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小枝子と康祐の方でも、この突拍子もない長男の嫁に思いがけなく魅了されていた。
兄弟の母小枝子は、異星人の彼女をそれは温かく迎え入れた。彼女の素性や生い立ちは言ってはいけないことになっているが、彼女が長男の命の恩人であることは紛れもない事実だ。今までずっと糸の切れた凧のように地球外勤務から滅多に戻らなかった息子も、彼女のためであれ頻繁にこの家に帰って来るようになった。母親としてはそれだけでも、この嫁に感謝したい気持ちになると言うものである。
その年の明けたある日、小枝子がそわそわと玄関先で待ち受けた配達の荷物の中身を見て、次郎は呆れ返った——それは、一揃いのひな人形だったのだ。一対の内裏雛にぼんぼりや菱餅が小道具と一緒に飾られているごくコンパクトなタイプのものだが、それにしても…ひな人形とは!
和室の床の間で楽しそうに人形や小道具を台座に並べる小枝子を、テレサも目を丸くして見守った。
「…これは、あなたのお人形よ」そう言われ、さらに驚く。
これは…、娘の健康と幸せを祈るため…成長のお祝いのために、親が…誂えるものではないのですか…?
だって、あなたは私たちの娘のようなものだもの。うちには男の子しかいないでしょ?…私ねえ、本当は、娘が出来たら絶対買ってあげようと思っていたの。私がお嫁に来る時に持って来たお雛様は、…空襲で…焼けてしまったから。
「男の子で、悪うございましたね」
見物していた次郎はにやにやしてそう言ったが、テレサはしばらく何も言えず、ひな人形と小枝子を交互に見つめた。美しい翡翠の瞳に涙が溢れる。
「ああもう、また。こんなことで泣かないの」
「お母様…」
笑いながら肩を優しく叩く小枝子に、テレサは子どものように縋り付いて泣いた。
素朴な好意を示す度、そんな風に彼女が泣いて感謝するものだから、自然、父母はテレサに対し、次は何を贈ろうか、何を一緒に楽しもうか?…などと考え始めるようになった。しかし、彼女の存在は決して公にできないものであったから、家の敷地内から外へ連れ出す事はできない。何かを買って与えようにも、さすがに限界がある。
父康祐は、ある時書斎でポン、と手を打った。
スーパーウェブ(インターネット)があるじゃないか。
それ以降、テレサの日課にそれが加わった。…次郎とピアノの練習を、小枝子とは家事やお菓子作りを、康祐とはネットで外の世界へ…という具合である。
しかし、康祐がテレサに株式相場の読み方を教え、マネーゲームに引き込もうとした時には、流石の大介も思いあまって口を挟んだ。
「…父さん、テレサに妙なこと教えないでくださいよ…!」
ヴィジュアルホンのモニタ・スクリーンの中でそう文句を言う息子に、父康祐は早口で力説する。
「だがね大介、あの子は天才だぞ。一週間私とスーパーウェブで株式相場を見ていただけだったのに、先週末あの子が推した企業株を買ったら150倍になったんだよ」
「偶然ですよ」
「そんなことはない。現に昨日もあの子が予測した通り下げ幅の少ないF紡績の株を売却してみた。そうしたら、半日経たないうちにどっと下落、私は損をせずに済んだんだ」
「…まさか」
「そう、そのまさか、なんだよ」
父は満悦顔だ。モニタの向こうで、基地の官舎にいる島は絶句する。いくら彼女が数字に強いと言っても、それだけでは市場の動向を先読みできないはずだ。例の能力はもうすでに消えているはずだし…。
しかし、テレサは純粋にゲームのつもりで、康祐に言われたように株価指数を読み市場の変動を予測し、株価収益率の計算を楽しんでいたのである。スーパーウェブニュースに毎日掲載される社会・経済・スポーツ、そして人々の生活や文化を毎日つぶさに探るのが、彼女の楽しみのひとつでもあったのだ(それは殆どの場合、父・康祐の書斎のパソコンで行われた)。島家の敷地の外へ出ることができなくても、大介が思っていたよりずっと早く、テレサは地球の文化に馴染んでいたというわけだった。
「いやぁ、大したものだよ。……さすがに科学の数倍進んだ星から来ただけはある」
「父さん!…それは口外しない約束でしょう!」
「はっはっは、すまんすまん」
——…ったく、もう。
ビジュアルホンを切って、大介は溜め息をついた。うちの家族ときたら。みんなしてテレサをかまってくれるのはいいんだが、…ちょっとエスカレートしすぎだよ…。
(まあ、確かに)と、大介は考える…
彼女はきっと一般人ではなかったのだろうな、とは薄々、彼も感じていたことだ。天文台の職員か、宇宙航海術を修めた軍人か航法士か…そういった職掌の人間にしか通じない内容の通信を、彼女は当初からヤマトに送っていたからである。過去、大介自身も「どうなんだろう」と訝りつつ、通信機に入って来る彼女の声にこう問いかけたことがある……「ヤマトの現在位置は、地球中心航法図上、GH337。航路の指定をしてください」と。
こちらの世界でしか通用しない航法図上の座標が相手に判るだろうかという一種の賭けではあったが、果たして通信機の向こうのテレサは答えたのだ。しかも即座に、地球標準の単位で…相対的なテレザート星の位置を。
真田の言う通り、「彼女の頭脳はあの高度な文明星の遺産」なのだろう。
真田は時折、彼女の意見を聞きたい、などといってテレサを自分の研究に引き込もうとする…しかし、大介にはテレサを自分たちと同じ世界に引っ張り込もうなどと言う気は微塵もなかった。古代と雪のように、軍内部で互いに名誉あるポジションにつき、必要とあれば共に出撃することの叶う夫婦、というのにまったく憧れなかったわけではない……だが、——駄目なのだ。
戦わない、という誓いを、彼女は今でも貫こうとしている。たとえ研究のためでも、軍に関与することなど、彼女は絶対に承知しないだろう。
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