Original Story 「桜」〜VOICE〜(4)

 

 

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翌日、真田の計らいで、二人は出掛けた。
 技術省からものものしい護送専用の配車があり、その車でVIPとして住宅地を出、有人基地へと向かう。そこから用意された連絡用シャトルに乗り換える。

「……あれだ」
 運転手は要りません。僕がすべて自分で操縦します、と迎えの人手を断った島が操縦する連絡用シャトルは、細長い円筒形のコロニーからの着陸ビーコンを受け、次第に着陸通路へと接近しつつあった。

 島さんは、本当に何でも上手に動かしてしまうのね…とテレサは思う。エア・カーも、シャトルも…山のように大きな艦も。何かを操縦している時の彼はとても自信に満ちていて、彼女は夫のそんな姿を見るのがとても好きだ。島の頭の中にはどんな乗り物でも瞬時に操舵を理解し、万全に動かす回路が満載なのに違いない。
 小型機の操縦桿を繊細に動かしながら島はインカムへ呼び掛ける。

「プラントマスター、着陸許可願います。こちらは技術省連絡シャトル215」
<…シャトル215、こちらプラントマスター。NNWよりB滑走路に進入してください>
 あ、真田さんの声だ。
 そう呟いて、島はにっこり笑った。
(島さん…嬉しそう)
 島が、唯一心を許し頼り切れる相手が、この人だとテレサにも分かっている。彼はテレサにとっても恩人なのだ。
「了解。シャトル215、B滑走路に向かいます」


 スペースコロニーNO.5植物再生プラント、通称The Garden of Eden<エデンの園>。技術省でエデン、と呼ばれているそのコロニーの内部には、20世紀の大気組成が人工的に造り出されている。その大気は、放射能汚染を経た現在の地球上よりもやや濃度が高い。コロニー内部の空気が、そこに満ちた植物によって常に浄化されているためだった。到着して数分間はむせ返るような息苦しさを覚える。しかし、大昔の地球はどこもみな、このような濃い大気に満ちており、深呼吸するだけで呼吸器系が自然治癒力を高めるほど、浄化作用に満ちていたのだ。
 このプラントで植物の生命力は最大限に引き出され、強靭な耐久性を保つようになる。いまだ過酷な条件にある地球の大気や土壌にも負けず素早く馴染むよう、植物も草も、技術を尽くした交配と改良が続けられていた。


 
「……空気が…甘い」
 深呼吸して、一瞬くらっとしたテレサは、次にその大気に満ちる甘い香りに驚く。
「地球の大気は…俺が小さかった頃は、こうだったんだ」山や海へ行くと、空気の奇麗さに驚いたものだった。
「……少し、胸が痛いわ」
「大丈夫かい?」
「テレザートの大気とは…違うから」
 慣れるまでに、ちょっと時間がかかるの。心配しないで…
 彼女は地球に初めて降りた時にもそう言っていた。汚染された大気に順応してしまった呼吸器が、奇麗なはずの大気に苦痛を感じているのか。自分にとっては清々しいきれいな空気も、彼女の心肺には負担なのだろうか、と島は少し心配になる。

 シャトルを降りた所で、グラウンド・カーで迎えに出て来てくれた真田と再会した。よく来てくれたね、待っていたよ…そう言って、真田は島の肩を叩き、テレサの手を握る。
「ここの大気は我々には美味しいくらいだが…あなたには辛いかな」
「大丈夫です。…すぐ慣れますから」

 真田はテレサがこの大気に慣れようと浅い呼吸を繰り返しているのを少し心配しつつ、二人をグラウンド・カーの車内に招き入れた。施設に連絡を入れ、建物内部の空調を地球上の大気組成と合わせるよう、職員に告げる。

「イラッシャイマセ、島サン、テレササン」
 グラウンド・カーの運転手は、アナライザーだった。
「アナライザー、久しぶりだなあ」そうか、お前この間ラボで見ないと思ったら、こんな所にいたのか。佐渡先生と一緒じゃなかったのか?
 こいつは実験コロニーを巡回してるんだよ、と真田が説明した。アナライザーは、イスカンダルからディンギル、およびアクエリアスに至る、他の文明惑星の生物組成に関する豊富なデータをそのCPUに内蔵しているため、各実験コロニーに取っては貴重なデータバンクなのだった。


