Original Story 「桜」〜VOICE〜(5)


 

 

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 500本のソメイヨシノは、噂通り今がまさに、満開であった。

 SAKURAプロムナードの両脇に、ずらりと見渡す限り立ち並ぶ、樹齢9年の桜。樹齢がそれほど若いとはとても思えない枝振りの見事さに、島も真田も息を飲む。
「見事ですね…!やっぱり、ここの大気組成のせいなんでしょうか…?この成長の早さは」
 島の問いに、真田もふうむと頷いた。
「無論、成長促進剤をふんだんに使っている…はずだが」
 先刻、百田から聴いた通り、しかし人工的な薬品投与などの措置はほとんど取られていない。発酵堆肥、稲ワラや籾殻で施肥し、農薬は可能な限り使わずに、動物性蛋白質と天然のブドウ糖を散布することで樹勢強化を図っている、と百田は言っていた。

 二人の後ろから、アナライザーと共に歩いて来たテレサは、この遊歩道に近づくにつれ無口になり、この数分ずっと黙ったままだった。
 呼吸はもう落ち着いているようだ。だが彼女は胸元で両手を握りしめ、まるで信じ難い光景でも見てしまったかのような、そんな顔をしていた。
「……アナライザー、地下水道の点検に行くぞ。ついて来い」
 真田がおもむろにそう言い、さっさと遊歩道の脇に設えられた地下へのエレベーター通路へ降りて行った。「島、点検には小一時間かかる。その間は自由にしててくれ」
「…はい、真田さん」…ありがとう。
 二人きりで、過ごしたらいい。
 真田のその心遣いに、頭を下げる。



 テレサはその間もずっと、黙ったままだった。
 どうしたんだろう?
 その肩越しに、金色の髪に縁取られた表情を見て、島ははっとする——
 泣いていた。



「……昔、まだテレザートにいた頃……」独り言のように、テレサは呟いた。
 私には、精神感応能力がありました…憶えていますか…?
「……ああ」
 憶えてる。はっきり確認したわけじゃないけど。…君は、俺が心で呟いたことを…全部、聴いていたよね。
「私…植物とも、話が…できたのよ」
「…本当?」
 でも、あの能力が潰えたのと同時に、何も…聞こえなくなってしまったの。花や、鳥の声、小さな虫たちの声も。
「今…聴こえるの?」
 島がちょっと狼狽える。PKが甦ってしまったら、また…君は—-
 テレサは微笑んで、首を振った。
「多分、かつての能力とは…違うのだと思うわ。…心配しないで」


 
 聴こえるのは……本当に小さな声なの。
 多分、たくさんの桜が集まっているから、ようやく聴こえて来ただけ。



「でも、桜だけじゃないの。…ここの、みんなが」
 大粒の涙がぽろりと零れる。
「多分、この場所に来たから、声が一つになって…聴こえてきたのだと思うわ。……みんなの、声が」
「みんな…?」

 ええ。
 小さな花、草…虫たちも。小鳥や水、風、そして土……みんなが。
 幾億もの…声が。
 地球に生きていた頃の、祖先の記憶を辿って。



守ってくれて、ありがとう——
地球を…救ってくれて、ありがとう……って……




「私は……奪うだけ、滅ぼすだけの…存在だったのに」そう思っていたのに。地球に生きる何億もの命が、守ってくれてありがとう、と。



 桜並木に、空調のもたらす心地良い風が吹き抜けた。人工の涼風。
島は涙を零しながら立ち尽すテレサの肩を、後ろからそっと抱きしめる。彼女のこめかみに、自分の頭を付けた。こうしたら、自分にもその「声」が聴こえるのかもしれない、と思いながら。
 そして共に見上げる——青空にたなびく桜色の虹を。
「あ…」
 その枝から、ひとひら、ふたひらと。
 雪のように花びらが降りて来た。涼風にあおられ、さらに無数の花びらが二人の周囲に舞い散る。まるでテレサの言葉を肯定し、それに答えるかの様に。

 だが、彼には何も聴こえなかった。
(植物の…声が聞こえる、なんてな。それもここは…宇宙コロニーであって、地球の、大地の上じゃ…ないのにな)
「島さん。あなたのことも…知っている、って」
「えっ」
「地球が青い理由はね…みんなが、手を取り合って生きているからなのよ。花も、草木も、水も風も土も、みんな…ヤマトにも守ってもらった、って。憶えています…って、そう言っているわ」
 テレサは嬉しそうに、しかしぽろぽろと涙を零しながらそう言った。 
 島はその涙を、指で頬から掬い取る。




 例えそれが空耳であろうと、その“声”が聴こえるというのなら…俺は感謝しなくてはならないね。殺戮の記憶を持つ君を、こんな風に…慰めてくれたことを。

「みんなは、君に…笑って欲しい、って言っていないかい?」
「え…?」
「俺は、笑って欲しい」
「…島さん」

 彼女は、微笑った。
 
 万感の思いと。尽きぬ感謝——。
 ヤマトで戦い、幾多の惑星に息衝く生命を殺めて来た、俺の生き方——それすらも諌めない……その寛大さに。
 島は、まるで語りかけるように舞い落ちて来る桜色の言の葉に、万物に宿るあの不可思議な者の存在を、垣間見たような気がした。



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