テレサがヤマトを逃すためにテレザートを自爆させてくれた、そのことを丸1ページにわたって感謝しているのだった。そして同時に、テレサを喪った島の苦しみや哀しみにも同情して、困り果てているのが窺える。


「…分かるんですね、親父が何のことを書いてるのか」
「……ああ」
 太助は、恐る恐る島の顔を下から覗き込む。「教えてくれませんか。…俺も、親父が感謝してた何かに、いえ、誰かに…お礼言いたい」
 そう言った太助の顔を、島はしげしげと眺めた。「…太助、それはもう、無理だ。第一、これに関することは機密扱いだ…だから」
 トップシークレット扱いだから、俺の口からは、言えない。そう言おうとして、口籠る。
「…やっぱり、島さんて堅物だな。自分のことなのに」太助はぼそっと呟き、フゥ、と鼻で溜め息を吐いた。
「なんだって」

 太助はちらりと上目遣いに島を見た。

「俺、航海中にこの日誌、古代さんにも見せたんです。島さん、帰りずっとぼけーーっとしてたから」
「ぼけーっと…してたって?俺が?」しかも言うに事欠いてカタブツだのなんだのと、失礼な。
「怒らないでくださいよ、みんなそう言ってましたよ?だから仕方なく、古代さんに見せた。古代さんは、みんな話してくれましたよ…」

 でもね、きちんとしたことは島の口から聞くのが筋だ、って言われて。そりゃあ、そうですよね。
 ぶつぶつと独り言のように話す太助を見つつ、島は溜め息を吐いた。

 ——古代のやつ。…守秘義務って言葉、知らないのか。
 まったく。あのお節介焼きめ。
 ムッとしたが、太助の次の言葉にぐっと詰まる。

「…俺は、島さんを恨んだりしません。その日誌に出て来た人のことも。感謝こそすれ、なんで恨んだりできますか?」
「…太助?」
 堰を切ったように話し出す太助を、島は呆然と見つめた。
「親父は戦死しました。立派に戦って、使命をまっとうしたんです。それを可能にしてくれたのが、…あの人だったんじゃないですか。島さんは、なんか勘違いしてます。自分の故郷、犠牲にしてまで親父たちを救ってくれた人が、島さんだけは、って護ってくれたことを悔やむなんて。そんなんじゃ、……“あの人”が、可哀想ですよ…」
「おい太助」
太助は自分が思ったより、詳しく知っている。話を遮ろうとした途端、太助は島の手から日誌をひったくった。ぱらぱらとめくり、もう一度押し付ける。
「ほら、見てくださいよ。親父だって、島さんをどれだけ心配していたか…!」



西暦2202年 3月17日 1545 

 信じ難い災厄。島が行方不明になる。この局面でなんと言う損失!操舵は誰が担うのだ。技師長がアナライザーにCICから島のフライトデータを入力するという。だが、島の他にこの船を満足に操縦できる者などいない。島よ、老兵のために、ヤマトのために、生き返ってくれ。×××がいてくれたら、など祈るが、空しい願いか。
 エンジンの整備状況は60%、数時間後に出航の見通し。



「親父は、“あの人”が…島さんを救ってくれたことを、天国で喜んでますって」
 そう諭すように言う太助に、島は何と答えて良いのか分からなかった。

「教えてくれ」だなんて。お前、もう随分色々と知ってるじゃないか。
 島は短く肩で溜め息を吐いた。

「……お前の思っている通りだよ。徳川機関長が感謝していたというのは…テレサだ。<テレザートのテレサ>。俺は…彼女を愛してた…」
 彼女は俺を愛していた、とは言えなかった。そのために俺が命を永らえ、地球が救われたのだと、そんなことはいまだに口には出せない。

 日誌に目を落したまま呟いた島を、太助はじっと見つめている。顔を上げれば、その泣きそうな丸い目ともろに視線がぶつかるだろう。島はそれきり黙って、日誌を最後まで目で追った。機関長の文字が判読不能になって行く様を、注視した。

 最後のページは、機関の整備状況を書いた文章が途中で途切れ、そのまま終っていた。



3月21日 1600 

 当直休みを辞する。若い連中を先に休ませ、決戦に挑む。波動エンジン出力良好、大気圏突入準備完了。波動砲は××××なるもエンジンの状態は良好、制動バルブ正常、伝導管補修状況80%。アイ子、彦七、菊子、そして太助。
お前たちを必ず守る。
1620 出航予定。山崎に総点検を命ずる シリンダー内圧




「……俺は必ず帰る、って書いてない所が…親父らしいでしょ」
 太助が洟を啜ってそう言った。「…“あの人”は、親父の願いも聞いてくれたんだ。地球にいた俺たちを、守ってくれました。そうですよね」
 太助はそう言いながら、再度島を下から覗き込み、驚いた顔をした。堅物、慇懃冷血漢、鬼の古代よりも実は鬼…などと異名を取る航海長の目に、光るものを見つけたからだ。
「……航海長っ、俺の上官になってくださって、ありがとうございましたっ。それから、あの人にも敬礼っ、親父の分まで、敬礼ぇっ!!」
 半ばやけくそみたいに、そう叫んで太助は最敬礼した。機密だという事に配慮してか、かたくなに「あの人」と表現するその無駄な努力に、島は苦笑いする…だが…心底、有り難いと感じた。額の横にそっと挙手し、答礼する。


「ありがとう、徳川……」
 へへへ、と笑い、徳川太助は頭を掻いた。

 

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