 NO.1から5の5つのコロニーは、シャルバート星の大気浄化技術をベースにした様々な実験を行っている。海水浄化プラントではアクエリアスの水から水棲生物の培養と養殖を、土壌再生プラントでは地中のプランクトンや食用植物の栽培を、また汚染に弱い小動物や絶滅種を保護する目的で運営されているプラントもある。
 <エデン>は、各プラントから合格ラインに達した生物を運び込み統合し、最終的に地球へ送り返すことを目的として本来の自然に近い環境を形成する、まさに<楽園>なのであった。


 
「ワタシ、ヒッパリダコ。ニンキモノナノデ、ナカナカ地球ニカエレマセン…」
 運転席からくるりと頭部だけ180度振り向いたロボットは、目まぐるしくランプを点灯させ、テレサを「見つめて」歌うように続けた。
「ダカラ、ウレシイデス。美女ノオ客サンハ 大歓迎」
「…いいから早く車を出せ」
「オトコハ ミアキマシタ」島と真田を差して、そう言っているのだ。
「やかましい」
 真田が笑いながらその頭を小突いた。



                *



 居住施設の職員を紹介され、「視察」のために通されたレセプションルームは、まるで観光地のホテルのロビーのようだった。こりゃあ、お偉方でなくても観光地化を考えたくなるな、と島は思う…ただ、ここの施設職員は研究員ばかりなので、挨拶に訪れた職員はみな、なり振り構わぬ様子である。土いじりを抜け出して来たような、薄汚れた格好の一団に紛れ、数名がちゃんとした制服を着用している…それがここの管理職員だった。

 吉崎の妹だと言う女性は、すぐに分かった。先方が待ち構えていて、真っ先に駆け寄って来たからだ。
「島副司令ですね?兄がお世話になっております」
 百田麻衣子と名乗るカッチリしたスーツの女性が、吉崎の妹だった。鷹揚な態度の中に、時折煌めくような鋭い眼差しが、兄に瓜二つだ。
「ここの観光地化なんて、絶対に無謀ですわ」百田は陳情のチャンスだと思ったのか、時候の挨拶もそこそこに、島と真田に対して滔々と観光地化反対の根拠を連ね始める…
「なるほど、…ひとまず、その意見を上にプレゼンできるように、まとめたものを見せてくださいますかな?私たちはまだ、プラント視察にも行っていないんでね…」真田が苦笑しつつ、それをいなした。



 島と真田が職員に捕まっている間、テレサは荷物を運び込んだ部屋の窓辺に立ち、眼下に広がる一面の緑に一人、見入っていた。
「ココ、トテモ奇麗デショ。地球モ、アトモウ少シデ全面ガ美シク再生スルデショウ」
 窓の手すりに凭れ、茫然としているテレサの隣にアナライザーがやってきて、話しかけるともなしに言った。
「——哀シイ。テレササン、哀シイ、ト思ッテイマスカ」
 全面に配置される色彩鮮やかなランプの光以外、表情など持たないはずのアナライザーに突然そう言われ。テレサは動揺した。
「……あなた、どうしてそんなことがわかるの? ロボット…なのでしょう?」
「イイエ。ワタシハロボットデハアリマセン。ワタシハ、人間デス。哀シイ、嬉シイ、ミンナ…ワカリマス」
「……アナライザー…」
 このロボットの言うことは支離滅裂だったが、この時確かにテレサの心には言い表し様のない哀しみが生まれていた。

 光学プリズムのホログラム投射で、抜けるような青空に見えるこの空も、おそらく数キロしか高さはないのだろう……それでも、開放的な大気と迫るような自然の景色に、どうしても過去を想起してしまう……
 一面に広がる、美しい緑。碧い惑星、懐かしい故郷の、断片的な記憶。…父と共に出掛けた、森林地帯や湖。白いバルコニーから見下ろすこの景色は、美しかったテレザートの風景を彷彿とさせた。


