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俺、訓練学校には行かないよ。……農工水産の一貫校へ行く。
農工水産?!……畑でもやるつもりか?
花、育てるんだ。
——花?
「そう。爆弾は人が生きて行くのには要らないものだ。だけど、花や植物は…なきゃ困るだろ」
武器だって…必要だ。咲いた花を守るために、次の花を咲かせるために…武器は必要なんだよ、次郎。
「兄ちゃんはね。そうだろう……そうやって俺らを守って来てくれたんだから。…でも俺は違う。俺は命を育てて、地味に地球を守るよ」
そう言って次郎はにやりと笑った。しばらくして自宅から通える農工水産専門学校へ入学した弟は、軍部で目覚ましい功績を挙げる兄とはまるで違う世界に、自分の生き甲斐を見出したのだった。今年は、バイオテクノロジー科から自然農業過程科に進んだはずだ。
——戦いより、命を育むことを選んだ次郎と、戦いを厭うているテレサとが意気投合してもそれは、自然なことなのだろう。ただ、そう考えるとなぜか、自分ひとりがのけ者になってしまったような気分になるのだった。
「……すごいな。普通こんな短期間にここまで弾けるようにはならないだろ」
おざなりな褒め言葉かな、と大介は苦笑する。
嬉しそうなテレサに、にっこり笑ってみせ……そして、おもむろに立ち上がった。
団欒はここまでだ。
——もう、我慢できない。
「…島さん?」
「さあ、あっちへ戻ろう。俺はもう腹一杯なんだ。また明日、聴かせてくれ」
「…でも」
「行くぞ」
いつになく強引な大介に、テレサは目を瞬いた。
小枝子がくすくす笑っている。
「ありがと、大介」久しぶりの一家団欒に付き合ってくれて。いつテレサを連れてあっちへ行ってしまうかと思っていたわ。
「…えー?なんで?」次郎はきょとんとしている。これから諦めて無人機動艦隊の話を聞くつもりだったのに?
はっはっは、と父がまた笑った。
「大介、お前が独りであっちに帰れ、と言いたいところだが。今日はいい加減にしておこう」
「え、あの……まだお皿、片付けたり洗ったりしますよね?」第一、島さんの好きな食後のコーヒーもまだですけど……?
「テレサ」小枝子が促した。その手には、テレサが着けていたエプロンが握られている。「いいのよ、大介が帰ってきたんだから。本当は最初から、あなたたち二人きりにしてあげるべきだったの」
「………」
テレサはほんのり頬を染め、俯いた。
「じゃあ、ご馳走さまでした、母さん。おやすみなさい。父さん」
「…すみません」
小枝子はゆっくり首を振る。いいのよ。…と。
次郎だけが、口を尖らせたままピアノに肘をついて立っていた。
「じゃあな、おやすみ兄ちゃん」仏頂面で、そう言葉を投げる。
「次郎さん、おやすみなさい」
……おやすみなさい……だって?
はにかんだ笑顔が兄に連れ去られ、ドアの向こうに消えるのが、次郎はものすごく悔しかった。
「…ちぇっ」
かなり大きな声で、そう舌打ちしたに違いない。両親がこちらを見て吹き出しそうになっているのに気付き、次郎は慌てて誤摩化し、咳払いをした。
「次郎?いつまでもお兄ちゃんっ子じゃ駄目よ……そろそろ、卒業しなさい?」
母の言葉に、内心反論する次郎である。
(違うよ。……兄ちゃんじゃないやい。……テレサが)
あの翡翠色の大きな瞳が。うっとりするような声と、姿が。
……優しい微笑みが、自分のものでないことが——舌打ちの理由なのだ。