Original Story 「桜」〜VOICE〜(2)


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「はあ?」
 無人機動艦隊極東基地。
 半日がかりで一通りのセキュリティ・チェックを終え、島大介は帰宅の用意をしつつヴィジュアルホンに向かっていた。通話相手は、父である。
「……道路に出ないで、桜を見せてやる方法…って……」
<だからな、大介。お前…V-TOLかなんかで迎えに来られないか?道路に出なけりゃいいんだろう?>
 ………そういう問題じゃないよ、と島は天を仰ぐ。
 上空へ連れ去られることも想定されているから、うちの敷地上空から出ればすぐにアラートが鳴るのだ。地下熱源も同様に衛星から監視されている。
「…父さん、道路だけじゃなくて、空も地下も駄目なんです。大体ね、ヘリで桜に近よったりしたら、それこそいっぺんに桜が散りますよ?」
<馬鹿、そんなことはわかってる…だから相談してるんじゃないか>

 相談って言ったって。
 俺にどうにか出来る範囲の問題じゃないんだよな。

 手っ取り早いのは、テレサの生体認識コードを真田に解除してもらう方法だろうが、真田にだって許可なくそんなことをする権限はない。楽天的な父の出す無理難題に、頭を抱える。
「とにかく、もう基地から出ます。貴重な休みなんですから、無茶なことばっかり言わないでくださいよね」
<こら大介!>
「じゃあ切りますよ」
 ちょっと待て、と言い募る父を無視して、大介は通話を切った。



 背後にヤニ臭い影が近よるのを察して、振り返る。
「……どうしたんです?」
 くわえ煙草の吉崎がきょとんとして突っ立っていた。「…何かご実家でもめごとですか?」
「いや……」島は苦笑してかぶりを振る。吉崎は大概のことを相談できる相手かもしれないが、これは相談できる内容ではなかった。が、ふと思いついて訊ねてみる…

「……桜って、いつ頃まで咲いてるんだっけ。知ってるか?」
「桜、っすか?」
 吉崎はぱらりと落ちて来る前髪を左手で後ろへ撫で付け、思案するように眉根を寄せた。
「今月半ばまでは咲いてるんじゃないですか?ちょうど甥っ子が入学式なんで、妹が気にしてましたね…そういえば」
「入学式に桜か」

 いいなあ、そうか。俺が小学校に入った頃は、校庭にも桜があった。…そのあと、次郎の頃にはもう……桜はなくてなあ。
 
 次郎が小学校に上がったのは、ガミラスの遊星爆弾が地上を壊滅状態に追いやっていた、まさにその頃だった。放射能除去装置を、ヤマトが必ず持って帰る。次郎はどうにか運営されていた首都圏の小学校で、大勢のクラスメートに嘘つき呼ばわりされながらも、ヤマトの帰還を信じて疑わなかったのだと聞いた。
 その後地球は復興し、街並は見る間に再生した…だが、植物など生物の生態系は狂ったままであった。次郎の、小学校の卒業式にも中学の入学式にも、桜は間に合わず。昨年頃からようやく、本来の時期に花が咲き、雪が降るようにもなってきたのだ。

 ——こういうことは、それこそ次郎の方が詳しいな、などと思いながら島は吉崎に礼を言う。
「お花見だったら、あと最低一ヶ月は満開を楽しめる、っていう穴場を知ってるんですがね」
 吉崎はくわえていた煙草(口元のフィルターに歯形がついていた)をふいと手に持ち、にやりと笑った。「…植物再生プラントってご存じですか?」
「再生プラント?」
 吉崎が思案顔で付け足す。「ええ、農林水産技術省の持ってる、実験用スペースコロニーです。あそこに大規模な桜プラントがあるんですよ」
「…桜プラント」
「ええ、妹はそこに勤めてまして」