 ……私が…滅ぼしてしまった、美しい…故郷。


 あの星の亡骸も、こんな風に大事に種から育てて行けば、あるいは…再生してくれたのかもしれないのに。その命の源からすべてを、…私が…粉々にしてしまった……
(私は、物心ついた時から…奪うこと…屠ること…戦うことだけしか、してこなかった。戦いはもう嫌、そう思いながら…最期まで戦わずにはいられなかった…)
 もうたくさん、と改めて切なく思う。
 傍らの赤いロボットは、黙って色とりどりのランプを点滅させている。



 不思議ね。
 ……機械なのに…、この子から“声”が聞こえる。
 私を、心配してくれている…



「……なんでもないわ。色んなことを…思い出しただけなの。…色んなことがありすぎて……私、…すぐ胸がいっぱいになってしまうの…

 アナライザーの頭部のクリスタル面にそっと手を載せ、テレサは微笑みかけた。
 ピュ〜プシュシュウウ…と妙な唸りを上げ、アナライザーは全面のランプを目まぐるしく点灯させる。
「…ワカリマス。……ワカリマス、デモ」その身体中のランプを、一斉に青や緑に点灯させ、アナライザーは続けた。「…テレササン、コレカラ先ハカナラズ幸セニナレル。ワタシガ、保証シマス」
「……ありがとう」
 テレサは嬉しくなって、その不格好な頭部に両手を添えると親愛の情を込めてキスをした。
「ピュルル〜〜〜」アナライザーはまたもや小刻みな振動と共に妙な唸りを上げ、不安定にその身体を振動させた。



「おい、アナライザー?」
 背後から、ちょっと怒ったような島の声が飛んで来た。
 施設職員たちから解放された島が、コロニー内部のマップを片手に部屋へ戻って来たのだ。
「何やってるんだ、お前」
「島サンガ遅イノデ、私ガテレササンヲ オ慰メシテイマシタ。何モ悪イコトシテナイデスヨ」
「……なんでわざわざ、悪いことしてない、なんて言うんだ?」

 雪のお尻にタッチしたり、スカートをめくったりしているのを散々目撃しているので、島はそんなアナライザーの言い分など信用しない。
「テレサにくだらないことしたら承知しないぞ」
「ヒドイナ、濡レ衣デスヨ。シカシソンナニ言ウナラ、ゴ期待ニ答エナケレバ」
 そう言うと、アナライザーはテレサのワンピースの裾を掴み…すいーっと上に持ち上げた。
「…………!」

 雪ほど過剰に反応しないテレサも、いきなり腰の辺りがすうっとしたので慌てて背後を振り返る。
 え、あの。やだ…。
「風デス、風のイタズラデスヨ」コミカルな電子音を鳴らしながら、ロボットは走って逃げた。足のキャタピラは予想外に高速回転の上小回りが利いて、至近距離にいた島でも捕まえ損なう。

「あんの野郎、今度そばに来たらただじゃおかねえ!!」
「そんなに怒らないで、島さん」
 テレサは鼻息荒く憤慨する島に、苦笑した。スカートくらい、めくれたって死にはしないわ。
「そういう問題じゃないからね!甘い顔したらだめなの、あいつは」
「…あの子、私に…この先は幸せになれますよ、って言ってくれたわ」
 …優しい子よ。
「子、って……」
 あれ、子、じゃなくてエロいオッサンだろ、どっちかと言えば…。そうぼやく島の首に、テレサは両腕を広げて抱きついた——
「…ここ、本当に素敵。連れて来てくれて、ありがとう」
「テレサ…」
 ちょっと。まだ桜も何も、見に行ってないのに。
「愛してるわ、島さん…!」
「…う、うん」
 柱の影から、アナライザーが覗いている。

 あいつはロボットだが、なんでだろう? …アナライザーに冷やかされているような気がして、島は照れ隠しに咳払いをした。

 

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