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「山崎機関長、お世話になりました…!訓練航海は、まだあと数回…予定されているようですから」機関長あってのヤマトです。これからもよろしくお願いしますよ。
「そう言ってもらえるとほっとしますよ…」こちらこそ、よろしくお願いします、航海長。
イスカンダルへの、2度目の旅を終え。
地球防衛軍海底ドックに係留されたヤマトを見上げる位置で…航海長と機関長は握手を交わした。
訓練航海、として出発したものの、此の度の航海は全く予想だにしない出来事の連続だった。だが、三たびヤマトは無事生還を果たした——新人を大勢乗せていたために潤沢だった食料事情、出発前の修理の際に真田が急遽カスタムアップした波動エンジンのチャージャー(これは帰還後、すぐに本格的スーパーチャージャーへの換装に繋がった)など、訓練航海にしては無闇矢鱈と実戦向きの仕様が奏功したのだ。
ついこの間まで、振り返ると重々しく頷いてくれた徳川は、その席にはもういない。
代わりに左後部の機関長席に座るのが、長く徳川の補佐を務めた山崎奨である。まるで徳川が調整したかのようなエンジンの吹き上がりに、島は幾度となく涙を堪えたものだった。長い間、徳川の調整した波動エンジンしか知らなかった島は、正直この先一体どうなるんだろうと不安を禁じ得なかった…だが、それは全くの杞憂だったわけだ。スロットル・レバーを押し上げるにつれ、迫るような拍動と共に滑らかに上がる出力、精緻な操作に応える操縦桿、身体に直に伝わる安定感。真田の加えたちょっとした改造を上手く銜え込み、跳ね馬のように暴れる波動エンジンを手懐ける徳川の絶妙な手腕は、他の追従を許さないものだった。しかし山崎の仕事には、それが脈々と受け継がれていたのだ。
殊に、装備を新型に換装した直後は、どうしても「慣らし」に時間がかかる。その上、思いつきで2日と経たないうちにエンジンに「改良」を加える真田の「癖」。…島が平然と通常通り操舵をこなしているから誰も気付かないが、山崎と島は真田のカスタムアップの度に「参ったな」とばかりに苦笑しつつ目配せする程の仲になっていた。
「……あいつも、一皮むけたみたいですしね」
その山崎が、苦笑して顎で指し示した先には、機関の最終点検を終え、自室の整頓もすませた徳川太助がいた。大きなザックを肩に担ぎ、僚友と共にタラップを降りてくる。
「おい、太助!忘れ物はないだろうな?」山崎が片手をメガホンのように丸くして口元に当て、怒鳴る。
「ないっすよ、機関長!ったくもう、子ども扱いしてさ…」
口を尖らせてぼやいたそばから、ポケットに手を突っ込み「あっ」と叫ぶ。「ちくしょ、…ない!」
ドサッとザックをタラップへ置くと、慌てて中へ取って返した。
「なーにを忘れたんだか。あいつめ…相変わらずだな」
山崎と共に、島も苦笑した。
太助は徳川の遺児…年が行ってから生まれた次男坊だ。おっちょこちょいでお調子者だが、機関整備の腕には父親同様光るものがあった。ことあるごとに父親と比べられ、ぶんむくれている彼だが、この訓練航海は太助を一回りも二回りも大きく成長させたようだ。
仲間達が囃し立てているところに、太助がハアハア息を切らしつつ戻って来た。
「島さん、機関長!…どうもお世話になりました!」
古代と藤堂がいるところで、全員揃っての退艦式は済んでいた…だが、太助も他の機関部員たちも、改めて山崎と島に向かって最敬礼する。
「こっちこそ。次回もまた…よろしく頼むよ」
「ハ…ハイッ!ではっ、お先に失礼しますッ」
大して年齢は変わらないのに、まるで老戦士を見るような尊敬の眼差しを向けられ、島は苦笑いする。山崎さんはともかく、俺はなあ。
太助の天真爛漫さが清々しかった。いつからか、あんな風に素直に笑えなくなってしまった自分だが、あいつを見てると気分が楽になるな…とそう思いながら、島は機関部員たちを見送った。
艦長代理として帰還後の様々な手続きに忙殺される古代と違って、島は一通りの点検業務と報告書の提出が終了すれば解放される身である。だが機関部員たちが去り、山崎が去って行ったあとも、彼は海底ドックにしんと佇むヤマトの船体をしばらくの間、見るともなしに眺めていた。
吃水線の高さに設けてある昇降用タラップにつながるコンコースから、眼下に船体下部を見下ろす……海底ドックの作業員たちが、下部の通路をカートでやってきて、内部及び外壁装甲板の点検を細々と始める。だが、本格的な作業は明日以降に行われるのだろう…作業員たちは一通り修復用の資材を艦底から内部や甲板に運び込むと、それにブル—シートをかけて再び作業用カートで去って行った。
ヤマトを照らしていた天井のライトが、ふっと消える。床面から立ち上がる小さな照明が幾筋か、細かく傷ついた船体を舐め上げるようにライトアップしていた。
(お疲れさん。…おやすみ)
心の中で、そう呟く。だが、俺たち同様…ヤマトには休む時間などないのだろう…と、そうも思う。
暴走するイスカンダルを追って行き、出遭った謎の宇宙艦隊。彼らがこの銀河系にやって来ないと言う保証は何もない。イスカンダルとガミラスを破壊した彼ら謎の黒色艦隊は、その場に居合わせた俺たちがどこから来たのかということもきっと調べるだろう。彼らにとって、この地球が価値のない看過すべきものであることを願うばかりだった。
今回の航海も、尋常ではなかった。旅そのものも、そして…起きた出来事も。
スターシアが爆発させたイスカンダルは、島の精神にも少なからず衝撃を与えた。目を逸らすことも出来ず、その様子に否応なくテレザートの爆発を想起した。それは、混乱の記憶でしかない……あのあとも、彼女は「生きていた」と古代からは聞いているからだ。
彼女は、我々と共に戦い、地球を救ってくれた。英雄の丘に奉られて然るべき存在なのに、彼女についての一切は封じられ…葬り去られた。島にとっても、一体なぜ、あれほど「戦いたくない」と言っていた彼女があんな行動に出たのかは、分からず終いである。
「テレサは、お前の為だけに…地球を救ったんだ」と古代は言うが。
冗談じゃない——
それは最も信じたくないひと言だった。
分からないのか、古代。——だとしたら、俺は彼女を恨む、恨んでしまうよ。
お前だったらどうだ?
万難を排して旅立ち、たくさんの仲間が誓い合って共に戦い、命を散らしたにも関わらず。挙げ句、自分だけのために偶然手を出してくれた超常的な力に、あっけなく…勝利を与えられたのだとしたら。
彼女に選ばれ、たった一人救われたのがお前だったら…顔向けできるか?
死んで行った仲間の…親兄弟に、…そして彼ら自身に……?
考えても、詮無いことだとは…分かっている。
生き延びたことを、ただ感謝するべきなのも分かっている…そうしなければ、それこそ死んで行った者たちに失礼だ。
だが、真実は何もわからない。
テレサが何を考え、何を思って俺を助けたのか……もう2度と、本当のことは分からないのだから。
——だからこそ。
俺は信じたいんだ。彼女も共に戦ってくれたのだと。死んで行った96人と、彼女は同じだ。俺たちの仲間だ、と。俺がそう思うことが…例え、“彼女の意志とは相反するものだったとしても”。
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