 
 植物再生プラントは、地球の軌道を回る実験コロニーの一つである。20世紀の地球の大気と土壌と水源をそっくり再現したフィールドエリアと大型居住施設を備えた宇宙ステーションで、広さはシティ・セントラルの半分ほどもあった。そのプラントで、個々の植物は大地に根を張るのに適する、と太鼓判を押されるまで管理栽培される。合格基準に達した個体は地球に送られ、大地に移植される。メガロポリスの森林地帯も都市部のけやきの並木なども、そのようにして短時間で見事に再生しつつあるのだ。
「桜は、花の色が問題視されていて、いまだに実験途上なんだそうですがね」
 20世紀以前には、桜の花びらは今よりもっとずっと赤みを帯び、鮮やかだったと言う。この、桜の花びらの色に付いては賛否両論があり、今の所日本の各所に移植されている桜は、白っぽい花弁を持つ方らしい。宅地に自然のまま残る桜の大半も、桜色というよりは白、に近い。
 対してコロニーの中央通りを飾る桜の花色は、地上の桜よりも色が濃く、文字通り桜色なのだという。それらは太古に地球上でインプットされた時の記憶を忘れてはおらず、今次々と開花している。500本ものソメイヨシノが、その下で花を見上げる人のいない淋しい春を今年も迎えているのだそうだ。

「プラントの桜があまりにも見事なんで、観光地化できないかと政府のお偉方が画策中らしいんですよ。でも、妹たちはそれには反対でね…。観光地にしちまったら、再生するもんも再生しないって」
 ふうん、と相槌を打つ。島は吉崎の顔を見ながら、“農林水産技術省”が“科学技術省の傘下にある“ことを思い出した。
 こうしてはいられない。

「……副司令」
 吉崎、ありがとう!!
 話も半ばで、くるりと背を向けて手を振った上司を目にし、くわえ煙草がぽろりと落ちそうになる。
「……はあ、“お気をつけて”」
 肩をすぼめ、吉崎は笑いながら島の後ろ姿を見送った。





 農林水産技術省は、真田率いる科学技術省の傘下にある。


 
「よう、島」
 大体いつも、ここに来れば彼が居る——防衛軍本部科学技術省、SND-1区画。通称、真田ラボ——
「真田さん、ご無沙汰してます」
 
 数ヶ月ぶりに会う真田志郎は、満面に変わらぬ笑みを浮かべ、島を出迎えてくれた。
「久しぶりだな…!なんだ、少し痩せたか?新婚のくせにやつれてるなんて、一体どういうわけだ?」
「え、そ…そうですか?」
「お前も古代も、幸せ太り、ってのにはとんと縁がないなあ?相変わらず嫁さん放ったらかしで仕事仕事、なんじゃないのか」
 真田にかかると、無人機動艦隊極東基地副司令も形無しだ。
 無人機動艦隊は順調みたいだな。本部の連中から時々噂を聞くよ。たいした功績だ…だが、あまり根詰めるなよ。
「ええ、気を付けます」気持ちだけは有り難く。島は笑ってそれに応える。
 まあ座れ、とスツールを勧められたデスクの上には、ごちゃごちゃと模型のようなものや紙焼きのデータの束が所狭しと乗っていた。手近なデスクの上の書類を手に取り、角を揃えつつ簡単に束ね直す島を面白そうに眺めながら、真田はビーカーの親玉のようなマグカップにインスタントのコーヒーを入れる。ごとり、と島が隙間を作ったデスクの上にそのカップを2つ、置いた。
 礼を言って、さて用向きを話そうとした島を、真田が遮った

「……お前の副官から、さっき連絡をもらった」
「吉崎からですか?」
 怪訝そうに聞き直した島に向かって、真田はくいくいと親指で壁際の通信用端末を差す。
「桜プラント、見に行きたいんだろ?」
「……!どうして……あ」

 吉崎の機転に、島は瞬時呆然とした。勘が鋭い奴だとは思っていたが、まったく…、と脱帽する。吉崎の妹のコネを使うより、技術省長官の真田を経由した方が当然ずっと話は早い。彼は島の態度からとっととそう判断したのだろう。

「なかなか面倒見の良い副官だな。逸材だぞ、大事にしろよ?」
 はあ、そうですね、と島は苦笑するしかない。
「家族サービスか?……それとも」
「家族サービス、といったらそうなるのかな。…彼女に、桜を見せてやれないか、って親父に頼まれましてね」
「……親父さんに頼まれて、だと?」
 馬鹿も休み休み言え、と真田が笑いつつ広げた青写真は、例の実験コロニーの図面だった。

 お前にしては目の付けどころが良いと思ったよ。俺もすっかり忘れていた。ここなら安全だし、どこへ行っても警報が鳴るってことはない……新婚旅行にはうってつけじゃないか、島?
「し…新婚旅行…?」
「で、いつ出発するんだ?」
「は…?」
「は、じゃないよ。丁度俺も、コロニーの視察に行かなけりゃならない所だったんだ。上じゃ観光地化を検討してるんだが、職員たちが全面的に反対していてな……」

 

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